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ふう④

 黒曜はふうを避難させた後、りんと餓鬼のやり取りを遠目に見ていた。どんな会話がなされていたのかは分からないが、剣呑な空気は伝わってきていた。

 折れ曲がった背中と大きな頭の角もあって、餓鬼の背はりんより、というより子どもの背に近いくらい小さい。その割には異様に大きな手足が、見た目通りの弱さではないことを物語っている。

 黒曜は以前、餓鬼に遭遇したことがあった。その時は戦場の屍体に群がるただの小鬼くらいにしか思わなかったが、しみじみ見るに、中々醜悪な姿だな、と思っていた。


(まぁ、りん殿がアレにどうこうされることはまずなかろうが……)


 二人が構えをとったのが見えた。どうやら何がしかの交渉が決裂したらしい。

 餓鬼が真っ直ぐに突っ込み、りんが避ける。技量の差は歴然である。


「……ん、お父ちゃん」

「おう、起きたかふう」

「お母ちゃんは?」

「あそこで今戦ってる」

「……お母ちゃん、だいじょうぶかな?」

「ああ、全然問題ねえよ。すぐに終わる」


 が、事態は思わぬ方向に進んでいた。


「なんかいっぱいいるよー?」

「……分身か?」


 二桁に上る数の餓鬼に、りんが囲まれていた。

 餓鬼達はりんを中心に輪になり、その弧を狭めているようだった。


「囲って一気に、か。えげつねぇやな」

「ねー、お母ちゃんだいじょうぶ?」

「ま、大丈夫だろ。やり方はあるしな。それを知らねえお母ちゃんじゃねえよ」


――ただ、問題があるとしたら、こいつらがバラバラに攻撃を仕掛けてくることだ。


 黒曜はそう考えてはいたが、その可能性は低い、とも予想していた。

 餓鬼達は一見、無軌道な動きをしているように見える。しかし、距離が近く、全体を見通す場所にないりんは気付いていないかもしれないが、黒曜の位置からはよくわかる。

 動きは無軌道でも、その立ち位置は完全に統制が取れているのだ。

 しかも、最初に出てきた餓鬼の動きに合わせているようにも見える。

 先日、三体の式を同時に操る陰陽師と対峙した時、同じ様な感覚だったのを憶えている。


 後から出てきた餓鬼達は、操り人形なのであった。

 りんがそれに気づきさえすれば、後は簡単な話である。


「とはいえ、気づくには近すぎるか……」


 考えているうちに餓鬼の輪はより狭まり、りんの姿が見えないほどに小さくなっていた。

 まずいか、と黒曜が思った矢先である。


 急に餓鬼達が宙を舞い、うつ伏せにべしゃり、と地べたに這いつくばるように転がった。

 その中には、りんが一人、立ち上がる所であった。


「……水面蹴り、か。なるほどな」

「お父ちゃん」


 ふうが黒曜に声を掛ける。その顔には、何かを決意したかのような、強い意志があった。


「ん、どうした」

「お母ちゃんのおてつだい」

「……ふうがか?」

「うん。……てつだって、くれる?」


 言いながら少し不安になったのか、ふうが上目遣いで黒曜に頼んできた。


「……やれやれ」


 言いながらも黒曜は、早くもヌシの片鱗を見せるふうに舌を巻いていた。


(ここで怖じけるでもなく、助けに行く、ときたか。……大したもんだ)


「何か考えがあるのか?」

「うん」

「……いいだろう。お前さんのこたぁ俺が絶対に護ってやる。好きにやってみろ」

「うんっ!」


 言うなり黒曜はふうを肩に載せたまま、全力でりんの元へと走った。

 ふうは黒曜の頭をしっかりと抱き、それでも顔はりんに向いている。


(りん殿は……三つ目を殺ったところか。ふうの奴、何をする気だ?)


 黒曜がある程度りん達に近づいたところで、ふうはあらん限りの声でりんに叫んだ。


「お母ちゃん!!」

「ふう!?」

「獲物が向こうから来てくれるとはなぁぁぁぁっ!!」


 その声にりんと餓鬼がほぼ同時に反応した。

 その時、黒曜は、ふうの身体が異常に熱を帯びているのに気付いた。


(ふうの気が噴火みてぇに膨れ上がってる。……これが最強のヌシの力か)


 戦慄にも似た思いを黒曜が抱いた時、それは起こった。


「お母ちゃんを!! いじめるなああああっ!!!!」


 ふうが叫び、気が爆発する。暴風のような灼熱の奔流が沼一帯を覆い尽くす。土が舞い上がり、炎の嵐に舞い踊る。そんな灼熱地獄の中にあって、黒曜とふう、そしてりんだけは青く澄んだ気の壁に護られ、何事もないかのように佇んでいた。

 

 それはまさしく、ヌシの風格。ヌシの力であった。


「ふう……」

「すげぇ……」

「あぎゃああああっ!! 熱い、熱い熱い熱い熱いぃぃぃぃっ!!!!」


 当然、餓鬼にとっては灼熱地獄である。前後左右と、あらゆる角度から熱風に襲われ、皮膚が焼け爛れていく。その上更に容赦のない灼熱の嵐が襲いかかり、焼けた骨や肉が炭と化す。土の中に逃げようとするものもいるが、その土ごと巻き上げられ、熱風にさらされながら地面に叩きつけられていた。


 だが、黒曜はふうの異変に気付いていた。

 ふうの気が爆発した時からずっと、黒曜の頭の中に直接流れ込んでくる、ふうの声。

 それはずっと同じ言葉を繰り返していた。


「コロスコロスコロス殺すコロスコロスころすコロスコロス……」


 ふうは、明らかに暴走していた。


「ふう! もういい、もう大丈夫だから!!」

「…………」

「いけねぇ、意識飛ばしちまってやがる」


 黒曜とりんが必死でふうの意識を呼び戻そうと声を掛ける。ふうは目を見開き、毛を逆立て、尾をぴんと立てたまま、意識を失っていた。


 と、りんがふうの変化に気付いた。


「ふう……尾割れしたかい……」

「それで暴走したのかもな」


 ぴんと立ったふうの尾は、見事に二股に割れていた。


「ふう! ふう!! もう大丈夫だから! だから、戻っておいで!! ふう!!!!」


 りんが叫び、ふうを強く抱きしめる。

 すると、ふうの身体が小さく動いた。


「お……かぁ……ちゃ……」

「ああ、そうだよ! お母ちゃん、ちゃんと戻ってきたから!」

「よ、か……た……」

「ふう!?」


 慌てるりんの肩を、黒曜が優しく叩いた。


「大丈夫だ、疲れて気を失っただけだろ。……暴走も収まったみてぇだ」


 黒曜の言うように、灼熱の嵐は過ぎ去り、沼は何事もなかったかのように、元の静寂に包まれていた。


「……ふう」

「……りん殿、さっきのがここのヌシか?」

「いいや。……ここのヌシ、沼の河童とその一族を喰った、ただの餓鬼さ」

「喰った?」

「生きた肝を喰らうのが、あやかしが強くなる手っ取り早い法なんだとさ。……誰に吹き込まれたのかは知らないけどね」

「嘘なのか」

「さてね。私は聞いたことがない。それだけさ」


 そう言って少し俯くりんの横顔を、黒曜は綺麗だ、と思っていた。

次回の更新は来週になりそうです。

ごめん、ちょっと仕事がががが


これからも応援よろしくおねがいします°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

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