りん⑤
前回はトラブルで遅くなり申し訳ありませんでした。
今回で黒曜対鬼式神が終わり、次回はりんさん登場です!
――今、何が起きた?
斬り掛かったのは黒曜の方だ。が、転がされたのもまた、黒曜であった。ズキズキと痛むのは左肩、右脛の内側。更に左脛に大きめな擦り傷がある。
(トドメには来ねえのか)
式神達は再び距離を取り、同じ陣形になっている。
(また赤が先頭か。たしか奴を袈裟に斬ろうとして金棒で防がれたのは憶えている。その向こう側に見えたのは青だ)
そして思い至る。
――黒はどこだ?
先の一連の連携の中で、黒曜は黒鬼の姿を見ていない。それを見る前に倒されたということだろうが、その姿がまるで見えないのも不自然ではある。
黒曜は、先の連携を、いわゆる波状攻撃だと考えていた。
初撃からの三連撃を、それぞれが一撃ずつ受け持ち、その全ての攻撃に全力を振り切る、そういう動き方である。
対して一人で連撃を繰り出す場合は、全ての攻撃を全力で行うわけではない。
例としては、藤原直実の見せた連撃である。
強め速めの初撃から、威力は弱めでも速い二撃、そして全力で振り切る三撃目。
緩急をつけ、相手に拍子を読ませず、仕留めるための連撃である。使い手によってその強弱緩急は異なるが、共通するのは一人の人間により行われる動作であって、三撃ともが全く同じ速さ、強さで撃たれることはない。
それを三人で一撃ずつ担当し、全力最速の一撃を三度さらに戻って延々と、連続で繰り出すのが波状攻撃である。
緩急を身体で憶えている戦い慣れた者ほど、この連携には対応しずらい。
しかも、三人目がどこにいるのかを、黒曜は見ていない。
「……くそったれ」
黒曜は毒づいた。
――見極めねば、打破は出来ない。
恐らく次も同じ連携がくる。それを見極める腹づもりで、黒曜は再び真・波切を正眼に構えた。
再び赤鬼が迫る。そこに黒曜が刀を振り下ろす。先と全く同じ展開である。
そこから、黒曜は観察に集中した。
(赤が金棒で受け、右に抜ける。青の頭が見える……上段か、……つぅっ!!)
青鬼の上段打ちが振り下ろされる直前、黒曜の脛に鋭い痛みが走った。たまらずよろけた黒曜の左肩口に、青鬼の打撃が襲いかかる。
「くはぁっ……!!」
(そういう、ことかっ……!!)
黒曜は再び大地に転がった。来ると分かっている攻撃が来ただけなので、一度目程の衝撃はない。だが、次も同じ攻撃をさせるため、同じように転がってみせたのである。
(気づけばなんのこたぁねえ、ただの俺の勘違いかよ。……それにしても大したもんだ、寸分違わず同じ動きをしやがる。……いや)
そこまで思い至った時、黒曜は内心にやり、と笑った。
(同じ動きしか出来ねえのか)
立ち上がり、三度構える。
今度は正眼ではない。右手に真・波切を逆手に掴み、肩の高さまで上げている。左手は申し訳程度に添えるのみ。
霞構えと形だけは似ているが、意図と用途は全く違っている。
(どうせ左肩はまともに動かねえ。こうして上げるだけでやっとだ。……だったら赤いの、てめぇにくれてやる。……その代り)
黒曜の眼がどろりと光る。右の背中から肩、頸の筋肉が異様に張り詰めていた。
(残り全部、俺が貰う)
三度、赤鬼が走り込み、金棒を振り下ろしてくる。それを黒曜は今までと違い、敢えて左肩で受けた。
そのまま赤鬼が脇に逸れようとした時である。
「ぢぃあああっ!!!!」
黒曜は気合いと共に、右腕一本で、真・波切を自分の眼の前の地面に突き立てた。
「ぎょっ!!!!」
そこには、異様な声を上げ、頭に刀を突き通された黒鬼が、じたばたと手足を動かしていた。
そのまま刀から手を離し、更に襲いかかる青の金棒を今度は右腕だけで受け止める。
その左手には、いつ抜いたのか、りんの小刀が握られていた。
「しぃぃっ!!」
金棒を掴んだまま、青鬼の伸びた腕に小刀を突き立て、引き裂いた。
「ぎぉぉっ!!!!」
これもまた異様な声を上げ、青鬼の腕が千切れ飛んだ。
と同時に元の紙片に戻り、力無く地面にはらりと落ちる。
気づけば黒鬼もそのまま、呪詛の書かれた紙に戻っていた。
「三位一体じゃねえ……てぇことは」
黒曜が気づいたとき、赤鬼は既に大きく間の外れた、岩場の上に立っていた。
「ようやく気づいたか」
「そういうな、我ながら鈍いとは思ってるよ。……てめぇが操ってたんだな、赤鬼。……いや、賀茂周明」
「いかにも」
赤鬼はにい、と口角を上げた。
「この式だけは、儂が直接憑依していた。他には赤鬼の命令に従え、と書いておいたのだよ」
「なるほどな。……流石、と言っておくぜ」
「褒められるのは悪い気はせぬが、まさか三連携を仕留められるとは思わなんだよ」
「そこは甘えな、賀茂。三度やられて潰せねえなら、生き延びるこたぁ出来ねえんだよ。ヤトハレってのはな」
挑発するような顔の黒曜を、赤鬼、つまり賀茂周明は忌々しげに見ていたがやがて、
「……憶えておこうさ。今は一先ず、貴様を足止め出来た所で良しとしようかよ」
「ヌシ殿と娘はどうした」
「娘は預かっている。……ヌシは仕留めるつもりだったが、あれは式一枚の手には負えん。式神を知らぬが故に出し抜くことは出来たがの」
「……ふうを返しやがれ」
「嫌といえばなんとする?」
「決まってんだろう。どこに行こうと取り返す」
「くっく、随分と執心じゃの。……坂田金時」
その名を呼ばれた黒曜は、苦々しい顔で赤鬼を見上げている。
「最後に聞こうかよ」
「なんだ」
「三連携の絡繰、どうやって見抜いた」
「……最初に、赤の陰から青が殴り掛かるまでしか見えなかったのが気になった。だから次は見極めるために敢えて同じ動きを取った。……そしたら見えたんだよ」
黒曜の顔は憮然としたままである。
「青の影が、他と違う方を向いていた。あれぁ紙に戻した黒だったんだな。それが赤と青の間から、俺の脛を狙ったんだ」
「……ご明察だ、坂田殿」
「その名は捨てた。……初めは面食らったが、絡繰が分かりゃあ造作もねえ。相手は紙切れだ、ぶすりとやってお終いだ」
「……見事なものだな」
「効くと思って何度も同じことをしてくれたからだ。だから、てめぇのおかげで勝ったようなもんさ」
「なっ」
そう揶揄された賀茂は憤慨し、地団駄を踏んだ。
「儂を愚弄するかっ!! 死にぞこないの武士もどきの分際でっ!!」
「そのもどきにやられてるあたり、てめぇも中々の半端者だぜ、賀茂周明殿」
「黙れぃっ!! 糞、糞っ!!」
「そうだ、いいことを教えてやるよ」
「何!?」
「てめぇがふうを攫ってどれほど経っているかは知らねえが、少なくとも赤鬼に憑依してる間がありゃあ充分だ。……そろそろ眼を開けねえと、ヌシ殿がてめぇの居場所を見つけてるぜ?」
「!」
「憑依してあれだけ動いてりゃ、その跡を辿るぐらい訳もねえ。ヌシを呪殺するには準備がいる。お膝元のこの“お山”で殺れるわけがねえのはご承知だろうさ」
黒曜は憮然とした顔から一転、ニヤニヤと嫌らしく口角を上げてみせた。
「きっ、貴様、それを知ってうろちょろと動き回ったのか!」
「あたりめえだろう。何の考えもなしに山を走り回る馬鹿がいるかよ」
「ぐぅぅっ!! 憶えておれぇっ!!」
言うなり赤鬼は紙と化し、風化した様にボロボロと朽ちていった。
その様子を見届けた黒曜は、黒鬼だった紙片を拾い上げ、指につまんで高く上げた。
すると紙片は、風の向きとは異なる方にたなびいている。
術者の元に戻ろうとする式神の習性であった。
「だから言ったろう。詰めが甘えんだよてめぇは」
そう言うと黒曜は、真・波切を鞘に収め、肩に担いだ。そうして、そのまま紙片の指す方に脚を向け、駆け出したのだった。
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