りん③
リアル事情により、更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
では、お楽しみください。
庵を出たりんを待っていたのは、一人の男だった。
「……」
無言でりんを見るその眼には、なんの生気もない。その眼に、りんは不自然さを感じていた。
何が不自然というのでもないが、全てが自然ではない。
そんな漠然としたものを、最初に感じていた。
「……あんた、ヒトじゃないね」
「ヒト、ではないな」
「なぜここに辿り着けたんだい」
ふうのいる庵に辿り着けるあやかしはいない。
それは、ふうが無意識に発する“ヌシの気”に起因するものである。
りんの感じた不自然の原因はここにあった。
“招かれざるあやかし”が、この庵に辿り着いたことは、かつてなかったからである。
「……で、私を出したのはどういう訳だい」
「儂に貴様は殺せぬ」
「……それで?」
「だから、しばらく眠っていてもらおう」
男の眼が、急に生気を帯びた。いや、生気と呼べるものではない。
その眼に宿ったのは、呪詛であった。
「……くっ」
「目を逸らしたか。だが、遅い」
りんがゆらり、と身体を揺らす。すぐに立て直したが、それでも頭は小さくふらりと揺らいでいる。
「独自に組んだ、あやかし用の呪詛だ。貴様らを殺す呪詛は支度に時間と手間がかかるのでな。殺さずとも動きさえ封じれば、妖狐の子供など攫うに容易い」
「おふざけでないよ。……あの子は渡さない」
「渡さずともよい」
そう男が言った途端、庵の上から小さなつむじ風に乗って紙片が二つ、りんの背後に降りてきた。そのまま一枚はヒト型に、もう一枚は鬼の形を成していく。ヒト型の方は女であった。
「勝手に貰っていく」
「! させるかっ!」
りんは振り返りざま、裏拳を振った。ひゅん、と空気を切る音が抜ける。
そのまま二人を追おうとするも、先の男からの気配に深く身体を沈めた。次の瞬間、りんの上を刀が真横に通り過ぎる。りんは身体を沈めたまま脚を伸ばし、先の男の足元に水面蹴りを入れた。男はもんどり打って倒れたが、その時、異様な感覚にりんは気付いた。
(軽い!?)
倒れた男は何事もなかったかのように、倒れたのと全く同じ流れで起き上がり、また感情のない眼でりんを見つめている。
「式神を見るのははじめてか」
「しき……?」
「殴る蹴るなど役には立たぬ」
男は悠々とした動きで刀を構え、切っ先をりんに向けた。
「なるほど強い」
淡々とした口調で男が続けた。
「だが初めて見るモノは不気味だろう」
「……っ」
りんは一瞬、男に苦々しい顔をした。そして、
「構っていられぬな」
再び庵に向いた時、りんは驚愕した。
「どこだっ!?」
庵の扉は閉じたままだ。扉はりんの発する気によって固く閉ざされている。
つまり、後から現れた二人は、扉の前にいるはずである。
だが、そこで立ち往生しているはずの二人の姿は、どこにもなかった。
「えっ、だれっ!?」
「ふう!?」
「お母ちゃん!! このひとたちこわいっ!!」
「ふうっ!!」
りんは、あわてて扉を開けた。
それが失敗であった。
「ぐうっ!」
ばん、と大きく開け放たれた扉の中から、目も開けていられぬほどの突風が吹き出した。
目を瞑ったのは一瞬である。が、その一瞬で目の前からふうと二人が消え去っていた。
「ふうーっ!!」
「では、いただいていく」
「待てっ!」
先の男が踵を返したところに、りんの鋭い声が飛んだ。
同時にりんは腰に差した小刀を抜き、逆手に持って男に襲いかかる。りんは右の手刀を男に向かって突き入れた。
「はあああっ!!」
「……速い」
手刀を男がぬるりと躱したように見えた。
「ちっ!」
「言ったろう。……効かぬ」
「……こともないだろう?」
右の手刀に手応えがないとみるや、りんは男が逸らした胴に向かい、左の小刀を薙いでいたのだった。
男の胴ははらりと裂け、肉も血も吹き出さない。
そのまま男は形を失い、二つの紙切れと化したのだった。
「……」
「なるほど手応えがないわけだよ。……式神ってのは、紙に吹き込んだ紛い物の命ってことかい」
りんは一人呟くと、険しい顔になった。
ふうを目の前で攫われた。
あの二人も式神だったのだろう。だからこそ扉のわずかな隙間から中に入ることが出来たのだ。
あの時、自分が慌てて扉を開かなければ。
しかし、それならそれで、ふうが何をされるか分からない。
後悔の念がりんを襲った時、ふいに気付いたことがあった。
あの式神の男は、ふうを殺すと言っていた。
が、同時に、りんを殺せぬ、とも。
それはりんが大人だから、ということではないだろう。
ふうを攫ったのも、恐らく「殺さない」のではなく「殺せない」からだろうと判断した。
つまり、ふうは「殺せる者」のいる場所に連れ去られたということになる。
そこまで思った時、りんの脚は自然と大地を蹴りつけていた。
「……ふう」
――――
式神がふうを連れ帰ったのは、勿論周明のいる洞穴である。
恐怖のあまり気を失ったふうを自分の前に寝かせた周明は、ぎらぎらとした眼をふうに向けていた。
「……ようやく見つけた」
周明の眼はもはや尋常のものではなかった。
大きく見開かれたその眼は血走り、眼球は小刻みに震えている。
額には青筋が浮かび、ともすれば身体全体がぶるぶると震えていた。
「こやつか。……こやつがあの憎き“九尾”の子か」
九尾。
全てのヌシの頂点に立ち、かつて周明が己の力を賀茂に見せつけるために打ち倒そうとしたあやかしの名前であり、そして、ふうの真の母親であった。
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