黒曜④
やがて、春の声が聞こえるようになった頃。
“波切”は、ようやく新しい拵えを纏い、更に刀身を打ち直していた。
空には雲がかかり、これからひと降り来ようかという昼時である。
「……出来たか」
ヒヒイロカネの刀身は長さ三尺を超える。先にいく程に太くなるその特異な刀身は、鉈もかくやと言わんばかりに分厚い。
黒鋼の糸で編んだ拵えは無骨一辺倒で、装飾などは一切ない。鞘は白鞘の外側に黒鋼を打ちつけ、鞘自体が鈍器としての役を成すように作られている。その長さも相まって、並のヒトには持ち上げることすらかなわない化け物に仕上がったが、黒曜の手にはその重さが心地よい。
鍔も黒鋼で出来ており、こちらも実用性のみ考えられている。
庭先で感触を確かめるように黒曜が波切を振っていると、老人が声を掛けてきた。
「具合はどうだ」
「悪くねぇ。拵えの硬さも重さも申し分ねえな」
「……ちょっと試してみるか」
そういうと老人は、黒曜を庭の隅に呼び寄せた。
「……こんなもん作ってやがったのか」
「おめぇが随分と鋼糸を打ったんでな。端切れやらなんやら、色んなもんを寄せ集めた」
そこには黒鋼の糸を主素材とした、試し斬り用の藁苞が立てられていた。
「普通の刀じゃ、とてもじゃねえが刃がもたねえ。これまでの波切でも無理だろう。だが金、おめぇと、打ち直しの波切なら一刀両断出来るはずだ」
「……面白え」
黒曜は抜き身の波切を持ち、藁苞の前に立った。
斧の時と同じように右肩に担ぐ様に構え、更に柄に左手を添える。
全身の筋肉がバネのように絞り込まれ、その肉体は螺旋のように捻り上がっている。
「……」
精神を集中させる。
地面を踏みしめた足から脚、腰へと力が伝わり、腹、背、肩を通し、腕から柄を握る手、そして切っ先へと至る。
藁苞を睨んだ黒曜の眼がかっと見開かれた次の瞬間。
「んんんっ!!」
がちん、と金属同士のぶつかる音、そして強烈な火花が散った。
「……」
波切を振り抜いた黒曜の眼は、未だ藁苞を睨んでいる。数瞬の後、藁苞の真ん中に斜めの筋が入り、上半分がずるり、と地面に落ちた。
「……見事」
「……こいつぁすげぇ」
黒曜の手には、藁苞を斬った時の衝撃が、軽い痺れとなって残っていた。
「刃はどうだ」
「……見た所なんともねえな」
「よし」
老人は黒曜を見上げ、言った。
「今よりこの刀を“真・波切”と銘打つとする」
「真・波切……」
「ヒヒイロカネの刀身を打ち直し、より強い刃をつけた。拵えもおめぇに合わせて大ぶりに作り直した。今この刀で斬れねえものは、この世にはねぇ。それほどの刀だ」
その金色にも似た輝きを持つ刃に、黒曜は魅入られているような眼差しを向けている。
「使いこなせるかよ、小僧」
「誰に向かって言ってやがる、爺い」
「……くく」
「……くくく」
黒曜と老人。
そのどちらも、まごうことのなき武人であった。
――――
「ゆくか」
「ゆくさ」
午後になって黒曜は出立の準備をしていた。
外ではぽつり、ぽつりと雨が降り始めている。
「行くのは構わんが、おめぇの親に手ぇくらい合わせていけ」
「そのつもりだよ」
「……また来るか」
「来るさ」
「今度は嫁を連れてこい」
「……無茶言うんじゃねえよ」
「曾孫を見るまでは死ねねえんだよ」
「ならしばらくは死ねねえだろうな」
「ぬかせ。おめぇに女がいるのは分かってんだよ」
老人はニヤニヤしながら黒曜の背中を眺めている。
黒曜はバツが悪そうな顔で、頭をかいた。
「……ヒトじゃねえんだよ」
「だからどうしたよ。おめぇの父親だってヒトじゃねえぞ」
「……なんだって?」
「おめぇの父親は、鬼だ」
老人の言葉に、黒曜はびくん、と肩を揺らした。
「……やっぱりそうかよ」
「気づいていたか」
「そりゃそうだ。俺の力はどう考えてもヒトのものじゃねえ。この図体もだ」
言いながら黒曜は旅支度が終わり、立ち上がった。
老人を振り返った黒曜の顔は、穏やかだった。
「親父のツラは知らねえ。でもお袋は優しかった。だから俺はヒトの子だ。誰にも文句は言わせねえよ」
「……それでいい」
がらり、と扉を開けた黒曜は、そぼ降る雨の中に一歩踏み出した。
「死ぬんじゃねえぞ、爺い」
「死ぬ前にツラ出せ、小僧」
黒曜の母親の墓は、老人の家、つまり黒曜の生家の裏にある。
そこに立ち寄った黒曜は、綺麗に掃除されたその墓の前に佇み、しばらく何事かを呟くと、お山への道を急いだ。
途中、行きに藤原直実と出会った街道に出た。
街道に差し掛かった時、黒曜はその異変に気づいた。
「……なんだ?」
「黒曜殿!」
行きと同じ場所で、藤原が黒曜を待ち伏せていた。
「……藤原の」
「あの後すぐ、例の呪符を作った陰陽師の身元が割れました」
「はぐれか」
「その通りです。賀茂を破門されたはぐれでした。それについては賀茂家にも確認は取れております。捕縛、場合によっては斬り捨ても許可されました」
「不良物件かよ……」
「賀茂家でも相当頭を悩ませていたようです。で、そいつがどうやら、勝手に退魔師の真似事をし始めたようで」
「牛鬼の案件は?」
「どうやら、村長を利用し、鬼を喚び出させたところを倒し、名を上げるつもりだったのではと」
「ほーん……」
「……問題はここからです」
藤原は声を潜め、黒曜を見上げた。
「つい昨日、そやつがお山に入ったのを見た、という者がいました」
「!」
それが本当なら、さっき感じた違和感とつながる可能性が高い。
黒曜は嫌な汗を背中にかきつつ、さらに尋ねた。
「そいつの名は」
「賀茂周明。賀茂家の次代宗主候補の一人です」
次回からは、りんの物語になります。
黒曜がお山を下りた後のりんは、どうしていたのか。
そして今、お山はどうなっているのか。
物語の波はだんだんと大きくなっていきます。
お楽しみにー!
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