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黒曜③

今回ちょっと短めですが、黒曜の過去が少し明かされます。

「だから言ったじゃねえか、抜かねえのかってな」


 文字通り鼻を折られ、すっかり意気消沈する天狗に向かって、黒曜は呆れたような口調で話しかけた。

 天狗の鼻は再生する。致命傷に至るものではない。だが自慢の鼻を斬り落とされた天狗は、再生するまで神通力を使えない。

 こうなると、どうあがいても勝ち目のない天狗は、黒曜に「参った」するしかなかった。


「くそっ、くそっ」

「とりあえずてめぇはもう何が出来るわけでもねえ。ガキん時の恨みを晴らしてやってもいいんだが」

「……勝手にしやがれ。おめぇと仲の良かった前のヌシを倒したのは俺だ。あん時ぁそれに突っかかってきたてめぇを返り討ちしただけだが、こうなっちまっちゃどうしようもねえ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」

「興味ねえな。前のヌシが死ぬ原因を作ったのは確かにてめぇだが、あいつは谷に落とされた俺を助けようとして、それと引き換えに死んだんだ」

「……けっ」

「ともあれ、勝ったのは俺だ。さっさと俺の波切を返しやがれ」


 天狗は黙って波切を黒曜に渡した。

 受け取った黒曜は波切を鞘から抜き、入念に確認していく。

 やがて、


「手入れもしてねぇのに錆の一つも浮いてねえ。流石はヒヒイロカネってところだな」

「……さっき俺の鼻を斬ったのもそうだろう。あれはどうしたんだ」

「お山のヌシ殿から預かってるが」

「なんだと!?」

「なんだよ」


 驚く天狗に、黒曜は怪訝そうな顔をしてみせた。


「おめぇ、それがどういう意味か……わかってるツラじゃあねえな」

「だからなんだよ面倒くせえな。手ぇ滑らせんぞ」


 言いながら黒曜が、波切の切っ先を天狗の斬り落としたばかりの鼻先へ向ける。


「やめろやめろ。……ヌシの自分の持ち物を預けるってのはな。預けている間、そいつを自分の身内として扱い、同じく想いを注ぐってぇ意味なんだよ」

「自分の……身内」

「あーあ、あの女いい身体してやがんのになぁ。こんな(ヒグマ)みてぇな肉達磨のお手付きとはよぉ」

「……口も削ぎ落とした方がいいみてぇだな」


 言いながら黒曜は立ち上がり、身支度を始めた。


「まさかこのまま鬼退治でもねえんだろ?」

「まだやらなきゃいけねえことがある。ああ、この斧くれてやっても構わねえぞ。……神通力はもう無くなってるけどな」


 そう言うと黒曜は大斧を天狗に投げ渡した。


「うわっとおおおお!? おいなんだこの重さは!! 本当に神通力が無くなってるじゃあねえか!」

「だからそう言ったろうよ。鬼の神通力が通った道具はな、そいつが死んだら一年程で消えてなくなるんだ」

「そいつをぶんぶん振り回してたってのかよ……。おめぇ、本当は鬼なんじゃねえのか?」

「ヒトだよ、一応な。……じゃあな、もう会うこともねえかもしれねえが」

「金の字」


 振り返る黒曜に、天狗は自分の扇の羽根を一本手渡した。


「……なんだこれぁ」

「何かあったらそれを空に放り投げろ。この界隈に住む天狗、総勢十八人が味方についてやる」

「どういう風の吹き回しだ」

「ふん。お山のヌシのお手付きってなぁ、そういうことなんだよ。分かったらとっとと行きやがれ。どうでもいいことで喚び出すんじゃねえぞ」

「てめぇ以外の十七人で構わんぜ。……じゃあな」


 来た時担いでいた斧の代わりに、波切の竿に荷を括り付けた黒曜は、足柄山を下りていった。


「やれやれ、慌ただしい野郎だ」


 天狗は呆れた口調でぼやいたが、やがてぽつりと呟いた。


「また会いてぇなぁ。な、金太郎……」


――――


 年をまたぎ、そこかしこに積もった雪も、間もなく解け始める時節。

 足柄山を下りて以来、黒曜はある人物の元に転がり込んでいた。


「やい、金の字。てめぇ、何時になったら出ていきやがる」

「あんたが俺の波切の拵えを作ってくれりゃ、すぐにでも出ていくって言ってんだろう」

「儂はもう刀の拵えなど作らぬと、何度言えば解るんじゃっ」


 白髪も残りわずかな老人であった。腰も曲がり、黒曜と比べれば半分ほどしかない風にも見える。

 その小男が、黒曜に向かって口角泡を飛ばし、悪しざまに怒鳴りつけていた。

 黒曜がこの老人の住む家に居座って、はや一月が経とうとしていた。


「刀の、じゃねえ。俺の刀の、だ。波切の拵えは波切を打ったあんたにしか出来ねえ。何度言えば解るんだよ」

「いつまでも口の減らねえ小僧だなぁおめぇは……。身体ばかりでかくなりやがってよぅ」

「で、どうなんだよ」

「黒鋼の鉄拵えなんざすぐに出来るかよ。……おう、そうだ。おめぇも手伝え」

「あ?」

「鋼糸がねぇんだよ。少しっつ打っちゃいるがまだ全然足りねえ。大体、おめぇのものはおめぇが自分で作りやがれぃ」


 この老人、黒曜が最初に持っていた小刀を教えた人物であった。


「分かったよ。じゃあちょいと叩いてくらぁ。……ったく、最初からそういやあいいじゃねえか」

「馬鹿野郎、この辺りじゃ年明けからの一月は鉄を打たねえってのを忘れたかよ」

「……あ」

「ほれ、分かったらはえぇとこ叩いてこい」

「はいはい……」

いつも応援ありがとうございます!


これからも応援、お願いしますー°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

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