りんと河童④
意外に長くなりましたこの章、あと一回続きます!
「……相撲か」
「……相撲、ねぇ」
「すもうってなぁに?」
河童の集落の中央。
そこは広場になっており、その真ん中には土俵が作られていた。
ここで河童族の決闘法、相撲が行われるのである。
勝負は三番勝負、先に二勝した方の勝ち。そういうことになった。
「はい、ただし勝ち抜きではなく、先鋒同士、中堅同士、大将同士、ということになります」
「なるほどねぇ」
「俺からいくか?」
「じゃあお願いするかねぇ」
「任せておけ。……相撲はちょっとうるさいぜ」
「ねえねえ、すもうってなぁに?」
「じゃあお母ちゃんが、おじちゃんがやるの見ながら教えてあげるね」
黒曜は既に着物を脱ぎ、褌一丁である。
筋を伸ばし四股を踏んでいると、対戦相手の河童が現れた。
「へぇ……」
見るなり黒曜は感心したような声を出した。
河童は本来、それほど大きなあやかしではない。ヒトより一回り小さいくらいが平均である。見た目も華奢な者が多い。それでもその腕力はヒトの数倍。
出てきた河童は、その常識を覆すものだった。
「でけぇな。……俺よりデカいんじゃねえか」
「こやつは五郎丸。……河童と鬼の血が入っております」
「ほう」
「五郎丸はこれまで30以上の土俵に上がり、その全てに勝っておりまして」
「ああ、そういうのはいい。……なるほど、こいつぁ楽しみだ」
言われた五郎丸は黒曜を一瞥すると、無言で土俵に向かった。
「五郎丸は言葉が話せませぬ」
「……生まれつきか」
「はい。こちらの言葉は理解しておりますが、発することが出来ませぬ」
「なるほどな。……つまり、あの態度は挑発、ということか」
そう言う黒曜に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「……面白え」
「楽しそうだねぇ……」
「正直堪らねえな」
りんの言葉に応えると、黒曜は褌をぱん、と一つ叩いて土俵に上がった。
「行司は長さんかい」
「代々長がやると決まっておりましてな。河童族の矜持として、贔屓目は持ちませんので」
「そんなこたぁ心配してねえよ。……じゃ、やろうか」
「……」
黒曜と五郎丸が向き直った。
神事として執り行う相撲は土俵に清めの塩をまくが、これは決闘である。
戦地に出向き、屠る。それだけのことだ。
決まりごとは三つ。
素手であること。
足裏以外が土俵につけば負け。
土俵から出れば負け。
他に約束事はない。
「はっきよい」
長が声を出した。
途端に土俵の空気が変わる。
黒曜と五郎丸が、互いの眼を睨みながら、ジリジリと身体を下げていく。大きく広げた脚に、深い筋が何本も入る。
互いに左拳を土俵につける。
相撲は初手で決まることが多い。
それだけ当たりが強烈なのである。
黒曜と五郎丸ならばそれは尚更の話だ。
――だが、その力が拮抗するとしたら。
「んんっ!!」
「あ゛っ!!」
同時に右手を着き、そのまま全力で突っ込む。
ごぉん、と重く鈍い音が響き渡る。
黒曜と五郎丸の額がぶつかる音であった。
二人はそのままの体勢で脚を大きく前後に開く。
意地の張り合いである。
いきなりの熱戦に、観ているりん達の声援も熱を帯びる。
「おじちゃんっ!! 頑張って!!」
「黒曜っ!」
「そのまま押せっ、五郎丸!!」
「んぐっううっ!!」
「お゛あ゛っ!!」
お互いに顔が赤く染まり、頸の筋が太く浮き出ている。熱により立ち上る蒸気と、ぶるぶる震えるその身体が、どれほどの力を出しているのかを物語っていた。
やがてその拮抗は、意外な形で崩れることになる。
二人の発する汗で、ぶつかり合う額が滑ったのである。
「おあっ!」
「おうっ!」
互いの身体が右に傾く。
が、その気を逃す黒曜ではなかった。
傾きざま、最短距離で突き出した左の掌が、五郎丸の喉を捉えていた。
喉輪である。
「お゛っ!?」
黒曜の左腕を、五郎丸が両腕で掴み上げる。
爪が腕に食い込み、数筋の血が流れるが、黒曜の喉輪が外れることはない。
そのまま黒曜は、左腕を大きく突き上げた。
「んん……ぬぅああああっ!!」
「おじちゃんっ!!」
「信じられん……」
「五郎丸が……」
「う、浮いてる……?」
五郎丸は背が高いだけではない。恐らく肉の量は羆とそう変わらないだろう。
それを黒曜は、左腕一本で吊り上げたのである。
「んんんっ!!!!」
「があああっ!!!!」
その巨大な身体でもがき、抗う五郎丸に、黒曜の手が一瞬緩んだ。
その一瞬の隙をついて喉輪から逃れた五郎丸は、着地した低い体勢からそのまま、黒曜の腰に肩からぶつかっていった。
その勢いに、黒曜の身体は軽く浮き上がる。
そして。
――次の瞬間、勝負は決まっていた。
黒曜は、自分が浮き上がった体勢のまま、五郎丸の背中をはたき込んでいた。
「……こっ」
長の声が一瞬詰まる。
そして。
「黒曜殿の勝ちぃっ!!」
「おじちゃあん!!」
「うおお、五郎丸ぅっ!!」
「あの五郎丸が……うそだろ」
「……さすがだねぇ、黒曜殿」
黒曜は、倒れている五郎丸に近づき、腕を取って身体を起こした。
「……やばかった。あの時、お前さん、俺の横っ面を狙っていたろう」
「……」
小さく頷く五郎丸に、黒曜はニヤリと笑ってみせた。
「お前さん、デカいからな。同じくらいデカい相手とやったことがなかったのが敗因だ。横から張るより、目の前に突き出すほうが早く届くんだ」
「……お゛」
「またやりてぇならいつでも相手になってやる。……勝ちてぇってツラしてるぜ、五郎丸よ」
黒曜と五郎丸は軽く目線を合わせ、笑っていた。
土俵を降りた黒曜に、りんとふうが近寄ってくる。
「おじちゃんすごい! かっこよかった!!」
「おう、ありがとうな。ふうの声もちゃんと聞こえてたぜ」
「……それにしても、あの五郎丸ってのも大したもんだねぇ」
「あいつは鬼の血が濃いな。鬼ってのは言葉を話せねえやつが多い。……それにしても、随分楽しんだみたいだな? りん殿」
「え?」
「聞こえてたぜ。俺の名前を叫んでたじゃねえか」
「あっ。あれは、その、つい力が入って……」
「……ありがとうな」
本当に自然な行動だった。
黒曜の大きな手が、りんの長い銀髪を、一度だけ撫で付けていた。
「……あ」
「次はお前さんだ。……ちゃんと観てるから、いいとこ見せてくれ」
黒曜の行動にあっけに取られたりんは、みるみるうちに頸まで真っ赤になっていった。
「……ばか」
小さく呟くりんの声は、黒曜に届いたかどうか。
「……よし」
自分の頬を軽く叩き、りんは作務衣を脱ぎ捨てた。
いつも応援ありがとうございます!
感想や評価などもお気軽に。お待ちしてますーヽ(=´▽`=)ノ