りんと河童②
さて、だいぶ様相の違う章になっております。
まあでも、こういうエピソードもあっていいかな、と思っています。
楽しんで頂けたら幸い(*´-`)
黒曜が三吉を川で見つけた頃。
土砂の崩れた上流では、数人の若い河童たちが、目まぐるしく動き回っていた。
「三吉のやつ、上手いこと拾われたかな」
「大丈夫だ。ヌシ様のとこのちびが、この時期になるとハヤを獲りに川に降りてくるのは分かってる」
「でもよう、最近あそこの庵に、熊のケモノビトが出入りしてるって話だぜ」
「そんなもん、とっくに冬ごもりしてるに決まってるだろう。物見に行ってる四郎がじきに戻ってくるから、やるかどうかはそれからでもいい。今は、やる時に困らないように準備しておくぞ」
河童たちは、崩れて土砂の積まれた川底に、更に岸から石や土を運んでいる。それにより川の流れが細くなり、反対に勢いは増していた。
近くから運んでいるおかげで、川岸もぐずぐずに崩れており、今の状態では河童はともかく、普通のケモノビトでは越えるのにかなり時間が掛かるようになっている。
「分かってるよ。……それにしてもあの薬さまさまだなぁ。あの潰れた村から盗ってきたんだろ? まさかこれで、あのヌシ様と“ソイヤソイヤ”出来るとは……」
「まだ出来ると決まったわけじゃねえ。そもそも、あの薬を三吉がヌシ様に飲ませないことには始まらねえんだ。……ま、飲んじまえばこっちのもんだ。いくらでも、好きなだけソイヤソイヤ出来らぁ」
「おぉ……堪らねえなぁ」
「次郎吉よ、お前よくこんなこと思いついたなぁ。俺たちの中で一番泳ぎの上手い三吉を溺れたことにしてヌシ様に助けさせて、送らせて……」
「そんで、土砂を回り道させて、薬飲ませて痺れさせてからソイヤソイヤだろ? お前とんでもねえ悪党だよなぁ」
河童たちは下卑た笑いを隠しもしない。
つまり彼らは、りんを拉致して良からぬことをいたしてやろうと画策していたのである。ソイヤソイヤとは河童の言葉で、つまりそういう行為を指す隠語である。
それから彼らは、ただ黙々と川底に土を運ぶ作業を繰り返した。しばらくそうしていると、物見から四郎が息を切らせて帰ってきた。
「き、来た! 三吉がヌシ様を連れてくるぞ!」
「よし。こっちもこんなもんだろう。あとは三吉が上手いこと誘い込んで薬を飲ませれば……」
「それが、もう薬飲ませてるんだよ! 助けてくれたお礼ですとか言いやがって馬鹿のくせによ! おかげでヌシ様は、いつもよりずっと足の運びが悪いぜ」
「おお! 三吉のクセにでかした! ……よぉし、じゃあ話は早え。どっかで休みましょうくらい言えばその場でソイヤソイヤだ」
「でもよ、イチの兄貴」
「なんだよ」
「三吉だよ。……あいつ、馬鹿だぞ」
「……」
「折角いい感じに持っていったのに、何も考えずに台無しにする感じのバカッパだぞ」
言われたイチは少し考え込んだが、そもそもがこんな穴だらけの計画をやろうという位である。細かいことを考えられるような脳の作りはしていなかった。
「まああれだ、痺れちまえばこっちのもんだ」
「まぁ、そうなんだがな……」
それで納得するあたり、次郎吉もそう大した頭ではなかった。
――――
「ヌシ様、もう少しで土砂の場所ですよ」
「……そう、か」
りんの少し前を三吉が歩く。時折気遣うように声を掛けている。
りんの状態を確認しているのである。
三吉の見る限り、りんの受け答えは明らかに鈍っていた。それだけでなく、足元もおぼつかない様子である。木の根に足を取られるなど、普段のりんではまずあり得ないだろう。
(よしよし、いい感じに痺れてるな。こないだイチの兄貴が試してみたら、丸一日動けなかったからなぁ。それなのにあれだけ歩けるのは驚いた。さすがヌシ様だなぁ)
などと、変な所で感心している三吉である。
やがて二人は、土砂の場所に差し掛かった。
「三吉殿」
「はい、なんでしょう」
「今日は体調が優れぬようでねぇ。この辺りで少し休んでいきたいのだけど、構わないかねぇ」
「お、きた」
「え?」
「い、いえいえ、なんでもございません。……もう少し歩いた所に、開けた場所があります。土も柔らかく、草木もある所なので、そこで一休みとしましょう」
「いや面目ない。普段ならこんなところ、ちょいと一跨ぎで済むんだけどねぇ」
三吉に案内されて着いたのは、果たしてイチ達の待ち受ける原っぱであった。
りんはここまで辿り着くのに更に消耗したのだろう、着いた途端にその場にへたり込んだ。
「はぁ……」
「随分とお疲れですが、どこかお悪いので……?」
「なんだろうね、庵を出るまでは全然平気だったんだけどねぇ……」
「……なるほど」
「ん、どうしたんだい?」
三吉の呟きに、りんはこれまでと違った表情を見た。
「効いてるみたいですね」
そう言いながら右手を高く上げる三吉。
すると、イチ、次郎吉、四郎を先頭に、総勢十数人ほどだろうか、若い河童たちがぞろぞろと現れた。
「……これはどういうことだい? 三吉」
「ヌシ殿、わざわざおいで頂いて、恐縮でございます。お加減はいかがでしょうか。……その、痺れなどは?」
「……あんた」
ニヤニヤとした笑いを貼り付け、慇懃無礼とも言える態度のイチに、りんは流石に苛ついた。
「いや、最初はこんなにいなかったんですけどね。身体が痺れて動きの取れないヌシ様なら、ソイヤソイヤ出来るってちょこっと漏らしたら、こんなことになってしまいまして」
「……ソイヤソイヤ?」
「まぐわい、という意味ですよ」
それを聞いたりんはあっけにとられた。
そして数呼吸の後、額に青筋を立てながら微笑んだ。
「……そういうことかい」
言うなりりんはその場に寝転がり、反動で飛び起きる。
驚く河童達を尻目に、りんは手脚を振り、肩を回した。
「え? あれ?」
「あ? あぁ、あんた、本当に私が痺れてると思ってたのかい?」
「い、いや、だって」
「あんたがくれた水に何か入ってたのはわかったよ。ちょいと舌にじわっときたからね。……でもね」
りんはニタリ、と、本当に楽しそうに、肉食獣の笑いを浮かべた。
「あの程度の薬でどうにかなるようじゃ、ヌシなんてぇのは務まらないんだよ」
「そ、そんな……」
「何を企んでるのかが分かるまでは様子見だと思ってたけど、まさかそんなこと考えてたとはね……。大方、成人の儀を失敗したってのも嘘なんだろう?」
「う……」
「まあ、いいさね。……で、どうするんだい?」
りんの眼光が鋭くなる。
相変わらず笑顔ではあるが、その裏の感情が透けてみえる。
「ど、どうするって。……いや」
問いかけられたイチは周りをキョロキョロ見回すと、宣言した。
「よぉし、構わねえ! いくらヌシ様でも、剛力でならした河童一族十人以上を相手に出来るわけがねえ! このままやっちまうぞ!!」
それを聞いたヌシは更に獰猛に嗤った。
「いいだろう。見事私を組み伏せたなら、抵抗はしないよ」
河童たちは目の色を変え、今にも襲いかかろうとしていた。
「……ただ、覚悟はしておいで」
この後の阿鼻叫喚を、若き河童の戦士たちは誰一人想像することが出来なかった。
いつも応援ありがとうございます。
次回、りん大活躍、そしてやつらも登場します、お楽しみに!
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