ギリギリ・バッテリー
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
ああ、もうバッテリー切れか。参ったなあ。
どうも最近さ、電池を使ったコンパクトバッテリーチャージャー、追いつかなくなっているんだよね。使う時には説明書通り、ケータイの電源を切っているんだけどさ、いざつけてみても、充電前と全然変わらないバッテリー残量が表示されていてさあ。参ったよ。
チャージャー自身、稼働しているランプもついているし、熱も持っている。頑張っているのは分かるんだけど……「無能の働き者は云々」って言葉が、つい頭をよぎっちゃうよ。
年季の入ったものだとさ、熱を帯びることに始まって、色々な異状が起こるのは君も実感しているだろ? そいつらをひとからげに、「経年劣化」と片付けるのは簡単だ。
盛者必衰の理……時間が経てばいつかは滅びること、誰しも自然と学んでくるからだろう。だからこそ、都合のいい隠れ蓑にしたてあげられることもあるようだ。
ちょっと友達から聞いた話なんだけど、耳に挟んでおかないかい?
その友達は初めてケータイを手にした時、念願のブツを手に入れたって大はしゃぎでね。定額プランに入っているのをいいことに、昼夜を問わず友達と連絡を取り合ったり、ネットサーフィンに興じたりしていたらしい。
ちょうど思春期真っ盛り。異性に対して表向きは邪険に接しながらも、内心では興味津々。そこへ現れたインターネットというツールは、友達の興味がおもむくままに、むさぼられることになった。
寸暇を惜しんで、ケータイをいじる友達。当然のことながら、充電器もお供をさせられ、酷使の一途をたどる。
家の中はおろか、学校などの公共の建物や、喫茶店の中にある業務用のコンセントなどを人の目を盗んで充電することもあったそうだ。
数ヶ月が経ち、アドレス帳の中身も、ネットサイトのお気に入り登録もおおよそ固まってくる時、友達はケータイを持つ手が、以前より熱くなっていることに気がついた。
もしやと、今まで触っていたケータイの裏側を指先でそっと触れてみると、カバー越しでも分かるくらい、異様な熱を帯びている。
――電池の熱が取れなくなって、充電があまり持たなくなってくるとさ。電池の寿命が近づいてきている証拠なんだって。
クラスメートから聞いたこと。そういえば買ったばかりの時、ケータイのバッテリーは充電なしでも3日は持っていたはず。それが今は2日と持たず、充電器のお世話になっている。
完全に0パーセントにしたことはない。切れそうになるのを見たら、即充電している。
友達は、ケータイとの蜜月に、すっかりのめりこんでいた。
更に一ヶ月後。放課後の教室で、通りかかる先生の目を盗みながら、充電器をつなぐ友達に、一緒にいたクラスメートの一人が、声をかけてきた。
「ねえ。ケータイに電話かメール、来てるんじゃない?」
言われて、友達は改めて画面を見るけれど、応答準備の状態になってもいなければ、メールの通知もない。
「ケータイのランプが、時々緑色に光るから、てっきり受信したんじゃないかと」というクラスメート。
ひっくり返してケータイの表面を見てみると、充電中は常に赤い光をたたえ続けているはずの受信ランプ。そこが思い出したように、緑色に点滅するんだ。
着信があったことを示す光。かといって、電話の履歴は残っていないし、新着メールの問い合わせをしても、「新しいメールはありません」という結果。
――壊れた? でも、他の機能に影響はないし……手元に置いといても、問題ないよね。
友達は構わずに、またケータイをいじり始めたみたい。
それから友達は、ケータイのランプを気にするようになった。どうも、充電している時、していない時を問わず、緑ランプが点滅する時がある。本当に電話やメールの時もあるけど、だいたい半々くらいの割合で、勝手に光っているようだった。
友達は明らかに異状を感じながらも、誰かに相談するという気にはなれなかったらしい。
――早く直ってくれよお。
学校からの帰り際。ケータイをいじりながら、ぼやく友達。
普段と同じことを繰り返しながら、違う結果になることをひたすら待ちわびる。自分勝手と他力本願、ここに極まれりだった。
「……こちら粗大ごみの回収車です」
ザザーというスピーカーの音がしたかと思うと、後ろから放送を流しつつ、青い軽トラックが徐行運転で自分を通り過ぎていく。
幌はついておらず、左右を戸板でさえぎっていて、後方からなら積み荷を確認する余地がある。とはいえ、中身が入っていた試しはない。
ここのところ、よく見聞きするな、と友達は思った。
「オートバイ、自転車、パソコン、テレビ、ラジカセなど、ご不要なものがあれば……」
徐行とはいえ、徒歩の人間を引き離すのには十分な速さ。目の前の交差点を左折しつつ、トラックは姿を消していった。
それからひと月ほど経った頃。友達のケータイ機能は相変わらず問題なかったものの、バッテリーに関しては、ぷっくりと空気を入れたかのように膨らんでしまっていた。
――本当に古くなったバッテリーってね。パンパンに膨れちゃうんだよ。こうなったらもう限界だから、早めに交換した方がいいんだって。
実際に、もう本体裏側のカバー内に納めることができなくなっており、バッテリーはむき出しの状態。それを指の腹で押さえることになりながらも、友達はまだ手放す気になれず、ぐずぐずしていた。
――でも、やっぱり手放せない……考えたくない……。
当時の友達は、いざとなれば自分でバッテリーを買い、交換するということに関して、拒否反応を持っていた。この手の精密機械に、ど素人の自分が触って壊してしまうのを極端に怖がっていたんだ。
修理関連はすべて、専門家に任せる。そうすれば、何かあっても向こうで責任をとってくれるはず。
その点、自分でいじって何かしてしまったら、修理も受け付けてくれないはず。そんな形で別れるなんて、御免だ。
――本当に、本当にケータイが壊れてしまわないうちは、ずっと手元に置いておこう。
受信ランプのウソ点滅は、ひときわその数を増している。
部活で遅くなった日の帰り。外はすっかり暗くなっていた。
バッテリー異状は疑いない。部活が終わるまで、更衣室の片隅にあるコンセントで充電し、100パーセントになっているのを確認したはず。
それが学校を出てからの十数分で、みるみるうちに残量は減り、30パーセントを下回る。 せめて、家に着くまで持ってくれよと祈る友達の耳に、また例の放送が。
「……こちら粗大ごみの回収車です」
またか、と友達はとっさに足を速めた。
この一ヶ月の間、自分がどこに出かけ、どこから帰ろうとも、二日に一回は、この粗大ごみを回収するトラックの姿、もしくは放送を確認する羽目になっている。
そして、今回のトラックは変だった。これまでの徐行に比べて、明らかにスピードが違う。
あっという間に後ろからやってきて、自分に並んだトラック。その運転手が窓を開けていうんだ。
「兄ちゃん、そのケータイのバッテリーを抜け!」
知らない人に忠告を受ける筋合いはない、と友達は走り出した。
国道ほどではないが、車通りの多い道だ。事実、トラックの十数メートル前には、赤信号待ちの車がある。あそこまで行けば。引き離すことができるはずだ。
「電話もメールもないのに、ランプが光ったりしなかったか?」
どこで自分のことを見ているんだ。変態野郎、と頭の中で毒づきながら、友達は足を緩めない。対するトラックは、もうブレーキをかけないと玉突きしてしまう距離まで来ていた。
これで振り切れる、と考えた矢先。「バタン」とトラックのドアが開く音がした。
振り返ると、あの運転手だ。座席から歩道へ飛び移ったかと思うと、猛烈な勢いで自分を追ってくる。そして、速い。
前へ向き直った時には、すでに後ろから口を押さえつけられ、ケータイを持った手をねじりあげられていた。あまりの痛みにケータイを取り落としてしまう。
運転手の力は強い。口と頬を覆ったまま、首をひねり折ることもできそうだった。
「時間がない。暴れたり、騒いだりしないこと。黙ってついてくること。守らなければ、首を折る」
脅しているというより、急いでいるという口調。友達もこくんこくんと、うなずくよりない。手はねじりあげられたまま、口から手を外した運転手は、ケータイを拾い上げる。
そのまま、交差点脇。ガードレールの合間を抜けて、田んぼの中。更にそのはずれにあるひと気のない木立の中へ連れ込まれる友達。
ほとんど陽が沈んでしまったこともあって、木々の中は視界が利かないと思っていた友達。だが、運転手の手元の中で赤熱に輝いているものがある。
あのバッテリーだ。よく見ると、どくんどくんと脈打つように、表面が更に膨らんだり、へこんだりを繰り返している。
「どうやら間に合ったみたいだ」
ふう、と息を漏らす運転手。そして、握っている友達のケータイを足元へ放り出すと、右足で強く踏みつけたんだ。
抗議の声をあげかけたところで、腕をあらためてひねりあげられ、悲鳴に変えさせられる。そして運転手が足を持ち上げた時、そこにはケータイの残骸などはなく、大きなミミズのような生き物が横たわっていたんだ。だが、その胴体には、赤ん坊の手足らしい突起が見受けられた。
「バッテリーの回収、良く呼びかけているのは知らないか、兄ちゃん。どうもな、そのバッテリーを気に入っちまった奴が増えているんだよ。どうも自分たちのメスと勘違いしたらしくって、しばしば『夜這い』みたいに入り込んでくるんだ。で、放っておくとこいつが生まれる恐れがある。だからこうして、堕胎させてんのさ」
次からは、もっと早くにバッテリーを出せよ、と運転手はポケットの中に手を突っこみ、ケータイを取り出す。
外見からデータまで、友達のものそっくりのケータイだった。
運転手はそのまま去っていってしまい、まだ再会していない、と友達は話していたよ。