問題児の母、現る
ファンダーソン伯爵の妻、ケイリー・ヴァン・ファンダーソンは3人の娘の母とは思えないほど若々しく、そして美しい女性である。
すらっとした細身の身体に切れ長の涼しげな瞳。そして、ちょうど肩につくぐらいの女性にしては短めの銀髪。
男性の装いをしたら…いや、しなくても夫である伯爵が霞むほどの麗しさを持つ伯爵夫人にはある秘密があった。
コンコンと部屋の扉が優しく叩かれ、ケイリーが返事をする前に開かれる。
そんなことをするのはケイリーの知る限り1人しかいないので、彼女は振り返ることなく侵入者に声をかけた。
「早いね、ライラ」
「ふふ、待ちきれなかったのよ」
クスクス笑いながら部屋に入ってきたのは、美しいブロンドの髪が印象的なとびきりの美女だった。
雪のように真っ白な肌に優しげな垂れ目。
ぷっくりとしたピンク色の唇も含め、全体的におっとりとした雰囲気で母性が垂れ流されている。
彼女はクスクス笑いながら堂々と部屋を横切り、椅子に座って書き物をしているケイリーに近寄る。
そして流れるような仕草で背後からケイリーの体に抱きついた。
「またお仕事?身体壊すわよ」
ライラと呼ばれたその女性はケイリーの手元を覗き込んで呆れたような心配するような表情をする。
「仕方ないよ、働いてないと落ち着かないんだから」
「厄介な体質ねぇ。カルロス達に任せていればいいのに」
カルロスというのはライラの夫でファンダーソン領の上隣を治めるツォレルン伯爵のこと。
現在はケイリーの夫、ミカエルと一緒に王宮で職務に就いている。
つまりライラはケイリーと同じく伯爵夫人という貴族の中でも超高位の立ち位置にいる人だった。
「あの2人は王宮のことで手一杯だからね。ちょっとした2人の時間まで潰してあげたくないし」
「…そうね、カルロスが送ってくる手紙には毎回貴女の旦那との惚気話が書いてあるわ」
「…それは、その…ごめん」
到底それぞれのパートナーに対する発言とは思えない台詞。
これこそがケイリーの、というより今代のファンダーソン、ツォレルン両伯爵夫妻の持つ秘密であった。
ケイリーとライラはもともと同じ学園に通う友人同士だった。友人、というより最早恋人同士だと言っても良いぐらい仲が良かったが。
そしてお互いに婚約者がいた。
それぞれ仲は良好だったが、それは恋愛的な感情ではなく、完全に親しい男友達のような存在だった。
そして、事件は起こる。
それはお互いの婚約者を紹介したときのこと。
初対面したミカエルとカルロスがイイ感じになってしまったのだ。
そして4人は考えた。
ケイリーはライラを、ライラはケイリーを、ミカエルはカルロスを、カルロスはミカエルを…と言った具合に好きな人が被らないのなら、もういっそのことそこでくっついちゃえばいいんじゃないか、と。
そしてみんな子どもは好きだったから、夫婦として結婚もして子どももいるけれど、恋愛感情を持っている人は別にいるというちょっと変わった関係が始まったのだ。
「ねえケイリー、お仕事ばかりしてないで私にも構ってちょうだい」
ライラが拗ねたように口を尖らせ、ケイリーの頭に顎を乗せる。
それと同時にケイリーの背中に当たる柔らかい感触。
「いつも思うんだけど、それわざとでしょ」
「ふふ、何のことかしら」
色気たっぷりに耳元で囁くライラに諦めたようにため息をつき、ケイリーはゆっくりと上を向く。
「あら、これはキスしても良いってこと?」
「他に解釈があるならどうぞ」
「ないからするわね」
言うや否や、ライラはケイリーの頬に手を添えて口づけをする。
トロッとした甘い感触に脳が蕩けていくのを感じながら、ケイリーは無意識のうちにライラの太ももに指を這わせていた。
「続きはベッドで、ね」
「ええ、久々だから優しくしてちょうだい」
「どの口が言ってるんだか」
「ふふ、さっきまであなたにキスしていた口よ」
そして圧倒的な色気を放ちながら、美女2人は流れるような動きでベッドにインしたのだった。
その頃、ウェスト学園では…
(そう言えば今日はお母さまケイリーさまのところに行ってるのよね。うん、100%朝帰りだわ)
おなじみの無表情フェイスの下でシーナがそんなことを考えていた。