問題児の姉、襲われる
今回はラクリアの姉のマリア視点です
翌日。
マリアは完全に寝不足だった。
理由はもちろん昨晩のこと。
あの後、ノーリアに引き摺られていくラクリアを見送って眠りにつこうとしたマリアだったが、身体が変にムズムズして結局一睡も出来なかったのだ。
(授業中眠らないか心配だわ)
学園に向かう馬車の中でマリアはウトウトしながら考える。
ちなみに馬車の中はマリア1人だ。
いつもならノーリアも一緒なのだが、なにやら昨日遅くまでラクリアを説教していた影響で起きるのが遅くなってしまったらしい。
マリアは朝に強いのだが、ノーリアは朝に滅法弱く、今日は別々の馬車で学園に向かうことになった。
「ごきげんよう、マリア」
学園の門の前で馬車から降り、校舎に向かうマリアの後ろから声が掛かった。
振り返ると、そこには見慣れた友人の姿が。
「ごきげんよう、シーナ」
シーナ・フォン・ツォレルン。ツォレルン伯爵の一人娘でブロンドの髪と無表情がトレードマークのマリアの親友だ。
「珍しい、隈ができてるわよ」
シーナはマリアの顔を覗き込み、目ざとく友の異変に気づいた。
実はシーナ、顔には出さないがマリアのことが大好き過ぎて普通気づかない小さな変化にも気づくことができるのだ。
マリアに婚約者がいないのはこの人のせいといっても過言ではない。
「やだ、本当?昨日なかなか眠れなかったのよ」
「何かあったの?」
「え、ええ、まあ」
言葉を濁すマリアに、シーナの目がスッと細められる。
(まさか男と会ってたなんてないわよね。もしそうだったらソイツには死んでもらうしかないわ)
物騒なことを考えていたシーナだったが、マリアの次の言葉にほっと息を吐いた。
「妹がなかなか寝させてくれなかったのよ。お陰で寝不足だわ」
なるほど妹の遊び相手をしていたのかと平和的に考えたシーナ。
もし真実を知ったら、シーナは発狂するだろう。
羨まし過ぎて。
『お2人が並んでいると絵になるわ』
『ええ本当に』
他の生徒が遠巻きに見つめている中、2人は並んで教室まで歩く。
1人でいる時でさえ目立つのに、魅惑のダイナマイトボディを持つマリアと、無表情フェイスながら整った顔立ちのシーナが一緒にいるとそれだけで周りが霞むほどの存在感を放つのだ。
(それにしても眠そうなマリアも可愛いわね。今からでもベッドに連れ込みたいわ)
シーナはちらりと親友の顔を仰ぎ見、頭の中で危険極まりない願望を巡らす。
シーナがそんなことを考えているなど露知らぬマリアはのんびりと欠伸を噛み締めた。
「あら、埃ついてるわよ」
ちょうど教室に入るタイミングで、シーナがマリアの首元についた小さなごみに気づいた。
手を伸ばし、ひょいっと取ろうとすると…何故かそのごみがカサカサと動いた。
そう、まるで虫のように。
「っ…」
それは何故かマリアの胸部の谷の方へ下っていく。
(うっ、うらやまし……じゃなくて)
事態を把握したシーナは反射的にマリアの手を取って教室を出る。
幸い、マリアはまだ自分の身に降りかかった悲劇に気づいていない。
しかし気づいてしまえば、パニックになるのは避けられないだろう。
誰だって、今自分の胸に虫がいるなんて事実を知ったら平然としていられるわけがないから。
だからシーナはマリアが気付く前にこの状況をどうにかしようと、彼女を人気の少ないところに連れて行くことにした。
「どうかしたの急に?」
「緊急事態だから付き合ってちょうだい」
困惑するマリアの手を引きスタスタと歩くシーナ。
そしてシーナは階段の脇の小さなスペースで足を止めると、マリアと向き合い……
「っ!?」
おもむろにマリアの胸に手を突っ込んだ。
「な、何するの!?」
マリアは親友の奇行に顔を赤くして手を払おうとする。
けれど、シーナは真剣な顔でひたすらマリアの胸を弄るだけでびくともしない。
(そ、そんなにいじられたら…)
シーナの手が少し強引に動いた時、マリアの口から色っぽい吐息が漏れた。
どうやら昨晩の不完全燃焼が今になって再発してしまったのだ。
「もぉやめてぇ…」
マリアは弱々しく体を震わせて訴えるが、シーナは虫捕りに夢中になっているためその訴えは届かない。
「ふぅ、取れた」
そしてやっとシーナが虫を捕まえた時には、マリアはもう立っていられずペタンと床に座り込んでしまっていた。
「どうしたの?顔赤いわよ、マリア」
「…もうシーナなんか嫌い」
まさか自分のせいだとは露ほども思っていないシーナはマリアの発言に深いショックを受けた。
(き、きらい?今マリアきらいって言った?)
あまりのショックに足元がふらつくシーナ。
マリアからしてみれば嫌いの一言も言いたくなる状況だろう、これは。
その後、腰が抜けてしまったマリアをシーナが保健室に連れて行って、そこでも一悶着あったのはまた別のお話。