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灰人形にアイの詩を  作者: 天根
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少女騎士は灰となって

2009年10月19日

歴史になくて、未来にあるものは何だ?と問われればだいたいの人間は頭を悩ませると思うが、この問いの答えは一つしかないと思っている

答えはIF。もしあの瞬間にどうなっていたら、こうしていたら? 歴史学や神学の学士からすればこの手の問いは、自分の有り余る才能を押し込めるいい題材なんだろうが俺からすれば些細な問題としか言えなかった。

なぜなら俺が知っている限りどんな魔法を使っても時間は戻らないし、知能種と呼ばれる人間、エルフ、ドワーフ、リザードマンの四種族の知恵を絞ってもこの先時間の神様とコンタクトをとることは叶わない。

その四種族も今はユーラシア大陸の覇権と異教徒の排除、新天地と暗黒大陸へと踏み出すのに大忙しだ。時間を戻す研究なんてものより、この世界の覇権のほうが大事だと見える。

何回も繰り返すが、時間も死者も戻らない、そう思っていた。


「お願い!私と一緒に世界を元に戻して!!」


「言っている場合か!早くこっちへ!!」


ボロボロの廃教会で、異教徒に殺されながらも命乞いではなくすがるこの少女。

見たこともない服と、見たこともない顔立ちの、おそらく純粋な人間種であろうこの少女が

見知った言語で話しかけてくる。この 鹿原希海≪かはら のぞみ≫と出会うまでは




2009年10月1日

歴史にイフなんてないが信条の俺、空汰=ルインベルグ が所属している教会からの指令を受けて異教徒狩りのために仲間数人と敵のアジトへと潜ることになった。

警戒を緩めていたわけでもないのに奇襲を受け、仲間が一人俺をかばって敵の毒矢を受けて虫の息になるまでは もし!なんて思っていられるほどの時間もなく、本当に一瞬だった。

物陰からの俺への一撃に、まっさきに周囲の変化に敏感なリザードマンのパイルが反応したのも奇跡としか言えないような一撃を、彼女は俺を突き飛ばすことによって防ぎ貫かれた。


「パイル!!おい!しっかりしろ!!目閉じるな!!」


「空汰先輩!!パイルさんを!僕は追撃に行きます!くそっ!くそっ!」


「カイン!頼む、くそっ血が、血が止まらない!!B班!聞こえるか、パイルがやられた!治療師を大至急よこしてくれ!!止血剤だけでもいい!!」


「こちらB班!敵の奇襲をうけてそっちへ行けない!!」

後方のB班に念話魔法≪チャリング≫で応援を頼むも、期待はできなかった。

どくどくと音を立てて傷口からあふれる青色の血。リザードマン特有の青血が俺の手を濡らす。


「空汰…いるの……」


「いる、ここにいるっ!!だから死ぬな!!死なせない!!くそっ!B班早く止血剤を持ってこい!!おいB班」


「空汰先輩!」


「カイン!!止血剤をもってないか!治療師を連れてきてくれ!!」


「空…汰。もういい、私は、もう」


「馬鹿言うなパイル!死なせるもんか!!リザードマンのお前が、こんなんで死ぬわけないだろ!おいカイン!早く治療を!!」


「空汰先輩、パイルさんの話を聞いてあげてください、もう」


「空汰、ありが…」


「パイル=エヴァンスの灰化を確認2009年10月1日、14時27分です。空汰先輩。」

感謝の言葉だったであろう彼女の今際の言葉に何も伝えられず、ただ握り返した手が熱を残さず灰になって消えていく。

この日、パイル=エヴァンスという名前のリザードマンの少女騎士は、ドッグタグ一つを残して、一瞬で灰となって消えた。

16歳だった。





2009年10月2日

「知能種の雑種である俺らは、死ぬ瞬間に灰になる。だから俺らは灰人形と呼ばれる…か。なんなんだろうなぁ」


パイル=エヴァンスの葬式は執り行われず、書類に灰化見届けのサインをするだけだった。もう何回もしたこの作業の意味は、証拠の滅却だ。

灰人形の俺らは、純粋種の方々のような立派なお葬式なんて挙げてもらえない、それどころか生きていた証すらなくなる。そしてユーラシア大陸の中央にすむ純粋種の方々は、俺ら灰人形が灰となるのをしらない。

そして灰人形、俺ら異端狩りの騎士が、純粋種の住む、新しい聖地のために灰を流しているのも、知らない。

異端狩りの騎士は教会の狗だ、ユーラシア大陸にまだ数多くいる異端者や異教徒を狩り殺す。

昔の聖人の権能を狩りだされ、殺しつくして殺されれば灰となって消える。

教会からすれば、死ねば証拠が残らない俺ら灰人形は使い勝手がいいのだろう、ここ50年で数多くの灰人形が灰となって消えていった。

俺のお父さんも、お母さんもそうらしい


「異教徒なんて、いなくなればいいのに………」


「その意見には全面同意だ。ルインベルグ卿」


「司令官。いらしていたんですか」


「ああ、灰人形が一つ崩れ落ちたと聞いたが、特段問題もないだろう。」


「……はい。」


「よろしい、ならばさっそくだがルインベルグ卿には引き続き異教徒狩りを申し付ける。」


「……承ります。」


「うむ、任務内容は貴卿のところが取り逃がした毒矢のテルラの排斥。しっかり頼むぞ、灰人形殿」


ニタニタと死人が出ないかと期待している視線を受けても、純粋種には逆らえない。


また戦場に行くのかと思いながら、ゆっくりと頭を下げて傅いた。








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