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半堕天使フェル  作者: 蒼すだま
Ⅰ章
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5話 知らせは突然に



こんなにも想っているのに。








   +   +   +




天界は昼も夜もなく、常優しく明るい光に包まれている。

しかし人界で言う年に一度、どうしてかわからないが天界が暗くなるのだ。

これを天界の神々は闇の日と呼んでいる。

フェルの母はちょうどこの日に死んだ。


天界での殺しは固く禁じられており、殺しを行うことは大罪となされ、どんなに位の高い者、権力のある者でも堕とされる。




いつものように神会議が開かれた。

いつもは雑談で終ってしまうことも多々あるのだが、今日は違った。

どこか張りつめた空気の中、オリュンポスの神々がいかめしい顔をして座っている。


「あと数日で闇の日…約束の日だ。よいな?セルザス様」


白い口髭をたくわえたの神、ゼウスが空気を震わすほどの威厳ある声で厳かに告げた。ゼウスはオリュンポス十二神の主神で、主神に相応しいたくましい容貌をしている。他の神々の目が、やっとあの忌まわしい子どもを堕とすことが出来る、とでも言うように嬉々と輝いている。

いつもは神議会に出席しないセルザスが、面倒くさそうに口を開く。


「…ああ、分ってるさ。その条件付きで

 引き取ったんだからな…仕方がない…」


セルザスは少し思案するそぶりを見せ、再び口を開いた。


「…どうせ堕とすんだ。

 …もうあいつに…本当の事を言ってしまってもいいだろ?」


「……いいだろう」



その言葉を聞いてセルザスは嬉しそうにわらった。






   +   +   +






天界の柔らかな日差しは温かく感じさせる。

穏やかで幸せな時間が過ぎてゆく。


短い金髪で白い獣のような耳をした白と黒の羽を持つ男の子が、小さく可愛らしい花の咲く花畑を駆け回っている。転んでも楽しそうにまた走り出した。

あまり遠くに行かないのよ、という声が聞こえた気がする。


その時どんっと誰かにぶつかってしまい、よろけながら2・3歩下がり上を見上げると、露骨に嫌な顔をしてその子どもを見下ろしてくる天使が3人ほどいた。彼らはこそこそ話し、嫌な顔をして、子どもをちらちら見ながら去って行った。


子どもは僅かに目を瞠って、その場に立ち尽くした。

何と言ったらいいのか分らない感情が込み上げてくる。


その時、白い腕が伸びてきて後ろからふわっと優しく抱きしめられた。

白い羽根が視界の隅に映る。後ろを見なくてもわかる。


おかあさんだ。


優しくて、温かくて。

さっきまでの不安が嘘のように消えていた。


母は子どもの手に、何かを乗せ、優しく手で包み込むようにして握らせた。

何だろうと小首を傾げそっと手を開くと、その子どもの小さな手のひらの上に紅いルビーを埋め込んだ銀色の十字架のピアスが乗っていた。

光を受け紅いルビーがきらりと光る。


フェルは後ろを振り向いた。

光がまぶしくて母の顔が見えない。

顔が分らない。

彼女は一瞬切なげな笑みをこぼした。

子どもを優しく抱きかかえていた腕がするりとほどかれ、

最後にそっと頭を撫でて、離れていく。

温もりが消えていく。


どこにいくの?

子どもは必死に手を伸ばしたが、遠ざかる母の手には届かない。明るかった周りがだんだん暗くなっていく。子どもは不安で押し潰されそうになりながら必死で追いかけた。


まって


ねぇ、どこにいくの?!

まって、おかあさん!


おかあさん!!


追いかけても追いかけても

母に追いつくことはない。

そして闇に飲み込まれていった。



「行かないで!お母さん!」




   +   +   +





はっと目が覚めた。


じんわりと嫌な汗がにじんでいる。

机から顔を上げ汗を手の甲で拭い辺りを見回すと、そこはいつもと変わらぬ自分の部屋。夢だったことを悟り、フェルは複雑な面持ちになった。


「…お母さんの夢…?」


ぼそりと呟き、無意識に右耳の十字架のピアスにそっと触れた。冷たい金属の感触が、現実だと告げている。ついと目を細めた。

どうしたんだろう、こんな夢を見るなんて…

今までに一度もなかった。

どうしてだか、泣きたい気分になった。

その気持ちを誤魔化すかのように、全く別のことを呟く。


「いつの間に寝ちゃったんだろう…」


左頬についた痕をさする。

どうやら椅子に座って考え事をしていたら、いつの間にか寝てしまったようだ。

昨日のセルザスの表情がやっぱり気になって、あの後ずっと考えていたのだが、結局分らないまま。

やはり悩み事か、考え事か。


手を組み腕を前に突き出し伸びをして、立ち上がろうとした時、扉が開きセルザスが無言でずかずかと入ってきた。どこか様子の変なセルザスを見て、何事かとフェルは軽く目を瞠った。セルザスも自室があるのだが、よくしょっちゅう頻繁に常にフェルの部屋へ来るのだ。

フェルにだって一人で静かにしていたい時があるので、たまに迷惑だなと思うこともあるが、そんな事言えない。いつものように自分の部屋であるかのように勝手に入ってきて、フェルの前で立ち止まった。


「フェル、大事な話がある。」


いつものふざけた口調でない、真面目な口調と態度に

フェルは無意識に姿勢を正し、無言で続きを促す。

なんだろう、嫌な予感しかしない。


「フェル・ルア・ルシファンス。

 お前は3日後の闇の日に堕とされることになった。」


鼓動が跳ねた。

たっぷり三呼吸分の沈黙ののち、何を言われたのかようやく理解したらしいフェルが目を見開いた。自分が堕とされるべき存在だとは分っていたが、唐突に告げられた思いがけぬ台詞になかなか言葉が出てこない。

何かを言いだそうとしては止め、答えあぐねている。

セルザスはかまわず更に続けた。


「守れなくて…すまない…。それと…今まで隠していたのだが、

 堕天する今、隠す必要はないだろう…」


セルザスがそっと目を瞑る。

そして更に次に発せられる言葉にフェルは耳を疑った。



「お前の母は生きている。」




全ての時が止まったような錯覚にとらわれる。





フェルの目がこれ以上にないほど見開かれ

様々な感情を抱えた瞳が大きく揺れた。




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