4話 ハリネズミと青い花
皆が自分の気に入らない人を消していったら
最後にはきっと皆居なくなってしまうだろう。
神議会の十二神のうちの数名と、その他の天使数名がが口々に言い合っている。
声を小さくして喋っているつもりだろうが、実際は広いホール状の部屋に反響して、かなり聴きとることが出来る。
1人の天使がぼそりと呟いた。
「あんな糞餓鬼が創造神様の…」
「そうよ!むかつくったらありゃしないわ!」
天使の言葉を聞きとめた女神のヘラが足を組み、語気を荒げる。
「我らの方が奴よりよほど創造神様に尽くしておるぞ…」
ヘパイストスが歯噛みしながら言った。
そんな隣で軍神アレスが物騒なことを明るくさらっと言ってのける。
「がははは!それなら殺してしまえばいい!」
「馬鹿ですかあなたは。殺しを行ってはいけないという掟があるのですよ。」
呆れた女神アテナが苛立ち、眉間にしわを寄せる。
こんな会話は毎日のように繰り広げられるのだ。
「あなたたち声が大きいですよ。
創造神様のお耳に入ったらどうするおつもりです?」
アプロディテの一言でむうと皆が押し黙った。
彼女は美と愛の神であるが、他の神々の言うことを否定はしていない。
そんな様子を金髪碧眼で紅い軍服のような服を着た、見た目小学生くらいの少年が、柱の陰からじっと覗いていた。見るからに不愉快そうに眉根を寄せる。
創造神は勝手にお気に入りにしてるくせに、ほったらかし。
しかも自分より能力の劣る人間ばかり愛してる。
神や天使は創造神に作られ、故に親は創造神ということになるが、天界に降り立った時は知り合いなど一人もいない、独り身なのだ。親がいないも同然。
天使は創造された時は赤子ではなく、子どもの姿や大人の姿だったり様々だ。
ちなみに彼は降り立った時は今と同じ小学生くらいの姿であった。
毎日のように自分をよく思わない会話が耳にはいってくる。
何もかも、自分が望んだことではないのに。理不尽だ。
「創造神様は俺のことを守ってくれない…」
ぼそりと呟いたその声はどうやら神々に聞こえてしまったらしく、声のした方向を、睨みはしないが全員が感情の抜け落ちた目で見据えた。
先刻の無言の雰囲気とはまた違った雰囲気に豹変する。
「ご本人がいらっしゃるわよ?」
「あらあら、創造神様の御寵愛をお受けになってるセルザス様~
どうなさったんですか?」
嫉妬の固まりのような女神ヘラが、にこにこ話しかける。
明らかに馬鹿にしたわざとらしく嫌味な口調だ。
嘲る彼らに、少年はイラついて、剣呑に目を細めチッと小さく舌打ちをした。
カツカツと彼らの横を通り過ぎながら、乱暴に吐き捨てるように言い放った。
「うっせーよばーか!」
どうせ誰も、自分なんて
「お前らそんなくだらねぇことしか考えられないのか。」
それなら他人を寄せ付けない方が
「陳腐な脳してるな。あ、もう腐ってるから
脳の役目果たせてないんじゃないか?あはははは」
楽に違いない。
心に決めてその場を走り去った。
頑なに拒んで、抗って。
傷付くのが怖いから、それなら傷付く前に自分を守ればいいじゃないか。
ハリネズミはぬくもりを求めようとしても
針で相手を傷つけてしまい近寄れない。
自分を守るための針なのに。
+ + +
フェルは足取りも軽くぺたぺたと歩いて自分の部屋に戻ってきた。
この部屋は身寄りのなくなったフェルのために、セルザスが用意してくれたのだ。もっとも狭くて薄暗くて閑散としてはいるが、生活するのに支障をきたすことはない。
そっと少しだけ扉をあけると人影が目に映った。窓に近い場所にある椅子に座り足を組み、頬杖をついて外の景色を眺めていた。
人影の正体はセルザスだ。
フェルが帰ってきたことに気づいていないらしい。
彼の顔をじっくり観てフェルは僅かな違和感を感じた。
外を眺めるその横顔からは険がにじみ出ており、眉間にしわをせなかば睨みつけるような目つきをしているのだ。今までに見たこともないセルザスの表情がそこにはあった。
妙にひっそりとした室内と雰囲気は、フェルが部屋に入ることを躊躇わせた。
音をたてないよう慎重に一旦扉を閉め、扉の壁を目の前にして、どこか様子のおかしかったセルザスのことを想った。あんなに怖い顔をしたセルザスなんて初めて見た。
悩み事でもあるのだろうか。
その時頭に浮かんだ言葉にはっとして、扉の向こうのセルザスを見るように顔をあげた。先ほどラフィンが言っていではないか。
最近セルザスの様子が変なのだ、と。
「そう言われれば確かに変なのかなぁ…」
ひとり言のように呟き、それから少し重い扉を
今度は気付いてくれるように勢いよく開いた。
+ + +
扉の開く音が静寂を打ち破り鼓膜を叩く。
いきなりの大きな物音に心臓が飛び出す想いがした。反射的に物音がした方向にぐるんと勢いよく振り向いた。
あ、いま首筋痛めたぞとかなんとか思いながらセルザスは、扉の向こうに立っている人影をみとめ、一瞬の沈黙ののちふと笑った。
その表情に先ほどの険しさは微塵も残っていない。
「…ああ、悪い悪い、少し考え事をしていてな…なんだ、フェルどうしたんだ?
お前がこんな…勢いよく入ってくるなんてさ。」
フェルの方に身体を向けて、ぐぐっと伸びをし
首を傾け首筋を手で揉んでほぐした。
「あのー…」
フェルは先ほどの険しい表情が気にはなったが、セルザスが隠すかのようにすぐにいつもの表情に戻ったので敢えて触れないことにした。
第一、覗いていただなんてばつが悪い。
どうせ尋ねるなら覗いていたときに声をかけるべきだっただろう。
だがしかし、覗いていたことを言わないのもどうなのか…。
フェルは頭を一つ振った。
ぐるぐると頭の中を駆け巡りだした思考を振り払い1輪の花を手にした。
そのままセルザスの方へ歩み寄る。
「ああ…あの今日はお花摘みに行ってて…」
そっと手を差し伸べセルザスの耳に花を挿した。
セルザスは座ったままなので簡単に挿すことができた。
薄い水色の花で、花びらの形は長細く先が尖っており
見る人に可愛らしさと共に凛とした印象を与える。
「…俺に…?」
「うん。セルザスの瞳と同じ色で綺麗だなと…思って…」
そう言って余分に取ってきた数本のその花をさし出した。
セルザスはそれをまじまじと見つめ、
そしてからりと笑い「ありがとう」と言った。