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半堕天使フェル  作者: 蒼すだま
Ⅰ章
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3話 氷のような男



天国にはいたるところに色鮮やかな花が咲いている。

光が当たればさぞかし綺麗であろう。温かな日差しがとても気持ちがいい。


「お花さん、ごめんね」


そう言ってフェルは何本かの花を摘んでいく。

天界には人間界にある花と同じものもあるし、似ているけど違う花もある。

別のピンクの花を摘もうとした時、子どもの楽しげな笑い声がフェルの耳に飛び込んできた。摘みかけた手を止め声のする方向を探すと、それほど遠くない所で見つかった。

小さい子どもがお父さんお母さんの間に挟まり腕を持ち上げられ、身体が宙に浮きブランコのようにぶらんぶらん揺れる度に、きゃっきゃっと歓声を上げている。


「もっともっとぉ!もーっとたかーくあげて」

「えぇ?これ以上は無理よ」

「ええーっ」


自分の要求が通らず、子どもが少し頬を膨らます。

見る見るうちに不機嫌な顔つきになる。


「よーし!じゃぁお父さんがもっともっと高く上げてあげよう…よいしょ!どうだ!」


お父さんのたくましい腕で頭の上までぐーんと持ち上げられ、満面の笑みとともに再び歓声が上がった。そのまま肩車をしてもらい、至極満足げな顔をしてお父さんの髪の毛をいじっている。


「こらこら、お父さんの髪の毛そんなに弄ったら…」

「毛が薄くなって、抜けて」

「禿げちゃうねぇー!きゃははは」


お前らなーと言って笑いながら3人はフェルの近くを通り過ぎていく。


フェルはその光景をただじっと見つめていた。

フェルは母を亡くし、父の事は何も知らない。

生きているのか死んでいるのか、存在するのかさえ。

故に家族というものがどんなものか知らないしわからない。

でもこんな光景を見ると、何だか胸の内があったかくなるような感じがする。

でも…


さぁっと風が吹き、吹き飛ばされた花びらが宙を舞う。


「家族…」


ポロリと口から言葉が零れた。

風にかき消されたかのように思われた小さな呟きは、子どもの耳に届いたらしく

後ろを振り向き、フェルを見とがめお父さんに質問した。

無邪気で純粋な質問を。


「ねぇねぇ、あのお兄ちゃんなんで翼が黒と白なの?」


足を止めフェルの方を振り向いた親の目が、

明らかに”お前か”と言っていた。

無論いい意味ではない、”あの目”だ。


「それはあいつが悪いやつだからだよ。」

「ふーん...」

「見ちゃだめよ」

「はーい」


3人は何事もなかったかのようにまた歩き始めた。

”誰だろう”という子どもの純粋な興味や好奇心は

親の”見ては駄目”という言葉によって、

見てはいけない”避けるべきもの”という歪んだ想いへと次第に塗り替えられていく。


フェルはその後ろ姿をじっと見つめていた。





  +  +  +





フェルは外出する時いつも神会議の時間を狙う。

ほとんどの神は会議で居なくなるので他の神の目に触れず、審判の塔を出ることができるからだ。

帰る時もまたしかり。

審判の党の庭には巨大な噴水や、色とりどりの花、若い緑色をした観葉植物などがバランスよく配置されていて、花の周りには羽が虹色の小鳥や蝶が飛び交っている。

楽園、という表現がしっくりくるように思われた。



先ほど摘んだ花を抱え、今日も神会議の時間を狙って帰ってきた。

先ほどの親子の光景がずっと脳裏で渦巻いている。

しっかりと握りあう手と手。

見慣れた景色を、心ここにあらずといった態でぼんやり眺めながらゆっくり歩いていたフェルの足が、金縛りにあったかのようにぴたりと止まった。


「…!」


神会議があるはずのこの時間に、

噴水の周りのレンガに男が座り本を読んでいる。

はっと息をのみ、咄嗟に植物の陰に身を隠し、息を凝らした。

予期せぬ出来事と人物に心臓が早鐘を打っている。

フェルは生い茂る植物の隙間からそろりと男の方を見た。

――な、なんでこの天使がここにいるの…?!

今は神会議のはずじゃ…

彼の冷たい目を思い出すと、恐ろしくて足がすくむ。

男は目を伏せ息を吐き、パタリと本を閉じたかと思うとおもむろにフェルがいる方へ目を向けてきた。慌てて再び身を隠してギュッと目を閉じ、どうか気づきませんようにと心の中で祈る。

だがフェルの祈りも空しく。


「誰だ…?」


目を細め男が口を開いた。

祈りながらも、気付かれてしまうと踏んでいたフェルは、やっぱり、と軽く苦虫を噛み潰したような顔をし、息を吐いた。

一呼吸後にそっと植物の陰から身を出し、そろそろと男の方へ歩み寄る。

男は誰が出てきたか確認すると、挟んでいた栞を外し本の続きを読みはじめた。

わざわざ近くに行くこともなかったのに、何故近くに行ったのだろうか。

今さら立ち去ることもできないし…

――悪い。居心地が悪すぎる…

自分の行動を心底後悔しながら、フェルはおずおずと声をかけた。

ラフィンは座っているので、フェルより目線が低い。


「ラフィンさん…」


ラフィンと呼ばれた男は、

ページをめくる手を止めフェルにチラリと一瞥をくれた。

その氷刃のように冷たく鋭い瞳に身がすくみ、今にもこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、頭をふり、寸でのところでなんとか抑えた。

ラフィンはいつも感情のあまり見えない冷たい目をしている。青い瞳と色素の薄い肌、そしてすっとした端整な顔立ちが更に冷たさを引き立てるようだ。

彼が冷酷無慈悲だということはよく耳にする。

背中の真ん中あたりまで届く銀髪を後ろで1つに束ねており、左耳の上には深い青色の丸い宝石が埋め込まれた装飾品が付けられている。また衣装についてはセルザスと色違いの青い服を着ており、全体的に青っぽく冷たい印象を受ける。


2人きり。

ページをめくる音と噴水の水の音がよく聞こえる。


「お前と話をするのは初めてだな、フェル。」


ラフィンが本を読む手を休めずに感情のない声音で話しかけてきた。

フェルがこの塔に引き取られてから今の今まで、彼と話したことは一度としてなかったのだ。

フェルは弾かれたように顔をあげた。

どうやってこの場を抜け出そうかという考えに没頭していた意識が

一気に引き戻され、更に手に持っていた花を落してしまい、

挙句には静まりかけた胸の動悸が再び激しくなった。

急にどきっとしたせいでいささか、いや、かなり凄く大分寿命が縮んだような気がするのは、きっと気のせいではないと思うフェルである。

無意識に身を強張らせた。

ラフィンはそんなフェルを見て気を害すこともなく、おもむろに淡々と話し始めた。


「…他の奴は気付いていないだろうが…

 お前が来てから、セルザスの笑顔が増えた。」

「へ…?」


予想だにしない話題に虚を突かれてフェルは目をしばたかせた。

ついで首を少し傾け、怪訝そうな顔をする。

ラフィンは更に続けた。


「昔、あいつは笑顔を見せることもなく、

 誰に対しても攻撃的でぶっきらぼうだった。

 だが今はだいぶ和らいでいる。

 故に私はお前が来たのが原因だと推察する。」

「すいません…」


原因、という単語に思わず口が反応してしまった。

だがさっきのは謝らなくてもよかったところじゃないかと思い当り、

少しばつの悪そうな顔をした。


「…なぜ謝る。私には理解できない。」


胡乱げな顔をし、それきり口をつぐんでしまった。

再び無言になりそうだったので、それだけは何としてでも避けたいという決死の思いから、適当に頭に浮かんだ疑問を口にしてみた。


「あ、あの…えーっと…なんでセルザスは攻撃的だったんですか…?」

「…私とセルザスは創造神からの寵愛を受けていて、

故に周囲が穏やかではなかった。それが原因だろうと思われる。」


創造神からの寵愛。そして周囲の…。

フェルにはセルザスの気持ちが少なからず分る。

明らかに目を眇め、嫌悪感、不快感をたっぷりと湛えたあの表情。


まさかあの明るいセルザスにこのような過去があったとは。

はたして本人が話してくれていないことを、勝手に聞いてしまっても良いのだろうか。

それにしても無口だと思っていたラフィンが饒舌なことに驚いた。

それは置いといて、とりあえずこのことは黙っておこうと心に決めるフェルである。


「そうだったんですか…じゃぁ、ラフィンさんも辛い思いを…」


寂しそうに呟いた言葉に、意外な答えが返ってきた。


「私はなんとも思わない。彼らは、我らの事が気に食わなかった。

ただそれだけのことだろう。」

「……」


事実と言えばあまりに事実過ぎるラフィンの言葉に返す言葉もない。

最後が疑問形になっていたわけではないので、答えを求めているわけでは無いのだろう、再び本に目を落す。


淡々と話していた様子や表情からは、どうやら本当になんとも思っていないらしい。彼はただ事実のみを話す。洞察力がずば抜けて良く、他人が気づかないところも気づくのだ。

気づくが、気づくだけ。

それについては何も思わないし、感じない。


本を読むのをやめ、片手でぱたりと本を閉じ、

今度はしっかりとフェルの方に顔を向けた。


「最近、セルザスの様子が少々変なのだが…お前は気づいたか?」

「変…ですか?僕は、何も気付きませんでしたが…」


セルザスを思い出してみたが、変だと感じたことは今まで一度もない。怪訝に思いながらもラフィンの問いに答えた。ラフィンは、そうかと呟き立ち上がり、フェルが持っている花を横目で見た。

その水色ぼ花びらは尖っており、花の中心部は黄色い。

ミヤコワスレだ。人間界のそれは薄紫の花なのだが、天界のそれは水色なのだ。


「その花…」

「この花がどうかしましたか…?」

「……」

「…え、あの…セルザスにあげようと思って…」


花を見つめたままのその無言、無言が怖いんだよと内心で叫ぶ。

ラフィンはひとつ瞬きをして遠くを見やり、ひとり言のように言った。

その目はどこか切ない色を含んでいるように見える。


「そうか……喜ぶといいな。」

「は、はい…」


ふっと一瞬薄く笑っていたような気がした。

ラフィンは最後にフェルを一瞥してすたすたと塔に戻って行った。


「なんだかー…」


…話すことだけ話して去っていったな。


案外怖い人じゃないのかもしれないなぁ。

…いや、やっぱりあの目は怖いけど。






その後ろ姿を見送るフェルの胸の動悸はすっかり鎮まっていた。



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