38話 似たもの同士
そう、僕たちは似た者同士
ただ違うのは、
あなたがちょっとだけ不幸だったって事
+ + +
「ああなんだ。間に合っちゃったのか。面白くない」
「う、ああああ…!」
「―――!!!!」
突き出された剣は、母の胸ではなく、フェルの腹に吸い込まれていった。
母を背に守るようにして、手を広げ立ちはだかったフェル。
母が色を失い、声にならない悲鳴を上げた。
「別にまだこの女を殺す気はなかったんだがな。もっと苦しみを味あわせてから殺してやろうと思ったのになぁ」
いかにも残念そうに、しかし顔は笑みをかたどっている。
身を焼かれるような痛みにフェルは剣を掴み、顔に苦渋の色をにじませた。
口から血が一気に溢れだした。
茶色いローブに血が滲み赤黒く変色し、生温かさが伝わる。
フェルは痛みを堪えて肩越しに母を見て、安心したかのように目を細めて微笑んだ。
「よかった……間に合った…」
「何で来たの!私は!お母さんはどうなってもいいの…!
あなたが無事でいてくれればそれでよかったのに…!どうして…!こんな…ああっ」
生まれた時から自分は半堕天使で、物ごころついた時から周囲からは冷たい視線を浴びてきた。
「お母さんは…昔僕が小さい時…守ってくれたよ。だから…今度は僕が…ね」
でもそのたびに母が優しく包み守ってくれたのだ。
セルザスがふんと鼻で嗤い、剣を斜め下へ力任せに薙ぎながら引き抜いた。
フェルは痛みに耐えきれず、血を吐きながら鍾乳石に倒れ込み、うめき声をあげた。
「とどめだ」
フェルが硬く目を閉じる。
「いやああああ」
母が力任せに駆けだす。
セルザスがフェルに突き立てようとした切っ先は、
今度は動けないはずの母の背中に吸い込まれるようにして突き刺さった。
身体がのけぞる。
これにはセルザスもフェルも目を瞠った。
今彼女は動けないはずなのに、どうして。
母は引き攣ったような荒い呼吸を繰り返している。
「無事…ね…」
「ど、どう、して…お母さん…」
「愛する子どもを…守るのは…当たり前…でしょ…」
「駄目だよ…待ってて、今治してあげる…から」
聖法書を取り出すと、フェルの羽根が最期の力を振り絞るように金色に輝きだそうとする。
その時、聖法書を持つフェルの手を母がそっと押さえた。
「一人で逝かせないわよ…もう寂しい想いは…させない」
最期ににっこり笑った後、母は力尽きるようにフェルの上に崩れ落ちた。
フェルは母を受け止め、今一度抱きしめた。
水をかぶってちょっと冷たくなった肌。それでも温かさは変わらない。
何だか急に泣きたくなるのは、これで母と離れる事のない安心感か。母が苦しそうにしているからか。
痛くて苦しくてたまらないからか。それとも、セルザスに対する怒りか、哀しみか。
様々な感情が混ぜこぜになって、一筋の涙が頬を伝う。
小さく震える声でそっと言った。
「これで…ずっと一緒に…いられるね…」
「ええ…」
母の身体が、少しだけ重くなった。
フェルがそっと目を閉じた。
そんな2人の様子をセルザスがこれ以上にないほど嫌悪感をあらわにして下を見下ろしている。
「腹が立つんだよ!」
再びセルザスが剣を振りおろそうとしている。
凶刃が2人を貫こうとしたその時。
「セルザス」
フェルの不気味なほど静かな声音にセルザスの手が止まった。
「ありがとう」
聞こえてきた思いがけない単語にセルザスは目を大きく見開いた。
そして眉間にしわを寄せて怒鳴った。
「…ふざけるな!嫌えと言っただろ。…お前も俺を嫌えばいいだろ」
「うん…お母さんを傷つけたのは…セルザスでも許さない。絶対…許さないから…!!」
フェルの目が座っている。今までにないくらい、怒りに満ちていた。
見たこともないフェルの表情に、少々驚きながら言葉を返す。
「…ふん、俺を憎めばいい、恨めばいい!」
「でも…こうして…二度と逢えないって思ってたお母さんに…逢えたのは…セルザスのおかげだから…っうっ…」
「何…?」
再びあり得ない言葉に、セルザスが胡乱げに聞き返す。
「今さっき…お前も嫌えばいいって…言ったよね……?」
「ああ、そうさ!皆俺が寵愛されてるからとかいって妬みやがって。どうせお前も同じだろ?!
俺は望んで寵愛されたわけじゃないのに、寵愛なんかされたせいで!俺は…!」
「うん、知ってた…。何だかね…昔から僕とセルザスって…似てるなって…思ってたんだ。
セルザスは…僕にフェルはフェルだって…言ってくれたよね。嬉しかった…!
セルザス…だって…寵愛、とか…関係ないよ…!セルザス…は、セルザス…。僕、に…とって…大切な…存在…」
真っ直ぐ見つめてくる。
セルザスが目を瞠る。
――だから
意識が朦朧として、視界が暗くなっていく。
ぼんやりとセルザスの顔が見える。
どんな顔してるのかな…?もうわかんないや。
やっぱり僕もう駄目だろうな。死んじゃうんだろうな。
フェルはセルザスの方へ力なく腕を伸ばし、
そして微笑んだ
「あり…が…と…」
出来ることならば、セルザスと仲直りしたかったなぁ。だってセルザスはすごくー…
力を失った腕がするりと落ちていく。
水飛沫が上がった。
それは不思議な輝きで
美しくもあり
悲しくも、哀しくもあり。
水飛沫は、全ての終わりを告げるかのように上がり。
輝いて、そして静かに消えて。
そこには2人の亡骸と、セルザスと、静けさだけが残った。
2人を不思議な光が照らしている。
運命の歯車が今終止符を打った。




