36話 止められない想い
洞窟の入口から聞える足音が段々近くなってくる。
顔を強張らせ、はっと振り向き目を凝らして見ていると、
闇から現れたのは、フェルの大事な天使。
こうして母と再会できたのも、全て彼のおかげなのだ。
水色の宝石が埋め込まれた装飾品がきらりと煌めいた。
驚き咄嗟に立ちあがったフェルの顔がみるみるうちに明るくなる。
「セルザス!よかった…無事だったんだね!」
「フェルか…!」
対するセルザスも驚いたような顔をして、近寄ってくる。
「…あなたは……!」
フェルの後ろにいる母は息を呑んだ。
セルザスと目が合い、顔を強張らせる。
拳を硬く握り締めた。
「ほら、お前にあげたお守り」
そう言って、天界を抜け出す時にセルザスがフェルにあげた
水色の珠のついたブレスレッドを指差した。
「お守りが、どうかしたの?」
「実はな、離れていても見つけられるように、ちょっとした仕掛けを施しておいたんだなこれが。
だからフェルがずっと持っててくれたお陰で俺はお前を探し出すことができたんだ」
セルザスが得意げに胸を張っている。
その事に素直に驚いたフェルが声をあげた。
「わぁっ!じゃあ本当に本当のお守りだったんだね!」
「ああ、…それはそうと、お母さんと…会えたみたいだな」
「う…ん…?」
どこか違和感のある優しい声音にフェルが首をかしげる。
セルザスが剣を取りだした。
「愛する子どもが目の前で死んでいく様をその目に焼き付けな」
その言葉が終るやいなや
剣の切っ先が一瞬にしてフェルの喉元に迫る。
「え…」
その時、母の腕が後ろから伸び、フェルは後ろに倒された。
突き出された切っ先は大きく宙を切り、フェルの髪の毛をかするだけに終わった。
母が咄嗟に後ろへ引っ張ってくれなければ今頃喉を引き裂かれていただろう。
想像して血の気が引く音をフェルは聞いた。
セルザスが忌々しげに舌打ちをする。
「セルザス……?」
恐怖で声が嗄れている。
フェルの心臓は全力疾走していた。
何が起こったのかまだ信じられないと言う想いと、恐怖が混じり、頭が混乱する。
確かに目の前にいるのはセルザスだ。今彼は何を持っている?剣?今何を?自分を、殺そうと?
フェルの驚愕した顔を見下ろし、セルザスが冷たく言い放つ。
「むかつくんだよ…!お前も…フェルも…!」
憎しみの眼でフェルの母を睨みつけ、母に向かって言い放つ。
「お前は…お前は俺を裏切ったんだ!信じていたのに…お前だけは俺を見てくれていると…認めてくれていたと!
突然どっかに行ったかと思ったら、”拾った”と言って子どもを連れて戻ってきて。
戻ってきたと思ったら堕天して、俺の前から居なくなって…
…お前が堕天し、子どもを託された時、俺は子ども…フェルを命をかけても守ろうと思ったんだ。なのに!」
「…それは…」
「裏切った裏切った裏切った!許さない許さない許さない許さない!」
感情のままに剣を水面に叩きつけ、水飛沫が飛び散る。
2人ともセルザスの剣幕に気押されその場から動けずにいた。
話の全貌が見えず、分らないといった顔をしているフェルに気づいたセルザスが
まるでいい事を思いついたかのようににんまりと笑った。
「死ぬ前に一ついい事を教えてやろう。お前の父親はなぁ…」
「やめて…!」
「人間だ。」
一瞬の沈黙。
「知ってるよ」
「…え」
異口同音に声があがった。
「だってほら。」
フェルはローブの中のカッターシャツを見せた。
それには母もセルザスも驚く。流石のセルザスもこれには驚きの色を隠せずにいた。
「人間界に行ったときに会った人が、偶然に僕のお父さんだったんだ」
「あの人…ソロンと会ったの?!」
「うん」
それ以上衝撃で言葉の出ない母である。
「ふざけるなよ…!何故平然としていられる!父が人間だぞ!」
「そりゃ、この人のせいで!って…思ったよ。でも…とってもいい人だったから」
「……どいつもこいつも!!!俺を馬鹿にしやがって…!お前の母と俺とは付き合ってたんだ。
なのにこの女は人間なんぞに寝返りやがったんだぞ!信じていたのに…裏切りもいいところだ…!
所詮、俺を見てくれる奴なんていないんだよ!もう誰も信じられない…。
フェルも父親が人間だと知れば、その人間と結ばれた母を恨むだろうと思ったのに…
阿呆みたいに知ってるよとかぬかしやがって。もうこれまでだ。許さん!フェル、お前から葬ってやる」
もし、フェルが母を恨んでくれれば…また自分と一緒に居られる、居てくれると思ったのだが、残念だ。
だがもう遅い。
剣を振り上げセルザスは地面をを蹴った。
目にもとまらぬ速さで迫り、剣を振り下ろす。
紙一重でよけたフェルは後ろによろけながら下がった。
「フェル!…ッ?!」
悲痛に叫び、我が子の元に駆けつけようとした母の身体が金縛りに逢ったかのように動かなくなった。
水飛沫をあげながら、その場へ座りこんでしまった。
「お母さん?!」
「お前は此処で愛する子どもが死んでいく様を見ていることしかできないんだよ」
セルザスがにやりと嗤い、再びフェルに斬りかかる。
フェルは避けることしかできず、ただ戸惑いを隠せないでいた。
「セルザス…!セルザスとは戦いたくないよ…!」
上下左右に容赦なく振り降ろされる剣には、以前のセルザスの優しさなど微塵も残っていない。
あの優しいセルザスはどこへー…
嘘だ嘘だ。これは悪い夢だ。
「裏切った女の子どもなど!ほらほらほら!お前も天界の奴らのように俺を嫌え!嫌え!あはははは!」
怒り狂ったセルザスの壮絶な剣幕に気押され、一歩また一歩と後ろへ下がって行く。
その時電流のような鋭い痛みが走った。
「―ッ!!」
ひと際鋭い攻撃をよけきれず、鮮血が飛び散った。頬に紅い線が入り、血が一筋流れ落ちた。
指で触ると紅い血が付いた。
フェルが血に気を取られている間セルザスがゆっくりと後ろに下がりだす。
「…あれれ?そんなに遠くに行っちゃっていいのかな?」
「…え?」
「フェルの大事なお母さんから」
言われて見れば、先ほど自分がいた所からだいぶ離れてしまっている。
先ほどから避ける事に必死で、母から段々離れていってしまっている事に気付かないでいたのだ。
フェルは目を瞠った。
セルザスは何かを企むような目でにやりと嗤った。
その顔が何を意図しているのか悟ったフェルが、色を無くして駆けだす。
セルザスは剣を構え、思いっきり剣を後ろに引き、母の胸めがけて突き出した。
ずぶりと肉を貫く鈍い感触が剣を通してセルザスの手を伝わった。




