12話 死神の仕事
周りは暗く、黒一色で、下に見える枯れ木や岩が少し小さく見える。先ほどからひたすら真っ直ぐに飛び続けているのだ。ヴィア曰く、この方向にまっすぐ行けば、魔界に行きやすい場所に辿り着くらしい。
それにしても…アバウトである。
「今、天界はどうなってるかなぁ…」
「さぁ?今ごろ俺たちを探しまわっているだろうなー」
「やっぱり…見つかっちゃうかな…」
「大丈夫だろーもう闇の日は終ってるかもしれないが、
まさか俺たちが此処に居るとは思わんだろ。死神界もだいぶ飛んだしなぁ」
「そうかなぁ…そうかなぁ…」
心配性なフェルに対し、お気楽なセルザスが返答する。話している間にも3人は進み続けている。先頭を飛ぶ寡黙な死神ヴィアは、後ろでのやり取りを時々横目で見ながら穏やかに目を僅かに細めた。風を受けてたなびく髪が邪魔で、少し前髪を押さえる。ヴィアの後ろを飛ぶフェルが思い出したかのようにひとつ翼を羽ばたかせた。
「そう言えば…ヴィアさんの他に死神っているの…ですか?」
「ああ」
ヴィアは肯定はしたが、辺りに死神らしき姿は見えない。
「でも…全然見当たりませんよ?」
後ろ向きに飛んだり、辺りを見回しながらフェルが疑問を口にした。
辺り一面真っ暗闇。
死神が居ても、ヴィアみたいに全身黒い服を着ていたら、もしかすると気付かないかもしれないと思い、フェルはじっと目を凝らした。
「うーむ、確かに」
フェルの言葉に同意したセルザスは心の中で別の事を考えていた。
――それにしても、よく喋るなぁ…。
フェルがいつになく元気だ。よく喋る。
こんなに明るく動き回る彼を見るのは初めてのような気がするセルザスであった。羽を広げて飛ぶ解放感、天界を抜け出した解放感故にテンションでも上がっているのだろうか。それとも、不安な気持ちを紛らわすためにわざとたくさん喋っているのだろうか。
「見当たらなくて結構だ」
ヴィアは2人を一瞥し、無表情でぴしゃりと言い放った。なぜなのかと問うと、他の死神達と群れるのが嫌いだからとのことらしい。此処は死神界の中でも繁栄していない場所であるらしく、故にヴィアは他の死神が殆ど居ないこの辺りを好むのだ。フェルとセルザスを一瞥し、それにと付け加える。
「見つからない方が、都合がいい」
天界の奴らを魔界に案内した事がばれたら、後が面倒臭い。
実は死神は天界や魔界と関わってはならないのだ。
ふぅんと答えながら、ヴィア以外の死神も見てみたかったなと少し残念に思うフェルである。指を口に当て、うーんと唸った。
「じゃぁ…死神の仕事とか…教えてくれませんか…?」
「死神の…仕事…」
僅かに眉をひそめた。
そんなヴィアにセルザスが鋭い突っ込みを入れる。
「あ。今明らかに面倒くさそうな顔しただろ」
セルザスの図星だなと言わんばかりの笑顔と、フェルの未知のものへの期待の目に、一度深々と溜息をついてから話し始める。
「死神はお前が言うように、迷える魂を導く者だ」
無言。
「えぇーそれだけかよぉーというかそれさっき聞いたー」
セルザスが頭の後ろに腕をまわし不満たらたらな顔をする。
セルザスを鬱陶しそうに睨みながら、仕方ないといった感じでヴィアは続けた。
「…生まれ変われるように導いたり、天国、地獄に導いたりだ」
「へぇ…天国って、天界のことですか?」
フェルが思案するように口に指を当て、小首を傾げる。
ヴィアは返事をするのも面倒臭いかのように頷き、肯定の意を示した。
「地獄…魔界へ行くものは、現世で故意に人殺しをした奴らや、
何かしら悪行をはたらいた奴だ。自業自得だな。」
セルザスは何とも思ってないようだが、フェルは驚きで目を丸くした。
「人殺し…人間が人間を、殺すのですか…?」
人間という生き物をフェルはよく知らない。
人間界についての話を聞く機会も無かったのだから。
唯一知っているのは、自分たちと同じような姿をしており、翼は無く、耳も尖っていない、ということだけである。そしてその命には終わりがあり、神から見れば瞬きのような、ほんの一瞬の時間。本当に脆弱な生き物だ。
「ああ。……因みに死神界の王はタナトスだ。」
タナトスは死そのもの。絶対なる死の王者。
ヴィアが話してくれたが、それはフェルの耳には入っていないようだ。
どことなく重い空気が流れ始めた時、遠くの方でぼんやりとした白い光が見えた。よく見ると、人の形をしているようだ。ヴィアが目を細める。
人間の霊魂だ。だが、あれは…
「奴は、人殺しだな」
そう言って鎌を異空間から取り出し、ヴィアが速度を上げて飛んでいく。
鎌を振り上げる。
気付いた人間がはっとする。
「…!」
人間は恐怖でかたく目を閉じた。
だが予想される衝撃が襲ってこないのを不審に思い目をそろりと開ける。
「ヴィアさん…待って…!」
白と黒の翼の少年が、人間と鎌を持った男の間で手を広げ立ちふさがっている。
「ちょっと聞きたい事があるので…」
ヴィアが構えた鎌を下に降ろすのを見て、フェルは背後の人間の方を振り返った。先ほど感じた疑問を口にする。
「あの…なぜ人を殺したんですか…?」
人間は腕を組み偉そうに斜に構えた。
「ふん、注目されたかったからさ!誰でもいい。誰でもいいから殺したかった。」
「注目されたかったから…?」
「…はぁ?そんなん…当たり前だろ?誰かを殺せば、皆が俺を見てくれるじゃん。それに、あいつには色々恨みがあったんだ。仕返しできて清々したさ。
まぁニュースで有名になるところが事故って死んじまったが悔いはねぇよ」
殺せば見てくれる。
見てほしかった。
フェルが目を僅かに瞠る。
「…見てほしかった…」
次いで少し伏せた眼に影が落ちる。
少し俯き黙り込んだ少年を変に思い、人間が尋ねた。
「どうした…?」
「ヴィアさん、ありがとう。もういいよ…」
いつの間にか人間の背後に移動していたヴィアが鎌を振りあげ、一気に振り下ろす。鎌についている紅い宝石が怪しくきらりと光る。人間の姿は鎌が振り下ろされると同時にふっと掻き消えた。魔界へ送ったのだ。暗い死神界がもっと暗くなったような気がした。
3人は再び前へ進みだした。
余談だが。
少し進んだところで、
「あ…」
呟きと同時にいきなりヴィアが止まったので、
俯いて考え事をしながら飛んでいたフェルはヴィアにぶつかってしまった。
ちょっと前、セルザスに思い切りぶつかったばかりだというのに。
よろけながら、もう一度、よそ見はしないでおこうと心に誓うフェルである。
「すまん。少々方向間違えた」
「えぇぇっ」
まさかの事態に目を剥いた2人である。
え、聞いてない聞いてない。
ヴィアは何でもないような顔をしている。
「…こっちだ。」
そう言って斜め右の方を指差した。
2人は唖然としてその方向を見るしかない。
なんというぐだぐだ。
計画を大切に。
そんな当たり前の事を生まれて初めて思った。




