暴走マイク
「どうしてバブルが起きたのでしょうか?」
局一のイケメンで知られる島田アナは『これで何回同じ質問すりゃいいんじゃ』と思いつつ、経済評論家の井伊康政にコメントを求めた。
「起こるんですよ。レッドスパムだって、警告してたんですよ『根拠なき狂騒』だってね。それでもまだ始まったばかりですよ」
腕白小僧がそのまま老成したような井伊は嬉々として続けた。
「マーケットを流れている大量のお金が土地に雪崩れ込んだわけね」
『何こいつ、いつも忙しないんだ』
「何故それが弾けてしまったのでしょうか?」
島田アナの商売道具の悩殺微笑の口元は微妙に歪んだ。
「予想できてましたよ。経済合理性から説明できる水準じゃないんですよ、今の地価は。まだ始まったばかりなんですよ」
『こいつ、いつも悪い話うれしそうにするよな』
「まだ下がるのでしょうか」
「まだ始まったばかりですよ。上げが急すぎた分、揺り戻しはキツいでしょう。2、3年は厳しいと思います。」
「このバカ、『始まったばかりなんですよ』しか言えねーのかよ」
「本日のコメンテーターは元日銀で、現在経済誌『始まったばかりですよ』主宰の井伊康政氏のコメントでした」
井伊は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして島田アナを睨みつけた。瑕疵ひとつない官僚人生の褥で育まれた井伊にとっては初めて受けた雑言だった。
「新春座談会でさぁ、日本の地価は上昇続くって言ってなかったけ?」
井伊は素直に応じた。
「米国の景気など外部要因が変わらないという前提でお話ししたはずです」
「言ってねーよ!嘘つくなよ」
「嘘とは何だ!貴様!」
井伊はいきなり島田アナの背広の襟を掴み、揺さ振り始めた。
「島田!コマーシャル!コマーシャル!」
ディレクターの慌てた指示が飛ぶ。
「こ、こでコマーサル・・・」
「いいところでやめないでよ。この評論家の化けの皮剥がそうと思っているんだから。」
「もういい!切れ!」
叫び声が響いた。
「島田アナ、こないだバイトの女子大生、くどいてたでしょ。新婚なのにもう我慢できないの?売れっ子アナ抜いといて。パークハイアットの中華でしょ?その後下でお楽しみ?」
「何なんだ!」
島田アナの表情はすでにキャメラの前であることを忘れた、悲愴なものだった。端正な顔は醜く歪み、目尻に小さく涙の玉が浮かんでいた。一方、井伊は意味不明な奇声をあげながら、ワイヤレスマイクを背広の襟からはずして床に叩きつけ、足で踏み潰した。
「ギューウ!」
「無駄だよ。ほっといてよ。『まだ始まったばかりなんですよ』」