桜色マンドレイク
夕焼け色の教室に、一人の男と一人の女。
突き刺すような、怯えるような、ともかく人ではない何かを糾弾する瞳で、彼女は彼を射貫いていた。大して男は淡々と、悪戯のバレた程度のバツの悪さで、ぽつぽつと彼女に向かって言い訳を始めた。
『桜の樹の下には死体が埋まっている』。多少文学をかじっていれば聞いたことが在るほど有名なその一篇を呟いた彼に、彼女にさらに厳しさが交じる。
梶井基次郎の小説における、有名な一節である。
詳しくは忘れたが、と彼はひとつ前置きをしてぶつぶつと呟いた。
「死体を吸う、植物には、とく、特別な力が在るんだよ。マンドレイク然り、桜然り」
「それが、どうしたのよ」
察しが悪いなー、と若干苛立たしげに呟きながらも慎重に言葉を選び説明を続ける。
「そもそも、『死』って、何?植物状態は死体?意思なき肉は死体?それとも肉なき精神はただのゴミ?一体何が『死体』なのか、生命……特に個人の価値がインフレしてる現代じゃその定義すら曖昧じゃないか。その中で、死体なんてものはピントのブレた写真の被写体……広義的すぎて、今の世の中じゃ『死体』に当てはまるものなんてそこら中に転がっているんだよ」
喋りながら興が乗ったのか、怒涛の勢いで言葉が流れていく。
彼の説明についていけないのか、彼女は顔を顰めており、実際あまり理解できていなかった。
其れに気づいた彼が、最後に付け足した言葉でようやく彼が何をいいたいかは分かった。
「……で、結局答えてないじゃない。私は死体がどうだかっていうのは聞いてないのよ。あんたがあたしに何をしたのか、あんたは一体何なのかを聞いてんのよ」
ーーーーー事と次第によっちゃあ、わかってるわよね
血管が浮きでんばかりに握りこまれた拳を見せつけ、視線に怒気を上乗せする。
「わ、わかってるよ。いうよ、いうから、起こらないで聞いてよ……」
さすがに暴力は苦手なのか、目に見えて焦りだした彼は、視線を中にさまよわせた後、ポツリと呟いた。
「僕、半分はマンドレイクで出来てるんだ。俗っぽく言うと、半マンドレイク半人、かな?」
☆
徒然総司は魔性のショタだ、と西行寺法子の周辺は声高々に公言している。
異性や周囲の目を気にせずに自分の意見を全面に押し出すその姿は、「NOと言わない日本人」というレッテルを正面からぶち破る勇姿である。
担任の方々からはもう少し常識的な方向に積極的ならばと残念がられるが、それでも勇気ある行動である。
単に彼女たちが勇気にあふれる前衛的日本人であるというわけではなく、「赤信号、皆で渡れば」という理論である気もするが、触らぬ神になんとやら。
とにかく法子は彼女らのそのポジティブには触れないようにしていた。
否定しないのは理由がある。
彼女らの言を否定できぬほどに、総司は見た目が優れていた。
ガラス細工がそのまま肉となったかのような華奢な体、抱きつけば折れてしまいそうなと思わせる儚さと発展途上の危うき美。血色の良い形のきれいな両唇から舌が覗く様は、そんなこと有りえもしないのにまるで誘っているように見えてしまう。
特筆すべきはその肌。男児とは思えぬほど白く透き通った白磁の肌は、僅かな運動で桜色に火照り言い知れぬ色香を生じ、わずかに汗が滲みだすとしっとりと艶やかな魔性を生み出す。
クラスの男女が口を合わせて「性別を変えろ」と叫ぶ彼の容姿は、教師も含めて扱いあぐねている。
教室での彼は寡黙。
常に何らかの本を読んでおり、特に用がなければ休憩時間中はずっと椅子に座っている。
かと言ってコミュ障かと言われればそうでもなく、話しかけられると普通に返す。
多くの人がふとした笑みにノックアウトされるため、周囲も積極的に話しかけることはしないが。
そも、半ば偶像化されている状態の彼には、クラスメイト全員が一線を引いた態度をとっている。
彼の細かな素性はあまり知れ渡っていない。
そんな彼の事だからか、放課後の教室に見知らぬ男子達と居るのを見て、わずかにうずいた好奇心を抑えきれなかった。
教室、というより学校からほとんどの生徒がいなくなり、後者に入るのは文系部のみ。
おおよその文系部は旧校舎にて活動を行うため、この時間の新校舎はほぼもぬけの殻。
彼が入っていった教室に、複数の男子が入っていくのを見て、法子は好奇心と悪寒が生じた。
見つからないように慎重に行動し、扉の影に隠れて彼らの会話を盗みぎく。
「……から……頼む……」
「………ご……僕…」
告白か、とわずかに聞こえた言葉の端々で中の様子を察した。
既に驚いたり騒ぎ立てたりすることではなくなっていた。実際、既に何人かが彼の色香にやられて人生の横道をそれてしまっている。
誰かがすれば、誰かがやった後ならば、クラスの理性とともに総司への告白のハードルも着々と下がっていっている現状を鑑みれば、まあ両手の人数ぐらいは犠牲者が出るのではないか、というのが法子の友人の言だ。
ただ、いつもと違うことは、教室中に充満した剣呑な気配だろうか。
がたがたと椅子か机かが倒れる音がし、男子の罵声と悲鳴が上がった。
「おい!おまッ!?」
とっさに飛び込み止めようとした法子の目の前には、想像していたのと少し違う後継が広がっていた。
総司を中心に床に倒れ込んだ男子たち。
其れを冷静に見下ろす総司。
気のせいだろうか、錯覚だろうか。
普段の温和な雰囲気に反するように、冷徹さを宿した瞳で男子を見下す総司の髪がまるで満開の桜の気のように艶やかな桜色に染まって見えるのは。
「な、なんだ?」
そしてその姿を見ている自分の、体の中心、胎の奥からまるでマグマのようにぐつぐつと低俗な情欲が脇いだしているのは。
支配したい。グチャグチャにしたい。自分のだけに。自分だけを。見て視て触って障って。
「つ、つれ、づれ」
そして法子に気づいたのだろうか、総司が盛大に顔をひきつらせてこちらを見ている。
顔に大きく「やらかした」と書かれいるようだ。
総司が何を考えているかが法子には見て取れているかのようにわかる。
低俗な人間的支配欲と獣じみた本能的欲望が法子の胸中を占領する。
「徒然……!」
「あ、ああ、あの西行寺さん」
激流の如き欲望に体を支配された法子の理性は既に一色に染まっていた。
怒り
承服しがたい理不尽な現象、形容しがたい屈辱、殺さんばかりに目の前の総司を睨みつける。
「この状態が何なのか全く検討がつかないし、多分化学的な現象とかで、テレビの偉い人とかに聞かないとわからないんだろうけどさぁ……!」
「え、ああの?西行寺さん、い意識在る、の?」
「私バカだし本能で生きてるとか時々言われるぐらいに空手バカだけど、いまここで、あんたが私にした、『これ』、あんたのせいだってのは、はっきり分かんだよね!!」
何故怒っているのかわからない、何が起きているのかがわからない、何をされるのかわからない。
総司が言いたいことはおそらくそこら辺だろう、わずかに残った理性で法子は考えた。
とにかく何も言わずに殴るのは仁義に反する、そう考えて必死に口だけ動かした。
「こんな真似して、ただで済むとか思うなよぉ……!」
「こ、こん」
「人の心ん中ァ!土足で踏み荒らしてぇ!ただですまそうとすんじゃーーーーーーーー」
拳を握る。
これだけは何も考えられない状況でもできるようにしてきた。
総司がどういう方法で、法子の心を操ったのか、法子には全くわからない。
だが法子には絶対の自信があった。
自身が築いた十六年、たゆまぬ鍛錬の果てに手にした鋼の意思と自慢の正拳突きは目の前の総司には止めるすべがない、と。
体を前に倒す。
反射で足が前に出る、素早くそして滑らかに。
乙女の|プライド(55キロ)を右の拳に詰め込んで。
「ーーーーねぇぇぇぇぇええ!」
「へぐっ!?」
全力全開、板切れのような彼の腹に叩き込んだ。
ドサリと倒れこむ総司を確認し、法子もゆっくりと意識を手放す。
☆
後日の話をしよう。
死屍累々が築かれた教室をみた教師は驚きのあまりたっぷり十秒思考停止したらしい。
回復次第すぐに脈・呼吸の確認を取り、大事ないと判断したのか、保険医にすべてを託して覚醒との保護者へと連絡をした。
当然、大騒ぎである。
倒れたのは学校のアイドル、女子空手部部長、野球部男子数名。
意味の分からないこのメンツを見て、教師はどうすればいいのかわからなくなった。
おまけに被害者として確定している総司が何もいいたくないとの一点張りである。
結局真相解明はせず(できず)、当人同士の話し合いによる解決という手法をとった。
つまり、投げた。
そうなると、学校を荒らしまわったのは、噂である。
法子もその噂の対応へ嫌気が差し、結局全てを有耶無耶にした張本人の総司に全てを聞くこととしたのだった。
☆
「……ふざけてるのね」
拳を握った。
其れを見て、トラウマが刺激されたのか慌てて釈明を始める。
「ち、違うんだよ!西行寺さんも見たでしょ!?」
「ああ、ピンクのアレね」
「ピンク!?あれは桜色だろ!?視覚野腐ってんじゃな、いやもうそれはいいや…。とにかく、僕は半分人間じゃなくて、そんな力があるの。そこだけ知ってればいいよ」
やっぱり説明してもわからないじゃん、苛立たしげにつぶやく総司。
だが納得の行かない法子は更に説明を求めようと、右手を上げた。
しかし総司がその手を見て、今まで以上に過剰に怯えを含んだ目をしたのを法子は見て、すっと右手を下した。
「とにかく、わかんない。私にはわかんない。あんたが私にしたことは、私にとっては到底許せることじゃなかったけど、あんたもわざとやったんじゃない。それだけは、信じる」
「……う、うん」
「ピンクの髪もコンプレックスだろうから、きかないし喋らない。人間じゃないとか、中学生じみた言動にも目をつぶる」
「ぴ、ピンクじゃなくて桜!」
「ただしーーーーー」
今度はふざけてじゃない、真剣に完全に法子の意思で両目に怒りを灯す。
先日の、獣のような苛烈さを鋼の心の鎖で縛り上げた、武人特有の目。
その目で宣言したことは、本人の挟持のもと絶対の遂行が約束されることを総司は知っていた。
「もし、あんたが『あれ』で、他の女の子に乱暴していることがわかったら、あんたを潰す。二度とそんな気が起きないように、全身の骨と心とプライドを粉微塵にして、海に捨ててやる。わかった?」
「は、はいぃ…」
ハムスターのようにぷるぷると震えだした総司を見て、満足の入った法子はすっと怒りを引っ込めた。
じゃあね、といって鞄を取り帰路につこうとした法子。
だがそこに、総司がひと声かけた。
「ちょっと待って!噂、噂どうするの!?」
「あ…」
「そこで、ぼ、僕にいい考えがあるんだけど、どうする?」
そこで乗らずにけっておけば、今後の法子の学校生活は穏やかなものだったに違いない。
後々盛大に後悔する、西行寺法子最大の失敗である。
☆
「ああー………今日も総司くんは素敵だったわ……お持ち帰りしたい……」
「やめろ犯罪者」
「予備軍をつけてよ」
「盗撮は立派な犯罪だろ」
こうして彼女の友人が盗撮に走る遠因も、わずかには彼に在る。
運動が苦手なためか、部活にも所属しておらず、特定の集団に属しているわけでもない。
そんな彼と唯一普通に話すことが出来る人物が、隣のクラスの剣道部所属の終日努である。名は体を表すを地で行く鍛錬中毒者であり、総司の幼なじみでも在る。
といってもこの幼なじみ、口下手である。
情報を得ようにも、まともに会話をしないこの唐変木では手に出来る情報などたかが知れている。
必然?総司の情報を求めようとして法律スレスレのストーカーが誕生するに至る。
一応、本人収監のもと秩序在るファンクラブとして(辛うじて)体をなしているので特に実害はないらしい。
「あんたもあんたよ。あの可愛らしさに当てられて、もうたまらないって襲ったんでしょ?野球部使って」
「そうよ!集団で総司くんの総司くんを総司したって!」
「日本語で話せ」
「男に興味が無いふりして、あんた以外にやるわね………」
学校を荒らした噂というのはつまりのこと、法子が総司を襲ったというものだ。
全くもって、間違いでない所が否定し辛いところである。
このような好機な目線と下賎な会話に四六時中付き合わされることになれば、だれだって参ってしまうだろう。
深々と、ため息を付いたところで、鈴をならしたようなあのやわらかな声が聞こえた。
「法子ちゃん、一緒にかえろっ」
「……わかったわよ」
周囲が唖然とする中、半分諦めて総司の手を取る法子であった。
逃避しながら思い出すのは先日の会話。
噂を消すにはどうすればいいか、総司が付き合えばいい。法子と。
襲った相手と付き合うなど、普通は考えない。
好奇心を刺激するスキャンダラスなうわさ話は、結局よくある恋愛話に。
頭の良くない法子は、総司の提案した「付き合っているふり作戦」に食いつくしかなかったわけで。
「ほーちゃん、て!」
キラキラ笑顔の天使の総司に、左手を差し出すように催促される。其れも衆人環視のまっただ中で。
漢女のプライドががらがらと音を立てて崩れていく。
何が悲しくて自分より可愛い男子と恋人にならねばならないのか。
ラ◯ウや勇◯郎とは言わない。せめてケ◯イチくらいにマッチョな男が彼氏役が良かったと、心のなかで盛大に嘆く。
苦々しく差し出された左手を、嬉しそうに(演技しながら)とる総司。
天使が悪魔に見えた瞬間だった。
「……畜生このやろう」
「……腹パンの仕返しだよ」
表の顔は仲睦まじきバカップル、ひっくり返せば鍔迫り合いする好敵手。
季節は春。
桜の残る4月の校舎、悲鳴にも似た鶯の祝福の元、西行寺法子と徒然総司は付き合う(振りをする)事となった。
満足したので続きはないです!!
………エタ2本抱えてるのになにやってんだろうなって話ですし。
気が向いたら続きは微レ存。
短編でしか出さない予定。
作品を書いた経緯
東京グール→unravel→僕の(ry→マンドレイクでしょ!?
つまりなんか人外系の主人公書きたくなって書きました。