少女の想い
まだ、死にたくない。まだ、伝えていない。まだ……。
少女は今際の際に振り返る。自分の一生を。
五歳の時、私は体が弱くてなかなか遊んでもらえなかった。
仮に遊んでもらえても、少しでも動きが激しくなるとへばってしまって、次は遊んでもらえなくなる。
でも、ふとしたきっかけで彼女と出会えた。
彼女の名前はレナ。レナは私と同じで体が弱かったけど、後に私にとってかけがえのない友人となった。
レナとはお互いに体が弱いからなかなか遊べなかったけど、二人でいろんなことをやったっけ。
ふふふ、そうそう、7歳の時にいたずらして二人してお母さんに叱られた。
私が囮になっているすきにレナがこっそりシチューに山いちごを入れようとして、見つかっちゃったんだ。
あの時のお母さん恐かったな。
そして、あまりにも恐くてその怒りを誤魔化すために、私が病気がぶり返したふりをしたら、本当にぶり返しちゃったっけ。
あの時のお母さんの表情が忘れられない。
まるでこの世のすべてを信じられないような、まるですべてが嘘であってほしいようなあの表情が忘れられない。
あの表情は、どんな説教よりも心の奥底に響いた。
レナも昨年病気で死んでしまった。11歳だった。
彼女の病気も決して助からない病気じゃなかった。
足りなかったのはお金だけ。
お金があれば助かった命だった。
どうして、この世の中はこんなに不平等なんだろう。
お金があれば生きてよくて、お金がない人は死なないといけないの?
ねぇ、誰か教えてほしい。お金がない人は死んでもしょうがないの?
……えへへ、駄目だね。私がこんなことをいっちゃいけないよね。
レナはそれでも、笑って死んでいったんだ。
私以上に苦しくても家族のために笑って死んでいったんだ。
他にもたくさんのことがあった。
いっぱい悲しいことがあった。
でもそれ以上の嬉しいことがあった。
幸せだったな。うん、幸せだった。でも、もうちょっと生きていたかったな。
◆◆◆
その日少女は死んだ。家族に囲まれ、少女は笑って死んだ。
大多数の人からすればそれはよくあることの一つでしかない。
だが、家族にとってはかけがえない人の死である。
◆◆◆
クリス・キルク 享年 12歳。
ガリス・キルク、カーラ・キルクの長女として生まれる。
出産当時、体が小さく、母子共に命が危ぶまれたが、周りのお陰でなんとか一命を取り留める。
その後は何事もなく、すくすくと成長していくと思われたが、5歳の時に喘息(気管支喘息)に罹る。
その時はなんとか治ったものの(正確には治っていなかった)、その後、何度もぶり返し、12歳のときに悪化、治療法はあったもののあまりに高額なため、両親は打てるかぎりの手を打ったが足りず、結果、12歳の若さでその生涯を閉じる。
近所の人から可愛がられ、葬儀には多くの人が涙を流した。
その嘆きは三日三晩続いたとされる。