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紅玉の姫君  作者: 神奈保 時雨
第二章
9/61

ローレン姉弟

 こつこつと、靴の音が通りに響く。シリルの提案を呑んだリティシアとエリセは、他の3人の後をふらふらと付いて歩いていた。

 いちばん前をシリル。その右後ろにクリス、左後ろにアリス。そして、その少し後ろをリティシアとエリセが歩く、という状態だ。道を知らないリティシアは、自然と後ろの方を歩いているのだが。


「……じゃあ、魔物退治も魔法使いとしての仕事の一環なのね」

 リティシアの言葉に、そうだ、という低く落ち着いた声が返ってくる。シリルは、町で様々な依頼を受けて生計を立てているらしい。

「国軍に入るだけが魔法使いじゃないんだよっ」

とは、アリスの弁だ。

 シリルの家は、先祖代々そういう仕事をしているらしい。人間は魔族や天使とは違う。魔力を持っているものは少数である。だから、魔法使いしかできない仕事をやる立場の人間が必要になるのだ。


「まあ、こればかりは報酬などは出ないが。個人からの依頼ではないからな。だからといって、放っておく訳にはいかない」


 真面目なのね、という言葉を、リティシアは飲み込んだ。真面目、などという言葉で量れる気持ちではない、と思ったからだ。言葉の裏に、住み慣れた国への愛情のようなものを感じた。


「それで、ワタシたちはシリルのお手伝いをしてるの。アーシャも、そうだよ」

「全員住み込みでね」

 アリスとクリスが、交互に説明する。

「住み込み?」

「一人では広い家だ。空いてる部屋があるんだから、使えばいい」

 エリセの言葉に、シリルがそう返す。

「こういう考えだからねー、シリルは」

 アリスがにっこりと微笑みながら、後ろを向いてエリセと目を合わせた。


「言い方は無愛想だけど、優しいからね」

「無愛想で悪かったな」

 シリルの返事を聞いて、アリスがころころと笑った。


「……この角を曲がるとすぐだ。歩かせてすまなかったな」

 5人は、街の外れの方まで来ていた。この辺りになると、途端に木や草が多くなる。木々は、青い葉を風に揺らしていた。

「いえ、別に。いい運動になったわ」

 リティシアはそう返事をしてから、横髪を手で払って後ろへと流した。ばらばらの拍を刻む5つの足音が、角を曲がっていく。


「あの家?」

「そう、あれ」

 エリセとクリスが言葉を交わす。

 緑に包まれるようにして、それはあった。ほんの少し古ぼけた、木造の家。確かにそこそこ大きさがあって、一人暮らしでは持て余しそうだ。

 その扉の前に、ひとつの人影が佇んでいる。

「あ、いた! アーシャっ」

 アリスが声を上げると、人影―――アーシャがこちらを振り向いた。微笑みを浮かべて、こちらに向かってひらひらと手を振るのが見てとれた。

 双子が彼に向かって走っていく。 他の3人は、変わらない歩調のまま進んでいった。


「……アーシャ、何で外にいる?」

 家の玄関先に辿り着いてから、シリルがアーシャに声をかけた。

「一応、みんなを少し待ってようかなと思ってね」


 アーシャの声は、シリルのそれよりも少し高くて柔らかい。ついでに言葉遣いも。リティシアは二人の会話を聞きながら、そんなことに気づいた。会ったときにはこういうことに気を配る余裕はなかったのだが。

「それと――」

 アーシャは言い掛けて、彼に引っ付いている双子に目を向けた。双子が、不思議そうに彼を見返す。優しげな笑みを浮かべ、アーシャは双子に話しかけた。

「何だか嫌な予感がしてね。扉はまだ開けない方がいいかな、って」

 その言葉に、双子はさっとアーシャから目を離す。

「……?」

 エリセが怪訝な顔をした。リティシアも、内心では同じく疑問に思っていた。


 双子のそんな様子を見て、シリルが訝しむように目を細める。

「…もしかして、またか?アリス、クリス」

 双子はどこ吹く風と言った様子で、返事をしない。彼はため息をつくと、そのまま扉へと早足で歩み寄り、取っ手を掴んだ。

「……?」

 リティシアはその様子を注視する。エリセも同様だ。彼は一度双子を振り返ってから、勢いよく扉を開けた。

 その瞬間、何かが風を切るような声が響く。

 続いて、ぼすんと間抜けた音。

 シリルが彼自身の眼前で掴んだものを見て、エリセがぽつっと呟いた。


「……クッション?」

「クッションね」


 リティシアもそれに頷く。掴んだからよかったものの、顔に当たっていればそれなりに痛かったのではなかろうか。

「あ、惜しいー」

 アリスがさらっとそんなことを口にした。

「……アリス、またお前か?」

 クッションを左手に持ったまま、シリルは幾分低い声で威圧するように呟く。

「違うよっ、仕掛けたのはクリスだもんっ!」

 彼女は若干頬を膨らました。しかし、その言葉はシリルの怒気のこもった声で一蹴される。


「仕掛けたのがクリスでも、お前も楽しんでいるだろう。どう考えても」

「えへへ、ばれたー?」

 シリルの怒りをものともせず、アリスはあっけらかんとした口調で言う。事情のわからないリティシアとエリセは、顔を見合わせるばかりだ。シリルはアリスの言葉については特に言及することもなく、で? と続けた。


「お前が主犯か?クリス」

「主犯なんて人聞き悪いなー」

 やはりあっけらかんとした調子でクリスが返事をする。

「……呆れてものも言えない」


 彼は双子とアーシャに歩み寄ると、手に持っていたクッションで双子の頭を軽く叩いた。ぼふぼふと音が響き、双子が同時に頬を膨らます。間に挟まれたアーシャは、ただただ苦笑いを浮かべていた。


「いつも言っているだろう。下らない悪戯に魔法を使うな」

 どうやら、双子は魔力を用いて、クッションが飛んでくるように細工をしたらしい。詳しい仕組みは不明だが。

「魔法とは、人のためにあるものであって、遊びのためにあるものじゃない」

 シリルの言葉に、アーシャもうんうんと頷く。

「わかったよぉ。もうやらないー」

 アリスが拗ねたような口調で言い、クリスもそれに頷いた。

「もう何十年も、その台詞は聞き続けてる」

 呆れたような声で、シリルがそう返した。


「お前らはいつになったら成長するんだ」

「少しずつ成長してるよー」

 クリスのその言葉に、嘘つけ、とシリルが応酬する。

「少なくともこの数十年間、ちっとも変わってないだろう。精神的にも―――」

「あと、背もね」

 アーシャがにっこりと微笑む。

からかうようなその台詞に、アリスはただ頬を膨らます。


 しかし、クリスは違った。

「すぐに伸びるっ!」

 そうアーシャに向かって噛みつく。

「背くらいすぐに伸ばして、アーシャもシリルも抜かしてやるんだからなっ!」

 子供ながらに、男としての矜持があるらしい。その言葉に、アーシャはただ微笑んだ。リティシアもほんの少し笑みを浮かべ、その光景を眺める。

「そうか、頑張れ。難しいと思うけどな、それなりに」

 シリルはそう言葉を吐く。表情はほとんど変わらないが、その声は楽しんでいるような調子にも聞こえた。

 こうしたやりとりを聞いていると、この魔法使いたちの関係が少しは分かろうというものだ。


「ああ、背、高いよね。二人とも」

 エリセがリティシアに言葉をかける。

「ええ、そうね」

 シリルは長身だし、アーシャもそれには及ばないまでも、背が高い方だ。並ぶのはともかく、抜かすのは難しそうである。

「うぅぅ、今に見てろよ……!」

 そう唸るクリスにクッションを押し付け、シリルは再び口を開いた。


「そういえば、アーシャ。犯人らしき人物は見つかったのか?」

「ううん、見つからなかった。やっぱり難しかったね。召喚中じゃなきゃ、通行人に紛れ込むこともできるからさ……」

 そう苦笑いをするアーシャに、そうか、とシリルが返す。

「やはり、そううまくはいかないな」

 ため息混じりのその言葉に、アーシャは再び苦笑を浮かべた。


「さっさと犯人が捕まれば、一件落着なんだけどなぁ」

 クッションを両手で持ちながら、クリスが呟く。


「……それ(クッション)はともかく、さっきの話。どういうこと?」


 事件の話で、ふと先ほどの話――通りで立ち止まっていたときの――を思い出したリティシアが、誰にというわけでもなしにそう口にした。

「さっき?」

 先ほどいなかったアーシャは、不思議そうに首を傾げている。

「魔法学院にいた彼女が、どうして一連の事件を知らないのか」

 シリルがエリセを見ながら、アーシャに向かって簡潔に説明する。

「ああ、なるほど」

 アーシャは、それだけで納得したようだ。リティシアがそれを疑問に感じていると、ふとアーシャと目が合った。


「君は、知っていた?」

 その問いに、リティシアはただ首を振る。

「リンドールの人じゃないんだってー」

 アリスがアーシャにそう告げると、なるほどね、と彼が頷く。

「で、説明する前に、アーシャが帰ってきてないか様子を見にきたってわけ」

 クリスがそう締めくくると、アーシャは再び頷いた。


「で、どういう理由があるのかしら……?」

 リティシアが再びそう問うと、アリスがにこっと微笑んだ。

「そう急がないで?長くなる話だし。おうち入って、座って話したらいいんじゃないかな」

 家主の許可もなしに、それを決めてもいいのだろうか。リティシアがそんな意味を込めてシリルに目をやると、彼は無表情のまま口を開いた。


「オレは別に構わない」

「ねっ」

 アリスが再び微笑む。

「あ、うん……」

「……そうね」

 彼女に圧されるようにして、エリセとリティシアはその提案を呑んだ。




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