食い違い
「ワタシはアリス。アリス・ローレン」
「で、ボクがクリス・ローレン」
「……双子?」
『そうだよっ』
エリセの問いかけに、綺麗に揃った和音が返ってくる。アリスと、クリス。二人は、よく似ている。
深緑の瞳。肩くらいまであるだろう、明るい茶の髪。アリスはふたつに、クリスはひとつに、それぞれ髪を結っている。服装も色合いはほとんど同じで、違いといえばスカートかズボンか、といったものくらいだろう。
見た目は、まだ子供。12、3歳に見えるが、魔法使いならば話は別だ。その辺りはどうなのだろう、とリティシアは歩きながら考えを巡らせた。彼ら――シリルやアーシャと一緒にいたのだから、その可能性はあるだろう。
この双子と、シリルという青年。そしてリティシアとエリセの5人は、路地裏から通りに出ていた。
そこそこ大きな通りだが、先ほどの騒ぎのせいだろうか、人通りは少なかった。
「で、こっちがシリルっ」
それとは対照的に、明るい声が響く。アリスがシリルを指差し、にこっと微笑んだ。
「……指を差すな、って」
シリルは無表情のまま、それに言葉を返す。
「リティシアよ」
「……エリセ、です」
二人も、控えめに名乗った。それにアリスは微笑みを返し、シリルへと向き直る。
「ねぇ、やっぱりワタシとクリスも連れてくるべきだったんだよ。ワタシたちだって魔法使えるもんっ」
「……魔物が出ると分かっていたわけでもあるまいし」
むくれたアリスに、シリルがそう返す。どうやら、双子も魔法使いらしい。ということは、こんな子供のような見た目でも、それなりの時を生きてきたのだろう。
「ところで、魔物が出るのって、これで何回目だっけ?」
クリスが何気ない口調で、シリルにそう尋ねる。
「――5回目か、確か」
「え?」
シリルの言葉に、エリセが声を上げる。彼女は足を止め、目を見開いていた。他の4人が、一斉に彼女を振り返る。
「エリセ?」
リティシアが声を掛けると、エリセは何でもないというように、ふるふると首を振ってみせた。
「……5回目?」
落ち着きを取り戻した彼女が確認するかのように呟けば、シリルが小さく頷く。
「どうしたっていうの?」
状況が飲み込めないリティシアは、エリセにそう問いかけた。双子は黙ったまま、しかし落ち着かない様子で3人を見比べている。
「……わたしは、この前の、というか、今回の事件しか知らないから。びっくりしちゃって」
その答えに、リティシアの疑問は深まるばかりだ。
彼女はリンドールの人間だ。それなのに、一連の事件を知らない、と言うのだから。
「……その制服は、魔法学院のものだろう」
唐突に、シリルが口を開いた。
エリセが、慌てたように頷く。
「えっと、つい最近卒業したばっかりで…」
「あ、そっか。それなら知らなくても不思議はないよね?」
アリスが、顎に人差し指を当てて声を上げた。
「……どういうこと?」
それに対してリティシアは、今日だけで何度思ったか分からない疑問を吐き出した。
「魔法学院のこと、知らないの?」
クリスが首を傾げ、リティシアを真っ直ぐ見つめる。
「名前だけしか。あたしは、この国の人間じゃないのよ」
リティシアはクリスと目を合わせ、ふっと苦笑した。
「そうなの?」
「ええ、今日来たばっかり」
それは災難だったね、とクリスは彼女に声を掛けた。まったくその通りだ、と思いながら、リティシアは答えを促す。
「で、学院と事件とに、何の関係があるのかしら」
「うんとね、魔法学院はとっても閉鎖的な場所なのっ」
どうやら、アリスが説明を引き受けたらしい。
「完全に寮制で、通いはじめてから、卒業するまでの5年間。敷地の外に出ることはまったく許されないの。そうでしょ?」
アリスがエリセを見やると、エリセは小さく頷いた。
「卒業したばっかりなんだったら、事件の全部を知らなくても仕方ないだろうな。町に出ることが不可能だったのだから」
シリルが引き継ぎ、そう締めくくる。
「……ちょっと待って?」
疑問を投げ掛けたのは、意外にもエリセだった。再び、全員が彼女に注目する。
「た、確かに、わたしは閉鎖的な空間にいたけれど……」
エリセはその視線にたじろぎながらも、言葉を紡ぎだす。
「学院には、国軍の人とか、外部の人も出入りするよ? でも、まったく噂にもなってなかった。どうして、なのかな」
しばらく、沈黙が続いた。
「……魔法学院ってさ、」
その沈黙を破ったのは、クリスだった。
「卒業生の8割以上が、国軍に入るんだよね?」
「え、うん」
唐突とも思える問いに、エリセは戸惑いながらも肯定を返す。
軍の魔法使い。それが学院生の主要な進路らしい。
「それじゃあ、うーん、噂にならないのも当然っていうか……」
どこか、クリスの言葉は煮え切らなかった。
「どういうことかしら?」
リティシアは、再び同じ問いを口にする。
自分たちの近くを通っていく人々のまばらな足音が、耳に入ってくる。そのとき、アリスが周りを気にするような素振りをした。そっと周囲を見渡し、困ったように眉を下げたのだ。
「……ここでは、話せないような話なの?」
その様子に、リティシアがぽつりと問う。
「……人がいないわけではないから」
シリルの言葉が聞こえ、全員が彼に注目した。彼は全員を見渡すと、ほんの少しだけ首を振ってみせる。
「さすがに、事件の話……不穏な話はここではしたくはないかもしれないな。それに、ずっとここで立ち止まっていたら邪魔になる」
確かに、人通りが少ないとはいえ、まったくないという訳ではないのだ。いつまでも止まっているわけにはいかないだろうし、通りすがりの人がリティシアたちの話を聞いてしまったら、不安を煽ってしまう可能性もあるだろう。
「場所、変えましょうか?」
「そう、だな。とりあえずは歩こう」
シリルはリティシアの問いにそう返すと、歩きながら付け加えた。
「…もしかしたら、アーシャが家の方に向かったかもしれない。様子を見に行ってもいいか」