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紅玉の姫君  作者: 神奈保 時雨
第一章
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騒動の気配

「それにしても、本当によかったよ」

 疲れが滲んだ表情で、アーシャが呟く。リティシアが首をかしげると、彼は苦笑を浮かべた。

「いや、あの魔物に視力があるのかなんて知らなかったから……目眩ましが効いてよかったなあ……って」


「それってつまり――一か八かだったってこと……?」

「うん……」


 アーシャが申し訳なさそうに発した肯定の言葉に、リティシアは血の気が引くのを感じた。――よく無事で済んだものだと、心から思う。


「……それはそれとして。ずいぶん魔法陣から遠いところに、魔物が出たものだな」

 シリルはアーシャの言葉に少しも動じていない。エリセはまた泣きそうな顔をしているが。

「それは、あたしも思ったわ」

 話題をそらすかのように、リティシアはシリルの言葉に同意した。

「――ちょっと、待って」

 立ち直ったらしいエリセが、魔法陣へと近づいていく。

「ここを見れば、分かるんだけどね」


 彼女は魔法陣に記された文字を指差す。他の3人はそれを覗き込み、エリセの言葉を待った。


「この文字を魔法陣に書き加えることで、魔法を行使できる範囲が大幅に広がるの。もちろん、その分制御は難しくなるけど…小さな陣で大きな効力を得たいときには、すごく使い勝手がいいんだよ」


 なるべく陣を小さくして、目立たないようにしたかったのだろう―――というようなことを言いつつ、エリセはリティシアたちを振り返る。


「……なるほどね」

 アーシャが溜め息混じりに呟いて、空を仰いだ。何故探していたかはさておき、この魔法陣を見つけるのに彼らは相当苦労したのだろう。


「魔法陣は見つかったけど……召喚者は――」

「そうよ、召喚者!」


 彼の言葉に、リティシアは思わず叫ぶ。今の今まで忘れていたというのも間抜けな話だが、召喚者を捕まえないと根本的な解決には至らない。隣にいたアーシャは、いきなりの大声に耳を押さえていた。


「びっくりした……。うーん、俺が探してから戻るよ。多分、魔法の行使中じゃないから見つけるのは難しいけど、一応ね」

 確かに見つかる可能性が低いとはいえ、探さずに放っておくのも気がひける。

「シリルは先に帰ってて。あんまり長い時間留守じゃあ、アリスたちが拗ねちゃうからね……」


 また知らない名前が出てきたが、リティシアは聞き流すことにした。

多分、その人物には会うこともないだろうと思ったからだ。魔法陣は消えた。ならば、もう危険もないはずだ。


「確かにそうだが、いいのか?」

「んー。俺が探した方が、効率いいでしょ?」


 それもそうだな、とシリルが頷く。ということは、アーシャは探知の魔法にでも優れているのだろうか。そう考えを巡らせて、リティシアはエリセと顔を見合わせる。すると、エリセも怪訝そうに首を傾げた。


「……それとさ。もしかしたらこの子たちは、事件のこと知らないんじゃないのかな。さっきも驚いてたみたいだし」


 事件?

 その言葉にリティシアはアーシャを見やり、先ほどのエリセの言葉を思い出す。彼女も、事件がどうこうと言っていた。今回のことがそうだと言うなら、リティシアは確かに先ほど知ったばかりなのだが。


「そうだな。もしかすると……」


 シリルは一旦言葉を切り、髪と同じく真っ黒な目を細める。リティシアがその言葉の続きを促そうとした瞬間――この場に似つかわしくないような、可憐な声が響いた。


「あっ、いた!」

 リティシアは反射的に、声のした方向へと目を向ける。そこには、声の主と思われる少女と―――彼女にそっくりな少年が立っていた。

 何故か、怒ったような顔で。


「アーシャ、シリル! 探したんだからねっ!」

 びしり、という効果音が聞こえそうな勢いで、少女はシリルを指差した。

「……人のことを指で差さないんだよ」

 アーシャが苦笑して、言い含めるように少女に話し掛ける。

「ワタシたち、すっごく退屈だったんだからねっ!」

 しかし、少女は言うことを聞く様子はない。

「そうだよ、すぐだって言うからボクらだって留守番引き受けたのに」

 少年も口を開き、少女に賛同する。少女より少し低いが、やはりよく似た声だ。


「アリス、まず手を下げろ。それから、暇だって威張るのはよせ。……魔物が出たんだ。そうでなければ一度は家に戻るつもりだった」

 シリルはどこか気だるげな様子で、よく似た二人にそう告げる。

「え! またなの?」

 少女は驚いたように声を上げ、シリルへと近寄る。少女の靴が、こつんと控えめな音を立てた。

 また、とは。何やら不穏な言葉だ。


「ああ、そうだ。――アーシャ、もう行け。見つかるものも見つからなくなる」

「ん、そうだね……シリル、じゃあ後は任せたよ」


 シリルの言葉にアーシャは苦笑いを返し、来た道を戻っていく。アーシャが完全に見えなくなった頃、少年の方が口を開いた。


「……それで、誰? そこの人たち」

 その緑の目は、間違いなくリティシアたちを見ていた。怪訝そうだが、好奇心の混じった表情をしている。

「……こっちの台詞よ」

 苦笑と共にようやくそれだけを口にすると、リティシアは息を吐いて肩を落とした。

 あまりに激動的な、人間界初日。ようやく一段落ついたと思ったのだが。

 アーシャやシリルの言っていたことや、目の前の子どもたちの反応を鑑みると、どうやらそうでもないらしい。


「……何かもう、疲れたわ……」

 彼女はため息混じりに言葉を吐き出す。

 どうやら、とんでもないときに人間界に来てしまったらしい、と思考を巡らせて。


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