表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅玉の姫君  作者: 神奈保 時雨
第一章
6/61

逃走

「圧死はごめんだわっ……!」


 あれが当たれば、痛いと思う間もなく即死するだろう。しかし、避ければ――通りも、リティシアが今背にしている建物も、一瞬で崩れ落ちるかもしれない。それでも、選択肢などない。

 本来なら襲い掛かってくるはずもないゴーレムを食い止める手段など、リティシアは知らないのだから。勢いのついた拳が、振り下ろされる。避けようと二人が心を決めたそのとき――知らない声が響いた。


「―――目を閉じてて!」

 鋭く、制止するような声。それとともに、光が炸裂した。

「眩しっ……」

 エリセが小さく悲鳴をあげ、腕で目を覆う。リティシアも、反射的に目をきつく閉じた。

「光の魔法……?」

 そう呟いて目を開ければ――光の影響で少し色合いの変わった視界に、ゴーレムがよろけているのが映った。それと同時に知らない青年が、リティシアたちとゴーレムの間に割り込む。


「……誰?」


 状況に頭がついていかず、リティシアは素っ頓狂な声を上げる。


「――それは、後で」


 その男性はリティシアの言葉にそう返事をすると、二人のほうを振り返った。薄い金色をした彼の髪と目が、日の光を反射する。身に着けているものは全体的に白っぽく、光に溶け込んで消えてしまいそうな印象を受ける。

 しかし、そんな印象とは裏腹に、力強い声で彼はリティシアたちに告げた。


「あんな目眩ましじゃ、たいした時間稼ぎにはならない。まずはここを離れなくちゃ!」


 目眩まし、ということは、あの光は彼の仕業なのだろうか。リティシアが頭の中を疑問符でいっぱいにしていると、彼の手がリティシアの右手首を捕まえた。


「ちょっと――」

「ごめん、そっちの子と手を繋いで。こっち!」


 言われるままにリティシアが左手でエリセの手をつかむと、右手がぐいっと引っ張られた。反論する間もないままに、金髪の男性が走り出す。彼が首に掛けている銀のプレートが、しゃらりと軽い音を立てた。それと同時に、後ろから大きな震動と轟音が響く。


「……もう立ち直ったっていうの」

「ちょ……っと、速っ――」


 リティシアが独り言を言うのと時を同じくして、エリセが短く叫ぶ。彼女には無理のある速さのようだ。しかし、速度を緩めたら追いつかれてしまうかもしれない。リティシアはエリセの手を掴む力を強めた。

 もし彼女がよろけて、手がすり抜けて転ぶようなことがあれば――そんなことは、考えたくもなかった。


「アーシャ!」

 少し走ったところで、誰かの声が響いた。リティシアが前方に目を向けると、誰か――黒髪の青年が、こちらを見て叫んでいた。

「シリルっ」

 それに金髪の男性―――アーシャが叫び返す。


「こっちだ。魔法陣が見つかった!」


 相変わらず、後方からはひどい揺れが伝わってきている。それに加えて、大勢の人が叫ぶ声。ゴーレムの大きさから言って、他の通りから頭あたりが見えたのだろう。

 アーシャはその言葉に頷くと、ほんの少し速度を緩めた。シリルと呼ばれた青年のところに来たところで、完全に足を止める。同時に、リティシアの右手が解放された。


「どこに?」

「向こうの路地だ。木箱を除けたら見つかった」


 そこから彼らが少々言葉を交わす間、リティシアとエリセはゴーレムの足音に耳を澄ませていた。彼女たちのことを見失ったのだろうか、先ほどよりもずっと歩みが遅かった。


「……悪いんだけど――」

 アーシャは息を整えながら、リティシアたちを振り返る。

「あの魔物を……おびき寄せなきゃいけないみたいだ」

「え……」

 声を上げたのはエリセだ。

「随分、分かりにくいところに陣があるらしいし……帰すには上手く誘導しないと」

 アーシャはすまなそうな顔をすると、言葉を続けた。

「できれば、君たちには安全な所にいてほしいけど――二手に分かれれば、魔物が君たちの方を追う可能性もある」


 確かに、その可能性はある、というより高いだろう。ゴーレムはもともと、リティシアたちを攻撃しようとしていたのだから。 それくらいの知能はあると踏んでおいてもいい。


「……離れるのは賢明ではないわね。あたしたちも一緒に行く、ってことかしら?」

「そういうことになるな」


 ずっと黙っていたシリルも、それを肯定する。エリセが、繋いだままだったリティシアの手をぎゅっと握った瞬間――


「来たっ!」


 アーシャが、上を見て叫んだ。通りに影が落ち、どしん、と音が鳴り響く。


「来い!」


 シリルの一言で、4人は弾かれたように走り出した。しかし、先ほどのようにただ引き離すのではなく、魔物との距離を窺いながら。


「……エリセ、大丈夫だからね」

 リティシアは、エリセにだけ聞こえる声で呟く。彼女がゴーレムに怯えているのは分かっていた。繋いでいる手が、小刻みに震えているのだ。

 エリセは返事の代わりに、リティシアの手を握り返した。



「……ここ?」


 不意にアーシャの声が耳に飛び込み、リティシアは彼の方に目を向けた。いつの間にか、路地の行き止まりまで来ていた。そこに積まれていたのであろう木箱がどかされ、魔法陣の文様が覗いている。


「これは……分かりにくい場所ね」

「魔物が召喚された状態だったから、かろうじて魔力を感じ取れたんだ」


 シリルがゴーレムに視線を向けながら、リティシアに説明する。


「……来たよ」

 エリセが弱々しく呟く。

「ぎりぎりまで引き付けて。合図したら、一斉に避けるよ」

 アーシャの言葉に、他の3人がそれぞれ頷いた。

 ゴーレムが4人に目を留め、1歩踏み出す。


「……まだよ」


 繋がれた手がぴくりと動いたのに気づき、リティシアはエリセに声を掛ける。それと同時に、ゴーレムが走り出した。尋常ではない震動が伝わってくる。

「もう少し――」

 シリルの呟きが聞こえた。ゴーレムはどんどん距離を縮め、ついに腕を振り上げた。


「避けてっ!」


 アーシャが鋭く叫ぶ。

 瞬間的に、リティシアはエリセの手を引っ張り、2人で勢いよく倒れこんだ。リティシアはエリセを強く抱きしめる。その脇を、ゴーレムはすり抜けていった。勢いをつけたその巨体は、急に止まることができなかったのだ。


 魔法陣が、一際眩い光を放つ。光が収まると――ゴーレムが消えていた。すかさず、シリルが魔法陣に傷を1本つける。これでこの魔法陣は使えない。

 4人はしばらく放心し――大きく、安堵の息を吐いた。リティシアは、エリセの背中をぽんぽんと叩いてやる。


「エリセ、もう大丈夫よ」

「……うん」

 その言葉に、エリセはようやく言葉を返した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ