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紅玉の姫君  作者: 神奈保 時雨
第一章
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魔物、再び

「それは……倒すってこと?」

 おずおずと尋ねるエリセに、リティシアはしっかり頷いてみせる。

「そうね、それか魔法陣へ追い返してしまうか。まあ、陣は見つかってないから、自然に選択肢はなくなってしまうけど……どっちにしろ、召喚者の意図が分からない以上、そうしないと危険でしょう」


 それができるのはこの場に2人しかいないのだ。選択肢などない。



エリセも深く頷く。


「リティシア……召喚者の方は?」

「――確かに、魔法陣がここにある以上、術者も近くにいるかもしれないわね。けど……術者も陣も後回しよ。二手に分かれるのも危険だし、だからといってこっちを放っとくわけにもいかないわ」

「……わかった」


 エリセが再び頷いたのを合図に、二人は身構えた。微かな魔力を察知した魔物が、警戒するように唸る。やはり、今この魔物に対しては、リティシアは完全な拘束力を持っているわけではないらしい。彼女は魔物から目を離さずに、エリセを呼んだ。


「……幸い魔物は1匹だけだわ、エリセ。それほど強そうにも見えないし」

「でも、油断したらダメだよ」

「それも、そうね」


 エリセのたしなめるような言葉に、リティシアは苦笑を漏らす。


「――それじゃあ、いきましょうか」


 呼び掛けとともに、リティシアは魔力を引き出した。その瞬間、彼女の右手が炎を纏う。


 魔法。

 あらゆる現象を操り、自分の力へと変える術。


「炎……なんだか、リティシアらしいかも。なんとなく」

「あはは……よく言われるわ」


 その炎は、リティシアの瞳と同じ、深い紅色をしている。


 彼女たちが緊張感のない話を交わしていたそのとき――ついに、魔物が飛び掛かってきた。それが魔物の意思か、はたまた召喚者の思惑かは知らないが、ただでやられるつもりはないらしい。魔物がその口を大きく開け、牙を剥き出しにする。

 それに合わせるように、リティシアが炎をぶつけた。魔物が炎に包まれる。そのままもんどりうって倒れ――しかし、すぐに立ち上がった。


「やっぱり、頑丈だね……」

 エリセが小さく呟く。下級の魔物とはいえ、やはりそこは魔族だ。一度魔法を食らったくらいでは、びくともしない。


「リティシア、下がってっ」


 魔物が再び、リティシアに飛び掛かってこようとする。しかし今度は、強風に吹き飛ばされた。エリセの魔法だ。

 魔物は確かに頑丈だが、知性は低い。それゆえ攻撃は単調だ。魔物は何度も飛び掛かり、その度に魔法に阻まれた。



「ここまでくると、ちょっと同情するわね」

 リティシアがそんなことを口にしたのと同じころ、魔物はぐったりとして動かなくなった。風に切り裂かれ、炎に焼かれ、見るも無残な姿だ。

 エリセはしかめっ面をしたまま、言葉を発しない。しばらくの間、二人は警戒を解かずに魔物を見つめていた。

 しかし、魔物が動く気配はない。そろそろ魔法陣を探そう、とリティシアが目を逸らしたとき――不意に、視界の端に淡い光が映った。


「これは……」

 魔物の体が、発光している。エリセは思わず声を上げ、リティシアは再び魔物に目を遣った。


「……生きていたのね。この光は、魔界へ帰る合図だわ。召喚者からの魔力の供給がなくなって、人間界にいられなくなった魔物の――」

彼らは単体ではここにいられない。


 ――おそらく、術者に見捨てられたのだろう。

 この魔物はもう動けないのだから、当然といえば当然だが。

 あの魔物は生きている。それならば死ぬこともなく、じきに回復するだろう。魔力を持つ者の生命力は強力なのだ。しかし、あれではおそらく、しばらくは動けない。可哀相に、とリティシアは心の中で付け加えた。

 確かに召喚される魔物の種類は、召喚者の魔力に影響される。しかし、その中でどの個体が召喚されるかというのは、まったくの無作為なのだ。偶然呼び出されたあげく、魔法でぶちのめされた魔物には、今や同情しか感じなかった。

 可哀相な魔物が完全に姿を消した後、リティシアはエリセを振り返った。


「……じゃあ、魔法陣を探しに掛かりましょうか。また出てこられても、面倒だわ」


 エリセは頷きかけ――半ば悲鳴に近い声で叫んだ。

「リティシア、後ろっ――!」


 その声にリティシアが咄嗟に振り向くと、再び魔物が立っていた。

「な――……またなの? 面倒くさいわね」

 苛立ちが声に混じる。それは、先ほどの魔物とは違う種類だった。石でできた、大きく歪な人形―――


「石……ゴーレム……かしら?」


 リティシアはそれを見上げ、小さく呟く。その人形は物も言わず――口もないのだが――1歩、リティシアに向かって歩を進めた。どしん、という震動とともに、リティシアに影が落ちる。

 エリセも彼女に走り寄り、人形を見上げた。

 青空を背に、日光を遮ってそびえ立つ、石の巨人。

 なんとも、不釣合いな光景だ。


「さっきより、大分強そう、だね……」

 エリセはようやくそれだけを口にする。心なしか、声が震えていた。リティシアはそれに頷き、忌々しそうに口を開く。


「厄介ね……召喚者も本気を出したってことかしら」


 この魔物は動きこそ緩慢だが、破壊力と防御力は見た目通りだ。呼び出すには、先ほどの魔物よりもずっと魔力を要する。


「それに、これで分かった。召喚者には、きっとわたしたちが見えてる……さっきの魔物が反撃できなかったのが見えていたから、強い魔物をぶつけてきたんだよ」

 エリセは先ほどよりは落ち着いた声で、リティシアにそう言葉をかけた。


「確かに、これは二人でも時間を食うわね。魔法がどれだけ通るか――」


 わからない、と言おうとした瞬間、ゴーレムが手を振り上げた。


「――っ!」


 彼女たちは弾かれたように、左右に散った。二人がいた場所に、ゴーレムの手が振り下ろされる。大音響とともに、石畳でできた道が歪にへこんだ。

 ぎりぎりのところで直撃は免れたが、音と震動、そして風圧が二人を襲う。


「……まずいわね」

 手近な壁につかまって震動を耐えたリティシアは、そうひとりごちた。これでは自分たちがどうこうする前に、この通りがもたない。それに、もしかしたらこの音を聞きつけた人がやってくるかもしれない。それが魔法使いならともかく、魔力を持たない人だったら。

 魔法陣も、早く見つけなければ堂々巡りだ。考えれば考えるほど、状況は最悪だと感じる。それはエリセも同じようで、リティシアから大分離れたところで、複雑な表情を浮かべていた。


「にっちもさっちも行かないわね……」

 声を絞り出して、リティシアはゴーレムを睨みつける。その瞬間、それは体をこちらに向けた。そうして―――今度は両手を振り上げる。


「――?」

 リティシアが眉をひそめるのと同時に、いつの間にやら隣に駆け寄ってきていたエリセが今にも泣き出しそうな表情になる。

「……なんでわたしたち、こんな目にあってるんだろ……?」

「そんなことを言っている余裕はないわよ、エリセ」


 危険を察知したリティシアは、引きつった笑顔で隣の少女に告げた。本当は、リティシアもそう叫びたかった。人間界に来た初日がこれだなんて、自分の運の悪さを呪いたい。半歩ほど後ろに下がれば、背中に壁が当たった。


 ゴーレムは、両手を掲げていた。頭の上で、手を組み合わせて。


 それはまるで、巨大な槌のようだった。


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