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白き竜の魔法  作者: 鬼狐
序章 《覚醒のプロローグ》
8/38

第7話 『そして戦いは始まる』

 橘はずんずんと僕の方に歩いてくる。

 ずんずんずん、と。


「……………」


 僕は固まっていた。

 無言で歩いてくる橘から放たれる威圧感は半端ない。

 どうしよう。本格的に怖い。

 まるでアニメのように眼鏡に光の反射で眼が見えないところとか、怖すぎる。

 こいつドラゴンを威圧感で倒せるんじゃね?


「ねえ、天白くん」


 僕の目の前で立ち止まった橘はついに口を開いた。


「な、ナニカナ?」


 僕の視線は宙を泳いでいた。

 対して橘の瞳ときたら、僕の顔をしっかり見据えていた。

 こいつ視線でドラゴンを殺せる!


「さっきのって?」


「さ、さっきのってナンノコトカナ。僕ニハサッパリワカンナイヨ」


「……天白くん、嘘つくの下手でしょ?」


 なんだと!? 僕の完璧な演技が読まれている!?


「天白くん」


 橘はズイっと顔を顔を寄せる。

 あ、当たる当たる! 別に全然大きいわけじゃないけど!

 ……それに、どこかは言わないけど!


「私は、嘘は場合によってはありって考え方をしてるんだけどさ、もしも天白くんが私を納得させられるような嘘をつけるなら、それは別にいいんだけどさ」


「だ、だから橘はさっきから何を言ってるんだよ? 嘘? ぼ、僕が嘘なんかついてるわけないじゃないか」


 完全にバレてる。

 しかし、僕には白を切り続ける理由があるんだ。


 こんなの橘が知るようなことじゃない。

 橘は、魔法とか竜人とか魔物とかそんなものを知っちゃいけないんだ。

 橘には普通の一般的な何も知らない女子高生のままでいてほしい。

 知ってしまったら、絶対に元には戻れないのだから。

 橘はため息を吐くと、僕との距離を取った。

 良かった、色々な意味で安心した。


「天白くん」


「だから何だよ?」


「天白くんは、その後ろで転がってる生き物の死体とその制服の返り血をどう説明するつもりなのかな?」


「……………」


 忘れていた。

 まだこれを片づけていなかった。

 橘の瞳はまっすぐ僕の眼を凝視している。

 まったくその瞳はぶれていない。怖すぎる!

 

 ……ああ、もう無理だ。

 そうだよ、こんなのはわかりきっていたことじゃないか。


「…………わかったよ。全て話すから」



   ◆



「……なるほどね」


 その後、僕は橘に大雑把な説明をした。

 僕が竜人であること、襲ってきたのは魔物だということ、その他諸々。

 橘はそれを無言で聞いてくれた。何も口出しをせずに。

 全てを聞き終わった後、橘は得心いったようにそう呟いたのだった。


「っていうか、そんな簡単に信じちゃっていいの?」


「うん。だって私は信じてるもん。天白くんのこと」


「……えらく信頼されるんだね」


「まあね。だって天白くん、嘘が下手なんじゃなくて、嘘がつけないんだもん」


「嘘がつけない?」


 意味がわからない。

 僕だって、嘘の一つや二つつけれるぞ?


「だって、天白くんってヘタレでどーてーだもんね」


「……………」


 グサグサグサグサッ!

 言葉の矢が僕の胸に突き刺さった。

 僕は胸を押さえて、崩れ落ちた。

 さすが弓道部。百発百中か、僕の心のど真ん中に突き刺さったよ。

 というか、どーてー関係ねーし!


「……橘、今の一言はお前の思ってる百倍以上に精神的ダメージが半端ないよ」


 しかも、ヘタレとかどーてーだとか、そんなのは関係だろ?


「失礼。言い過ぎました」


 流石の橘も申し訳なさそうな顔をしてた。


「ほら、今の空気なんとなく重いからさ、少し和らげようと思ってさ」


「……いや、態とじゃなければいいんだ」


 僕はそういうと立ち上がった。


「さっきの天白くんはカッコ良かったかな。ほら戦ってた時の」


 カッコイイって、褒められた。

 お世辞としても嬉しいな。


「お世辞じゃなくて、素直な気持ち。惚れ直したとは、まさにこのことだね」


「惚れ……っ!?」


 惚れ直したってことは、まさか橘は僕のことを……!?


「あっはっはー、顔が真っ赤だよ! 天白くんってほんと面白いなあ」


「……………」


 橘よ、お前はほんとに変わったよ。

 昔のお前はそんな精神的にダメージを与えるキャラじゃなかったはずだ。

 高校に入る前の春休みに何があった。


「でも惚れ直したってのは、ひょっとしたらひょっとするかもね」


「えっ!? ……ええと、そそうだ! 魔法についてはまだ話していなかったね! 僕もあまりよく知らないし、ラルク先生に頼もう!」


 僕は顔を真っ赤にさせてそう誤魔化した。


「そうだねぇ」


 橘は、ニコニコじゃなくてニヤニヤしていた。

 くうっ……!


「……それじゃあ早速、ラルク先生に電話を」


「いや、直接聞いたから電話をかける必要なんてないよん☆」


 ラルク先生がいつの間にか僕らの後ろにいた。

 ……まあ、別におかしくはない。

 今更ながら、そんなことを考える呑気な自分がそこにはいた。


「『直接聞いた』ってどの時から聞いてたんですか?」


 橘はまったく動揺せずにラルク先生にそう尋ねたのだった。

 こいつ、耐性が強すぎる。


「二人がイチャラブな会話を始めた辺りから」


「先生、立ち聞きはよくないですよ」


「ううん。偶々偶然聞こえてきたんだよ。面白そうな会話がね」


 なんて都合の良い耳なのだ。

 ムカついたので、切り落としてもいいですか?


「龍也くん、私は女性だからさ、男性のような局部は持ってないよ」


「僕はあなたのどんな部位を切ろうとしてるんですかっ!?」


「でも、龍也くんはいらないんじゃない? 遠目で見たら女の子っぽいし」


「いるわっ!!」


 男性の局部なんて切り落としたらヤバイよ! 死ぬよボケ!


「まあまあ、落ち着いてよ。とりあえず、この場にいる全員に色々話すからさ、ストーカーな()さんにも出てきてもらわないとね」


「狐?」


 ラルク先生は踵を返して僕から距離を開けると、指をパチンと鳴らした。

 するとどうだろうか、先生と僕との間にあの時と同じ黒い魔法陣が展開された。


「………!」


 僕が初めてドラゴンになった時と同じ魔法陣だ!

 そして、やはりその黒い魔法陣から飛び出してきたのは、あの時とまったく同じケルベロスだった。


「グルルルルル」


 おいおい、勘弁して欲しい。

 なんで先生は、この魔法陣を?

 そう思っていたら、ケルベロスは僕に向かって飛びかかってくる。

 

「天白くん!」


「……大丈夫だよ、橘」


 橘の悲鳴に似た声が聞こえたが、大丈夫だ。

 これくらいならすぐに終わらせれる。

 そう思って構えた時だった。


「私の龍ちゃんに何するかああっ!!」


 怒鳴り声に似た叫びと共にまるで大蛇の形を模した炎が僕の目の前を通り越し、ちょうど飛びかかってきたケルベロスを灰を残さずに焼きつくした。


「…………え?」


 大蛇の形を模した炎はそのまま理科準備室の壁にぶつかり、あろうことか壁を破壊したのだった。


「えええええええええっ!」


 何? 何が起こったんだ?

 ………そういえば、さっき『龍ちゃん』とか、なんとか………。


「まったく、私の龍ちゃんに傷でもついたらどう責任とるつもりなんですか!?」


「……………」


 僕の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

 じゃあ、もしかしてあいつが魔法使ったのか?

 ……いや、そんなことよりも言っておきたいことがある。


「おい、ツッキー。いつから僕がお前のものに―――」


 振り返った。

 そこには普段見慣れた稲荷月道がいた。

 しかし、今の彼女はいつもと違う部分があった。


「―――え、ええと………」


 彼女の頭部からピコピコと動いている三角形の金色の耳。

 腰辺りからはふわふわとした金色の尻尾が九本生えていた。

 明らかにおかしい。ツッキーよ、何があった。

 混乱する僕を見て、ツッキーは首を傾げた。


「どーしたの、龍ちゃん?」


「ごめんちょっとタイム」


 ツッキーに背を向けると橘と小声で話し合いを始めた。


「(天白くん、稲荷先輩のお尻から生えてるのってやっぱり狐の尻尾かな?)」


「(うん。とっても触り心地も良さそうだったね。いっぱいあったし)」


「(触り心地はともかく……尻尾は全部で九本あったね。ということは世に言う『九尾の狐』ってやつなのかな?)」


「(九尾の狐なんて本当にいたんだね)」


「(まあ、天白くんだってドラゴンだし。いてもおかしくないよ)」


「(む。それはそうだね。ま、ツッキーには言わなければならないことがたくさんあるよね)」


「(うん、そうだね)」


 僕は再びツッキーと向き合った。


「ツッキー」


「? どうしたの、龍ちゃん? きゅーに改まって」


 再び首を傾げるツッキー。

 九本の尻尾はゆらゆらと揺れている。


「その触り心地が抜群そうな尻尾を触らせてくれない?」


「橘チョップッ!」


「アフンッ!」


 橘に頭部をチョップされた。地味に痛かった。


「何するんだよ、橘!? 痛いじゃん! 暴力反対!!」


「なんでこのタイミングで天白くんがボケるの?」


「ボケる? 僕はいたってまともだよ」


 因みにツッキーの返事はというと、


「え? 全然いいよ! 龍ちゃんならいつでもいいよ! 何時でもきて! スタンバイオーケー! カモーンイートミー! なんならお尻も触っちゃう? お胸とか触っちゃう!?」


 だった。


「いや、そっちはいい」


 即答した。

 ツッキーが崩れ落ちた。

 精神的ダメージが大きかったらしい。やったねっ!


「……あの、雨宮先生。狐とは稲荷先輩のことですよね?」


 モフ。


「うん、そうだよ。あの姿を見れば一目瞭然でしょ」


 モフモフモフ。


「まあ、確かにそうですね。稲荷先輩ストーカーとか普通にしそうですもんね」


 モフモフモフモフモフモフモフモフモフ。


「龍也くん限定だけどね」


 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ。


「………………………」


 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ。

 うん、やっぱり触り心地は最高だ!


「橘ストレートパンチッ!」


「ぐえっ!!」


 橘の拳が僕の胸に直撃。

 思ったよりも重い一撃だった。スナップが効いていたよ。

 ツッキーの尻尾から僕の手が離れる。


「た、橘、いきなり何を……!?」


「それは百歩譲って、私のセリフだよね? 天白くん、君は何をしちゃっていたのかな?」


「……え、ええっと、それはですねぇ………」


 橘の視線が痛い。

 僕は目を逸らして、口ごもる。


「……天白くんって、もしかしたら、ケモナー?」


「な、何を言ってるんだよ、橘さま。そそんなわけないよお」


「天白くん、今、私のこと様付けしてたよ? 動揺過ぎだよ。ねえ、もう諦めて吐いちゃった方が方が良いと思うけどなあ」


 ぐう……! か、斯くなる上は!

 そして、追い詰められた僕はついにある行動に出たのだった!


「ああ、そうだよ! 僕は動物が大好きだよ! 特にモフモフしてるのが好きだよ! ついでに言っておくと、モフモフじゃなくてもかわいい動物は皆好きだよ! 個人的にはアラスカン・マラミュートが一番良いよ! 狼は触ったことがないから、触ってみたいっていうのは内緒の話だよ! それが何か!!?」


 開き直りというか、逆切れだった。

 全くもって情けない。

 目尻に涙が溜まってたかもしれない。


「いや……別に悪くないけど」


 僕のあまりの剣幕で橘が少し引いていた。


「あーあ、もう終わりだ。僕の人生が終わった」


 ふ、明日になったら僕がケモナーだという情報が学園中に広まって笑いものにされるだろう。

 こんな母親から受け継いだ小さな身長とかでも色々言われたのに、また藍に馬鹿にされる。


「そうだ、死のう」


「天白くんが自殺しようとしている!?」


 橘が僕の両手首を掴んだ。


「離せ! もう僕にはこうするしかないんだあ!」


「落ち着いて、天白くん! 男の人でもかわいい物が好きな人だっているよ!」


「ぐすっ……本当?」


「そうそう! だから、安心してよ、ね?」


 そんな僕たちの様子を見ていたラルク先生が突然口を開いた。

 笑いながら。まるでバカにするように。


「龍也くんって、本当に女の子っぽいよね。ちょっと変わった女の子よりも女の子っぽいもん♪」


「うわあああああああんっ!」


 ラルク先生の言葉にぶわっ、と涙が溢れた。


「なんて要らないことを言うんですかアナタはあああああっ!!」


「もうヤダ! もうヤダ! 私死んでやるううううっ!!」


「本当に落ち着いて天白くん! 一人称が『私』になってるよ!」


「もう男なんてやめてやるわよ! 男の私はさっき死んだわ!」


「口調まで変わってしまった!」


 カオスだ。

 台詞ばっかりだ。

 橘は肩を落としてるし、僕は暴走してるし、ラルク先生は爆笑してるし。


「龍ちゃん」


 その時、空気になりかけていたツッキーが僕の名前を呼んだ。

 その声に僕と橘はツッキーに視線を向ける。

 ラルク先生は、笑い過ぎて痙攣してた。


「私はね、あまり龍ちゃんが泣いてるところを見たくないよ。泣きやんでくれたら、いくらでも私の尻尾触っていいよ?」


「えっ!? 本当っ!? やったあっ!!」


 泣きやんだ。

 僕は見事に食いついたのだった。


「………………」


 橘はそんな僕を白い目で見ていた。


「あ、そ、そういえば! 先生色々教えてくれるんじゃなかったんですか!?」


 秘儀『話題逸らし』。

 あのままじゃあ、橘に視殺される。

 先生は、やっと笑いを抑えることができたのか、若干涙目になりながらも頷いた。


「あー、腹筋痛い。……えーっと、なんだっけ? あー、そうそう、話そうと思ったんだけど、時間がないにゃー」


 そう言いながらラルク先生は、腕時計を見せてくれた。

 長い針が一を指して、短い針が六近くを指していた。

 つまり、六時五分ほどだった。


「えっ!?」


 驚いた。

 橘でさえ、驚いていた。

 まさかこんなに時間が経っていたなんて……。

 いや、僕がここに来た時間がはっきりとわかっていないから、どれほど時間が経っていたかわからないのだけど。


「ということで、また今度でいい~?」


「……ただめんどくさいからじゃないですか?」


「そ、そそそそそんなことありまてん!」


「なんで噛むんだよ! 思いっきり動揺してんじゃん!」


「まあまあ、落ち着きたまえよ龍也くん。とりあえず、君は帰りなさい。ほら、雲行きが怪しくなってきてるし」


 窓から空を見てみると、濁った雲が空を覆い尽くしていた。

 うわ、最悪だ。今日、傘持ってきてないや。

 雨が降る前に帰らなければ。


「んじゃあ、先生にはまた今度色々説明して貰いますから。……具体的には、さっきの魔物とか」


 僕の言葉にラルク先生は、ニヤリと笑った。


「もちのろんだよ! 女に二言はないっ!」


 言いきったよ、この人。


「じゃあ、帰ります」


「じゃあじゃあじゃあ! 龍ちゃん、一緒に帰ろ~よ~♪」


 おまけ(ツッキー)が付いてきた。

 正直いらない。狐耳と尻尾はいる。


「ちょい待ち」


 先生はツッキーの腕を掴んだ。


「なんですか、先生。私はこれから、龍ちゃんとキャッキャッウフフしながらラブホに向かう予定なんですけど」


「帰るんじゃなかったのかよっ!!」


「………………ポッ」


「頬を染めんな!」


「相変わらず、仲良いよね。稲荷先輩と天白くん」


「とーぜん!」


 ツッキーが胸を張りながら、こう続けた。


「だって、龍ちゃんは私の夫だから!」


「せいやっ」


 ツッキーの後頭部に叩いた。

 仕方があるまい。誰だって誰かを叩きたくなるものだ。


「……ところで、なんで離してくれないんですかー、先生」


 ラルク先生は、未だにツッキーの腕を掴んでいた。

 

「いやあ、月道ちゃんには帰ってもらう前にやってもらいことがあるんだ」


「やってもらいたいこと?」


「ほら、あれ」


 先生が視線で指した先は理科準備室――の破壊された壁。

 ツッキーが破壊した壁だ。


「……………」


 すっかり忘れていた。

 まあ、色々あったし忘れても文句は言えないね。多分。


「帰るなら、直してから帰って欲しいなあ」


「えーっ!?」


 ツッキーは心底嫌そうだった。

 いや、だからといって壊したのは他でもない貴方ですよ、ツッキーさん。


「嫌だ嫌だ嫌だ! 私は龍ちゃんと一緒に帰るんだあーっ!」


 駄々をこね始めた。

 まるで幼稚園児のように駄々をこね始めた。

 てゆーか、泣いてない? 泣いてるね。

 これはあれだね、見てるこっちの方が恥ずかしいね。

 よし、早めに手を打とう。


「ツッキー、ちゃんと直しておかないと今度からツッキーの部屋を掃除しに行かないよ?」


「よし、やろうっ!!」


 破壊された壁にダッシュで向かうツッキー。

 よし、完璧。

 

「天白くん、稲荷先輩を扱いなれるなあ」


「まあね。さてと、僕は帰ろうかな。橘はどうする?」


 弓道部の方も今から行けるのか?


「あゆみちゃんは、用事があるから残ってね~」


 本人が答える前にラルク先生は言った。

 用事? 用事って何だろう?


「ところで、天白くん。その格好じゃ帰りにくいでしょ?」


「あー………そうだった」


 僕の制服はさっきの魔物との戦いで返り血だらけだった。

 うわ、こりゃ酷い。


「先生からの特別サービスだよん♪」


 先生は僕の制服を人差し指でコツンと突いた。

 すると、あら不思議。

 制服についていた返り血が綺麗さっぱり消えてるじゃ、あ~りませんか。


「うわ、相変わらず凄い」


 魔法なら知ってるはずなのに、やっぱり素で驚いてしまう。


「魔法がイマイチな龍也くんに出血大サービス♪ 返り血だけに」


「上手くない……」


 しかも、魔法がイマイチって言うな。

 使い慣れていないだけだ。


「じゃあ、今度こそ帰るよ」


「うん。天白くん、バイバイ」


 橘が手を振ってくれた。

 僕はそれを振り返した。


 つらつらと長かった気がするが、これでギャグパートのようなものは一時的に終了と言っていいだろう。


  

   ◆



「………………」


 帰宅途中で雨が降り始めた。

 急いで帰ろうと思った矢先、『そいつ』が僕の目の前にいた。


「………………」


 無言な『そいつ』は、黒の大きめなコートを着て、フードを被り、顔は見えない。

 しかもなぜか、靴を履いていなかった。

 ぶっちゃけて言えば、裸足だ。


「………………」


 無言のコートの人は何もせずにそこに佇んでいた。何もせずに。

 ホームレスなのかな?

 傘があれば、貸してあげていたが生憎手持ちにそれはない。

 

「………………」


 僕は何もしない『そいつ』の横を通り過ぎようとして――――ぶっ飛んだ。

 後頭部に強い衝撃を受けて、そのまま僕の体は水切りのように地面を何度も跳ねながら工事用のフェンスにぶつかって止まった。


「ッッッッッッッッッ!!!!」


 体中に強い衝撃。特に後頭部が痛い。

 犯人は確実に『そいつ』。おそらく通り過ぎようとした時に裏拳を僕の後頭部に当てたのだろう。

 ちなみに近くに誰もいない。なんで誰もいないんだろう。流石に雨で夜になったとしてももうちょっといてもおかしくないだろう。

 工事用のフェンスが変な風に凹んでいるが不良グループがめちゃくちゃにした、という設定にしておこう。


「………………」


 『そいつ』は、ぶっ飛んだ僕から視線を逸らし、そのまま漫画やアニメに登場する忍者の如く屋根を伝って何処かに行ってしまった。


「ま……待てっ」


 僕は痛む体を無理やり起こし、叫んだ。つもりだ。

 痛む後頭部の所為なのか、うまく声が出ない。

 

「痛いけど……やるしかないか……」


 僕はドラゴンの翼を開いた。

 翼を羽ばたかせ、僕は『そいつ』の後を急いで追った。



   ◆



 吸血鬼がいる廃工場。

 そこに二つの人影があった。

 一つは吸血鬼、もう一つは少女の姿がそこにはあった。

 少女は、腰ぐらいまである長い黒髪とパッチリとした大きな瞳の女の子だった。


「お前は、何者だ」


 吸血鬼は問う。


「ああ、そうですね。自己紹介は大事ですよね、吸血鬼さん」


 少女はそう言うと、自分のスカートの中に両手を突っ込んだ。

 そして取り出したのは、二つの機関銃だった。


「私の名前は、五十嵐舞といいます。私たちの日常の為に死んでください」


ちなみに、龍也が母に似て身長が小さいことや童顔っぽいという事実は、第五話でさらっと出ましたけど、彼はそのことを気にしてあまり公言するのは嫌なので、一話では明かされずに五話の彼の心中によって明かされました。あの時、彼は悩みに悩んでいましたからね。

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