第33話 『忘れない』
前回のあらすじ
もはやアリスの原型がない件。
目が覚めたら、ベットの上だった。
その夢の内容は覚えている。
――いや、思い出した。
『オレ』が全てを失い、『私』になることになった出来事。
どうして忘れてしまっていたのだろう。
「馬鹿だな……」
そう自分に呟くと、ベットから重い体を起こした。
辺りを見渡せば、そこは自分に与えられた部屋だった。
そして視界に入ったのは、ベットの脇に寝息を立てる男の子の姿だった。
「龍也……さま……?」
おそらくこの人は気を失っていた自分を介抱してくれていたのだろう。
「……ぅにゃ……?」
私の呟きが耳に届いたのか、龍也さまが薄っすらと瞼を開けた。
そして、私の顔を見ると安堵した顔をして言った。
「アリス、良かった。目が覚めたんだね。身体は大丈夫? 具合悪いところはない?」
やはりこの人は私を心配してくれていたようだ。
「大丈夫です。心配かけました」
そう微笑んで答えると、龍也さまも優しい笑みを返してくれた。
「そっか」
そして、右手を私の頭に置くと優しく撫で始めた。
薄く残る記憶の中で父様にも撫でられた事があったが、父様にこんなに優しく撫でられたことはなかった。
「ねえ、アリス」
私の頭を撫でながら言う龍也さま。
「僕はアリスのことをよく知らないし、全部をわかってあげることもできない。――何にもできないかもしれないけど、僕なんかでも話を聞くことぐらいならできるしさ」
龍也さまはそこまで言うと突然手を離して、今度は私を抱きしめた。
「りゅ、龍也さま……!?」
突然のことに驚く私に龍也さまは言葉を続ける。
「……最近のアリスはなんか苦しそうだったよ。そんなアリスを見て、何もできないなんて僕も辛いんだ」
「それは……」
「別に僕を拒絶しても構わない。だけど、遠慮だけはしないで。こんな僕でもアリスの役に立ちたいんだ」
「…………龍也さま」
龍也さまは抱きついていた腕を離して立ち上がった。
「何か飲みたいものはない? 水でも持ってくるよ」
私はこくりと頷いた。
龍也さまが部屋から出ようとした瞬間、龍也さまのズボンから変な音が鳴り出した。
龍也さまはズボンのポケットから音の発信源を取り出した。
確かあれは『けーたいでんわ』だ。
遠くの人と連絡出来る物らしい。
龍也さまはそれを耳に当てて誰かと話始めた。
「もしもし、天白です。先生どうしたんですかこんな時間に? ……え? いますけど…………何か用なんですか?…………まあ、いいですけど」
一体何を話しているんだろうか。
そう考えていたら、龍也さまが『けーたいでんわ』をこちらに差し出した。
意味がわからなく、龍也さまの顔を伺う。
「ラルク先生からだよ。アリスに代わって欲しいんだって」
私は龍也さまから『けーたいでんわ』を受け取った。
それを龍也さまの見よう見まねで耳に当てる。
「あの……」
『やあやあやあ! 雨宮ラルクです♪ アリスちゃんお元気~?』
テンションが高いところは夏海さまと同じだな。
龍也さまは、水を取ってくるね、と部屋から出て行った。
「何か用ですか?」
『うん♪ ちょっとアリスちゃんのお手伝いをしようかな~って』
「お手伝い?」
『――復讐、したいんだよね?』
「っ!?」
なんの脈略もなくそう切り出した。
『アリスちゃんは、全ての記憶を思い出したんだよね。家族のことも、仲間のことも、住んでいた村のことも、吸血鬼のことも――全てを失ったことも』
「……っ!?」
何故この人は知っているんだ。
その出来事は誰も知らないはずなのに。
「……お前は、何者だ? まさかあの吸血鬼の仲間なのか?」
私はそう尋ねる。
少し言葉が殺気立っていた。
もしも仲間だとすれば、私はこの人も許せないだろう。
『ちゃうちゃう! あの吸血鬼の事は知ってるけれど、一度もあったことないしね。相手の方は私の存在すら知らないはずだよ』
どうやら違うらしい。
だが、それなら何故。
「何故そのことを知っているんだ? ……いや、まずお前は何なんだ?」
『あっはっはー♪ そこで何者ではなく何だと訊く辺り、アリスちゃんの勘は凄いねえ。おバカちゃんだけど♪』
「……うるさい」
茶化されてイラッとした。
しょうがないだろ、村にいた時はまともに勉強なんてしてないんだから。
『まあ、私の正体なんてどうでもいいんだよ。今回の物語では必要ないし~。そうだね、最終章ぐらいでわかると思うよ。だから、気長に待ちなさいな♪』
いや、何を言ってるんだ。言ってることが理解不能だ。
『取り敢えず重要なのは、アリスちゃんが復讐したいかどうかだよ。復讐したい? イエス? ノー?』
そして話を戻してきた。
復讐――そうだ、私は復讐しなければならない。
家族の為に、仲間の為に、村の皆の為に。
私は――――、
「復讐したい。私は――オレは、あいつらの為にあの吸血鬼を殺したい。仇をとりたい」
どんな手を使おうとも、オレはあの吸血鬼を殺したい。
『はっは~♪ その言葉を聞けてよかった! こうでもしなきゃ物語が進まないもんね~』
「?」
『ああいや、アリスちゃんはわかんなくていいんだよ。じゃあ、特別に私が手助けをしてあげる』
「手助けだと?」
『そ。でも、アリスちゃんと共に戦ったりはしないよ。私は戦闘キャラじゃないしね。ただ、復讐の為にステージを作ってあげようと思ってね』
「ステージ……?」
『だって、このままじゃあアリスちゃんはどうやってその吸血鬼に復讐するつもり? どこにいるかもわからないんでしょう?』
「それは……」
確かによく考えて見ればその通りだ。
私はあの吸血鬼について何も知らない。今どこにいるのかさえわからない。
……あんなことを言っておきながら恥ずかしい。
『だから、私がそういうのをセッティングしてあげる。アリスちゃんは戦う準備をしておけばいいよ』
「戦うって、何時?」
『明日』
「明日ぁっ!?」
唐突なことに素っ頓狂な声が出た。
『だって、そんな漫画の引き伸ばしみたいにするよりかすぐに決着つけちゃう方がいいでしょ? 読者だって読むの飽きちゃうよ』
「何を言ってるのかイマイチ分からないが……」
『気にしないで~。因みに明日の夜八時、場所は君が龍也くんと戦った廃学校だよ。薄っすらと覚えてない?』
そう言われてみると、確かにあの時のことが薄く思い出せる。
ただあの時は自我がなかったから本当に曖昧だ。
『ま、忘れちゃったら龍也くんにでも訊けばいいしね』
「……でも、本当に奴は来るのか? お前は初対面だと言っていたし、そんな簡単に来るとは……」
『だーかーらー! アリスちゃんはそこらへんは気にしなくていいんだって! 全部私にまっかせなさいっ☆』
……本当に任せてもいいんだろうか。
『それに、アリスちゃんの記憶では、あの吸血鬼は暇を弄んでいたんでしょ? それが村の壊滅の原因だし。だったら、簡単でしょ?』
「…………」
『アリスちゃんは、明日の準備をしておきなさいな。なにせこれは君の復讐だからね』
それだけ言うとプツンッ、と何かが切れた音が鳴り、あの人の声が聞こえなくなった。
「……明日の夜八時……か」
私は『けーたいでんわ』をベットの上に置き、ベットから立ち上がった。
歩いて目指すのは、クローゼットだった。
あのベットもこのクローゼットも全て夏海さまが用意して貰ったものだ。
クローゼットを開けるとハンガーに掛かっている服の中で一際大きな薄汚れた黒いコートが掛かっていた。
私が龍也さまと戦った時に羽織っていたコートだ。
私はそれを手に取ると、自分の顔に押し当てた。
独特なニオイ。そして私はこの匂いを知っている。
「……父様のニオイだ」
そうだ。これは父様が最後に私に渡したコートだ。
何故、それを忘れてしまっていたんだろう。
何故、このニオイを忘れていたんだろう。
「……ごめんなさい……私は……オレはっ……」
コートに顔を埋めて嗚咽する。
皆の顔が脳裏に浮かび上がる。
しかし、もう皆の顔を見ることが出来ない。
そう思うだけで、涙が止めどなく溢れだした。
扉の前にいる気配が何かを察したように消えたことにも私は気が付かなかった。
◆
翌日。
舞さんの学校に行きたいという要望で龍也さまと藍さんは一緒に学校に行くことになった。
「じゃあアリス。行ってくるね」
「はい。いってらっしゃいませ」
「何かあったら連絡してね。凛がいるから電話でも連絡できると思うし」
「わかりました」
そういうわけで、残されたのは私と凛さんだけだった。
私が病み上がりだからと気に掛けているというのもあるが、凛さんは私が倒れた原因が自分にあると責任を感じているらしい。
だからこの家には二人きりなのだ。
……というか、藍さんの影の中に住んでいるのに一緒にいなくてもいいんだな。
「あ、スーちゃん」
と俯きながらもこちらをチラチラと顔を伺ってくる凛さん。
「昨日は、その……ごめんなさい。別に悪気があったわけじゃなくて、何も知らなくて……ごめんなさい」
凛さんの顔は俯いてるからよく見えないけど、声が涙声だった。
何だろう、こちらが悪いことをしてしまった気分だ。
「別に気にしてないですから、顔を上げてください」
私がそう言うと凛さんが恐る恐る顔を上げた。
凛さんの目尻には雫が今にも溢れだしそうになっていた。
「それに、むしろ感謝しています。あなたのお陰で全て思い出すことが出来ましたから」
「え?」
それを聞いた凛はきょとんとした顔をした。
私はそれを見て、笑みをこぼした。
「今日はいい天気ですから、少しお散歩にでも行きましょうか」
と窓から見える青空を見ながら、そう言った。
◆
凛さんは散歩をして少し気が和らいだようだ。
少し散歩をした後、近くにあった公園で休憩することにした。
「凛さん、少し尋ねたいことがあるのですが」
「ん?」
「その……死んでいった者に対して未練たらしく想い続けることは、いけないことでしょうか?」
「ん? ん~……どうだろう?」
と凛さんは顎に手を当て考え始めました。
「私が思い出した記憶の中で、私は多くの仲間を失いました。その仲間の顔を思い浮かべるだけで、胸が苦しくなります。……だけど、私が忘れたら本当に皆がこの世から消えてしまう気がするんです」
「んー……でも、いいんじゃないかなって思う。我慢出来るところまで覚えてあげればいいんじゃない?」
「我慢出来るまで?」
「うん。やっぱり、ずっと覚えてあげられることは出来ないと思うんだ。いつか必ず忘れちゃうと思う」
「…………」
「私もね、スーちゃんとは少し違うんだけどね。私は一度死んじゃって、魔物の姿にされて何百年もの間、一人で洞窟の中に閉じ込められてられてたって話をしたよね? あーちゃんのことは助けられてその時はっきり思い出したんだけど、実は私のお母さんとお父さんの顔は全然思い出せないんだよね」
「え……っ!?」
青い空を見上げながら言う凛さんの表情は切なげだった。
「あーちゃんの家のアルバムには私の写真はあったけど、私の両親の写真はなかったから結局わからなかったし。自分の家にも行ってみたけど、家は綺麗に無くなってたよ。両親揃って何処に行っちゃったのかも不明だし。――――もう、両親との思い出も霞んで思い出せないくらいだよ」
「……辛い……ですか?」
「辛いっちゃあ辛いけど、辛いことだけじゃないよ♪」
凛さんは立ち上がると、私の前でくるくると回ったり、ぴょんぴょん跳ねたりし始めた。
突然のことで驚いた私に凛さんは笑顔で言いました。
「人間だった時は、ずっとベットの上とか車椅子とかだったからさ、こんなに動き回れるなんて夢のようなんだよ♪ 自分はずっとこんな風に外の世界を歩いてみたかったんだよ!」
「凛さん……」
「それに、あーちゃんやりゅーちゃんやまーちゃん、スーちゃんも皆がいるから私は寂しくないし、笑っていられる。……あと、例え両親の顔や思い出が思い出せなくても、私には私のことを愛してくれていた両親がいたという事実だけは忘れたりしない」
「事実……」
「それだけは覚えてる。あの温もりだけは絶対に忘れないもん。……スーちゃんにも、スーちゃんを愛してくれた人がいたでしょう?」
「……はい。私も、あの人達との思い出を忘れようとも、共に笑いあった皆がいた事実だけは忘れません」
父様、母様、フィルア、ライア、ヴァング。
私は、私が愛した人達がいた事実を忘れない。絶対に。
「そっか。…………ところで、」
そして、再び瞳を潤ませる凛さん。
「もう、昨夜の件は許してくれますか?」
「まだ引きずってたんですか!?」
え? アリスの一人称とか口調とかがバラバラでわかりにくい?
そ、そそれはあれですよ! 昔の自分を思い出して新しい自分もいるからアリスの中で色々整理ができなくてぐちゃぐちゃになってるだけですよ!
あ、初期の絶対服従の忠犬アリスが好きな方はいずれ戻りますのでもうしばらくお待ちいただければと……。
~おまけ~
アリス「凛さん、私が自分のことを『私』って言うことに対してどう思いますか?」
凛「え? 普通じゃないの? スーちゃんは可愛らしくておっぱいデカくて萌え萌えきゅんだから別に変じゃないよ?」
アリス「(ほっ……)じゃあ、私が『オレ』と言うのは?」
凛「ん~。それはちょっと似合わないかな。アリスちゃんはオレっ娘には向いてないよ~。綺麗だし可愛いしおっぱいボインだし萌え萌えきゅんきゅんきゅい! だからね~」
アリス「ソ、ソウデスカー」
凛「?」