第32話 『村の終わり』
前回のあらすじ
アリスちゃんはオレっ娘。
「花嫁修業は順調ですか?」
「っ!?」
フィルアの突然の一言で、飲んでいた紅茶を噴きそうになった。
「な、なななな何故それを!?」
「いやあ、小母さんや小父さんたちから聞いたのよ」
「釘を刺しておいたはずなのに……」
実は、オレはあの日から出来る限り、母様の家事を積極的に手伝っていた。
今まではまともに手伝ってこなかったが、理由を説明して出来る限りの手伝いをしていた。
料理だって慣れれば簡単なものである。
……このことについては、釘を刺しておいたはずなんだが……。
「それどころか部屋で口調を変える練習だってしてたみたいじゃない」
「なんでそこまで知っている!?」
そのことについては母様や父様にすら知らせていないのに!
はっ! まさか聞かれていたのか!? くぅ、最善の注意を払っていたのに!
頭を抱えて嘆くオレをニヤニヤと憎たらしい顔で見てくるフィルア。
「ねえアリス、出来れば聞かせてくれないかしら?」
「嫌だ!」
「そ、即答!? な、なんでよ~。いいじゃない別に!」
「お前に言ったら絶対に笑うだろ!」
絶対に馬鹿にされる。
そして何より恥ずかしいし。
「笑わない! 絶対に笑わない! 一回だけでいいから。お願い!」
フィルアは手を合わせて、頭を下げた。
そこまでして聞きたいものなのか。
「……わかったわかった。じゃあ、一回だけだぞ」
そして、オレは折れてしまった。
……それが間違いだと気付かずに。
「ほんと!? やったぁ♪」
フィルアは目を輝かせて喜んだ。
まったく、なんでオレが……。
「アリス、どうぞ!」
フィルアの勧めの言葉に腹を括る。
「……わ、私は……あまり、器用じゃない、です」
顔を赤く染めて小さな声でオレはそう言った。
しかし……。
「…………」
「…………フィルア?」
フィルアの様子がおかしい。
なんだか反応がない。
そう思ったら、
「……ぶぶっ!」
噴き出した!
「あはっ、あははははっ! な、なに今の? ちょ、ちょっと面しふふふっ、あはははははっ!」
「うがあああああああっ! やはり笑ったな! だから言いたくなかったんだ!!」
「ご、ごめ! あはっ、いや、そんなつもりはないんだけど。ふふふ、器用じゃないってあはははっ!」
すごく大爆笑である。
真面目にした自分が馬鹿みたいだ。
「ぐぬぬ……もうやらん! 誰に何と言われようと二度とするものか!!」
オレは、ぷいとフィルアにそっぽを向いた。
「え~、いいじゃんいいじゃん。今度はライアたちの前でやってみてあげたら?」
「ぜっっったいにしない! 誰に頼まれてもしない!」
「可愛いのに~。ぷぷっ」
「いい加減笑うのをやめろ!」
くそう。こっちは真剣だったんだぞ。
……それとも、そんなに似合わなかったのか?
オレは可愛らしくしても、可愛くないんだろうか。
自分自身が居た堪れなくなった。
「た、大変だ!」
と村の一人の男性がオレたちの方に血相を変えて走ってきた。
「どうしたんだ? まさか魔物か?」
「ああ、そうなんだ。いきなり村の近くに現れたんだ! 早くどうにかしないと……」
「わかった。オレたちが行く。……フィルア」
フィルアに視線を向けるともう笑っていなかった。
どうやら危険な状況であることを理解しているようだ。
「わかってるわ」
オレとフィルアは武器を掴むと急いで魔物がいるであろう場所へと向かった。
◆
「なんだこいつらは……!?」
ライアとヴァングと合流し、魔物がいるという場所へ訪れた。
そこには数十体の人型の泥でできた人形だった。
しかも、それがそこら中を徘徊しているのだ。
気味が悪いことこの上ない。
「一体こいつらは何なんだ?」
「今までこんな奴ら、見たことないわよ」
人形たちの大きさは、ほぼオレたちと同じぐらい。
それがそこら中を歩きまわっている。
まるでソンビのように。
「だが、どんな奴でも村を守らないとな」
オレは剣を鞘から抜剣し、人型の泥人形に対して構えた。
「ええ。気味が悪いからさっさと倒しましょう。〈アイス・スティンガー〉!」
フィルアが展開させた魔法陣から無数の氷の針が飛び出し、泥人形に降り注いだ。
攻撃を受けた泥人形の体はあっさりと崩壊した。
はずだったのだが、
「んなっ! 再生してやがる!」
崩壊した泥人形は再び人の形へと再生し始めた。
すぐにその体は元の形へと戻ってしまった。
「くっ、とにかくこいつらをどうにかしないと……!」
オレは泥人形に手にしていた剣を振りぬいた。
泥人形は見事に真っ二つになった。
しかし、再び泥人形は再生して元へと戻っていく。
「まだだっ!」
剣を振るい、泥人形を斬り捨てていく。
フィルアたちも泥人形を潰していく。
しかし、何度やっても同じことの繰り返しだった。
その人形の数は一体も減ってはいなかった。
「…………おかしいぞ」
泥人形を斬り続けていくと、ある異変に気がついた。
オレたちが泥人形を攻撃しても、こいつらは一向に反撃してこないのだ。
「確かにその辺を歩き回ってるだけだ」
「本当に何なんだ、こいつらは」
まるでそこにいるだけのただ人形のようだ。
こいつらの目的は一体何だ?
……いや、こいつらは目的なんてなく、むしろ……。
「……? あっ! 皆あっち見て!」
考えているとフィルアは一つの方角に指を指しながら声を上げた。
その方角へと視線を向けると黒い煙が天へと上っていくのが見えた。
しかも、一つじゃない。数カ所から上がっている。
「あっちの方って確か!」
「村の方だ!」
自分たちの村の方から黒い煙が立ち上っている。
一体、どうなって………っ!
「ま、まさか……!」
オレは一つのある考えに辿り着いた。
「こいつはオレらを誘い出すための囮だったのか!」
「そ、それじゃあ!」
くそ、もっと早く気づくべきだった!
もう少し前に泥人形のおかしな所に気がついていれば。
「アリス」
悔やんでいるオレに声をかけたのはヴァングだった。
「今は悔やんでいる場合じゃない。お前だけ先に村に戻れ」
この中で一番速く走れるのは、人狼であるオレだった。
「そ、そうだな。まだ間に合う。間に合わせる!」
オレは全速力で村へと走りだした。
くそっ、お願いだから皆無事でいてくれ……!
父様は自警団を引退したが、まだ戦えるはずだ。
父様、母様、今すぐ行く。だから……だから……!
しかし、オレの祈りは通じることはなかった。
村に辿り着いたオレは、絶望した。
――――村が全壊していたのだ。
◆
「そ、そんな、なんで……」
村の建物はほとんど崩壊し、燃えている家もある。
そして足元に転がっている見知った人たちの死体。
「どうしてこんな……」
少し前まで騒がしかった村が今では人の声がまったく聞こえない。
ここは地獄かと思った。
「父様……母様……」
オレは走り出していた。
目指してるのは自分の家、そこに父様たちがいるはずだから。
「はあはあ……父様……」
辿り着いた自分の家……だったもの。
そこには何も建ってなく、ただの建造物の残骸のみ。
「父様、母様……父様ぁ! 母様ぁっ!」
叫びながら、残骸を退けていく。
父様たちが無事であることをただ信じて。
そして、残骸の下から太い男性の腕が見えた。
見慣れた父様の腕だった。
「父様っ!」
父様の上に乗っかかっている残骸を全て退けて父様の上半身を起こした。
父様は眠っているように瞼を閉じている。
「父様! 父様っ!」
何度も呼びかけると父様は瞼を薄っすらと開けた。
「おぉ……アリスか」
「父様っ、良かったっ!」
「……悪いな。心配かけた」
父様は申し訳無さそうに微笑んだ。
「父様、母様は……?」
辺りを見渡して母様を探す。
もしかしたら、父様と同じように残骸の下敷きに……。
「……本当に悪い」
父様はそんなオレを見て、そう言った。
父様の言葉の意味に絶句した。
そんな馬鹿な。だって母様は、強い父様よりももっと強いはずなのに。
「なんで……誰がこんなこと……」
視界が大きく滲んだ。
もう我慢ができなくなった。
もう涙を耐え切ることができなくなった。
それを見た父様は偶々手に握っていた自分のコートをオレの顔に押し付けた。
泣くな、と父様が言った。
「お前には俺たちの、村の仇をとってほしい。それがお前のするべきことだ」
嗚咽を漏らし、とめどなく雫を流すオレに父様はコートを押し付けながら言う。
「はは……お前は俺の自慢の娘だ。お前なら俺のような良い男がすぐに見つ、かる……だ、か……ら……」
オレの顔にコートを押さえ付けている父様の力が弱まり、ついに落ちた。
「う……ぅぅぅぅうあああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
オレは父様のコートを羽織ると袖で未だ溢れだす涙を拭い、走りだした。
父様と母様、それに村の皆をこんな目に合わせた奴を許さない。
仇を絶対にとる。それが父様の最後の望み。
暫く走ると崩壊した村の中でぽつりと一人佇む人影を発見した。
漆黒のコートに身を包んだ男性。
その顔はこの村で一度も見たことのない顔だった。
「お前は……」
「ん?」
オレの声でこちらに振り向く男。
「お前がこんなことを」
「お前は、人狼か。確かさっきも人狼がいたな。ついでに家まで送ってあげたな」
……こいつが……母様と父様を。
「どうしてっ……! どうしてこの村を襲ったりしたんだ!」
「理由か。ふむ。簡潔に言えば、暇つぶしだ。ワタシは吸血鬼だからな、長い時間を生きていると暇になるのでな」
「暇……だから……?」
絶句した。
まさか、そんな理由で皆を……?
暇だから人の命を奪うのか?
「…………態々囮使った理由は?」
「面白そうだったから」
もう、我慢の限界だった。
「……許さないっ…………殺す!」
オレは吸血鬼の男に斬りかかった。
しかし、男の体は剣が掠る前に霧散する。
父様から聞いたことがある。
吸血鬼は自分の姿を霧に変えることができる。
「どうした威勢がいいのは口だけか」
背後から嘲笑う男の声が聴こえる。
体を回転させ、自分の背後に振り抜く。
しかし男の姿は見えず、また空振りだった。
「くそっ。卑怯だぞ! 姿を見せろ!」
未だに嘲笑する男はオレの前に姿を現した。
「そういえば、自警団とやらはお前一人でしているのか?」
「違う。オレ一人じゃない。フィルアとライア、ヴァングがいる」
……そうだ。オレは一人じゃない。あいつらが来てくれれば、きっとこの男なんか――。
しかし、男の次の一言でその希望もあっさり打ち砕かれた。
「ああ、多分そいつらなら殺したぞ」
意味がわからなかった。
何もわからない。頭の中がぐちゃぐちゃでわけがわからない。
「さっきいきなり攻撃を仕掛けてきたから、返り討ちにしてやった」
「…………あああああああぁあぁぁぁあぁああああああ!!」
剣を再び男に向かって振り下ろす。
しかし男は霧へと姿を変えて避けてしまう。
「無駄なことを」
耳元で嘲笑う男の声。
それがどうした。無駄なことぐらい自分が一番わかっている!
「ああああぁぁあああああぁああぁぁぁぁ!」
我武者羅に剣を振り回す。
何も残ってないオレは自暴自棄になっていた。
もういっそのこと死んだほうがいいのかもしれない。
「アリス」
突然名前を呼ばれ、後ろから抱きつかれた。
自分の聞き慣れた男の声だった。
「ヴァ……ヴァング……?」
「ああ」
蚊の鳴くような声で名を呼べば、男は微笑んで応えた。
「良かったっ……! 生きてて良かったっ……!」
オレはヴァングを抱き返した。
――――良かった。オレは一人じゃない。
「ああ、そうだな。そして――――」
ヴァングは言った。
「――ごめんな」
ヴァングはオレの首筋に噛み付いた。
いきなりのことに反応が追いつかなかった。
体から力が抜けていく。ヴァングを抱いていた腕の力が抜け、腕が垂れる。
どうして、ヴァングはオレに噛み付いて……噛み付く…………吸、血鬼……?
「ヴァ……ん…………ぐ……」
ふと、視線の端に吸血鬼の写り込んだ。
嘲笑とした顔をしていた。
やはりあいつが、ヴァングを吸血鬼にしたのか?
フィルアたちを殺してヴァングを吸血鬼に?
やはりあいつが許せない。
なにがあろうと許せない。
「許さない……絶対許さない! 殺してやる……っ! 絶対にお前を殺してやるっ! オレの手でえっ! 殺してやるうっ!」
「それは楽しみだ。再び出会えた時は相手になってやろう」
許さない。殺してやる。
しかし、体が動かない。目の前に、仲間を殺した仇の奴がいるのに。
消えていく意識の中で自分の中の大切な者たちの顔が思い浮かんでくる。
母様、父様、ごめんなさい。――結局オレは何も守れなかった。
この話を見て、お気付きの方もいるかもしれませんが、7話ぐらいに舞と戦ったあの吸血鬼の正体は……。
あ、そういえば、書いてる途中で父様がゲシュタルト崩壊しかけた。
~おまけ~
ツッキー「最近の漫画って肌色成分多めじゃん?」
龍也「そだね」
ツッキー「だから、もっと私たちも肌色成分を増やすべきだと思うんだよ! むふーっ!」
龍也「え? 活字で?」
ツッキー「活字で」
龍也「今の表現力で出来るとでも?」
が、頑張るよ?(´・ω・)