第14話 『十六夜の森』
今現在馬車に揺られながら、“十六夜の森”へと向かっている。
……何故、馬車?
「えー、移動って面倒ですもん。あ、人間界で言うタクシーみたいなもんですから、身構える必要ありませんよ」
で、この移動法ね。
確かに異世界で馬車に乗るなんてちょっと良い経験かもしれない。
「馬車というこの小さな密室で男女が二人きりって……燃える展開ですねー!」
「何に燃えてんの!?」
確かに馬車内には僕とエレアだけである。
でも前の小窓から馬車を運転しているお爺さんの後ろ姿が見えてる。
一体この絵図のどこが燃える展開なんだ。
「わかってませんねえ。だからあなたはいつまでたっても童貞なんですよ」
「そのネタまだ引き伸ばすの!?」
童貞ネタはもういい!
一体君と童貞にどんな関係が!?
「いえいえ、唯私は『童貞きもー』『あの先生マジウザー』『ねー、あのハゲ先生キモいよねー』『マジう○こよねー』とかすぐ人を見下す有象無象が嫌いなんですよ」
「有象無象って……。まあ、すぐに人を見下すのはよくないよね。というか先生が不憫すぎだな!」
例えの三つが先生に対する悪口だった。やめたげてよお!
「ん? でもさっき僕に対していつまでたっても童貞だ――とか言って見下してたよね?」
「当たり前ですよ」
「当たり前!?」
先生よりも僕が不憫だった。やめたげてよお!
「な、なんで当たり前なんだよ!」
反論する。
納得する台詞を聞くまで許さないぞ!
「それは、だから……え~とっ……さ、察してください!」
「考えてから言えよ」
脱力してしまった。一気に力抜けた。
もう慣れよう。それしか道はなかろうよ。
「は、話を変えましょう。他愛もない話をしましょう」
いきなり話を変えにきた。
都合の悪い話を上書きしようという魂胆だろう。
「他愛もない話ね」
「女の人の体を見て『エロい』と言うけれど、卑猥な事を考えてる人にも『エロい』って言いますよね。紛らわしいのに何故でしょう?」
「知ーらーねーよ!」
どうでもいいわ! 本当に他愛もねえな!
「どうでもよくありません! いつか『あいつってエロいよな』『は? あんな男の体のどこがエロいんだよ』『いや、あいつの頭ん中だよ』みたいな会話が起きるかもしれませんよ!?」
「知ーらーねーよ!」
そんな会話が起きるような世界ってどんな世界だ。
「……なあ。もうこんな会話やめよう。なんか恥ずかしい」
「何を言ってるんですか。別に恥ずかしい場所ではないでしょう。ここには天白さんと私の二人っきり……二人っきりなんですよ!」
「何故二回も言う!? そんな息を荒くして近寄るな!」
くそう。まるでツッキーと話してるみたいじゃないか。
こうなれば、いつもみたく話の流れを変えるしかない!
「なあ、エレアって」
「あ。“十六夜の森”に着いたようですよ。……で? 何か言いました?」
「……いえ、何も」
何も言うこともなく、無事(?)目的地に到着した。
◆
馬車を降りた僕はお爺さんにお礼を言う。
結局何も喋ってくれなかったが、去り際に微笑んでくれた。
……何も聞いてなかったのかなあ。
「さあ。さっさと行きましょう」
“十六夜の森”に改めて向き直る。
意外と広そうだ。
元の世界には生えていないであろう木々や草花に目を奪われる。
「なあ。この森でさ何か噂というか言い伝えとかないの? 『この森に入ると出られない』みたいな」
「ありますよ。あー、言い伝えと言うより名前の由来と言った方が良いでしょうか」
「やっぱりあるんだ!」
「確かこの森に最初に訪れた冒険家が実は方向音痴で、この森を出るのに十六回夜を越したそうです」
「そのまんまー!?」
十六回夜を越したから『十六夜』!?
そのまんまじゃないか! 僕のワクワク感を返せチクショウめ!
「まあ、この森は相当な方向音痴以外は簡単に脱出できるダンジョンですよ。魔物も出てきますけど、あまり強くありませんから」
エレアはそう言うと何処からともなく自分の身長以上の大きさの重火器を取り出した。
……………………。
「いやいやいやいやいやいや!?」
「いきなりどうしたんですか? あ。何処から出したか、とかの質問はスルーさせていただきますよ」
「いや! そうじゃなくてなんでそんな大きな重火器を!?」
「何か変ですか?」
エレアが重火器を撫でながら、首を傾げた。
「いや、そうじゃなくて普通RPGとかじゃエルフって弓だったりするじゃん」
「はあ? 何を言ってるんですか? 弓よりも重火器の威力が強いし、楽ですよ」
「現実的ー!」
「そんなことはどうでもいいですから、ほらさっさと行きますよ」
僕の手を引いて“十六夜の森”に足を踏み入れるエレア。
自分よりも大きな重火器を持ちながら、その足取りはしっかりしていた。
◆
「そういえば、天白さんは何か武器はないんですか? 丸腰ですか?」
「あー、うん。僕は竜人だから大抵の魔物は拳で」
「なんか脳筋っぽい発言ですけど……。武術とか齧ったりは?」
「んー、本当に少しだけ。僕の友だちで武術だけが取り柄な奴がいてね。そいつから少々習っただけだからね」
自分で酷い言い様だった。
ごめん大地。最近出番もとい印象が消えかかってるし今度一緒にカラオケ行こう。
「それに竜族の腕力というか力に剣とかが耐えられないと思うし」
多分使い物にならない。
すぐに折れてしまうだろう。
「確かに普通の武器じゃあそうなりますが、中には竜族のような脳筋でも耐え切れる武器だってあるんですよ」
「お前さり気なく竜族馬鹿にしただろ」
というかあるんだ、そんな武器。
「はい。竜界に行けば普通に武具屋で売ってますよ。あと“アートヴェール”にも売ってますし」
「あーと……何?」
「さっきの町の名前です」
ああ。あの町そんな名前だったんだ。
中々ファンタジーっぽい名前じゃないか。
「じゃあ、あの大樹は何か知ってる?」
まさか知らないことはないだろう。
僕は森の中でも確認できる程の大きさの大樹を指差した。
天まで届きそうなあの大樹は一体?
「ああ、あれは“センター・ウッド”という名の『城』ですね」
「城!?」
え? あの木って城なの!?
どっからどう見ても城には見えないんだが。
城というより塔とかの方が思われ易そうだ。
「あそこには魔法界の姫様たちがいますが……今はそんな事を気にしてる暇はないでしょう!?」
「いきなり正しいこと言うな!」
色々ノリノリに語ってた癖に。
◆
魔物を倒しながら進む僕たち。
僕は拳と爪で魔物を抉り殺し、エレアは重火器で原型を留めることなく壊す。
……わかってる。こんなの狂気しか感じられないことぐらいわかってる!
因みに僕の制服はエレアによって魔力の膜を張ってもらい、返り血がつかないようにしてもらった。
森の中で重火器を撃ちまくっているのにも関わらず火事にはなってない。何やら細工でもされているのだろうか。
進むに連れ、藍のニオイが感じ取れるようになってきた。おそらくもう少しだろう。
因みにエレアには適当に進んでいることにしている。こんなことを言えば、変態呼ばわりされてしまう。
そんな時、こんな森の中で一人の男と出会った。
「よお」
と声を掛けてきた人は、夜のような真っ暗なスーツに紺色のネクタイを締めていた。しかも、不健康そうな顔の男だ。
ぶっちゃけ第一印象が『不吉”』な人だ。
「こんなところで一人で何をしているんだ。少年」
一人? いや、エレアと一緒だ。
しかし、横を向いてもそこには誰もいなかった。
……何処に行ったんだ、あのエロフ。
「えっと、友だちを探してて……ここに来たんですけど」
警戒する僕を見て、男は、
「ああ、名乗り忘れたな。すまないな」
と言った。
「俺は苗木苦郎という」
名前も若干不吉だ。
「僕は天白龍也です。苗木さんは、何か用事でこの森に……?」
しかし、こんな森の奥でスーツ姿で一体何をしているのだろう。
「用事――ああ、用事だな。正確には用事だった」
だった? じゃあ、もう用事は済んだ後なのだろうか。
「ああ、もうここに長居する必要はない。それじゃあな」
苗木は僕の横を通り過ぎた後、歩く足を止め振り向かずに言った。
「少年。今、この森は危険だ。早めにそのお友だちを探しだして帰ったほうが良い」
「はい?」
「さらばだ」
苗木は、去っていった。その姿はすぐに見えなくなった。徒歩の速さが予想以上の速さだった。
「いやー、気味の悪い人でしたねー」
いつの間にかエレアが隣にいた。
「おい。何処に行ってたんだよ。エロフ」
「いやー、気味が悪いので隠れてました」
気味が悪い。
確かにどこか気味が悪い。不吉な男だった。
そんな男がここで一体何をしていたのだろう?
「確かにあの人の言うとおりかもしれません」
「は?」
「この森の精霊の様子が少しおかしいといいますか。……とにかくあまり長居しないほうがいいかと」
「ふうん」
僕たちは先に進むことにした。
◆
「ど、どうも」
「こんにちは」
「はじめまして」
「…………」
苗木と出会った場所からそう遠くもない場所でくきゅるるる、とまさかの森の中で空腹時に鳴るお腹の音が聞こえてきた。
……ごめんなさい。竜族の聴覚がすごく鋭くてごめん。
そして、エレアと共に音の発信源に足を進めたら、ばったり出会った。
猫耳金髪幼女とメイドさんに出会った。
…………もう驚かないぞ。
で。とりあえず、挨拶。
まるで某無免許の天才外科医のような白黒の髪の色をしているメイドさんはペコリと挨拶をしてくれたが、猫耳金髪幼女は固まっている。お腹を両手で抑え、顔は熟したトマトの様に赤い。
おそらく音の発信源は彼女のお腹からだろう。
「きっ」
猫耳幼女が口を開いた。き?
「きききき聞きましたか!?」
「はい。聞きました」
僕の代わりにエレアが答えた。
おおっと! このエルフは、優しさというもの知らないのか!?
とタイミングを見計らったようにまたくきゅるるるる、と鳴った。
「うにゃあああああ!」
猫のような悲鳴をあげる猫耳幼女。
「聞かれました! 聞かれちゃいました! もうお嫁にいけにゃいいいい!」
ほら、言わんこっちゃない。
大泣きである。その場で蹲ってしまった。
えぐえぐ泣く猫耳幼女にメイドさんが慰めの言葉を――――、
「はあはあ……ユリーシャ様のお腹の音、可愛いすぎますぅ!!」
掛けない! むしろ変な方向に興奮してる!
ああ、このメイドさんもツッキーと同じタイプか!
ユリーシャちゃん――でいいのかな?――に深く同情するよ。
進展しないまま新キャラが続々と……。
というか、本当にあいつは藍を助ける気はあるのでしょうか?
次回に続く!
~おまけ~
エレア「実はこの重火器の名前は『魔火砲バーサーカー』という名前なのですが」
龍也「ネーミングセンスがイマイチ!」
エレア「実はこれには隠された機能があるんです」
龍也「隠された機能!?」
エレア「『魔火砲』の順番を逆にして読んでみてください」
龍也「ん? 『魔火砲』……『砲火魔』……『ほうかま』……まさか『放火魔』?」
エレア「ピンポーン! 大正解です!」
龍也「これもイマイチ! というか苦しいんじゃないでしょうか!?」