船に乗り
目の前に、巨大な湖が見えてきた。自分と同じくらいの年の子どもたちが、だいたい四人くらいずつ、そこに浮かぶ小船に乗り込んでいる。ここまではいた保護者のような人々の姿は、そこからは見当たらない。皆一様に、桟橋近くから見送っている。そこからは、[頑張るのよ、ファレン!][あぁ、いつのまにかあんなに大きく…]のような、親バカ的視点を持った声が聴こえてくる。
あれ、ということは…。コルタはアレキサンドラを見上げた。
「中までは来ないんですか?」
鬱陶しいとも感じていたが、それと同時に安心も与えていてくれたアレキサンドラがいなくなるのは、少し不安だ。フェデルタがいるとはいえ、知らない人々の中に、いきなり放り出されるのは緊張するし、自分が何をしでかすかわからないのも怖い。そんなコルタの感情を悟ったのか、アレキサンドラはにっこりと微笑んだ。
「そういう規則なので。不安と重圧に押しつぶされそうで、大叔父上がいなければ船に乗れないというのなら、一緒にお供しましょうか?一応、裏門から行けますよ」
アレキサンドラが優しげに提案してきた。もちろん、煽るように。その言い方にかちんときたコルタは、くるりと踵を返した。不安になっていたのが、なんだか馬鹿らしく思えてきた。
「やっぱいいです。さよなら」
「お友達とたくさん仲良くするんですよー!」
後ろからアレキサンドラの声が聞こえてくる。それとともに、[あら、仲が良いのねぇ]という、周りの人々からの微笑ましげな心の声も聴こえてきた。実際には、そんなに可愛いらしいものじゃないのに。コルタは、二週間の猛特訓で積み重ねられた恨みも込めて、アレキサンドラを湖に落としてやりたいという欲求を必死でこらえた。
「生徒の方ですか?入学許可証の提示をどうぞ」
船着き場の脇に静かに立っていた、フードを目深にかぶっている人間に話しかけられて、コルタはびくりとした。全然声が聴こえてこなかったし、気配も全く感じなかった。本当にびっくりした。
「お願いします」
コルタは湖の中にそれを落とさないよう注意しながら、金のインクで縁取られた入学許可証を、鞄から取り出した。アレキサンドラに渡されたものだ。
フードの人間は、それを食い入るように観察してから、丁寧な手つきでコルタに返してきた。
「アスコルターレ・クオーレ様ですね。この船に乗ってください」
緊張しながらコルタはうなずき、指定された小船に乗り込んだ。すでに三人ほど乗っている。ほっそりとした銀髪の少年に、エスト風の顔立ちをした褐色の瞳の少女、それと金髪の美少年だ。どの子も、座り方や制服の着こなし方からして、育ちが良さそうだ。いや、そういう場所だから当たり前か。変な緊張で、馬鹿げたことを考えてしまう。
「では、出発しましょうか。皆さん、湖には落ちないよう、くれぐれも注意してください」
フードの人間はそう言って、杖を呼び出し、くるくると振った。途端に、小船が軋む音を立てながら動き出す。誰も、何も言わないまま、湖の上を小船が進んでいく。
なんだか居心地が悪くなってきたコルタは、皆の心の声を聴くことにした。心の深いところまで覗き込むには、「心の扉」を文字通り開かなければいけないが、心の表面上を浮かんでは消える声なら、ただ集中するだけで聴くことができる。コルタはすっと集中した。まずは、銀髪の眼鏡をかけた少年から…。
[あーあ、どんな魔法が掛けられているのか調べてみたい。ついでに、湖の生物についても調査してみたいな。学園についたら潜ってみようかな]
ちょっとまずい人だ。秋の湖に潜ろうなんて真面目に考えている人なんて、初めて聴いた。あまり関わり合いにはなりたくない。よし、次だ、次。コルタは、褐色の瞳とくっきりした眉を持つ少女の方に集中した。
[はーあ、どきどきする。オヴェストの人と関わるの、怖いなぁ。エスト海の方にある学院に行きたかったなぁ]
これはこれで少し面倒くさそうだ。家系の影響だろうか。エスト地方の貴族には、エストを強く重んじるタイプの者が多いとアレキサンドラも言っていた。
コルタは何が面白いのか、さっきから延々と水面を眺めている少年の方に移った。さて、こっちはどうなんだろうか。
[あぁ、美しい。青く輝く瞳、そして太陽よりも光を放つ、この黄金の短髪。あぁ、この世に僕よりも美しいものが存在するのだろうか]
コルタは驚愕のあまり、集中が途切れた。聴き間違い?それとも、何かの古い詩でも思い出しているのだろうか。そうだ、そうに違いない。コルタはもう一度聴き直した。
[もうすぐ学園か。しかし、僕よりも美しいものは存在しないだろう。そして、友達になってとか、言われちゃったりするのだろう。あぁ、我ながら罪な男だ]
だめだ。違ったみたいだ。コルタは頭を抱えたくなるのを必死でこらえた。全く、揃いも揃って面倒くさそうなのばかりだ。学園の生徒全員がこんな性格なのだったら、夜逃げしてやる。コルタはやけっぱちになりながら、決意した。
「…ついたみたいだよ」
眼鏡少年が顔を上げた。本当だ。いつのまにか船は、向こう岸へと到着していた。頭を悩ませるのに忙しくて、気がつかなかった。
「えぇと、同じ〈ユニット〉だよね。これからよろしくね」




