アスコルターレとエヴェスト魔法魔術学園
「こんにちは。あなたがアスコルターレですか?」
いきなり名をたずねられて、群青色の瞳の少女、アスコルターレはびくっと振り返った。目の前には、黒髪の美青年が立っていた。誰だろう、この人?こんな森の奥まで来るってことは、クーゲルさんの知り合いかな。そんなことを思いながら、彼女はうなずいた。
「はい。でも、長いから、コルタって呼ばれています」
「じゃあ、私もそうやって呼ぶことにします。自己紹介が遅れましたが、私はアレキサンドラです。以後お見知り置きを。さっそくですが、コルタ、エヴェスト魔法魔術学園まで来てもらいますね」
エヴェスト学園?初めて聞く言葉だ。それに、そんな話、一言もクーゲルからは聞いたことがない。コルタは混乱しながら、アレキサンドラにたずねた。
「あの、人違いじゃないですか?」
「そうですか。じゃあ、私はもう一度、ヴィフレア森林で、クーゲル一級魔道士と暮らしている、十二歳のアスコルターレという少女を探してみることにしますね。見つかったら連絡しますよ」
アレキサンドラが手をひらひらと振った。
「やっぱり人違いじゃなさそうです」
コルタは訂正した。そして、続ける。
「でも、わたし、エヴェスト学園なんて知りません。それに、行く気もありません。すみませんが、お断りします」
「行ってみたら楽しいと思いますよ、なんて言っても無駄ですよね」
コルタは無言でうなずいた。人の集まる場所にはなるべく行きたくない。それは、昔から今も変わらない。自分には、こういう誰もいない土地が向いているのだ。
「じゃあ、言い方を変えましょう。黙って来なさい」
その言葉と同時に、首元に白い刃が突きつけられた。どこから?そんな思考、全く聴こえてこなかったのに。パニックになりそうな頭を必死でなだめながら、コルタは口を開いた。時間稼ぎをして、逃げるチャンスをうかがおう。
「わたしに、何をさせたいんですか?」
「まぁ、いろいろと。さぁ、早く来てください。こんなことをしているのをクーゲルさんに見つかったら、私が殺されてしまいますからね」
冗談めかした口調で、虚空からアレクサンドラが杖を呼び出した。もちろん、短剣はコルタに突きつけたままだ。これじゃあ逃げられない。どうしよう?コルタは焦った。そのとき、
「久しぶりね、アレクサンドラ」
アレクサンドラの背後から、にゅっと女性が現れた。クーゲルだ。コルタは笑顔になった。良かった。助かりそうだ。
「おや、クーゲル師。お元気ですか?」
にっこりとアレクサンドラは、短剣をコルタの首筋から引っ込めた。クーゲルがふんと鼻を鳴らす。
「社交辞令はいいわよ。で、何の用かしら?私の暗殺?それともコルタの方?」
「あいにく、どちらでもないです。中で話しましょうか」
ちらりとアレクサンドラが小屋の方を見る。クーゲルがうなずいた。
「そうね。そういえば、実験に使った毒がちょうど余っているの。紅茶にでも入れて飲まない?素敵なアクセントになると思うわ」
「じゃあ、味見をよろしくお願いします」
そんな皮肉の浴びせ合いを聞きながら、コルタは一人不安になっていた。もし、ここを離れることになったらどうしよう。また、人と交わって暮らしていかなければいけなくなったら、どうしよう。そのことで頭がいっぱいだった。
「ずいぶんと綺麗な部屋ですね」
アレキサンドラがちらりと部屋の中を見た。雑然と本や羊皮紙が床全体に散らかっている。クーゲルがうなずいた。
「でしょう?はい、紅茶」
「ありがとうございます。おいしいですね」
コルタは、クッキーを出しながら、ちらりとアレキサンドラの方を見た。紅茶の分量が減っていない。飲むふりだけして、飲まなかったのだろう。気持ちはわからなくもない。
「それで、何の用?」
クーゲルが切り出した。クッキーの入っていたかごを戸棚に戻しながら、コルタも耳をそばだてた。自分も、何が起こっているのか知りたい。
「コルタを、エヴェスト魔法魔術学園に入学させたいと思いまして」
「さっき、短剣を突きつけていたのは?」
「ちょっと説得をしていただけですよ」
「相変わらず口がよく回ること」
「おかげさまで。あなたもおかわりないようですね」
「ありがとう。さ、コルタ、あなたも座って」
テーブルの上で火花が散っているような気がするのは、気のせいではないだろう。そんなことを思いながら、コルタはクーゲルの隣にそっと座った。
「それで、なぜ、コルタを連れて行きたいの?そもそも、エヴェスト学園なんて初めて聞いたわ」
「そりゃあ、そうでしょうね。今年から創られた学園ですから。オヴェスト地方とエスト地方の親交を深めるためにね」
「あの、オヴェスト地方とエスト地方って、不仲なんじゃないんですか?」
コルタは、クーゲルに教えてもらった歴史を思い出しながら、おそるおそる口を挟んだ。
この国は、東に位置するオヴェスト国と、西に位置するエスト国という小国が連合してできた。しかし、オヴェスト人の方が多かったため、国語はオヴェスト語に、建築物や食べ物もだいたいがオヴェスト風となることになった。そのため、エスト人はオヴェスト人のことを煙たがるようになった。オヴェスト人も、自分たちのことをそんなふうに扱ってくるエスト人のことが気に食わない。だから、東西の仲は今も悪い、だったはずだ。なのに、なぜ今…?
「そうです、不仲です。だからこそですよ。これから先は、何が起こるかわからない。西の海を越えた国々では、蒸気機関と呼ばれる機械や、ひとりでに走る鉄の馬、新たに発見された鉱石を使った魔道具、たくさんのものが生まれているそうです。そんな強国たちに追いついて、追い抜いていくためには、国の中での団結力が欠かせない。そんなことをいろいろ考えた結果、国の未来を背負っている、貴族や王族の少年少女の皆さんに、地方関係なく、学園生活を通して結びついてもらうことになりました」
「そのために、わたしはいるんですか?わたし、貴族でも王族でもありません」
コルタは抵抗した。しかし、アレキサンドラは首を振った。
「あくまで、今言ったことは理想ですよ、理想。実際に、学園生活が始まったら、何が起こるかわかりません。喧嘩などでも起こされたら、東西同士の外交に傷がついてしまいます。ということで、影で東西を結びつけてくれる、外交官的な人材が欲しいということになりました」
「なるほどね。そういう状況なら確かに、人の心を読める少女っていうのは欲しいわね」
クーゲルがうんうんとうなずいた。唯一の味方が消えてしまいそうな予感にとらわれて、コルタはぶんぶんと首を振った。
「わたし、外交官になんかなれません!人と話すのも苦手なんです。関係を破綻させてしまうと思います」
「そこの辺りは大丈夫です。あなたの外交官生活をサポートする、使い魔を派遣します。どうぞ、煮るなり焼くなりしてください」
にっこりとアレキサンドラが微笑む。コルタは焦った。どうしよう、もう言い訳が思いつかない。でも、何も言わなかったら、話がどんどん進んでいってしまう。ええい、もういい。コルタは自分の心情を正直に吐露した。
「あの、行きたくないです」
その言葉に、クーゲルとアレキサンドラが顔を見合わせた。そして、同時にぷっと笑った。
「すみません、言うのを忘れていました。あなたに選択権はありませんよ」
「頑張ってね。応援してるわよ」
二人の微笑みが悪魔のものに見える。コルタはため息をついて、机につっぷした。とても不本意ながら、どうやら行くしかなさそうだ。




