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《第二章 第3話 桜の記憶石》

夜の静寂を切り裂くように、風が吹いた。

桜咲学園の校庭には、無数の花びらが舞い、光の粒となって夜空に溶けていく。

朋広はその中心で、手にした小石を見つめていた。

それは澪が見つけた“記憶石”――桜霊の核心。


掌にのせると、ぬくもりのような脈動が伝わる。

まるで生きているかのように鼓動を刻み、淡く光を放っていた。


「これが……あの時、澪の涙が落ちた場所だ」

呟いた声は夜風に消える。

隣で桔梗がそっと見つめていた。


「あなた、また夢を見ていたのね」

「わかるのか」

「ええ。あなたの瞳が“昨日”の光を宿してるもの」


朋広は目を閉じた。

夢の中で見た映像――あの桜の下で、誰かが泣いていた。

それが誰なのか、もうわからない。

けれど、心が確かに痛んでいる。


「夢と現実の境が、どんどん薄くなってる」

「……このままじゃ、あなた自身が消えるわ」

桔梗の声は震えていた。

だが彼女も同じ現象に巻き込まれている。

互いの夢が、記憶を共有し始めているのだ。


「もし俺が消えたら、その記憶は君の中に残るか?」

「そんなの、いや……」

桔梗は一歩近づき、朋広の胸に額を押しつけた。

「私が消えるならいい。でも、あなたがいなくなるのは嫌」


その瞬間、記憶石がひときわ強く光を放つ。

二人の影が重なり、世界がゆっくりと反転する――。


気づけば、昼の校舎。

制服姿の生徒たちが行き交い、鐘の音が響いていた。

桔梗が驚いたように周囲を見渡す。

「ここ……夢の中?」

「いや、違う。これは“記憶”の中だ」


廊下の端に、別の桔梗がいた。

笑っている。

今まで見たことのないほど優しい笑顔で。

その横に、若い朋広の姿がある。

二人は肩を並べて歩きながら、何かを約束していた。


「私たち、こんな約束をしてたの?」

桔梗が呟く。

だが映像の中の二人の声は聞こえない。

風の音と桜のざわめきだけが響く。


朋広はその場に立ち尽くしながら、何かを理解し始めていた。

――この“記憶”は、二人が死ぬ前の世界だ。

彼らは既に一度この春を生き、そして終えた。

いま見ているのは、その輪廻の残滓。


記憶石の中の景色がゆらぎ始め、桔梗が叫ぶ。

「やめて!戻れない!」

「落ち着け、まだ――!」


光が弾け、世界が再び反転する。

次に目を開けた時、そこは桜の木の根元だった。

手の中の石が砕け、粉雪のように散っていく。


「……これで、全部終わったの?」

桔梗の声はかすかに震えていた。

朋広は首を横に振った。

「いや。これは“始まり”だ。

記憶が終わることで、ようやく俺たちは“今”を生きられる」


風が吹き、粉雪のような光が夜空へと舞い上がる。

桔梗の髪が揺れ、彼女の瞳に涙が光る。


「じゃあ……次の春も、一緒に見られる?」

「もちろん。俺の“昨日”が、君の“明日”に続くなら」


二人は微笑み合い、夜桜の下で手を握り合った。

遠くでチャイムが鳴る。

それはまるで、次の春への合図のように優しく響いていた。

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