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《第三章 第3話 風に散る記憶》

桔梗が消えた翌朝、校舎の空気は妙に軽かった。

まるで、彼女という存在が最初からなかったかのように。


教師もクラスメイトも、誰一人その名を口にしない。

しかし、朋広の机の引き出しには確かに、あのノートがあった。

「昨日の君へ」と書かれたページ。

それだけが、現実と夢の境を繋ぐ唯一の証だった。


放課後、校庭に立つ。

桜の樹は風に揺れ、花びらが渦を描いて落ちていく。

その光景を見つめるうちに、耳の奥で声がした。


――“思い出せるうちは、まだ間に合うよ。”


振り向くと、そこに“桜霊”がいた。

半透明の少女の姿。桔梗に似ているが、少し違う。

瞳の奥に、深い夜のような静けさがあった。


「君は……桔梗、なのか?」


少女は微笑み、首を横に振った。

「私は、彼女の“記憶の影”……桜が人の心を写すときに生まれるもの。」


風が強くなり、花びらが舞い上がる。

朋広の足元でノートが開き、文字が光を放った。

“昨日の君へ”の下に、新しい文字が浮かび上がる。


『私を、思い出して。――桔梗』


その夜、朋広は夢と現のあいだを彷徨っていた。

街灯が滲む帰り道、空気の中に桜の香が濃く混じる。


ふと見ると、歩道の端に桔梗が立っていた。

現実の桔梗。確かにそこにいる。

だが、通りすぎる人々は誰も彼女に気づかない。


「桔梗!」

「……月城くん、遅かったね。」


その声は震え、透明で、風に溶ける。

「私、もう少しで全部、消えちゃうの。」

「待ってくれ、俺が――」

「ううん、違うの。私を救うのは“あなた”じゃない。

 あなたの“記憶”なの。」


彼女の身体が風と共に散り、桜の粉となって宙に溶ける。

その瞬間、朋広の頭の中で無数の映像が弾けた。

笑い声、涙、手のぬくもり。

そして最後に、桔梗が桜の木の下で言った言葉。


『私が消えても、桜が咲くかぎり――また会えるから。』


目を開けると、彼の掌に一枚の花びらが残っていた。

そこには、薄く刻まれた文字があった。


“風に散る記憶、まだ終わらない。”


朋広はその花びらをそっとノートに挟んだ。

外では、春の夜風が新しい物語の気配を運んでいた。

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