共和国の港を占領せよ!
隣国ルドルフォウス共和国にて、兼ねてより予測されていた反乱が発生したことを受け、サン・アグリアス帝国海軍は共和国への侵攻を決定。海軍中将たるベンソン・S・アンハルトは、侵攻に反対する陸軍を説得すべく、陸軍の知り合い・ユンカー少将の元へと向かうのだった。一方、共和国では、反乱の裏でとんでもない事が進んでいた…
コンコンコンコン。
「ユンカー少将。ベンソンだ。入って良いか。」
「ベンソン中将?ちょうど良かった!こちらから連絡しようとしていた所です。さ、早く入ってください 」
ガチャリ。
「少将、もう聞いているな、反乱のことは…」
「ええ、存じています。それに関してなんですが…」
「…?」
「実は、情報部の連中がこんな事を掴みましてね。」
そう言うと、ユンカー少将は机から1枚の書類を取り出した。
「…!こ、これは…」
そこに書いてある事を簡単に纏めると、『共和国が人体実験をしている可能性が高い』という事であった。
「少将、これは、これは本当なのか?」
「さあ…しかし、情報部はこれに関してかなり自信があるようでしたがね。」
「なんてことだ…」
人体実験とは、件のガドマン条約にて、『忌むべき行為』として固く禁じられていた。条約に関しては、共和国側も了解しているはずだ。それなのにしているとなれば…
「情報部が言うには、奴ら、生物兵器なんかも開発しているそうです。こんな情報がつい昼頃提出されたもんですから、陸軍はもう大混乱で…そこへ来て反乱でしょう。…流石に、陸軍も動かざるを得ませんよ。」
「…!少将、ということは…!」
「ええ。どうせ海軍は出撃準備を整えてあるのでしょう?陸軍が遅れを取る訳には行きませんからね。……十五分ください。その間に準備を整えます。」
「分かった。輸送船は12、13、14、15番ドックで待機している。この後ゲラーデ泊地の4番港に回すから、それに乗ってくれ。我々は一足先に出撃しているぞ。」
「はい、それで構いません。」
「では少将、これで失礼する。」
「ええ、さようなら」
バタン。
「…よし、何とか陸軍の協力は取り付けられた。後は出撃するだけだ。」
そう呟くと、ベンソンは部下達が待つ3番ドックへと向かった。
海軍3番ドック
「長官!お待ちしておりました。」
「ああ、遅れてすまない。」
「いえ。…それで、陸軍の協力は…?」
「ああ、15分で出撃するそうだ。」
「よかった!流石は長官ですね」
「やめたまえ…それで、準備はできたのか?」
「ええ、艦隊各艦も、転移魔法も準備完了しています。」
「そうか。では、行こうか。」
「はい。」
ベンソンは艦橋の司令部に到着すると、すぐさま命令を下した。
「艦隊各員、出撃だ!目標はルドルフォウス共和国のナビュラ泊地だ!総員、転移に備え!」
やがて、ドックの下に設置されていた転移魔法陣が作動し、各艦を青紫の光が包んだ。途端に光は強くなり、次の瞬間には艦隊諸共消え失せていた。後には、空っぽのドックと、吹き荒れる衝撃波が残された。
同時刻 ルドルフォウス共和国 ナビュラ泊地 第1港付近
ドッカアァーーン!!!
紅蓮の炎を噴き上げて、倉庫の一つが爆発した。
その倉庫から吹き飛んできたプレートには、『第2艦船用弾薬庫』と記されていた。
倉庫の中にあった弾薬は、いずれも共和国民を守るための物であったろうに、今ではその共和国民によって火をつけられたという事実は、ある意味可笑しくもあった。
すでにナビュラ泊地はその殆どが炎に包まれていた。共和国民による反乱のため、火が付けられ、備品を破壊され、小型艇は奪い去られた。
多くの大型艦が沖合に避難していたが、共和国民が魔導魚雷や防御砲を見つけ出し、簡単な使い方を習得するのにそう時間はかからないと思われた。
ナビュラ泊地からは、かつて世界に誇った威容が跡形もなく消え去り、醜い炎が踊っていた……。
アンハルト艦隊
「長官、共和国の連中、派手にやったみたいですね。」
参謀のアルバニー・ローレンスが言った。
「そのようだな。」
艦隊は、転移魔法によってナビュラ泊地に最も近く、かつ共和国の領海外へと転移した(領海内には特殊な魔法が展開されており、転移できない)。まもなく艦隊は共和国領海内へと前進を始め、ようやくナビュラ泊地が見える地点まで到着していた。
しかし、まだ数十キロは離れているであろう彼らの目にも、泊地から吹き上がる炎は見えていた。
「長官、例の作戦で?」
「ああ。諸君!よく聞け!我々はこれよりナビュラ泊地内部へと侵入し、共和国民へと放送を行う。途中、共和国軍の攻撃を受けるだろう。これに反撃してもよいが、間違っても民間人を殺してはならん。もし殺してしまったら、後々まで我々の立場は非常に悪くなる。心せよ。……まあ、魔法誘導があるから滅多なことは起こらないだろうがな…。」
かくして、アンハルト艦隊は、ナビュラ泊地へと急ぐのであった…
ルドルフォウス共和国 地下 某所
薄暗く青色の光が灯る中、白衣に丸眼鏡と言った、いかにも科学者風の男があちこちを行ったり来たりしながら、こんな事をつぶやいていた。
「くそっ!奴ら、そろそろ危ないとは思っていたが、こんなに早いとは…!一体どうすれば…大統領との通信も途絶えちまってるし…!」
科学者風の男は、苛立ちが極限に達したのか、近くの椅子を蹴とばした。
ガッシャン!
「博士…モノに当たっても仕方がないでしょう?」
「!! ラムソンか…ちょうど良い。お前、上に行ってクズどもを制圧してこい!抵抗する者は殺害して構わん。」
「…了解しました、我がマスター。」
そう言うと、ラムソンは踵を返して行った。
科学者風の男が薄ら笑いをしていると、突然部屋の別のドアが開いた。
「いたぞ!」
「政府の関係者だ!殺せ!」
「や、やめろ!貴様ら、今日まで誰のおかげで生きてこれたと…!」
男がみなまで言う前に、共和国民の放った魔法によって、男は勢いよく吹き飛ばされた。
男が起き上がろうとした次の瞬間、男の胸には銀色のナイフが突き立てられていた。男は、二度と動かなかった。
ナイフの持ち主の、真っ赤な髪をした少年は、ナイフを抜くとこう言った。
「まだこの奥に生き残りがいるかもしれない。探し出して根絶やしにするぞ。」
その言葉に、少年よりは少なくとも10年は長く生きている大人達が喜んで従った。
今は亡き男の研究室は、今や青白い光を灯すだけの部屋に成り果てた。
ナビュラ泊地沖 5km地点
『我々はサン・アグリアス帝国海軍だ!我々に共和国民への害意は無い!我々は共和国政府に天誅を下しに来たのだ!』
艦橋に取り付けられたスピーカーが、馬鹿でかい、しかし不快感は少ない声を上げた。
港湾施設を荒らし回っていた共和国民達は一斉に手を止め、沖に浮かぶ巨大な艦を眺めた。
『只今より我々はルドルフォウス共和国に宣戦を布告する!しかし、共和国民よ、安心せよ!我々は決して全良な民を傷つけない!たといそれが他国の民であってもだ!』
その言葉を聞いた共和国民の反応は、次の二つに分かれた。
「援軍が来た」と喜ぶ者、「信用して良いのか?」と訝しむ者。
どちらにせよ、共和国民に反撃の意思は無かった。
既に、泊地内の共和国軍は、全隊が撤退していた。
まもなく、グランゼン陸軍中将率いる第2機甲師団が到着、グランゼン中将らは、共和国の土を踏む最初の一団となった。
翌日、サン・アグリアス帝国内では、帝国軍の共和国侵攻が大々的に報道された。もちろん、ベンソンが考えていたような、侵攻を正当化するための共和国への疑いをたっぷりと含んで、だが。
これにより、国内の世論はおおむね侵攻賛成に傾いた。
一方ベンソンは、半ば独断での出撃になってしまったものの、死傷者がいなかったことや、出撃理由などを鑑みて、今回の件は不問とされた。
第2機甲師団 戦車部隊 第5中隊 第3小隊
「大尉、奴ら、ホントに来ますかね?」
とは、小隊長車の砲手・クリフトンの言葉である。
「来るさ、必ず。」
これは小隊長・カートリッジ大尉の言葉だ。
彼らが今どこにいるのかというと、ナビュラ泊地から少し内陸の草原である。
カートリッジは、計12両のPEーY8式魔鋼戦車を率い、敵の大規模な増援を早期に発見・足止めし、味方本隊の合流まで持ちこたえる、という重要な任務を遂行中であった。
敵の大規模な増援というのは、前日に陸軍斥候隊が発見していた共和国陸軍の魔法通信の履歴から、近日中に現れるであろう部隊だ。
おそらくナビュラ泊地を取り戻そうという魂胆なのだろう。
これを迎撃するにしても、100両を超える部隊をすべて配備することはできない。
単に燃料の問題もあるし、別に守るべき場所はここだけではない。
異常の理由から、戦車部隊は泊地中央で待機し、状況が変化してから現場へ急行という戦法がとられることとなった。
要は囮である。
「それで?エディター、ほかの車両からは何の連絡もないんだな?」
エディターとは、小隊長車の無線手のことだ。
「ええ、特に問題はないようです。」
それを聞いて、カートリッジは頭を掻いた。
「まいったな、持ってきた本ももう読み終わっちまったし…」
「大尉、なに戦闘に本なんか持ち込んでるんです?」
「しょうがないだろ、暇なんだから。それに。」
カートリッジは壁をコンコンと叩いて見せた。
「こいつだって、暴れたがってるはずだ。」
こいつ、とは、この車両のことで、彼らは「プリズム」という愛称を付けていた。理由は定かではないが、彼らに聞けばきっと「初めて見たときに太陽が反射して輝いていたから」と答えるだろう。
その時だった。
「カートリッジ!お出ましだぜ」
プリズムの操縦手で、カートリッジとは古い付き合いのネンバ―が言った。
「なんだと?方角は、距離は!」
「11時の方向、距離6000パッコ(1パッコ=1.3m)!」
「配置につけ!読書の時間は終わりだ。」
「バカ、読書してんのはお前だけだ。」
「あっ、そうか。」
まもなく、小隊に所属する全車両が戦闘態勢に入った。白銀の塗装にその辺の草を付けただけのPE‐Y8戦車が魔導エンジンを唸らせつつ、息をひそめて敵が射撃ポイントに入るのを待った。
PE-Y8戦車が有する2.5レック(1レック=3.2㎝)砲は、世界の戦車を見ても相当な重武装であった。
魔法によって威力が増大した砲であり、こちらの世界と違って火薬を使ったり、弾数に縛られることもない。格納魔法によって大量に収納されているからだ。
敵の車両が刻々と接近する中、カートリッジは友軍に向かって魔法通信で叫んだ。
「砲撃、始め!」
「エディター、司令部への報告も忘れずにな。じゃなきゃ援軍が来ない。」
「あっ、はい!」
カートリッジに無線機を奪われてぼうっとしていたエディターにネンバーが釘を刺した。
しかし、彼らにとって、最悪の事態が、彼らを襲うことは、あなたと私を除いて、誰も知らなかったのである―――。
続く……
おはようございます、金賀です。今回も(ほかの方の作品と比べると)少し短めです。(???:舐めてんじゃねーぞ)
それはさておき、最近寒いですね!これを書いているのは1月なのですが、バカにできない寒さです。このお話の中の日付も1月ですから、むこうも冷えてるのかなー、なんて考えながら書いてます(笑)。
次回もお楽しみに!毎度ながら誤字脱字の指摘は遠慮なくお願いします!
余談ですが、サン・アグリアス帝国では作戦の立案から前線指揮まで殆ど中将が行ってます。最高階級である大将はあくまで陸海軍と政治家との橋渡し役で、基本的に中将が立案した作戦を簡単にチェックする程度しかしません。元帥?知らんな()