涙の理由〜クリスマスの贈り物〜
「クリスマスなのにごめんね。戸締まりしておくから、誰も家に上げちゃダメよ」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
十二月二十四日の夕方。
知美は幼い一人娘の望結をマンションの自宅に置いて、夜勤のために外出した。
その後、望結は一人で入浴を済ませ、ぴったり夜九時にリビングのテレビを消した。歯をみがき、母と共用している広いベッドに一人でもぐり込んだ。
これは、その晩に起こったことだ。
――ドスン
物音を聞いたような気がして、望結はぱっと目を覚ました。
「……ママ?」
ヘッドボード上の置き時計は十二時を指していた。ふだん、仕事に行った知美がこんな夜更けに帰って来ることはなかった。
気になって眠れなくなった望結は、様子を見に行こうとベッドから下りる。
すると、ドアの方でカチャリと音がして、きぃとドアが開く。
望結はとっさにベッドの奥に隠れ、頭だけを上に出してドアの方を見た。常夜灯の明かりで、おぼろげに侵入者の輪郭がわかった。
――ひょっとして、どろぼうさん?
そんな想像をして、望結の顔からさっと血の気が引いた。
侵入者のシルエットは、少なくとも知美のものではなかった。どうやら大人の男の人のようだ、と望結は見当をつけた。
侵入者がベッドの方に近づいて来たので、望結はあわてて頭を下げた。
「……おや、留守だったのかな……?」
低い男性の声が聞こえた。
その声は、純粋な疑問を表しているようだった。
――あれ? どろぼうさんじゃないのかな。
望結はなんとなく、彼が悪い人ではないと直感した。
望結はひょっこりと頭を出す。
すると、ベッドの方を見ていた男性と目が合った。
「あ」
と、男性の声。
暗がりで顔はよく見えないが、彼は驚いているようだった。
「……おじさん、だれ? どろぼうさん?」
望結がたずねると、彼はあわてて手を左右に振った。
「いやいや! 僕は泥棒じゃないよ。僕は――そう、サンタクロースなんだ」
「サンタさん!」
望結は声を弾ませた。
まさか、本物のサンタクロースに会えるなんて。
「じゃあ、みゆにプレゼントくれるの?」
「あ、ああ。もちろんだよ」
サンタクロースを名乗る男性は、荷物の中からきれいにラッピングされた箱を取り出す。それは望結の腕ぐらいの細長い箱だった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
望結は小走りでベッドを回り込み、男からプレゼントを受け取る。
ふと彼の大きな手が、望結の頭をなでるような仕草をした。
「……大きくなったね」
「?」
男がグスリと鼻音を立てた。
「……サンタさん、ないてるの? なにか、かなしいことがあったの?」
望結がそう聞くと、暗がりの中で男が笑顔を見せた気がした。
「いいや。とっても嬉しいことがあったんだよ」
望結はそう聞いて首をかしげた。
「うれしくてなくの? ……へんなの」
「ハハッ……。そうかもしれないね」
男は声を上げて笑った。
それから、彼は何かを思い出したように手を打ち、荷物の中から小さな箱を取り出す。
「――そうそう。こっちは君のママへのプレゼントだよ」
「ママにも!? ありがとう!」
望結はさっき受け取った細長い箱をベッドに置き、男から小箱を受け取った。
「僕がそれを取り返してる内に、こっちでは三年も経ってたんだ……。――これでもう、思い残すことはない……」
男の声は、段々と小さくなっていった。
望結が二つのプレゼントを適当な場所に置いて振り返ると、男の姿は消えていた。
「サンタさん……? もう、つぎのおうちにいっちゃったのかな?」
望結の疑問に答える者はいなかった。
†
次の日の朝。
望結が起き出してダイニングに向かうと、もう知美は朝食の支度をしていた。
「ママ、おはよう〜」
「あら。そのステッキ、どうしたの?」
望結の片方の手には、昨夜サンタクロースを名乗る男からもらった玩具が握られていた。
「ゆうべ、サンタさんがくれたんだよ」
その言葉は知美を驚かせた。彼女にとって、寝耳に水の出来事だった。
「えぇっ? 誰も家に上げないでって言ったよね?」
「みゆはあげてないよ」
「じゃあ、どうやって……」
望結の言葉は知美の頭を悩ませた。
――マンションのセキュリティ対策は万全のはずなのに……。
すると、望結がもう片方の手に持っていた小箱を知美に差し出してきた。
「はい。これ、ママにもプレゼントだって」
「……何かしら?」
知美は不審に思いながらも、望結から小箱を受け取る。
一見して何の仕掛けもなさそうだったので、知美はそのまま小箱を開いてみた。
そこにあったのは、シンプルなプラチナのリングだった。
知美はそれを見て、息を飲んだ。
「そんな、まさか――」
知美は震える手でリングをつまみ上げ、内側に刻印された文字列を確かめる。
「これ、私があの人にあげた……!」
知美の両目から涙があふれる。
望結はそんな母の様子を、ふしぎそうに見つめていた。
「あ、ママないてる。……ひょっして、うれしいことがあったの?」
ダイニングの一角には、今は亡き望結の父親を含む三人の家族写真が飾られていた。
(了)
【世界観解説】
死後、看取られることのなかった死者は、身に着けていた大切な物を死神に盗まれてしまうことがある。あの世に渡った死者が、それを死神から取り戻すことは困難を極める。