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俺がこの聖戦を支配する  作者: 夏草枯々
episode:2 選択
8/26

選択 1

 朝、目が覚めると見慣れぬ天井。どこか違和感の残る布団から這い出て立ち上がる。スマホを見るとどうやら少し早く起きてしまったようだ。あくびを噛み殺しながら後ろの跳ねた髪の毛を撫で付ける。慣れていない場所で熟睡は難しいらしい。


(大浴場ってもう開いてるのか?)


 朝と夜に開いていることだけは把握していたけれど、何時かまでは覚えていない。ここもおそらく食堂と同じくボランティアで賄われているだろうから、だいぶ遅い、それこそ始業の時間くらいから開くとかもあり得そうだ。


(一応行ってみるか)


 部屋から出ると黒いフード付きのコートを羽織った人たちが武器を持って廊下を歩いて行く。日が昇ってすぐの時間からもう活動しているらしい。俺とは意識から違うようだ。


「……開いてる」


 入り口には早くもオープンと書かれた札がかかっていた。格子と磨りガラスの扉の奥から明かりも見える。


「洗ってなかったりしないよな」


 俺は苦笑いを浮かべながら扉をスライドさせる。


「おー早いねー! 今ちょうど洗い終えた所だから気持ちいいよー!」


 扉を開けると上は白いタンクトップ、下はパンツ一丁のおじさんが笑顔で声をかけてきた。

 デッキブラシとバケツを持ち、肩にホースを巻いている。多分、良い人なのだろう、と分かる。

 俺は軽く頭を下げつつ「使います」とだけ答え男用の脱衣所へと暖簾をくぐり進んだ。

 中にはよくあるロッカーの他に複数の洗濯機が置かれていた。見るとどうやら乾燥機能も付いているようで、俺は服を脱んでそこへ放り込んでおく。

 それから体を洗い終え湯に沈む。どうやらこの浴場にいるのは俺一人のようだ。これほどデカい浴槽を独り占めできるのは中々体験できることじゃない。 


「福利厚生充実してるなぁ〜」


 そんな呑気な声がタイル張りの浴場へ響いていく。


「そーだろ!!」


 突然、声がして湯船から跳び上がりそうになった。どうやら脱衣所の方におじさんがいて聞かれていたらしい。俺は顔を赤くしながら湯へと沈んでいった。

 その後、かなりゆっくりと浸かってから風呂から上がり洗濯機から取り出した服を着てから食堂へと向かった。幸い脱衣所でおじさんと出くわす事はなかった。


(……多いな)


 開いた食堂には扉の方まで並ぶ列が出来ていた。皆、俺よりも年上で同年代らしい子は見当たらない。自分から話しかけたりはしないだろうが居ないと居ないで少し心細い。服装も異端審問官の仕事着だったり私服だったりスーツ姿だったりと色々だが制服姿の人は一人も見当たらない。

 その並ぶ列の人達の中で一人だけ、浮いているように見えた人がいた。


「えー! 違うんですってー!」


 その人の隣には誰かいるらしく、その人に向かって何かを話しているようだ。溌剌とした大きな高い声をしている。みんなそれぞれ誰かと話したり音楽を聞いたりスマホを触る中で、その人だけは列に並んでいないような印象を受けた。もちろん、その人はちゃんと列に並んでいる。


(珍しい、ピンク……いや桜色の髪)


 桜色の髪はセミロングくらいの長さで下の方を巻いた大学生くらいに見える若い女性。その女性がうわっはっはー、と豪快に口を開けて笑うとその口元に横から手が伸びてきて抑えられた。何やら叱られているようだ。うるさくしすぎとかだろうか。そのことを気にしている様子の人は並ぶ列の中では見当たらないけれど、横の人は几帳面な性格なのだろう。

 それにしても珍しい髪色、という点を除けばここに並んでいる人と大差ない。なのに……どうして並んでいない、なんてそんな事を思ったのだろうか。


(そういえば姉貴……いないのかな)


 ふと、そんな事を思い出す。

 これだけの人数がいて、おそらく先に入った人が席にも座っているはず。この町の異端審問官の殆どがこの場に集まっているのでは無いだろうか。だとすれば姉貴はきっとここにいる筈だ。

 その後、しばらく並びながら姉貴を探したが、残念ながらここから見える範囲では見当たらなかった。仕方なく朝食を皿に乗せて席へと座る。まだ来ていないのかもしれない。


「おはよーさん」


 耳にイヤホンを挿しジャズを流しながらカフェオレを飲み一人優雅な朝食気分に浸っていると後ろから肩を叩かれた。


「おはようございます」


 イヤホンを外しながら振り返り立ち上がる。

 後ろにいたのはやはりキドウさんだ。


「部屋の前にカネイトくんの鞄、置いといたから。車の中から回収してくれたらしくて、一応ガラスは払ってるけどしっかり確認してないから気をつけてな」


 知らなかったがあの車の中にどうやら学校用の鞄があったらしい。燃えてなくて本当に良かった。


「ありがとうございます」


「それと入ったばっかりで訓練も碌にできてない中で申し訳ないけど、学校が終わったらすぐに帰ってきてくれる?邪神の捜索が入ったんよ。初仕事や」


「わかりました」


「なーんか小学校のてるてる坊主が消えたらしくてな。その学年は今日遠足やから大丈夫やけど、先生が心配でって。可愛い仕事やろ?」


 動くてるてる坊主の謎! といえば聞こえは良い。確かに可愛いかもしれない。


「でも、それあのネズミみたいに動いて襲ってくるんですよね」


 昨日の惨劇がまざまざと目に浮かぶ。それにアマツカが「帰宅中の学生も巻き込まれたらしい」と言っていた。その学生たちが小学生たちに変わってしまうかもしれない。通学路や校内で邪神に出会したりすれば……最悪だ。


「せやな。やから正確には捜索とその排除って仕事なんやけど。自分を信仰してないものに神様は容赦が無い。一説によると力で支配して信仰させようとしてるとか……してないとか」


 その意向は神のみぞ知る、という事なのだろう。

 だとすれば早く見つけるべきだ。それこそ俺が学校から帰るのを待たなくても良い気がするが、まぁ新人研修も兼ねているのだろう。そんなに悠長にしていて大丈夫だろうか。


「うわっはっはー!」


 近くの席から、またあの笑い声が聞こえてきた。


「あの」


「ん?」


「第一席ってここに来るんですか」


 思い切ってキドウさんにそう切り出してみた。

 第一席、アマツカが姉貴のことをそう呼んでいた。俺の姉貴、と伝えるよりはまだ伝わるだろう。


「いや? 第一席から第三席はまた別や。教会近くの要塞みたいな所にいる。見た目も通りも大学やけどな」


「そう……ですか」


 俺は肩を落とす。でも、どこか心の中では安心したような気持ちがあった。許されたような、そんな気がした。


「なんや、昨日助けてくれたからって惚れたんか? アマツカちゃんという子がいながらー」


「あ、全然違うんですけど」


 俺の姉貴なんです、と続けようとして面倒ごとになりそうだったので、そこで口を閉じた。


「まぁ、どうしても会いたいならチームを引っ張って第三席まで上がる事やな。成果出したら出した分だけ上にいける」


「はい。頑張ります」


「うん。頑張って! ほな夕方よろしくー」


 手を振り去っていくキドウさんを見送って、手を強く握りしめた。

 もう、最後くらい俺の役に立てよクズ!と言われないように。役に立つ事を証明しなくては。


(頑張ろ)


 息を吐き出しクロワッサンを頬張った。


(冷めちゃってるよー!)


 浸ってる場合じゃ無かった、と目を瞑って仰反る。

 その後、口をつけたカフェオレもやはり冷たい。


「冷めてた?」


 仕方ない、とカフェオレを勢いよく飲み干した時だ。隣から大学生位の男性が少し笑いながら話しかけてくる。どうやら暴れていたのを見られたらしく恥ずかしい。


「……そうですね」


「キドウ、五月蝿いからな。ウルセェよって言っちゃって良いから」


 その口ぶりからどうやらこの方はキドウさんと知り合いのようだ。

 俺は「はい」と小さく頷き、朝食を口の中にかけ込んでいく。


「学校あるのでお先に失礼します」


 そう言って取ってきたパンを全て口に詰めカフェオレを流し込んで立ち上がる。


「ここだしそんな畏まらなくていいけどなー。まっ行ってらっしゃい」


 男性はにこやかに言って手を振ってくれた。

 俺はお辞儀をしてからその場を離れる。


(多分、感じ悪かっただろうな)


 廊下を歩きながら先ほどのことを振り返りため息をついた。

 仕方ない、あの人の笑顔は光翼教会の人間に向けられたものだ。俺が信者じゃ出ない事を知れば……


「ダメよ! あの子は関わっちゃ! ダメだから!」


「なんでー?」


「あれは悪魔なの。話しちゃダメ!」


 母親に手を引っ張って連れていかれる友人を見ながら俺は呟いた。


「人間だっての」


 その後、扉の前に立てかけられていた鞄を取ってしばらく部屋でゆっくりした後、部屋を出た。部活の朝練組などとは程遠い生活をしている。

 寮から出ると門の辺りで大学生位の年齢の人たちが竹箒を持って掃除をしているのが見えた。寮の前から門の先までまばらに人がぱっと見おそらく二十名ほどいる。これも全てボランティアなのだろうか。


「嘘っ! 高校生!?」


「いってらっしゃいー!」


 横を気配を殺して通り過ぎようとしていた俺に明るい声がかかった。見ると数名は掃除の手を止めこちらに笑顔で手を振っている。

 俺は軽くお辞儀をしながら小さく「行ってきます」と答え門を抜ける。


(……あの空間は眩しすぎるな)


 初めて、そして恐らくこれからほぼ毎日歩く通学路。俺は柔らかな日差しの下「行ってきます、か」と呟いた。誰かにその言葉を伝えたのは久々だった。


 学校へ着くといつも通り朝のホームルームまでの間、音楽を聴きながら本を読んで時間を潰す。クラスは相変わらず騒がしい。(じゃ)れあったり、笑い合ったり、忙しなく動いている。

 パラリ、ページを捲るたび、その喧騒から少しずつ離れていき、ジャズの音色が文字に溶け混ざり出す。

 昨日は激動の一日だったがこの時間はいつもと同じ……になるはずだった。


「おはよう。ちょっと良い?」


「ん?」


 イヤホンを外し顔を上げる。体が再び現実へ戻ってきてクラスメイトたちの声が聞こえ出す。前の席のクラスメイトが椅子に座ったまま後ろへ振り向いている。彼が話しかけてきたようだが、珍しい。それなりに彼と話した事はあるがこの時間、この状態の俺に話しかけてくるのは初めてのことだ。


「カネイトさ、異端審問官になったりしてないよな?」


 彼は眉を顰め、どこか深刻そうな表情で言う。


「え」

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