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俺がこの聖戦を支配する  作者: 夏草枯々
episode:1 新生活
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新生活 6

 寮の外に出ると中央の建物の電気は消えていた。ちょうど中から職員らしき人たちが出てきている。結構遅い時間なのに今から帰宅のようだ。


「寒いー」


 隣でアマツカの嘆く声が聞こえてくる。確かに春の夜はまだ少し肌寒い。冷気が沁みて俺は腕を摩る。隣を見るとアマツカが体を縮こませ少し小さくなっていた。今の白黒巫女服はいつもの制服のスカートよりも長いけれど、その分少し生地が薄そうでこちらの方が寒そうだ。


「そういえばその服装、なんで下が黒なんだ?」


 普通、巫女の服装といえば下の袴は朱色、紫、浅葱色などじゃ無いのだろうか。黒はあまり見たことがない。


「さぁ? そういう制服ですからね。でも、仕事上あまり縁起のいい所に行かないからじゃないですか?」


 俺は「確かに」と頷く。あんな事件現場に向かう時にお祝い事の色を使っているのもおかしいか。


「寒。さっさと帰ろう」


 また腕を摩り門を抜ける。


「はい。先輩の家、後ろになりましたけどね」


 アマツカが小さく笑っている。

 俺は「そういえばそうだった」と寮の方を振り返った。まだ慣れていないせいか、あそこに住んでいるという実感は湧かない。帰ると言われれば思い浮かべるのはやはりあのマンションだ。

 しばらく進むと時間も遅いからか道路に人通りが無くなった。ここに一人でまた戻って来ると考えると少し憂鬱だ。


「あー寒い!」


 突然、隣を歩いていたアマツカが俺の腕に勢いよく抱きついてくる。それと同時にアマツカから甘い香りがした。寒い、と言いながらやけに嬉しそうな声色だ。


「着る?」


 と、俺は自分の制服のブレザーを指す。


「違います。そのままで大丈夫ですから」


 アマツカは頭を俺の腕につけたまま首を横に振り答える。


「そっか」


 そう答えながら、我ながら甘いな、と苦笑いを浮かべた。幼馴染離れ出来てない証拠だろう。


(親離れは人より早かったのに)


 ふと、暖かい飲み物でもあれば多少マシにはなるかも、と思いつく。


「途中、どっかコンビニでも寄る?」


「いえ、それよりも先輩の方が急がないとまずいと思います。あの門12時に閉まっちゃうので」


「そうなのか」


 おそらく今は十一時を過ぎた頃だろう。確かにここからマンションに行って戻る事までを考えるとゆっくりと飲み物を選んでいる暇はないかもしれない。


「あっ」


 突然アマツカの足が止まる。俺も立ち止まり前方へ何気なく目をやった。

 そこは夕方の襲撃にあった場所だった。ちょうど寮とマンションの間にあるせいか、いつの間にか戻ってきてしまったようだ。作業員の方達が焼けた車を撤去するため眩い照明の中で仕事をしていた。こう改めてみるとかなり広い範囲で被害が出ている。傷ついた車はここから見ただけでも相当数あり焼けた民家や崩れたブロック塀の事まで考えるとネズミ一匹にしてはやりすぎだ。


(これから、こんな奴らを相手にしていくのか俺は)


 周りを囲った柵に手をつき作業を眺める。

 真正面からネズミに突かれた衝撃を思い出し腕を撫でた。咄嗟に庇った腕が折れなかっただけでも幸運で、あそこで死んでいてもおかしくなかった。


(……倒すなんて出来るのか)


 あのネズミを倒すためには銃火器の類でようやく。もちろん俺はそんな物使えない。しかも見た限り異端審問官の武器は槍や剣ばかり。

 痛いのは嫌だぞ、とため息が出る。

 俺に、私に課せられた試練なのだ、と叫ぶあんな人と同じ信仰心を求めているのだとしたら……


(……それは無理だ)


「三名死亡、十二名が重軽傷、うち一名が未だ意識不明の重体らしいです」


 アマツカがスマホを見ながら呟いた。

 もうネットにこの事件の記事でも出たのだろう。


「ちょうど帰宅中の学生も巻き込まれたらしいです。別の学校ですけど」


「その子は大丈夫なのか」


「おそらく。意識不明の重体の方では無いみたいです」


 そう言ってアマツカはスマホをしまう。

 俺が「そっか」と頷いた時だ。

 車を吊り上げ動いているクレーンの近くで赤く光る棒を振っていた作業員が瓦礫に足を掬われ後ろに転けた。


「あっ」


 その瞬間、アマツカが柵を超えて飛び出す。離れていく背中を俺は咄嗟に追った。

 周りで立っていた人も転んだ人を見ていたのか、アマツカを止めるのが一歩遅れ、掴もうと伸ばした手が宙を切った。


「アマツカ!」


 なんとかクレーンの近くに着く前にアマツカの服に手が届く。後ろから引っ張り二人とも後ろへ尻餅をついて倒れ込んだ。


「あの人は!?」


 すぐにアマツカが叫ぶような声を上げながら起き上がる。

 幸い先ほどの作業員は後ろに転けただけのようで、特に接触事故などには繋がっていない。もう既に立ち上がっていて現場監督らしき人から頭を叩かれ怒られていた。

 それを見たアマツカはゆっくりと息を吐き出し地面に手をつき項垂れて「良かった」と呟いている。

 俺は荒い呼吸に合わせ上下するアマツカの肩を見ながら我ながらよく止めた、とアスファルトに手をつき小さく笑って自画自賛する。

 クレーンで吊り上げていた車の方も当たる前には既に止まっていたし、きっと何もしなくても大丈夫だったようには思えたけれど、何があるか分からない。アマツカを止めて良かったはずだ。


「危ないよ君たち!」


 見ると作業員の人たちが声を荒げながら俺たちの方へ駆け寄ってきていた。


「「すいませんでした!!」」


 俺たちは急いで立ち上がり頭を下げる。


「人間と違ってクレーンの方は滅多なことがない限り大丈夫だから、絶対近づかないで!危ないから!」


「「はい、すいませんでした」」


 それで俺たちは作業員の方に連れられ外へと出された。このくらいで説教が終わったのもアマツカが先ほどの人を助けようとしての行動なのを理解してくれたからだろう。


「先輩もすいませんでした」


 少し落ち込んだ様子でアマツカは俺に頭を下げる。その声色にも元気がない。


「気にすんなって」


 そう声をかけてみたもののマンションまでアマツカは終始項垂れて無言だった。必要ないとは思うが一人で反省しているようだ。


「着いたぞ」


 声をかけるとアマツカが数分ぶりに顔を上げ「ありがとうございました」とこちらへ軽く礼をする。


「先輩はここから寮の方へまた帰るんですよね」


「そうなるね」


 見上げた七階、ここからだと自宅の部屋は見えない。部屋の灯りはちゃんとつけているのだろうか。毎回、酒が抜けた後は落ち込んでいるので少し心配だ。


「なんか不思議な感じです。マンションの前で先輩と別れるって、先輩は別の場所でこれから寝るって」


 不思議な感じ、と口では言いながらもアマツカの表情には分かりやすくその心情が透けて見えた。

 俺はゆっくりアマツカの顔へ手を伸ばす。


「アマツカ」


 柔らかい餅みたいな感触の頬を横に摘んで引っ張った。

「うー!」と伸びた頬の隙間から声が漏れている。


「何するんですか!」


 アマツカが睨みながら声を上げる。


「寂しそうにしてたから」


「寂しいですよ、そりゃあ!ほんの数時間前まですぐそこにいたのに!どっか行っちゃうなんて!」


 馬鹿馬鹿、と言いながら拳で胸を叩いてくる。力は入ってないので痛くは無かった。どちらかといえば心地の良いリズムだ。


「泊まりに来ればいいよ。その頃には多少家具を揃えとくからさ」


「そうします」とアマツカは不機嫌そうに言って暴れていた手を止める。

 一度おでこを俺の胸につけたかと思ったら勢いよく俺を押し、その反動で正した姿勢のまま、エントランスの方へと歩いて行った。コードロックの両開きの扉が開き、閉じる。

 一枚ガラスを挟んだ先、煌々と光る照明の下でアマツカが振り返り「おやすみなさい!」と手を振っている。


「おやすみ」


 俺は閉じた扉の手前、夜の下から手を軽く振って返す。

 やがてアマツカの背中が角を曲がり見えなくなった。

 俺も帰るか、と歩いてきたはずの見慣れた街の方へと振り返る。


(こんなに静かだったっけ)


 家の灯りは所々ついている。だけど道路を歩いているのは俺一人だ。

 何にも遮られ無いまま、真っ直ぐ春の夜風が俺に吹いてくる。


「さむっ」


 体を縮こませ腕を擦る。

 なんとなく、立ち止まって居るはずもない隣を見ていた。


(さっさと帰ろ)


 大きく息を吐き出しから俺は走り出す。

 走って、走って、走って。

 なんとか門の閉まる前に辿り着き部屋へと戻ってくる。

 大浴場は朝も空いていると書いてあったし、こんな気分の時は寝るに限った。


「ほんとこれからどうするんだろう俺」


 今日何度目かわからないそんな言葉を呟き俺は今日を終えた。

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