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俺がこの聖戦を支配する  作者: 夏草枯々
episode:1 新生活
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新生活 4

 ついた場所は教会から少し離れた所にあるブロック塀で作られた壁に四方を囲まれた団地だった。同じような灰色のアパートが並んでいて、灯りのついている部屋ももう既にチラホラとあった。門を抜け入ってすぐの所に体育館のような大きな一階建ての施設が見える。煌々と光を放つそこからうっすらと美味しそうな香りがしているような気がした。


「まずは真ん中の建物で部屋の鍵を受け取りましょう。大体あそこになんでも揃ってるので、困ったことがあればあそこに」


 俺の隣でアマツカが中央の建物を指差しながら言った。俺はそれに頷き建物へと進んでいく。横を通り過ぎていく人たちは年上ばかりで少し気まずい。大学構内に迷い込んだみたいだ、と視線を彷徨わせながら縮こまる俺とは対照的にアマツカの方は平気な顔をして軽い足取りで進んでいく。

 中に入るとそこは学校のようだった。ツルツルとした廊下や天井に並んだ蛍光灯、外が見える窓……ふと、談笑する声がどこからか廊下に響いて聞こえてきた。こういう所まで学校に似ている。


「こんな建物あったんだな」


「異端審問官の為の寮なんて用事がないと近寄らないですからねー。街の外れにありますし」


「結構くるのか?」


「いえ、あんまり。知り合い……のお姉さんがここの寮住みなので、たまに遊びにくる程度です」


 そうなんだ、と俺は相槌を打ちつつ廊下を進む。色々な部署があり落とし物の預かり場やら、備品の貸し出し、案内板を見れば図書室や大浴場、食堂、救護室などもあるらしい。どうやらかなり大きな建物のようだ。


「そういえばアメノさんも異端審問官ですよ。第一席っていう一番強い部隊にいるんですけど。どこかで会えるかもしれませんね」


 俺は「そうか」と小さく頷き呟く。

 なんだか色々複雑な気分だ。姉貴がずっと危険な仕事をしていた事やそれを隠していた事、そもそも会えてもどうすればいいのか。変わってしまった姉貴に俺はどうすればいいのだろうか。


「また会ってみない事には分からない……か」


 ひとまず姉貴がこの寮にいるのかを確認しよう。どこかでばったり会えるといいが。


「ここですね。お久しぶりです。鍵をお願いします」


 その後、管理人の人からこのアパートに関して色々と説明を受けた。本来は一緒に部屋まで行くそうだが、ここはアマツカに任せるらしい。管理人の方とも親しげに話していたし昔からアマツカのコミュ力の高さには驚かされることが多い。


「さっ部屋に行きましょう!」


 第十番、二十号室。それが俺に与えられた部屋の番号だ。キリが良くて覚えやすい。


「お邪魔しまーす」


 そう言いながらアマツカが部屋の鍵を開ける。

 中はフローリングの床にパイプのベット、ベランダに続く窓、それと蛇口とシンクだけのキッチン。


「おーいい部屋だ」


 初めて自室。ここから夢の一人暮らしが始まるらしい。ベットで寝るのも初めてでどんなものか楽しみだ。


「えっ嘘ですよね!?」


 アマツカが目を丸くしながら俺を見上げた。口が不服そうに歪んだまま開いている。


「刑務所かと思いましたよ」


「失礼だな」


「キッチンにコンロ無いし、トイレ無いし、お風呂場ないし……この部屋外れすぎますよ。言ったら変えてくれないのかな」


 アマツカは顔を顰めながらぶつくさと呟いている。

 外れ、という事は普通はどうやらあるらしい。まぁ良いさ。住めば都、俺だけの城だ。


「はぁ……ちょっとベット座って良いですか」


「うん。クッションとかも買わなくちゃな」


 アマツカはベットに軽く弾みながら座り「えー良いですよ」と答えた。


「クッションくらい持ってきますよ。部屋にいっぱいありますし」


「それアマツカ専用だろ」


 アマツカは笑いながら「そうですよ」と頷く。


「どうせ私以外に先輩の部屋来る人いないから良いじゃないですか」


「そんな事はー……無い……だろ」


 他に来る人は思い浮かばないが。


「ついでにお泊まりセットも持ってきちゃって良いですか?」


「え」


「朝から手伝いがある時はここから行く方が近いんで」


 俺はため息を吐く。どうやら早速、俺だけの城ではなくなりそうだ。


「勝手にしてくれ」


 アマツカは「はーい」と満足げに手を上げる。そんな良い笑顔に絆され「仕方ない」とこれから想像していた通りの一人暮らしは諦めた。


「じゃあご飯行きましょ!食堂で無料のバイキングをやってるんですよ」


 アマツカがそう言ってベットから弾みを効かせて立ち上がる。


「ありがたいな、それは」


「正確にいえば教会の寄付で賄われてるんですけど、利用者はお金を払わなくて良いんです。後はお手伝いの人がボランティアでしてるって感じです」


「へー……すごい」


 ボランティア。これが信仰心というやつなのだろうか。相変わらずそこら辺は理解出来ない。頑張ったら頑張った分の対価は普通、欲しいものだろう。


「そういえばどうしてアマツカは教会なんかの手伝いをしてるんだ?そんなに信心深い方だったか?」


「まさか、信じてませんよ。どうしてかと聞かれると暇つぶしかなー。後は履歴書に書けるじゃないですか。それに気分良いですよ、誰かの役に立つことは」


 前を歩きながらアマツカは淡々とそう答えた。


「……そっか。えらいな」


 俺も教会は苦手だが昔は同じくらいアマツカも嫌っていたような気がしたのだが、どうやら人は変わるらしい。


(まぁ元々アマツカは人助けに熱心だったし、そんなにおかしな話でもないか)


 しばらくアマツカと雑談をしながら歩く。次第に食堂に近づくにつれ空腹感を刺激する美味そうな香りが強くなってくる。


「お腹すいたー」


 と、俺はぼやいて腹を摩った。


「ですねー」


 と、アマツカが答えて俺たちは食堂の扉をくぐる。

 初めて見る異端審問官の為の食堂は体育館ほどのスペースに沢山の長机が置かれていて、奥で料理を取ってから席に持ってきて食べる形のようだ。ズラッと並べられた料理の数々に思わず喉が鳴る。


(これ全部、食べられるんだ)


 明るい室内や騒がしい人の声がどこか眩しくて目を細めた。

 偶然だったけれど、来た理由も酷いものだけど。

 俺はゆっくりと目を開き食堂の高い天井と眩しい照明たちを見上げる。


(やっと、あの家から解放された……!)


 そう思うと同時にグゥとお腹が鳴っていた。


「うわー遅れたかなー。もう無くなっちゃた料理もあるかもしれませんね」


 奥に並ぶ料理の方を眺めながらアマツカが言う。

 とりあえず何があるか見てみない事には始まらないので並んでいる人たちの後ろへついた。


「これ、取っていい量とか決まってるの?」


「いえ、特に制限とかは無かったはずですね。あっでも、食べられる分だけですからね」


 それはわかってる、と先にトレイとお皿を取る。

 味噌汁の匂いや揚げ物の匂いがして食欲を掻き立ててくる。


「美味そー!」


「……本当に食べられる量だけですからね?足りなければ後でまた取りにくればいいんですから」


「もちろん分かってる!」


 その後、それぞれ食べたい料理を選び席に着く。


「もー! 言った側から!」


 アマツカは俺のトレイを見て怒ったように言った。


「大丈夫、大丈夫。腹減ってるし、これくらいはいけるよ」


 俺はあった料理を一品ずつ全てを取ってきた。トレイの上には一つの皿に料理が山盛りになっている。味が混ざってしまった物もあるけど、この際仕方がない。今はとにかく量だ。


「アマツカはそれくらいで大丈夫か?」


「うん、大丈夫。先輩はそれ絶対残さないで下さいね。無理ですから私」


「もちろん」


 それからしばらく話しながら食事をする。

 久々に味のある食事で俺は話に相槌を打ちながら掻き込んでいく。麻婆豆腐が染みたコロッケやカレーに浸けられた春巻きも全て口に放り込む。これはこれで美味い。というか美味しいものしかない。


「そんなにお腹減ってたんですか?」


「あぁ、それもあるし三日間白飯生活だったからな」


 流石に二日目からは頭が白飯を拒否し始めるほどだった。それでも動けなくはなりたく無かったので口になんとか押し込んだり、水で流し込んだり……ここ数日、実に楽しくない食事だった。


「え!? 言ってくれればおかずくらい持っていってたのに」


「いやー悪いじゃん」


「それくらい私を頼って下さいよ」


 アマツカが拗ねたような口調で言った。


「頼ってるよ、いつも。頼りっぱなしだ」


「そうですか?」


 俺は頷く。本当にアマツカには頼ってばかりだ。そんなのじゃダメなのに、と考えていると突然、俺たちの席に女性がやってきた。


「君ーよく食べたねー」


 そして声をかけてくる。白いエプロンと髪を覆うような白い帽子を着けている。どうやら食堂の人みたいだ。


「はい」


 俺がそう言って頷くとアマツカが「もう」と声を上げた。


「すいません。先輩、人見知りで、すごく美味しかったって言ってました」


「そーよかった! 作った甲斐があるねー。じゃーお二人ともお邪魔してごめんなさいねー。ごゆっくりーおやすみなさーい」


 そう言って手を振りながら出口の方へ去っていく背後を軽く頭を下げつつ眺める。

 嵐のような力強い人だった。


「今日から職場なんですから教室みたいに浮かないで下さいね?」


「善処する」


 アマツカは「これはダメそうですねー」と苦笑いを浮かべた。

 言った通り善処はする。多分。


「そういえばなんでこうなったんですか?」


「色々あって」


「色々あって突然家を出て寮生活って。夕方はそんな感じじゃなかったですよね。家に帰った後何かあったんですよね?それで……異端審問官になるって……」


 アマツカは眉間に皺を寄せながら問い詰めるような口調で次々に言葉を連ねていく。俺は真っ直ぐ見つめてくる瞳の力強さに気圧され目を逸らす。

 また、心配をかけてしまったらしい。


「大丈夫。なんとかなるよ。きっと」


 俺は口角を上げて笑顔を作る。


「そんな事言っていつもあんまりなんとかなってないじゃないですか」


 アマツカはムスッとした顔で言った。


「そうか?なんとかなってるから生きてると思うけどな」


 出来るだけ暗くならないように少し抜けた調子にする。

 生きてるだけで儲けもの。巡り巡ってこうやって生活できるようになったんだし。


「そんなに世界を白黒で捉えないで下さい! 生きてるか、死んでるかじゃなくて。心がどんより灰色になったら辛いんだなって落ち込んでるんだなって自分を守らないと。気づいた時には真っ黒になっちゃいますよ」


 俺は小さく笑って「そうかも、ありがとう。心配してくれて」と頷いた。正直、そんなにアマツカが熱くなるとは思ってなくて驚いたけれど、上手く隠せたと思う。

 それに、アマツカの言っている事もわかる。だけど今はアマツカにそんな顔をして欲しくない。


「……いつもそうやって」


 そう言葉を残し項垂れて動かなくなったアマツカのトイレと自分のトレイを集めていく。

 アマツカにとって俺の生活は嘘みたいにあり得ないらしいけれど、もっと前により地獄を見た俺からすると今の生活も、悪くないと思えた。


「大丈夫だよ」


 そう言って重ねたトレイを持って立ち上がる。

 片付けを終えて戻ってくるとアマツカは顔を上げていた。


「すいません。片付け任せちゃって、ちょっと今日色々あり過ぎて混乱してたんだと思います」


「うん。とりあえず一旦部屋戻ろうよ。キドウさんが仕事の話をしにくるかもしれないし」


 アマツカは「はい」と活気の無い返事をして立ち上がる。

 どうやら落ち込ませてしまったようだ。


「俺は多分、これからの生活悪くないと思ってるよ。少なくとも以前よりは食事の心配も減るし、アマツカも遊びに来てくれるんだろ?」


「はい。そうなんでしょうね。あのお家よりは多分ずっとマシだと思います。でも、異端審問官は危険な仕事です。先輩が望んで選んだとは思えません」


 アマツカの言う通り望んで選んでは無い。でも、あの時、選択肢はこの仕事以外無かった筈だ。

 なら、もう仕方ない、と割り切ることには慣れていた。

 それから互いにしばらく無言のまま部屋に着く。

 鍵を使い扉を開けて、改めて見返すとこの部屋、冷暖房の器具がない。これは夏場や冬場が大変そうだ、と俺は苦笑いを浮かべた。


「心配です」


 背後からそんなアマツカの声がして、ふいに俺は軽く後ろへと引っ張っられる。背中へ密着してくるアマツカの暖かさや肌の感触が俺の鼓動を早めた。


「ありがとう。大丈夫だよ、きっと」


 俺は背後から俺の胸の方へと伸びたアマツカの手を上から包んで握る。

 その時、扉をノックする音が聞こえ「カネイト君いるかー?」と扉からキドウさんの声がした。

 俺は慌てて手を離し「はい!」と返事をする。

 抱きついていたアマツカもベットの方へと向かっていた。


「今、開けます」


 と、言いながら部屋の扉を開けるとキドウさんが歯を見せ満面笑みで「ヨッ」と手を挙げた。もう一方の手には結構な量の書類が見える。全部記入しないといけない書類だろうか。面倒だ。


「おっと、アマツカちゃんもいるんか、もしかして邪魔した? 残念やったなーこれからは真面目な真面目なお仕事の話やでー」


 そう言ってキドウさんは床に腰を下ろし書類を広げ始めた。

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