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俺がこの聖戦を支配する  作者: 夏草枯々
episode:1 新生活
3/26

新生活 2

 そのあと黒服の中で一番偉そうな男性が俺の方へとやってきた。先程までどこかへ連絡をいれていたので、俺の処遇でも決まったのかもしれない。


「教会の許可が降りた。お父さんが言った通り、これから住み込みで働いてもらう」


「俺に拒否権はないんですか」


 俺は腕を伸ばし柔軟をしておく。にしても、この男性、お父さんと親父を呼んでいた。子供の俺に合わせてくれたのだろう。スーツ越しでも分かる筋骨隆々の体とイカつい人相に反し意外といい人なのかもしれない。


「あるにはある。が、その場合、君はどうやって過ごす」


「……なんとかしますよ」


 河川の話下で屯しているホームレスにしばらく混じるとか、色々。


「そうか。まぁ残念だが聞き入れられない。こっちも仕事なもんでね。さぁ、車へ行こう」


 男性の手がこちらに伸びてくる。

 俺はそれを力を抜いて膝を曲げ沈むように躱す。その後、廊下の床の強く踏み締め一気に加速。腕を振り上げトップスピードを出す。


(取り敢えず今は逃げるしかない)


 親父も酒が抜けたら考え直してくれるかも、なんて淡い期待をしながら待つしかない。


「チッ! 止めろ!」


 男性の脇をくぐり抜け、玄関先で親父を捕まえている男性たちの方へ駆ける。

 一人の男性が俺の前へ飛び出して両手を広げ掴みかかってくる。


「オグッ」


 甘い。走った勢いのまま突っ込み鳩尾に肘を叩き込んだ。さらに前へと進む最中、腹を抑えながら倒れ込んでいく男性の背中がわずかに見えた。これでしばらく動けないだろう。


「テメェ」


 もう一人の男性が拳を振り上げる。それに合わせ背を後ろに反って鼻先を通過していく拳の軌跡を見ながら避ける。

 俺は素早くネクタイを掴み引き寄せ、反っていた上体を起こす。その勢いのままに拳を男性の鼻先へと叩き込んだ。芯を捉えた確かな手応え。男性は自分の鼻先に手を伸ばしながら膝から床へと崩れ落ちていく。


(よしっ、次)


 その時、玄関の扉が勢いよく閉まった音がした。見ると先程まで開いていた扉は閉まり、親父が「何をしている逃げるぞ」と男性に向かって怒鳴り声をあげている。

 一人くらいなら躱せるかもと思っていたけど、仕方ない。


「おい」


 ふいに背後から声をかけられた。あの黒服だ、と気付く。と、同時に体に丸太で殴られたような衝撃が走った。体が勢いよく宙に浮き上がる。そのまま廊下の壁に吹き飛ばされ頭を強く打った。


(なんだ……その力)


 壁に預けた俺の体が少しずつ沈んでいく。それに合わせ意識が微睡むように薄れだす。


「危うく逃げるところだったぞ!」


 親父の怒鳴る声が聞こえる。酷い話だ。

 ゆっくりと落ちてくる瞼の端で「手間かけさせやがって」と壁に手をつきながら起き上がる男性たちが見える。

 終わった……そう俺は思いながら床へと倒れた。


「起きたか」


 揺れる体、赤く照らされた街が窓の外を流れていく。どうやらいつの間にか車内に連れてこられたらしい。

 薄暗い車内の内装は全体的に黒色で統一されている。革製のような滑らかな椅子といい、どこか高級感があった。


「逃げるなよ」


 俺は背もたれに頭を預けた。左右を先ほどの男性達に挟まれている。これではもう逃げ出せない。


(アマツカとの約束、断らないといけないかもな)


 なんとか高校卒業くらい出来ると思っていたけど、どうやらそうも言ってられなさそうだ。これから俺はどうなるのだろうか。

 そんな事をぼんやりと考えながら目を瞑る。


 瓦礫の下から伸びる手。血を滴らせながら走る誰か。


「助けてください!」


「お願いします……誰か……」


 崩れた民家から聞こえてくる叫び声。焼け落ちた小さな教会。河川敷に集められた人々。

 そして、それを黒いフード付きのコートを羽織った異端審問官達が武器を構え囲んでいる。


「……ッ」


 嫌な事ばかり思い出し目を開けた。眉間を指で摘んでほぐし息を吐く。

 必要と有れば教会は残酷な手も厭わない。


(本当にどうなるんだ、これから)


「おい!」


 突然、車の運転手が声を荒げた。

 その瞬間、俺の体が宙に浮く。


「は!?」


 頭が車体の天井にぶつかる。椅子から天井へと逆さまに落ちていったのだ。すぐさま再び体が浮き上がり、窓ガラスへと叩きつけられる。

 それを何度も繰り返した後、ようやく車体は上下が逆さまになったまま止まった。

 全身を打ったせいで体のあちこちが痛む。


「ちょっと待ってろ」


 男性達が続々と這いながら窓ガラスに体をねじ込み外へと出て行った。

 外からは叫び声や悲鳴、助けを求める声が聞こえてくる。男性達が出て行った窓。その奥から赤い光が揺れているのが見えた。かすかにガソリンの臭いもする。


「……何が、起きたんだ」


 俺も先に出て行った黒服達の後を追い天井を這って進む。

 一瞬、車体に向けて黒い影が見えたような気がしたと思ったら、次の瞬間には車体がひっくり返っていた。

 細かく砕かれた窓ガラスの破片を払いながら窓を抜けるとすぐに温かい風が頬を撫でた。

 窓から出た俺は立ち上がり辺りを見渡した。そこはまるで地獄のような光景だった。

 電柱へ突っ込んだ車から火の手が上がり、民家からは灰色の煙が空へと昇っている。道路には逃げ惑う人々と無理やり進もうとする車で渋滞し、その側で倒れた人が諦めたように目を瞑った。


(どうして……また)


 ふと、少し離れた所に逆さまになった車体があった。


「え」


 その上にネズミがいた。それもここから見えるほどの大きさの。二メートルいや三メートルはある。俺の身長よりも大きな丸く肥えたネズミが車体の上で空に向かって鼻を伸ばしている。赤い目が煙の奥で不気味に光り、体を覆う長く堅そうな灰色の毛には返り血らしきものが付いている。毛の薄くなった腹の方には一文字の傷跡。ただ血は出ておらず既に塞がっている古傷のように見えた。


「なんだあれ」


 遅れて叫び声や逃げ惑う人々の声が聞こえてくる。

 ふいに俺の近くから声が聞こえた。見ると焼けた道路へ座り込み手を合わせ天を仰ぐ人がいた。


「あぁ! 神よ! 神よ! この敬虔なる信者をどうかお救い下さい!」


 血走った目で空を見上げ、ただ祈りを叫び続けていた。

 イカれている、と俺は舌打ちをして、叫ぶ男性の肩を掴む。


「おい! そんな事してないでさっさと逃げるぞ!」


 俺の掴んだ手を弾いて男性が「邪魔をするなぁ!」と俺を睨みながら叫ぶ。


「あぁ! 信仰を試されている! これは私に課せられた試練なのだ!」


 そう言った後、再び空を仰いで祈り始めた。


「……試練って」


 痛いのも、苦しいのも、辛いのも、俺は嫌だ。勝手にやってろ、と思った。いつだって神は救ってくれない。信じた所であるのは無情な現実だ。


(……いいや、この隙に逃げよう)


 煙が目に染みたのか涙が溢れ落ちていく。先ほどから咳き込む回数も増えている。

 早く逃げなくては、そう思いながら振り返る。


「チュチュ」


 あの巨大なネズミが正面にいて、俺を見ていた。

 心臓が大きく跳ねて体が強張っていく。

 ソイツは口元を上下させ何を噛んでいる。赤い口元、クチャ、クチャと不快な音。瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「嘘だろ」


 ネズミはゆっくりと頭を下げて、真っ直ぐ俺を突き飛ばす。咄嗟に腕を前に出して守ったその瞬間、強烈な悪臭が鼻をついた。

 壁に背中がぶつかった衝撃で一瞬、呼吸が止まる。俺は壁に背をつけたまま尻餅をついて項垂れた。


「化け物が」


 ネズミを見上げ強がってから激しく咳き込んだ。

 ネズミの方は倒れた俺には目もくれず、鋭い爪を振り回して建物を斬りつけ、焼けた車へ体当たりをして暴れている。その姿は半狂乱のようにも見える。

 見ると先ほど試練だ、なんだと叫んでいた人は道端に倒れ伏していた。周りには血溜まり出来ていてかなり出血が見られる。あの量はマズいだろう。


(……俺もヤバいな)


 また咳き込む。と同時に前が見えないほどの立ちくらみが起こり視界が大きく揺れる。意識もどこか薄れている気がする。煙を吸い込みすぎたかもしれない。


「……死にたくねぇ」


 頭がやけに重い。咳が止まらず呼吸もままならない。


「あー……」


 瞼が重く、いつの間にか体は地面に伏せていた。道路を這って炎から少しでも遠ざかろうと足掻く。

 視界の端で見えたネズミは空を見上げ鼻をひくつかせ仕切りに顔を左右に振っている。何かを受信しているのだろうか。とにかく気付かれる前にここから離れなくては。


「助かった」


 どこからかそんな声が聞こえてくる。こんな状況で、よくそんな事が言えるな、とぼんやり思いつつまた咳き込む。


(もう、この街は狂ってるんだ)


「助かった」


「おお、神よ」


「ありがたやー」


 口々に周りの人々が空の一点を見つめながら拝んでいる。

 俺も顔だけなんとか上げてその方向を見て、自分の目を疑った。

 白い光りを放つ長い髪の女性が大きな剣を持ったまま屋根の上を跳んでいるのだ。それも数メートルずつ屋根を次々に飛び越えていく。


「なんだ。あの人」


 その女性が近くの倒れた車の上に降り立った。そして持っていた刃がエメラルドのように緑色に輝く剣を横に勢いよく薙ぎ払う。

 その瞬間、思わず目を瞑るほどの激しい突風が巻き起こり、炎が全て吹き消された。


「あっ!」


 目の前にいたネズミは一目散に逃げ出していく。俺はしばらく呆然とネズミの背中を目で追った。

 何者だ、と振り返ると、女性は変わらず車の上でどこかを見ながら佇んでいた。金色に輝く長い髪が僅かな風に吹かれ滑らかに揺れている。


「……ん?」


 俺はふと脳裏を過った予感に目を疑った。ぼんやりとした大きな目や高い鼻、口元には柔らかな笑みを浮かべ……じっくりと眺めてみると、じわじわとその予感が現実味を帯びてくる。


「もしかして、姉貴……なのか?」

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