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俺がこの聖戦を支配する  作者: 夏草枯々
episode:3 負け犬
12/26

負け犬 1

「カネイトくん。今日学校休めへんかな?公欠にしてもらうからさ」


 朝食を食べていた俺の所にキドウさんがやってきて、そう言いながら、ちょうど空いていた俺の前の席に座った。

 何かあったのだろう。


「分かりました。休みます」


 俺は直ぐに頷いた。特に学校へ行きたい理由もない。

 キドウさんは「オッケー。学校には連絡入れとくから」といつもの調子で言ってから姿勢を正した。本題に入るのだろう。俺も合わせて姿勢を正しパンを置く。


「昨晩の事件はもう知っとる?」


「ネズミの新たな被害ですか」


 キドウさんは「それそれ」とどこか気だるげに言って頷く。


「十名ほどの重軽傷。幸い亡くなった方はいないみたいやけど。本当に普通の住宅街で突然起こったせいで、他でも起こるかもってパニックになった人が騒ぎ立ててるんよ。幸いそんな多くないから教会の方で寝泊まりしてもらうらしいけど」


 朝見たニュース記事にもネガティブな意見が多かった。異端審問官は何をしているんだ、という声も上がっている。


「見つけれるならとっくにやっとるわ」


 キドウさんはため息をついて手を振る。


「まぁ、ただ待ってる訳にもいかんから一応被害者の方に直接お話し聞いてみてって感じやな」


「その事情聴取に俺も着いていくって感じですか」


「せやね。基本的に異端審問官なんて戦うよりこういう聞き込みの方が多いから経験しておこうっ ちゅうわけや」


 俺は「分かりました」と頷く。

 その後、詳しい時間と待ち合わせ場所を言ってキドウさんは離れていった。

 被害者の方が入院している病院の前で待ち合わせらしい。


「着いたよ! 病院着いたよ!」


 なので言われた通りに病院の前で立っていると救急車がやってきた。降りてきたストレッチャーと共に泣き叫ぶ女性の姿が見える。かなり早く着いたのでキドウさんはまだ来ていない。さらにネズミの件で何かあったのだろうか、と離れたところから様子を伺った。


「姉ちゃん? 姉ちゃん?」


 ストレッチャーの上で寝たまま動かない女性に声をかける小さな男の子。周りの救急隊員の目つきは険しい。どうやら状態はあまり芳しくないようだ。

 眺めているうちにあっという間に裏口にある専用の扉から中へと運び込まれていく。

 彼女がどうなったかは後からきたキドウさんの口から聞くことになった。


「昨晩の事件で一人亡くなった。頭を打ったけど外傷は無かったので診察を受けなかった女性の容態が朝方に急変し運び込まれたけど……らしい」


「これで五人目ですか」


「せや。ここ最近の事件では最も被害を出している邪神で間違いない。本格的に、それこそ第三席以上の投入も視野に入る被害やろ」


 そう呟いてキドウさんは病院へ入っていく。俺もその後を追った。

 その後、被害者の方にお話しを伺ったものの既存の情報ばかりで捜査に進展は無さそうだな、と半ば諦めていた時だった。


「噛みつかれた時、ネズミの頭から畑焼きみたいな枯れ草を焼いた匂いがしたんです」


「なるほど。ありがとうございます。ネズミ……畑焼き……」


 珍しく標準語を使うキドウさんの後ろで俺は首を捻った。俺の時と匂いが違う。

 何故だ。別の場所へ移動した。それはあり得そうな話だ。住居を転々とし行方をくらます。追いにくくする効果があるだろう。特に畑焼きをしているような田舎へ一時的にでも身を隠していれば、この町の捜査網には引っかからない。

 畑焼き、枯れ草を焼いた匂い……燻した、煙の匂い……煙の匂い?


(待てよ。転々とし行方をくらましているのならば、それはおかしい。もしかして考えるべきは反対の事なんじゃないのか)


 だけど、それを確かめる為にはあの場所へ行く必要がある。


「姉貴! 姉貴!」


 ストレッチャーで横たわる姉貴の顔は目を瞑っている。

 叫ぶ声は幼い頃の俺の声だ。


「どうした、大丈夫か?」


 キドウさんが声をかけてくれて意識が現実へと戻ってくる。


「大丈夫です」


 眉間の辺りを押して解す。嫌なものを見た。


「無理せんでええで。小学生らに説明するだけやし」


「いえ、行けます」


 歩きながら答え病院の正面玄関を抜ける。次はてるてる坊主を作った小学生達にてるてる坊主とのお別れをするらしい。


「必要なんですかね」


「うーん。どうやろな。でも、うちは教会直属やから、これも慈善活動のうちって考えたら仕事の範疇やろ」


「……そうですね」


 キドウさんはそう曖昧に頷く俺を見て鼻で笑う。


「納得してないなら、してないでええで。仕事に必要なもんは割り切りで理由なんて適当につければ良いと思うし、危険思想やなければ何を考えたって自由やろ」


「あぁ、いえ。上司を立てるって意味で頷いたんですけど」


「思っててもそれは言うなー」


「嘘ですよ。納得しただけです」


 そんな話をしていると小学校に着いていた。

 母校というわけではないけれど校内に入るとどこか懐かしい。教室では小さな子供達が小さな椅子に座り授業を受けている。どこか教室の空気は高校より少しふわふわとしていた。


「はーい! 皆さん注目ー! 今日は異端審問官の方が無くなっていたてるてる坊主さんを持ってきてくれましたー! 今日でてるてる坊主さんとはお別れなのでみんなでお別れの挨拶をしましょう」


 テーマパークのスタッフばりに声を張る教師の方。

 その後ろから武器は携帯していないとは言え黒いローブ付きの上着を着た二人が教室に入ってくる。相当不審者だろう。俺が小学生なら怖がるはずだ。


「お別れー?」


「なんでー?」


(あれ、驚いてない?)


 少し考えてから納得する。俺が小学生の頃、異端審問官は狩る側の人間で今の子達は守られる側の人間なんだ。今の小学生からすれば警官みたいなものなのだろう。


「お別れの理由はこちらの異端審問官の方が今からしてくださるので……お願いします」


 キドウさんが一度俺の方を見て聞いていない、と言いたげな表情をしてから教壇に上がっていった。多分、キドウさんならアドリブでもなんとかなる気がする。


「このてるてる坊主は一回神様の素になってしまったので今後また神様となってしまうかもしれません。今度は良くない形で人のお願いを叶えようとするかもしれないので教会が形を変えて人の役に立つ物にします」


「物は神様にはならないよー!」


「いえ、一度神様の素になった物は一般的な物に比べて数倍変化しやすくなっています。はい、次の質問は」


 キドウさんは標準語で淡々と質問を捌いていく。俺はその様子を眺めつつこういう先生学校にいるな、と苦笑いを浮かべた。その後も割と容赦なく質問に答えていき、小学生たちからの質問をあらかた聞き終えるた。


「じゃあ最後に遠足の日、晴れにしてくれたてるてる坊主さんにありがとうございますってみんなで感謝しましょう」


 先生が「せーの」と掛け声を言う。


「「「ありがとうございました!!」」」


 一斉に可愛らしい声が教室に響く。そんな様子に俺は目を細め微笑んだ。

 俺の小学生時代もこうだっただろうか。違う気がした。

 その後、教室から出て寮へと戻る道すがら。


「明日、これでカネイトくんの神器を通称『神打(かみう)ち爺』っていう職人の方に作ってもらうから」


 そう言ってキドウさんはてるてる坊主を掲げた。神打ち爺と呼ばれる人もまさかこんな紙で作られた物を渡されるとは思っていないだろう。


「どんな武器になるやろなー」


「グローブとかですかね」


 てるてる坊主型の。


「あり得るなーパペマ(パペッ◯マペット)みたいなんで戦うんやろ?」


 想像しあまりにもシュールで考えるのをやめた。それは武器じゃない。


「この後どうする? 学校行っても良いし、寮に戻るなら仕事としてトレーニングしててもいいし」


 部屋で休み、という選択肢はないらしく考えた末俺は学校へ行くことにした。


「あれ? 先輩、遅刻ですか?」


 鞄を背負って校門を抜けると体操服姿のアマツカが運動場の方からやってきた。体育だからだろうか、今日は髪を高い所で結んでポニーテールにしている。どうやらちょうど休み時間に着いたようだ。


「公欠。お仕事をして戻ってきたから」


「意外と染まってますね」


「今回のは危なくなさそうだったから」


「あっ今日の放課空いてます? 付き合ってほしい所があって」


「今のところは空いてる」


 異端審問官の仕事は特に言われていない。

 にしても付き合ってほしい所とはどこだろう。ふと、アマツカとの遊びの約束を思い出す。あれも決めておかなくてはいけない。


「えっはじめまして、コトちゃんと放課後デートですか」


 背後から突然、見知らぬ女子生徒が話しかけてきた。


「デート。うん。そうデートデート。良かったですねー先輩」


 アマツカがまるで感情のこもっていない声で言う。微塵も良かったなんて思ってなさそうだ。


「……適当言って」


「じゃあ放課後、そういうことでデート忘れないで下さい」


「あぁ、うん」と答える前にアマツカは去っていった。

 チャイムが鳴り生徒たちが慌ただしく動き始める。


「行くか」


 遅れて俺も教室へと向かった。

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