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87:Formica

 発端は、ようやくナレハテを撃退し、ダンジョンの復旧作業を始めた直後だった。

 3階層樹海エリア。

 ナレハテの蹂躙によって脆くなった外周の壁から、体長40㎝はあろうかという大型の蟻、テラフォミカが一挙に侵入してきたのだ。

 大型で数が多いと言っても所詮は蟻としての話、他のモンスターに比べれば個体の強さも大きさもさほどではない、一応の対策として、復旧作業には向いていない、小型で水牛のような角のあるトカゲ型のモンスター、ブルリザードの部隊を対応にあたらせた。

 体長1mほどで、対格差はそれほどでもないが20匹程度のブルリザードは侵入したテラフォミカを瞬く間に駆逐し、侵入口付近まで後退させることに成功した。

 テラフォミカの強さから見ても、魂ゲージの増加は全く期待はできない。

 にもかかわらず、一向に勢いの落ちないテラフォミカの攻撃に、とうとうブルリザードに損害が出始めた。

 崩壊の危機に直面していた5階層の対応に追われながら、エンバーロックは巣内への攻撃を指示した。

 ダンジョン外になってしまうので魂ゲージを獲得できないが、犠牲が出始め以上は時間をかけても仕方がない。都合の良いことに、ブルリザードのような爬虫類系モンスターは熱源感知という特性を保有していて、真っ暗闇の蟻の巣でも問題無く活動できる。

 数日後には女王撃破という報告が入り、部隊を撤退させダンジョン内での迎撃に専念させることにした。

 女王が死んだのならもう増えることは無い。徐々に勢いも収まり、終息するだろう。

 ダンジョン内であれば、極わずかであっても魂ゲージを増やせるしモンスターも回復力が増すから、無理に巣の中に入っていく危険を冒すことも無い。

 そうして、いつしかエンバーロックの頭から蟻の存在は忘れ去られていった。

 5階層の崩壊を防ぐだけでも手いっぱいだったのだ。

 さらには、救世主ともいえる情報源の来訪と援助によって、一気に復旧が進みだしたことで完全に忘却の彼方へ。

 それが、突如入った一報で思い出すことになった。

 ブルリザード全滅。

 ウォーオブザダンジョンでは、指定した部隊ごとに状況を知ることができるが、戦力を一気に復帰させたことでブルリザードの表示が下方へと流れてしまっていた。

 ブルリザードは決して弱くない。

 女王も討伐したのに、なぜここに来て全滅してしまったのか。

 エンバーロックはためらわず、帰路へつこうとしていたシンを頼ることにした。

 

 「ああ、ってことはたぶん多雌なんじゃないかな。」

 幹部の揃う謁見室に呼び出され、状況説明を受けたシンは、即座にある予測を口にした。

 「たし?」

 キョトンとする神崎君、いや、今はエンバーロックか。

 「多雌ってのは、一つのコロニーに複数の女王がいる種類のことだよ。」

 「女王アリは一匹ではないのか?」

 あぁ、確かに、俺の時代だと、蟻って黒くて土の中に巣をつくって、地上では行列して女王アリは一匹だけって習ったんだよな、実際日本には、そんな種類を探す方が大変だって知ったのは就職した後だったけど。

 いまだにそんな教え方なんだろうか。

 俺はたまたま、ゲームプレイ中に足に針で刺したような激痛が走ったことで蟻に興味を持ったわけだけど、普通は虫好き少年だったとしても、なかなか蟻にはたどり着かんだろう。

 ちなみに、足を刺したのは蟻じゃなくアリガタバチっていう羽のないハチだったんだけど、当時は蟻だと思い込んで、そこから色々調べるうちに興味を持つようになったんだよ。

 一時は飼育もしていたくらいには熱中してたな。

 「多雌って、意外と多いんだよ。町中で普通に見かける種類にも結構多いし。この世界の蟻の中に多雌がいても不思議じゃないよね。」

 ガクリと玉座に座り込むエンバーロック。

 「ボ・・・私のミスだ。元の世界で知った知識だけで決めつけて、対応をおろそかにしてしまった。」

 思わず神崎君が出そうになったけど、それだけショックなんだろう。

 配下から見捨てられないように必死に魔王を演じて来た彼にとって、明確な判断ミスが反乱のスイッチになるのではないかと不安なのかもしれない。他人の俺から彼らを見ると、けっしてそんなことは無いと思うんだけどな。

 「くそ、復旧とナレハテへの対応優先で、大型、中型のモンスターを中心に揃えたことが仇になるとは。」

 体長40㎝程度のテラフォミカの巣は、せいぜい直径30㎝程度しかなく、明かりが全くない。

 偶然ではあったが、ブルリザードはまさに理想的な侵略者だった。

 魂ゲージも使い切った今、全滅したブルリザードを再生産する余裕はない。

 再び3階層で延々と対処していくしか無いのか。

 「蟻対策ならベイト剤なんだろうけど、成分とか分からないからなぁ。」

 遅行性の毒を混ぜた餌なんだろうけど、殺す方はほとんど知識が無い。

 「蟻って、ボンキュッボンでしょ。」

 「はい?」

 あれ、通じないかな。

 「胸と腹の間がキュッとくびれてるでしょ。」

 「はぁ・・・」

 むぅ・・・一般人の反応って、こんなもんなのか?

 指で床、フカフカのじゅうたんに横から見たシルエットを書き込む。フカフカだからしっかりあとが残ってくれるね。

 「あぁ、そこは尻では無いのだな。」

 なるほど、そういう認識かぁ・・・虫に興味が無い人はそんな風に思ってるのかな。それとも彼だけ?

 「まぁ、尻でもあるんだけどね、先端部分から針を出したり、蟻酸ぎさんっていう酸を出したり、毒を出したりするわけよ。どれが出るかは種によっていろいろなんだけど、どのみちお尻の先を敵に向けないといけないわけで、このくびれと腹柄節ふくへいせつって言うコブがあることで、お尻の先を体の下から正面に向けたり、左右を攻撃したり、腹柄節の形状によっては頭の上から前に曲げたりもできるわけね。でも、このせいで蟻の成虫は固形物を食べることができないのよ。キュッとすぼまってるから、固形物が通らないんだよね。」

 「そう言えば、蜜を好むと聞いたことがあるな。だが、虫の死骸を巣に運び込むのではなかったか。」

 「そうそう、固形物は基本的に巣の中に運び込むんだ。擦りつぶして、スープ状にして口の中のポケットみたいなところにためる、って話を聞いた気もするけど、多くは細かく団子状にして幼虫に与えることが多いんじゃないかな。働きアリ同士や女王とは、口移しで”そのう”っていう腹部にある貯蔵庫から蜜とか、スープ状にした固形の餌をやり取りするんだ。」

 「なるほど、ベイト剤とは、固形の餌に毒を混ぜた物、と考えればよいのでしょうか。それを運ばせれば、いずれ巣全体にいきわたるのですね。」

 話を聞いていたヘルミナがベイト剤について理解したようだ。

 「問題は配合なんだよね。蟻が食料だと認識しなきゃいけないし、毒性が強すぎて短時間で死んじゃうようだと、いきわたる前に忌避されちゃうし、弱いと効かないしね。遅行性で無味無臭ってのが理想だけど、致死量調べるだけでも一苦労だろうしね。」

 まぁ、殺虫剤を専門に作るメーカーが試行錯誤して商品化してるわけだから、知識もなく簡単に再現できるわけもないし、できたとして魔物化してる蟻に通用するかも分からない。

 「指揮官さえわかれば、統率を崩すこともできるのですが。」

 とは、初日に俺が腕を復活させたドラゴニュートの意見だ。

 まぁ、指揮系統の破壊は戦術上重要ではあるんだけどね。

 「蟻には指揮官いないんだよね。」

 「いや、まさかそんな・・・。」

 信じられないのも無理はないけれど、実際蟻の社会に指揮官に当たる存在はいない。

 それぞれの個体が判断し、行動した結果が、いかにも指揮官の指示どおりに動いているように見えるわけで、理想的な社会性ともいえる。

 なぜ指揮官がいないのに社会性が保たれるのか、簡単に説明すると、蟻には個体ごとに行動への反応値みたいなものがある。

 幼虫にえさを与える、という行動を、Aの蟻は、幼虫が少しお腹がすいたな、と感じたらすぐ行動を開始するが、Bの蟻は、Aの蟻より気が付くのが遅く、Cの蟻はBの蟻よりさらに気が付くのが遅い。

 これによって、餌が豊富で十分いきわたっているときはAの蟻だけが給仕をし、幼虫が増えたりしてAの蟻だけでは追いつかなくなるとBの蟻が、さらに手が足りなくなるとCの蟻が活動を開始する。

 指揮官がいなくても、供給過多になることなく給餌活動が安定して行われるわけだ。

 給餌だけでなく巣の拡張、餌を探す、など、様々な活動について反応値があり、それによって指揮官がいない蟻の社会を円滑に動かすシステムになっている。

 働きアリの3割がさぼっている、なんてセンセーショナルな研究結果が話題になったことがあるけれど、そもそも働く、さぼるといった判断基準は人間だけのもので、餌も安定供給され、危険も無く、飼育器の中で巣の拡張もできないといった、非現実的な環境での観察では正確な活動観察などできるはずがない。ということで俺は否定派だったな。

 他にも、羽化して間もない若い働き蟻は安全な巣の中で活動し、時間がたって年を取った働き蟻は、危険に遭遇する可能性の高い屋外の活動をするようになるといった、コスト重視の習性も併せ持っている。

 働きアリが減っても、反応値の低い蟻たちが次々に反応するようになって滞りなく社会性を確保しようとする。人間と大きく違うのは、反応値が低くても行動を開始すると、その能力は反応値の高い個体と変わらないという点、役立たずはいないのだ。

 つまり、指揮系統を破壊することができないし、優秀な個体がいなくなり全体が弱体化するということにもならない。

 さらなる不安要素としては、アミメアリ:Pristomyrmex punctatus のように、女王のいない種もいるという点だ。職型雌と呼ばれる、産卵だけをする働きアリもいるが、それ以外にも若い働きアリが産卵する。このタイプだと、働きアリを全滅させるしかなくなる。

 巣内交尾によって巣の中で女王が増えていくタイプもいるし、実に奥が深いのだ。

 こう、完全に敵対するとなると、実に厄介な存在だな。

 ミリの蟻が数十kmにも及ぶとてつもないスーパーコロニーを作ったなんて話もあるし、場合によってはナレハテ以上に厄介なのでは?

 「侵入口をふさぐことは・・・できないんだよね。」

 「あぁ、侵入者周辺では一切作業ができない仕様になっている。」

 所詮はゲームシステムか。

 「どの程度排除できれば作業可能になるん?」

 全滅は諦めよう。ってか、何百万とかってスーパーコロニー化するタイプなら無理だ。侵入口をふさぐ方向で考えた方が健全だ。

 「定義が難しいな、ウォーオブザダンジョンでは、同室内、もしくは通路状なら10ブロック以内に侵入者がいると作業不能だった。1ブロックのサイズが設定されていないからな、このダンジョンのサイズ感から推測しるしかないが、1ブロック3m程度だろう。」

 つまり、30m以上押し戻せばいいわけだね。

 「逆ヒラズオオアリで行くか。」

 ヒラズオオアリ:Colobopsis nipponicus は、木の枝などの中を掘り進んで巣を作る樹上営巣型の種だ。

 働きアリの中に頭が平らで非常に硬い個体が存在する。

 その個体は、巣の出入り口に頭を押し当てて、生きた門として生涯を費やすのだ。

 俺が思いついた作戦はその逆。

 通路と同じサイズで、硬い頭のゴーレムを作って侵入させ、通路をふさぎながら押し込んでいく。

 で、作業可能範囲まで押し込めたら急いで塞いでしまえ~ってことだ。

 ゴーレムを数体無駄にしてしまうけど、それ以外に有効そうな手立てを思いつかない。

 作戦を伝えると、しばし検討のあと承認された。

 

 さっそく俺はゴーレム工房を起動させて、ゴーレム素体の造形を変更する。

 ヒラズオオアリのフォルムを元に、頭部をオリハルコンで強化、触覚はいらないな。

 コアは腹部に入れるとして、胸部からの足はパワー重視で、太く短く頑丈に。

 命名、”ヒラズゴオオレム”だ。

 前回突入したブルリザードのデータから、巣は侵入口から5つに枝分かれしていることが分かっているので5体生産した。

 総攻撃によって侵入口周辺の蟻を殲滅すると、ヒラズゴオオレムを投入、通路に蓋をしながら押し込んでゆく。

 同時にエンバーロックが侵入口をふさぐように作業指定、優先順位も最優先に設定する。

 ゴブリンたちが集まってきて土で侵入口をふさぎ、壁を作ると強化してゆく。その間およそ1時間。

 ヒラズゴオオレムが突破されたときのために警戒をしながらも、強化完了までの時間を待つ。

 待つときって、時間長く感じるよね。

 こうしてなんとか、蟻の侵入からダンジョンを防衛することに成功したのだった。

 森にも、グロウフォミカって種類の蟻がいる。

 テラフォミカよりは小型だけど、確かグンタイアリみたいな性質があったはずだ。

 特定の巣を持たず、移動し続けながら根こそぎ食らいつくす凶悪な種。

 なんかしら対策を考えておかないと大変なことになるかもな。

 フラグじゃないぞ。

 

 

 

蟻の体

挿絵(By みてみん)

 

ヒラズゴオオレム 

挿絵(By みてみん)

あまりやりすぎないように・・・無理でした。

ちなみによく見る蟻のなかで土の中に巣をつくるタイプは

 

クロオオアリ 女王単独・土の中に営巣・基本単独行動、まれに数匹でグループ行動するけど行列は作らない。

クロヤマアリ 女王単独と複数のタイプがいる別種になる可能性もある(もうなった?)・土の中に営巣・基本単独行動、まれに数匹でグループ行動するけど行列は作らない。

トビイロシワアリ 女王複数で巣内交尾もする・土の中に営巣・行列を作る。


といった具合に、普段生活していて目に付く蟻で女王一匹、土の中に営巣、行列を作る黒い蟻って、意外と思いつかないんだよね。

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