86:出張
ヘルミナの来訪から3日で支援物資や人員の選定、支店開業のための指示を済ませた。
善は急げっていうじゃない?
一応、スロークやソンチョーには紹介して事情その他話を通したけど、密談でスロークからも王家に話しを通さなくていいのかって言われたよ。
<良いんじゃないかな?ナレハテ問題押し付けられたわけだし。あ、事後報告で一応トップの王太子には一報入れた方がいいかな・・・事後報告でね。>
大切なことだから2回言っておいた。
ヘルミナとメイドの少女ライラに俺の三人は先行して出発した。
ブリザイアの首元から背にかけて、5人程が乗り込める客席のような大型の鞍を取り付け、それに乗って大海を超え、ダンジョンのある大陸を目指す。
御者の人は、後から来る支援部隊の案内役として残ってもらった。
速度重視であればブリザイアよりデストームなんだけど、ファーレンでのナレハテ戦では留守番だったからね、ここは花を持たせようと選んだ。
ダンジョンの入り口は険しい山の中腹、古代遺跡とか、そんな雰囲気の大きな門だった。
ウォーオブザダンジョン。
ダンジョンを形成するのに重要な要素の一つが、侵入者を倒したことで得られる魂だ。
とはいえ、この世界の住人にとって地下洞窟に入ることは危険なうえ、実入りは無い。
魔者どころか魔獣ですら忌避する地下洞窟に侵入者があるはずもなく、苦肉の策で古代遺跡を装ったらしい。遺跡ならば、学者などと一緒に護衛の傭兵が調査隊として訪れるのでは、と期待して。
残念ながら、あまりにも立地が悪すぎた。
結局、おとり部隊で魔獣を誘導し、ダンジョンの中で仕留める、という地道な活動でコツコツと王国を築き上げたらしい。
入り口では、ドラゴンのような顔の兵士が出迎えてくれた。
兵士に案内され、ヘルミナたちとダンジョン一階層を進む。
誰もいない。
ひどい状況、と言わざるを得ない。
構造物が溶けた後固まったような、異様な光景が続く。
「酸かなにかですか。」
「はい、全身の表皮から酸の体液が染み出しておりました。ドラゴニュートですら触れただけで接触部は焼けただれ、魔法の武具も翌日には錆びて使い物にならなくなり、分厚い石壁で閉じ込めても、3か月持たずに突破されました。」
石もドロドロに溶かすほどの酸か・・・想像したくないな。
ユーシンとかライアーなんて、何も考えずに突っ込みそうだし。
「復興しようにも、現状の戦力ではうかつに魔物をおびき寄せるわけにもいかず、ほぼすべてが手作業によるもので、遅々として進んではおりません。竜たちが一階層まで上がれれば良かったのですが、そのための拡張もままならず、被害のひどい階層に集中する以外に手が無い状態です。」
現状を教えてくれたのは出迎えてくれた兵士で、ドラゴニュート最後の生き残りだという。
右腕が肘から無く、顔や左腕、上半身のいたるところに酷い傷跡が残っている。
すこし考えてから、ふと思いついた。
「失礼。」
そう言って、ドラゴニュートに単体回復系最上位、エンブレイスオブゴッデス(女神の抱擁)をかけた。
欠損部位が光り輝き、数秒後には見事に復活していた。
傷跡もほぼ元通りだ。
「これは・・・。」
ドラゴニュートは振り返ると膝をつき、涙を流した。
「もう一度、戦士として役目を果たす機会を与えていただいたことに感謝いたします。主の意向に反せぬ限り、あなた様のお役に立つとお誓いいたします。」
・・・
いかん・・・欠損部位が本当に復活するか試したかっただけなんて言えない雰囲気になっちゃった。
「いえいえ、この力も万能じゃないですから。」
思い付きで行動するのはやめよう。
!
ヘルミナさんとライラさんまで膝をついている。
「深い感謝を。この者は、私同様魔国幹部の一人でございます。」
なんか、そんな人に実験しちゃってスイマセン!
1階層の最奥、おそらくボス部屋の奥にある2階層への階段、ではなく、その横に隠されていたドアを抜けた先の小部屋に設置されていた魔法陣に乗ると、ヘルミナが短い呪文を唱えた。
部屋全体が光り輝き、軽い浮遊感。
次の瞬間には収まったが、部屋を出るとそこは全く違う場所だった。
一気に10階層まで転移したらしい。
広く、豪華な通路が真っすぐ続いており、左右に騎士鎧が整列している。
ヘルミナが一歩踏み出すと、一斉に右手に持っていた槍を正面に、両手でガッチリと掴んで高く掲げた。
それ以降ピクリとも動かない騎士鎧には、生命を感じない。
リビングアーマーってやつか?
豪華な廊下に比べてみすぼらしいところを見ると、急造で体裁だけ整えた感じかもしれない。
長い廊下の先、大扉の前にはオーガが2体、近づくと巨大な扉を開いた。
「サンザ王国、ナレハテ対策軍副団長、シン・サンザド・グリプス子爵をお連れいたしました。」
玉座の前で片膝をついて首を垂れると、ヘルミナの声が聞こえた。
「貴重な情報を感謝する。ヘイルゲード魔国国王のエンバーロック・ヘイルゲードだ。」
形式上の挨拶を済ませ、ヘルミナがここまでの経緯を説明、情報の提供と謝意などのやり取りを済ませると、魔王の居室へと案内された。
「よく来てくださいました。マジ感謝です。」
魔王の居室に俺と二人、他には誰もいない。
反対するヘルミナたちを退室させ、ようやく重い魔王という立場を外すことができたのだろう。
豪華なソファーにへたり込むように座ると、早速愚痴が出る。
「魔王らしくなんて、向こうでただのサラリーマンだった僕にできるわけ無いんですよ。」
ここに魔王エンバーロックはいない。
すっかり、元食料品メーカーの営業マン、神崎武夫に戻っていた。
「冒険者すら存在しない世界だって知った時はもう、絶望しか無かったです。」
たった一人で、進む道すら分からない状況でここまでのダンジョンを作ったのだから、相当な苦労だったのだろう。
「だからって、不甲斐ない姿を見せて反乱されたらとか、不安で怖くて。」
今まで誰にも告げられずため込んでいただろう思いが滝のようにあふれ出た。
こういう時は、やっぱり酒だよね。
新作のビールで乾杯すると、あっという間にメートルの上がった神崎君は、愚痴を吐ききると、上機嫌で部下たちの惚気を語り始めた。
その自慢の幹部たちも、半数以上を失ったと想定通りの泣き上戸。
うん、情報が間に合ってよかった。
というより、もっと真剣に情報共有を考えるべきだったのかもな。
指示した時は、ファーレンでのナレハテ戦直前でヒノモトに対する不信感が強かった時だった。
結局不信感の原因も一人の勘違い野郎が原因だったわけだし。
ナレハテのことだけじゃなく、もっといろいろな情報を集めないといかんかな。
でも、そうなると100体のシャドウデーモンじゃあ全然足りないよなぁ。
あ、ロン毛持ってないかな。
使ってなかったらぶんどろう。
お互い情報交換や雑談(主に愚痴)で親睦を深めた。
アルコールの力もあってかなりぶっちゃけた話までできたのは良かったよ。
で、現状このダンジョンは機能不全直前の状態。
ナレハテとの戦いでストックされていた魂と財宝は底をつき、各階層のボスである幹部は半数以上が失われ、破壊されつくした構造物の復元も手作業で進めるしかない状態。
構造物は実際の強度よりかなり強く、溶けて崩れた部分の削りだしだけでもとてつもない労力が必要で遅々として進まないのだという。
ダンジョンマスターが力を使うために必要な財や、配下を召喚するために必要な魂を補充しようにも、そこに割ける戦力が無い。
なぜなら、現在最優先となっているのが最も被害が大きく、崩壊が続いている5階層の補修に追われているためだ。
複雑な迷路として設計されていた5階層は、ナレハテが動くには狭すぎた。
結果、ナレハテは壁という壁を破壊(溶かす)しながら蹂躙し、4階層を支えることができないほどのダメージをダンジョンに与えた。
このまま放置すれば、ダンジョン全体に崩壊が波及してしまう。
「もうね、八方塞がりなんですよ。みんなに過剰労働させちゃってる自覚はあるんですけどね。やり直しもできないし、崩壊を止めるので精いっぱいで。」
かなり酔いが回ってきてるせいか、神崎君の愚痴が止まらない。
「まぁ、2~3日すれば補給物資と労働力が来るから。後、どこか作業できるスペース借りられないかな。」
「どこでも自由に使ってくださぁい・・・もうね、まじたしゅかるんしゅお・・・まじ・・・。」
寝ちゃった。
まぁ、言質はとったからね。
労働力の足しに、ゴーレムでも作るとしよう。
材料は貯蔵庫に大量に余ってるんだよ。
ヒノモト勢復活の時は、魔石の素体が必要だったからその場で作成したし、結局レンとユイの依代造っただけで手つかずだったんだよね。
余計な手間はかけずに数だけ量産すれば、作業用なら100体くらいは一日あれば組めるだろう。
よほどつかれていたのだろう、神崎君はほぼ一日寝っぱなしだった。
その間俺はゴーレムを作っては作業に送り出しを繰り返して、結局130体のゴーレムを労働力として投入した。
同時に、貯蔵庫に入れてあったMOD製金庫から、五万枚の金貨を貸出すことにした。
もちろんエイルヴァーンの金貨はこのダンジョンで金貨として使えないけど、金は金なので、鋳つぶして財として使ってもらうためだ。まぁ、額面通りの価値ではないけど仕方ない。
ここら辺融通利かないんだよね。
いずれ鉱石とかで返してもらうとしよう。
10階層の一部に支店のスペースを確保してもらったので、早速スキルで支店を開業。他の支店のように、いろいろと誤魔化す必要が無いから楽でいいね。
一般人のいない直接取引だし、スキルのことも理解してもらってるし。
従業員も、スキルで・・・とはいかないのが難点だけど、とりあえず悪魔を3人程送ってもらうことになっている。
ダンジョン復旧は、金の投入によって一気に加速しだした。
ウォーオブダンジョンの構築。
ダンジョンマスターは俯瞰した図面で構築したい場所を指定し、作業員が指示に従って作業をする。指示するには財が必要で、システムにのっとって指示した場所の作業効率はチート級の速さと正確さ、しかも強度も高くなる。
ゲームとの違いは、システム外でも作業指示ができることと、システム外の作業は作業員に指定していないモンスターたちも行えること。
ただし、効率は現実レベルまで低下する。
ゴーレム部隊の所有権は神崎君に移譲してあるので、130体全てを作業員として登録、5階層の補修と再構築にかかっている。
それまで作業に従事していた戦闘特化のモンスターたちは、二手に分かれて魂を集める作業に従事しだした。
ダンジョンの外へと出て、近隣の魔物をおびき寄せてダンジョン内に誘導するチームと、ダンジョン内で狩り殺すチームだ。
ダンジョン周辺の山は、樹海のように深い森が広がっていて、魔物の種類も数も豊富。
ノスランザ大森林程強力な魔物はいないが、グレイウルフクラスの魔物がウジャウジャいるから獲物には困らないらしい。
一階層は手付かずで、トラップも何もない状態だけど戦力を集中させることで危険をより少なく、確実に仕留めていく方式で当面の魂不足を補えばいい。
そう思ってたんだけどね。
突然神崎君に呼び出されて私室へ・・・
「これ、どう思います?」
ときた。
どれどれと彼のステータスボードをのぞき込むと、魂ゲージが10,025。
「これっていつから?」
「分かんないです。情報をもらう前に魂ゲージも財も0になっちゃって、それからは5階層の復旧に追われて確認してなかったんで。どうせ0だし、ナレハテも一匹じゃあせいぜい百とか二百くらいだと思ってたんで。」
なるほど、基準は分からないけど、どうせ活用できないと思い込んで確認を怠ったのか。
「じゃあ、これってやっぱりナレハテがカウントされた?」
これは、思わぬ幸運と言えるのではないか。
「いやいや、最大戦力の火竜だって、倒して得られる魂ゲージはたったの100ですよ!召喚に必要なゲージも1,000なのに、あれ一匹倒して10,000て・・・。」
火竜10匹召喚できる。こりゃなんともオイシイ。
「それだけ魔素を貯めこんでたってことだろうね。」
「え?それだけですか?・・・なんか、ヤバいことになってるとかじゃないですよね。バグとか。」
あ、まだゲームの感覚が抜け切れてないのかな、ずっと一人だったんだし仕方ないか。
直接彼が戦うわけでもないし、経験値的な要素、ウォーオブザダンジョンでは魂ゲージか、相手の魔素量によって得られる量が変わるってことも認識できてないみたいだし、突然100倍も入ってたら不安にもなるってものか。
「ナレハテは規格外だからね。これくらいの”トンデモ”は気にしたら負けだよ。」
スカイドラゴン輸送隊が到着するころには、ダンジョンの戦力も全盛期の7割程度まで回復していた。
さすが一万点ボーナスだ。
あとはひたすら、被害を受けた階層の復旧作業。
俺が貸し出した金貨五万枚分の金では崩壊寸前だった5階層の補修しかできなかったので、現在はやはり手作業での復旧作業となっている。ダンジョンに設置された鉱物資源は、一日に採掘できる量が決められているうえ、貯蓄も無いためモンスターの維持で大半が使われてしまっている。
すこしづつ貯めて、破壊された鉱物資源窟という施設を設置しなおすしかないわけだけど、それもかなり高額なので地道に積み上げていくしかない。
ゲームだと、冒険者や英雄なんかを撃破すると装備品や所持金などと言った財が手に入るらしいんだけどね。
おびき寄せた魔物じゃあ財なんて持ってるはずないし、肉や毛皮などの素材はダンジョンで消費するから支店で買い取りってわけにもいかない。
これ以上貸して負担になっても行かんしね。
ん?ケチケチせんと寄付しろ?
拒否します。
ゴーレムだけでも十分すぎるでしょうが!
あれだって苦労して集めたんだから。
ゲーム時代にね。
まぁ、労動力はそこそこいるし、頑張ってもらいましょう。
こっちとしては、オリハルコンにアダマンタイトと言った鉱石が手に入ればいいんだし。
神崎君との親睦もしっかりこなしたし、支店従業員の悪魔を通じて連絡も取れるし、そろそろ帰ろうかなって思った矢先に起こるんだよ、大問題が。
テンプレだよね。




