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85:使者

 豪華だが、小型の黒い馬車が森の街道を進む。

 馬車を御するのは壮年の紳士。

 護衛も無く、ひどく不用心に思える。

 主の命を受け海を渡り、覚悟を決めての探索だったが、程なく目的地を知ることができた。

 それほどに話題に事欠かない村。

 3か月をかけ、昼夜問わず走り続けてようやく目的地にたどり着こうとしていた。

 サンザ王国直轄領、グリンウェル地区みどり村。

 面会を求めるべき相手は、情報によるとシン・サンザド・グリプス子爵。

 変人との噂が絶えない人物だが、主の話ではおそらく主と同郷だろうとのことだった。

 主から与えられた過酷と思えた命令は、あのシャドウデーモンの主を探し出して謝意を伝え、可能であれば協力を求めることだった。

 南へ海を渡る。

 たったこれだけの手掛かりで、この大陸かも分からないままの探索行は年単位の行程を覚悟させていたので喜びもひとしおだが、若干の拍子抜け感は拭えない。

 こんなに簡単にたどり着けていいのだろうか。

 村へたどり着く直前の休憩地へ、初めての休息を取るために乗り入れた。

 御者の紳士が馬車の中にいる人物へ声をかけると、ドアが開いて中から黒いメイド服姿の少女が降り、続いて黒いドレスに身を包んだ美女が姿を現した。

 偶然にも目撃した旅人たちが息をのむ。

 絶世の美女とはまさにこのことか。誰もが動きをとめ、見入ってしまうほどだった。

 三人は休憩所にある3軒の建物のうち、最も豪華な建物へ。

 貴族や金持ち用の宿泊所へと消えていった。

 

 翌朝早く、まだ暗いうちに宿を出た三人。

 休憩のためというより、身だしなみを整えるための宿だったようだ。

 たまたま清掃をしていたゴブリンの従業員は言った。

 「オラ、女神さまを見ただ。」

 昨日、幸運にも馬車から1階ロビーを通過するまでの短い間に見かけた者たちは心底悔しがったという。

 なぜ早起きしなかったのかと。

 「シン・サンザド・グリプス子爵は相当な変わり者で、住居も村から離れた場所にあるとのことです。グリンウェル伯爵の直属ではなく王の頼子で、相談役という立場でもあるようですので、まずは領主のスローク・グリンウェル伯爵への面談を求め、取次を依頼した方が良いようです。」

 メイド姿の少女が、宿の従業員などに聞き込みをした結果を話す。

 「とはいえ、いきなり貴族に面会を求めるわけにもいきません。まずは主要人物の中でも比較的会いやすい商人や職人と接触してはいかがでしょうか。」

 ダンジョン内でも情報収集に長けた配下を連れてきた。その能力と分析力は信頼している。

 「それが良いでしょうね。陛下からは、できれば協力を取り付けるようにとのこどですが、魔国にとっては是が非でも協力を仰がねばなりません。そのためには”色”を使うこともためらうつもりはありませんので、そのつもりで動きなさい。」

 美女はオールドブラッド、吸血鬼の中でも真祖に最も近いとされる最上位のモンスターであった。

 魅了の魔眼と吸血による篭絡も可能だが、恩ある相手にそれを使うことはしない、という意味も含んでいた。

 主からも最大級の謝意を、と指示を受けている。

 メイド姿の少女は、ただ首を垂れるだけで肯定の意を示した。

 反対したかったが、上司である美女の覚悟を汲み取るしかなかった。

 沈黙の続く車内。

 森の街道に入ってからは、驚くほど快適な旅路であった。

 それだけ突出した技術力と財力を持つ相手に、魔国より持ってこれた贈り物はわずか。

 最悪、グリプス子爵にたどり着くことすら困難かもしれない。

 あらゆる事態を想定して、頭の中でシミュレーションをしてゆく。

 絶対に失敗は許されない。

 「突然のご無礼を失礼いたします。」

 少女の影から、聞いたことのある声が。

 「その節はありがとうございます。ぜひグリプス子爵様へ謝意をお伝えしたいと伺った次第でございます。」

 想定外、では無かった。

 虫が良すぎると思いつつも、最も希望的な道の一つとして捨てきれなかった事態。

 「それは別の個体ですが、情報は共有しております。シン様の許可も得ておりますので、みどり村の入り口に案内役を待機させているとのことをお伝えに参りました。」

 そう言うと、シャドウデーモンは姿を消した。

 いつからか、こちらの動きは完全に把握されているようだ。

 あらためて気を引き締めなければならない。

 ”色”などと半端な覚悟では済まない、命を懸けねばならないだろう。

 馬車の小窓から見た案内人の姿に、自らの甘さを後悔した。

 

 

 かなり危険な状態と聞いていたから直接の関与を許可したのに、まさかこんなことになるとは。

 「あの海を渡るって伝えれば諦めると思ったんだけどなぁ。」

 謝意を伝えたいという相手に、南の海を越えると伝えれば諦めるだろうと、簡単に考えてそう伝えさせたのに、諦めるどころかこんなに早くやって来るとは。

 この大陸と、ダンジョンがあるという大陸の間には広大な海が広がり、巨大な魔獣や魔魚の生息域でもある。

 移動するには、比較的安全な浅瀬を選びながらグルリと遠回りせねばならず、通常は半年を超えるほどの大航海になり、しかも半数は途中で魔物に襲われて海の藻屑と化すほどの危険な旅路。

 まさか、その危険な海を越えて、しかも、時間的に真っすぐ突っ切って来るとは。

 面倒ではあっても、合わないわけにはいかなくなった。

 (とりあえず、相手も魔物の国だし、一応案内役は騎士っぽい、というか、魔物で騎士ならカムイだろうと頼んだけど、休日だったのに悪いことしたかな。)

 クロウには歓待の準備をしてもらっているので、他に思い付く部下がいないってのもあったけど、休日にいきなり頼むのは良くなかった。などと反省していると、程なく到着の連絡が入った。

 「使者は真祖ではありませんが、かなり高位の吸血鬼のようです。日光への耐性は完全ではありません。消滅や肉体へのダメージはなくとも、かなりの苦痛を感じると思われます。」

 「なら、日陰になる玄関前まで案内して。」

 クロウからの報告に、簡潔に指示を出した。

 玄関前には、数台の馬車がすっぽり収まるくらい大きな屋根を新設していた。

 避暑の間、ドラゴンや魔獣を気に入った王太子の子供たちがたびたびやってきたので急遽あつらえたのだ。なんせ、雨でも構わずやって来るんだもの。

 小さいが豪華、堅牢な馬車がカムイに案内されてやってきた。

 馬車から降りてきたメイド服の少女。

 (おお、久しぶりに見たな。)

 この世界のメイド服は、向こうで見知ったものとはだいぶ趣が違っていた。

 なんせ、メイド服って作業着だもんね。

 黒と白、レースがあしらわれた、漫画やアニメ、コスプレで慣れ親しんだメイド服を見るのは久しぶりだ。

 この村の特産でもある服飾でメイド服を売り出しているけど、実際のメイドさんからは不評で、購入するのはもっぱら一般人のオシャレ用だったりするらしい。

 レースやフリフリは作業の邪魔なんだって。

 ちょっとだけ感動していたわけだけど、その後現れた美女に、目を奪われてしまった。

 真っ白なドレスに身を包んだ絶世の美女。

 こりゃ、良いもの見た。

 「お招き感謝いたします。魔国より、エンバーロック陛下の名代として参りました、ヘルミナと申します。」

 優雅に一礼する美女。

 こりゃ、ここに直接来てもらってよかった。村だったら大混乱だったね。

 「ご丁寧にありがとうございます。シン・サンザド・グリプスです。どうぞ、お入りください。」

 そういって、応接室に案内した。これも最近になって急遽整備したのだ。

 王太子御一家用にね。

 

 飾り気は無いが、一つ一つが優れた技術力によってつくられたと分かる家具や調度品。

 物の価値を知ることのできる鑑定眼を持つヘルミナには、この質素な部屋が宝物庫に思えるほどの価値を持つと認識できた。

 勧められた飲み物も、信じられないほど美味だ。

 ダンジョンのモンスターであるヘルミナにとって食事は必ずしも必要ではないが、味覚自体は優れている。この世界の飲食物は耐えられないものだった。

 街道に入った時、技術力ではどうあがいても太刀打ちできないと悟った。

 出迎えの騎士を目にしたとき、たとえ全盛期であったとしても、軍事力で到底及ばないと消沈した。

 そして、この部屋と一杯の飲み物で、財でも文化でも、何一つ渡り合えるものが無いと、絶望した。

 壊滅と言っても良いほどの損害の中、何とかもってくることのできた贈り物。

 この一杯の飲み物にすら及ばないのではないか。

 「わざわざこんな遠方までありがとうございます。ご苦労なさったでしょう。」

 いけない、何としても協力を取り付けなければ。

 「いえ、お与えいただいた情報の価値に比べれば、どうということもありません。

 エンバーロック陛下より、最大限の謝意をお伝えするようにと言い使っております。

 できることならば直接謝意をお伝えするべきなのでしょうが、陛下は王国を離れることができない事情があり、私を名代として送り出されました。」

 そう言って、深々と頭を下げた。

 すぐにとは言わなくても、いずれ直接来いと言われたら・・・時間稼ぎはできるだろうが、シミュレーションでは断るだけの結論は出せなかった。

 「あぁ、ダンジョンマスターだと出られないですよね、うちのソンチョーも同じような状態だからわかりますよ。お気になさらないでください。」

 思いもかけない言葉だった。

 主から同郷かもしれないとは聞いていたが、こうも簡単に理解されるとは。

 「陛下からは、同郷かもしれないと聞いておりますが、グリプス卿も・・・。」

 異世界からの来訪者では?

 しかし、それを続けるのはためらわれた。

 「ああ、そうでしょうね。この村には多くの同郷、というか、この世界から見たら異世界人が集まっているんですよ。ワタリビトって呼んでいるんですけど。」

 グリプス卿は、こちらの意図を察したように事実を話してくれた。

 この村がソンチョーという人物の能力で守られていること、様々なワタリビトが協力して発展させていること、ナレハテの存在や魔素の成り立ち、この世界へと招かれた理由など。

 もし、ワタリビトであるエンバーロック自身が聞いていれば、驚愕の連続だっただろう。

 が、ヘルミナは主に正確に伝えるため、自身の感情を切り離し記憶に刻むことだけに集中した。

 そして、贈り物であるダンジョン産の鉱石や宝石を差し出す。

 がっかりされないか、と不安に思いながら。

 

 ヘルミナから差し出された鉱石に目を見張った。

 なんせ、この世界では入手を諦めていたオリハルコンやアダマンタイトがある。

 ドワーフたちの坑道でも、ミスリルは採れてもそれ以上の鉱物は発見できていない。

 これまではエイルヴァーンで手に入れていた備蓄を使い切ればそれまでと、使用を最低限にとどめていたのだ。

 「ありがとうございます。ひとつ伺いたいのですが、このオリハルコンやアダマンタイトはこれ以降も採掘可能なのですか?」

 ヘルミナの表情が曇る。

 いかん、興奮して言葉を間違えた。

 「もし採掘できるのなら、ぜひとも支店の開業をお願いしたいのですが。」

 あ、これも間違えた。ってか、いきなり支店なんて言っても意味わからないよね。

 誠実さを示す話し方なら相手の目を見て、なんていうじゃない?無理無理、美人過ぎて言葉が出なくなっちゃうし。

 とにかく落ち着いて、俺のスキル、商店の説明から始めたよ。

 うん、焦っちゃいかんよね。

 「そのようなお力があるのですね。浅はかながら、復興のためにも何かご協力いただければと愚考していたのですが、是非ともお願いしたく思います。」

 なるほど、そっちがメインか。

 確かに、ダンジョンだと他の国と協力とかって無理だよね。

 藁をもすがる思いできたんだろう。

 まぁ、貴重な鉱石が手に入るかもしれないチャンスだし、ここは仲良くして悪いことは無いだろう。

 ナレハテ被害の復興なんだし、協力はナレハテ案件と言えないことも無いしね。

 俺に権限を与えた王が悪いのだよ。

 「復興の協力もある程度は可能だと思うよ。」

 そう、これも俺の権限内に違いない。

 

 歯牙にもかけられないと思っていたが、どうやら相手の望む鉱石が混じっていたようだ。

 採掘権をよこせ、と言われるかと警戒したが、その一瞬の表情が功を奏したようだ。

 ダンジョン内に商店を、それも、この村と直接物のやり取りができる能力とのことであれば、物資調達が格段にやりやすくなる。

 オリハルコンやアダマンタイトはダンジョンでも貴重品だが、交易が可能となるならば惜しくはない。

 しかも、復興の協力もしてくれるというが。

 「協力を申し出た身ではありますが・・・よろしいのでしょうか。」

 国に一言も無く、勝手に協力など約束していいものなのだろうか。

 「あぁ、問題無いですよ。ナレハテ関係の裁量権を押し付けられちゃったんでね、この件も大きく見ればナレハテ問題ってことで、私の権限で決めちゃいますよ。と言っても、情報や食料の提供に、労働力と戦力の一時的な貸与って感じですかね。」

 決死の覚悟をあざ笑うかのような救いの連続に、全身の緊張が一瞬だけほころんだ。

 「感謝を。」

 感極まり、それ以上告げることができなかった。

 

 え?

 泣き出しちゃった?

 なんか、ひどいこと・・・は、言ってないよね?

 あ、戦力の貸与なんて、上から目線すぎた?

 いかんな、侮辱されたなんて思われてないといいけど。

 それとも、これを機に侵略されるとか思わせちゃった?

 いかんぞこれは、オリハルコンとアダマンタイトはもう手に入らないかもしれない。

 ここは誠意を見せねば。

 「空の輸送手段もありますし、復興には一日も早く労働力がいるでしょうから、それで一気に移動しましょう。ここから7日ほどで海を渡れるはずです。」

 ヘルミナの目が大きく見開かれ、こちらを見つめる・・・なんか違った?

 「できれば、私も陛下にお目通り願いたいので動向を許可いただければと思うのですが。」

 もうこれ以上思いつかないんですけど。

 ・・・ダメ?

 

 いったいどれだけ信じられないことが起こるのだろうか。

 7日で海を渡る?この大陸での移動だけでもあれほど時間がかかったのに。

 さらに、グリプス卿本人まで同乗して主と面会したいという。

 主のために、これ以上の成果は無いだろう。

 彼女の信仰する唯一の存在、真祖に感謝をささげた。

 

 こうして、些細なズレや勘違いが微妙に互いの利益に合致した結果、シンは別大陸へと出張することになった。

 こんなんで良いのか?マジで。

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