77:お猫様
あれから一か月たった・・・。
ノブロフのおかげで王都での開店準備は順調そのものだ、さらに王家を通じてファーレンへの出店も話が進んでいる。
あとひと月ほどで王都店が開店できそうである。
そう、収入が入るまでまだまだかかるのだ。
底冷えするほどに温度が下がってしまった俺の懐。
いかん、開店までもたないかもしれない。
とはいえ、食事を控えろとはさすがに言えない。
好きなだけ食わせてやるなんて言わなきゃよかった。
勝手にベル増産・・・なんて誘惑には負けん!
たぶん。
ちょっとくらいならいいかなぁ・・・。
なんて不穏なことを考えてる時のノック音って、心臓に悪いよね。
「ど、どうぞ!」
大丈夫、ちょっと裏返っちゃったけど許容範囲だ、きっと。
「アオイ様とユーコ様がお見えです。」
そう言って入室してきたのは、クロウ配下の悪魔だ。
たしか、オリヴィエラだったっけ?
やや神経質そうな女性に変化して、拠点ではメイドさんとして務めてくれている。
「あの二人?約束して無いけどなぁ。」
まさか、会議で黙ってたんだから何かよこせとか?
「いてっ!」
尻に激痛って、なんでもう入ってるんだよ。
「絶対何か失礼なこと考えてたでしょ。」
「レーダーにピピっと反応したのですぅ。」
くそ、やっぱりこの二人は天敵だ。
「で、ここ俺の私室なんだけど。」
ここのセキュリティはどうなってるんだ、まったく。
「申し訳ありません、関係者はお通ししてよいと伺っておりましたので。」
関係者・・・?
「同じワタリビトなんだから関係者じゃん。」
なんて屁理屈!
くそ、ゴタゴタしてた時にソンチョー&スロークと従魔たちのことを関係者でまとめてしまっていたんだった。
早急に指示内容を変更せねば。
「日本刀のこと教えて。」
ほへ?
「いや、君何本も造ってるじゃん。」
たしか、ユーシンも何本か押し付けられてなかったっけ?
「アオイちゃんは納得して無いみたいなのぉ。ユーシンちゃんも十分スゴイって言ってるのにねぇ。」
一応ついてきただけらしいユーコは、すでに俺のソファーでくつろぎモード。
コロコロを開発しなきゃな・・・そのうち拠点中が毛だらけにされてしまう。
現状、アオイの日本刀づくりは鋼のインゴットを型に流し込んで、アスクラのチートなモノづくりを強引に使って日本刀の形にしている物なので、確かに日本刀とは言えない。
ただ、チートによる強化で強度も切れ味も増し増しなので、ある意味日本刀を超えているともいえる。
教えることないがな。
「何でもいいから、対価はこれで。」
そう言って押し付けられたのは一枚の紙。
?
シン専用プチキャット永久半額券?
「いや、俺甘いものは嫌いじゃないけどそんなに食わんし。」
再び尻にチクリと来た。
ユーコの爪は立派な凶器なんですけど。
「別に、おじーちゃんしか使えないわけじゃないし・・・。」
?
誰かにやれとでも?
「あ~、まぁいいか、俺もちゃんと知ってるわけじゃないから、調べて明日にでも工房に行くよ。」
ってことでアオイは帰ったんだけど・・・。
「チミは帰らんのかね?」
ソファーでゴロつく猫様が居座っておられる。
「シンさんはぁ、どうしてそんなにおニブさんなのでしょう。」
おニブってなんぞ?
「野暮にもほどがあるって思うんだけどぉ、アオイちゃんがかわいそうすぎるので正座ぁ。」
そう言ってソファーの前の床を指さす。
俺に正座しろと?
「え~っと、なに?」
するけどね。
「よろしいですぅ。そもそも、そのチケットにペアと書いてあることになんで気が付かないんです?」
ん?
あ、確かに書いてあるね。
「まさかチミたちを誘えとでも?」
いた!
容赦なく爪むき出しの猫パンチをもらってしまった。
「アホですかぁ。なんでおニブさんは自分のことになるとそんなに鈍いんですかぁ?キャラですか?」
あ、これ本気で怒ってるっぽい。
しかしなんだ?ペアの半額券って・・・誰と使えばいいのさ。
いつも苦労駆けてるクロウと・・・じゃないよな。
あれやこれや考えている間も、呪いの言葉のようにユーコのディスりが続いている。
「ギブ・・・誰と使えばいいのさ。」
両手を上げて降参した。
はぁ~~~・・・。
地鳴りのようなため息が聞こえた。
「例の双子ちゃんに使わせればいいでしょぉ。」
え?
「いやでも、これ、シン専用って・・・」
「にゃ?・・・」
「にゃ?じゃなくて。」
慌てたようにチケットをひったくると、ジッと見つめるユーコ。
「アオイちゃぁ~ん、なんで失敗作の方持ってくるのよぉ。」
ということでネタバラシ。
会議の時の不安は的中、二人には俺の財政難はモロバレだったわけで、普通に値引きしてもどうせ断るだろうからと、アオイの案でこんな手に出たんだそうだ。
チケットを作ってる時に、誰でも使えるようだとニブい(どうやらそう二人に認定されているらしい)俺が、何も考えずに誰かに渡してしまうかもしれないと「シン専用」の文字を入れたと。
で、作ってみたはいいけど、今度は俺と誰か二人でないと使えないと思い込んで、チケットを使わないかもしれない、と。
で、最終的にできたのが、「シンファミリー限定」の文字と、それでも気が付かないかもしれないからと双子のイラストまで入れた。
らしい。
シンファミリーってなんぞ?
とは口に出してはイカン雰囲気だ。
なるほど・・・プチキャットからの請求が半分になるだけでも、とても・・・ちょっとありがたい。
「あ、たぶんマスターもぉ、何か考えてるみたいだからちゃんと気づいてあげてねぇ。」
あ、とてもありがたいです。
親切な(?)お猫様を丁重におもてなしすると、日本刀について調べることにした。
日本刀は凄い凄い言われているけど、実際には3人も切れば切れなくなる、なんて話をよく聞いたもんだ。
まぁ、それはかなり質の悪いデマだってことは知っている。
血油で切れ味が落ちるとか、3人切ったら使い物にならなくなるとか、なんかすごく違和感があったので調べたことがあったんだよね。
血油で切れ味が落ちるって話は全くのデマで、有名な作家の作中でそんな表現があって、それが真実のように広まってしまっただけ、実際にはまったくそんなことは無いそうだ。
ただ、血が付いたまま放置すると翌日には塩分で錆が出るそうだから手入れは必須だとか。
そうそう、研いだままの日本刀は意外と切れないって話は聞いたな。人を切るにはツルツルすぎるんだとか。「寝刃合わせ」とかいう、砥石で鍔側から剣先へ、荒く引くことで刃全体を細かい鋸状にするんだとか。だから、優れた剣士は時代劇のように刀を抜いてすぐ切りつけるのではなくて、懐に荒い砥石を忍ばせて置いて、抜いた後ジャッと引いてから戦ったんだって。
3人切ったらって話は、たしか日本刀ではなく、陸軍の兵隊さんに支給されていた大量生産の軍刀、日本刀モドキを、ズブの素人が死体を使って腕や足を試し切りした経験談が記事として広まったんだったか。
山本なんとか氏の大東亜戦争の時の話が出元らしいって書いてあったな。
さらに、まともに手入れをしていない軍刀だったらしく鍔や柄がガタついたといった記述もあったんだそうだ。
刀剣のみならず、あらゆる道具は優れた物を、正しい手入れと、正しい扱いによって真価を発揮するのであって、日本刀とも呼べない大量生産の粗悪品を、柄がガタつくほど手入れもされず、まともに訓練すらしていない素人が振るえば当然の結果だ。
と、いうことで日本刀が3人で切れなくなるのは、手入れのされていない粗悪品を素人が扱った場合に限定されるってことだ。
へたくそが出鱈目に使えば、簡単に折れたり曲がったりするのは事実っぽいけど。
で、作り方だけど、砂鉄をたたら製鉄によって精錬した玉鋼をつかう。
しかしこの玉鋼の材料になる砂鉄も、本当に良いとされているものは「鉄穴流し」という水の流れの破砕力で土砂と分離、選別するというとてつもない時間と労力を必要とする物らしい。
磁石などで集める方がはるかに速いけど、鉄穴流しによって得られる砂鉄よりも不純物が多いってことのようだ。
どちらにせよとんでもなく大変だし、ここはエイルヴァーンアイテムの砂鉄を使うとしよう。
鋼インゴットもあるけど、玉鋼で作った方が納得するだろうし。
拠点の外に出て、直径2mほど、深さ2mほどの穴をあける。湿気を無くすために穴の内側に粉上にした魔石を塗りたくってから木炭を敷き詰めて燃焼させ、過熱して成型、魔石の桶状態を作り、耐熱と除湿の刻印を入れる。燃焼しきった灰はそのまま押し固めてしまう。
その上に粘土を使って窯を作る。
高さは1mほどの円筒状の窯。
内側は底に近い50㎝ほどは漏斗状に成型して、中央には30㎝ほどの穴。
木炭を詰め込んで完成である。
本来の構造とはかなり異なるけど、「鉧押し法」という製法を単純に、チートなスキル頼みで再現してみるつもりだ。
木炭に火を入れて過熱、火は魔法によるものなので熱加減は自由自在だ。
木炭が崩れて減ってきたら、砂鉄投入。
その上に木炭を入れて過熱、砂鉄、木炭、砂鉄と繰り返してゆく。
最後に熱量を上げて、木炭の炭素と化合した鉄、鋼が沈殿するのを待つ。
通常は五~六十時間かかる工程を、スキル頼みで10時間ほどで完了した。
かなり強引で適当だけど、なんちゃって玉鋼くらいの物はできた気がする。
で、何となくしか知らなかったので改めて日本刀の作り方を検索する。
①まず、玉鋼を赤くなる程度の温度に熱して、馴染ませながら薄く延ばす。
②5mmくらいの薄さにできたら、しっかり過熱して、水にドボンと入れて急激に冷ます。この
時、炭素量の多い硬い部分が自然に砕ける「水減し」。
③砕けなかった部分を小槌で叩いて「小割り」する。
④割れた部分は硬い鋼、割れなかった部分は柔らかい鋼なので、餞別する。
⑤持ち手の先に割れた硬い鋼を2~3Kg程度まで積み重ねてゆき、崩れないように濡らした紙で包
み込む。
⑥藁の灰をまんべんなくまぶし、さらに泥の汁をかける。
⑦過熱して、崩れないよう大槌で慎重に叩いてゆく。
⑧積み重ねた鋼が一体化するまで加熱し、叩くを繰り返す。
⑨古い藁灰を払って新しい藁灰をまぶして過熱して叩く。
⑩大槌で鋼を叩き固める。
⑪鋼を折り返して鍛える「鍛錬」によって不純物を取り除くとともに炭素量を均一化させる。
⑫長方形に薄く延ばした後、真ん中に切れ目を入れて折り返して鍛える。
⑬15回程度鍛錬を繰り返す。できたものは皮鉄という。
⑭④で割れなかった柔らかい鋼を5回ほど鍛錬する。できたものを心鉄という。
⑮心鉄を包み込むように皮鉄を巻き付けて熱し付ける。これにより外側が硬く内側が柔らかいとい
う構造になり、よく切れるが折れにくい性質を持たせることができる。
⑯熱しながら、刀身の形になるように打ち延ばしていく。
⑰切っ先となる方向と逆になるように、斜めに切り落とす。
⑱切り落とした方の反対側から切り落とした方へ打ち出し、切っ先を仕上げる。
⑲刀の形に成形する。この段階ではまだソリは無い。
⑳刀身に粘土や木炭、砥石の粉などを混ぜた「焼刃土」を塗る。
㉑焼刃土が十分に乾いたら、土がはがれないよう注意しながら刀身全体を加熱する。
㉒全体が800℃程度まで熱されたら水の中に入れて一気に冷やす。この時、土の薄い、厚いの差
が冷却時間の差になり、鉄の組成が変わることでソリが生まれる。
㉓刀身を研いで鍔や柄を取り付けて完成。
まぁ、これをまじめにやっていたら本物の刀匠になってしまうわけだけど、これらの行程をチートを使って簡略化していかなきゃならんわけだね。なかなかの難問だぞこれ。
翌朝工房につくと、すでに準備万端のアオイがいた。
昨日造ったまんま、ごつごつの粒がより固まったような玉鋼を渡して作業開始だ。
アオイが使っていたのは、アスクラ製の炉で、ゲーム中では材料を放り込むと自動でいろいろ造ってくれるというもの。ゲームの炉って、大体そんな感じだけどね。
現実化された炉は、温度自動調整機能&タイマー付きの炉になっていた。
それで作られる金属系のインゴットは、どれも素晴らしいほど均一な仕上がり。
苦労(?)して玉鋼を作ったのは、仕上がった鋼に炭素量の差が必要だったからなんだよね。
チートを駆使して、一晩考えぬいた手抜き・・・もとい効率化で進めてゆく。
こうして、丸一日かけた出来は・・・微妙?
そんな簡単にはいかんよな。
とはいえアオイは満足してくれたらしい。
出来栄えにではなくて、一応日本刀作成の工程を経て完成させたって意味でね。
「ありがとうシンさん!明日からまたこの方法でチャレンジしてみる。」
良い笑顔で言われてしまったよ。
「ってことで、玉鋼?納品よろしくね。」
ですよねぇ~。
お土産用イミテーション硬貨セットはすでにゴブリン職人たちの手にゆだねられているので、現在未使用中のスキル”工房”へ丸投げできるからいいけどね。
「あ、チケット、ありがたく使わせてもらうよ。」
作業に熱中して危うく忘れるところだった。
このまま忘れたらユーコから針千本の刑に処されるところだった。
工房を出て拠点への帰り道、ふと思いついたことが口を出た。
「あれだけ日本刀にこだわるのって、いわゆる刀剣女子とかって・・・わけないよな、ひょっとしてアオイは、ユーシンのことが好きなのかい?」
質問は、いつの間にか背後に忍び寄ってきたユーコにたいしてだ。
「むぅ・・・なぜバレた。」
いや、一応村を出たから警戒使ってただけなんだけどね。
拠点までの道中は普通に魔獣とか出るからさ。
「それにしても、やっぱりシンさんは安定したシンさんクオリティーで安心したのですぅ。」
なんだそりゃ?
「アオイちゃんとユーシン君はぁ、もう何年も前からお付き合いされてるのにぃ、やっと気が付くなんてねぇ。」
・・・え?
いや、よく一緒にいるなぁとは思ってたけど。
マジ?
「知らなかったの俺だけとか?」
「シンさんはぁ、もっと人に興味を持った方がいいと思うのですぅ。」
はい、心がけます。
「ノエルさんの時はぁ、あのシンさんにも春が来た!って面白おかしく話題にできたのにぃ。」
面白おかしくってなんだよそれ。
「ノエルさんが村に来たらそんなそぶりはみじんもなかったしぃ。」
いや、ノエルさんは偉大なパイセンだからね、しかも同じアホ王被害者の会のレジェンドだからね、そんな目で見るなんて恐れ多い。
しかしなぁ、そうか、1000人も連れてこられたんだ、その中には恋人同士、夫婦、子供、ありえないことでは無いんだよな。
家系的に年金貰える年まで生きられるとは思っていなかったってのがあって、色恋沙汰にはとんと無関心だったし、この世界では異物だって認識だったから考えもしなかった。
いや、普通にグラビア見て鼻の下伸ばしたりはしてたよ。ただ単に、向こうにいた時の俺にとって女性は愛でるものであって、関わる対象ではなかったのよ。相手の気分次第でセクハラにされてしまったりなんて報道見てたらさ、老い先短いおっさんは怖くて話もできなかったよ。
そうか、長生きできるかもしれないんだったな。
ってか、年取らないんだよな、ここでは。
とはいえ、セクハラ認定はやっぱり怖いのよ。
まぁ、いつか余裕ができたら考えよう。
うん、面倒事は後回しだ。
「で、何でついて来るの?」
「プチメタの新しい動画を見せるのですぅ。」
誰だ、バラしたのは。
「情報収集は乙女の嗜みなのですぅ。」
「なわけないだろうが。」
なんで俺の周りにはこんなのばっかりなんだ。
後日、マスターから冷凍庫開発のご依頼をいただきました。
食材の貯蔵庫は一日一回マスターの氷魔法で作った氷で冷やしているけれど、冷凍まではできない。
王家おもてなし料理に、避暑で来るのだからアイスクリームとかもいいのではないかと考えてるそうでね、試作の時間もいるから早めに用意したいんだって。
対価として自由に使える専用個室(料金は全て半額)を用意してくれるんだって。
ユーコに聞いてなかったら、双子に使わせるなんてことに気が付かなかったんだろうなぁ。
ありがとう、双子に使わさせていただきます。
冷凍庫、気合入れて作らなきゃな。
冷却系の機器の多くは、熱交換が基本原理だ。
いっそ、食材貯蔵庫の冷却もやっつけるとしようか。
アルミのフィンと銅パイプ、そこを流れるフルオロカーボン(フロン)ガスに、圧縮、循環させるためのコンプレッサーはまるっと魔道具で代用する。
簡単だ、冷却の印を書き込めばいいだけだからね。
魔石の補充は面倒だけど、異世界からの魔素を利用すると魔道具が大きくなってしまうので諦め、代わりに交換しやすく、調理場の外に取り付けたボックスまで魔力の伝導体を引っ張った。
そんな感じで、マスターのレストラン地下にある貯蔵庫内の一部を保温材でキッチリ仕切って、内部をマイナス20℃前後、それ以外の冷蔵部を0~3℃くらいになるように冷やすことにした。これでマスターが氷魔法を使って貯蔵庫を冷やす必要ん^も無くなったわけだ。
あ、プチキャットからもねだられそうだし、冷凍冷蔵庫とかショーケースとかも造れるようにしないとなぁ。
トールちゃんに相談しようかな。
半額なんてケチ!と思われる方もいるかもしれませんし、私の情報が古いのかもしれませんが、飲食関係の粗利益は50%くらい、と聞いたことがあるので半額と設定しました。




