75:二度目?
ひどいことになったもんだ。
ユーキの背に突き刺したナイフを引き抜くと、額を流れ落ちる汗をぬぐった。
仲間を殺したことに罪悪感を感じない自分に、若干の驚きと安堵を感じた。
想定通り、ユーキが死んだことでアオンたちモンスターは消滅したようだ。
10体同時召喚なんて反則だ。せっかく仕掛けたトラップがいくつ無駄になったことか。
一息つきたいところだけれど、急いで身を隠さなければ。
スロークの隠密を見破る自信はない、見つけられたらアウトだ。
ドーン!
遠くで爆発音が上がる。
かく乱工作で仕掛けたものだけど、スロークに通用するかどうか。
とにかく、物陰から物陰へ、侵入できそうな建物を利用しながら移動を繰り返す。
バチンッ!
右のこめかみ辺りで火花が飛んだ。
(リタか?くそ、長距離狙撃はズルいだろ。)
空気の層で防御力を強化するエア・アーマーが一発の弾丸ではじけ飛んだ。
たいていの攻撃を一回無効にできる便利なエア・アーマーだが、クールタイムが消滅後からカウントされるのが難点だ。
シールドを射線の方向に展開、慌てて移動する。
射線から外れるために建物の角を曲がると、その先にはユーシンが。
(やっぱり誘い込まれたか。)
振り上げられる刀、それに反応することなく突っ込む。
「え?ちょまっ!」
想定外の行動に一瞬たじろいだユーシンだが、即座に立て直すと構えなおした。
うん、わかってた。
一瞬だけ時間が取れれば十分。
刀をかわして脇をすり抜ける。
そのままユーシンを無視して走り抜けた。
なぜなら、頭上から無数の矢がユーシンを襲うからだ。
角を曲がる直前に、安全策としてマジックレインをかけていた。
振り返ることなく全速力で駆け抜ける。
(スロークが近くに来ている、ユーシンは足止め役だろうな。
逆にスロークを仕留めるチャンスともいえるけど・・・。
やめておこう、まずは身を隠して、一人ずつ確実に仕留めていくしかない。)
角をいくつか曲がると、あらかじめつけておいた目印を見つけた。
ためらわずにその目印にファイヤをかける。
一瞬の後、周囲が一斉に大爆発を起こした。
「はぁ、やっぱめんどい、あの人。」
確実にヘッドショットを決めたのに何らかの魔法かスキルで相殺された。
しかも、射程ギリギリの距離で複数の建物が一斉に爆発、これで完全に見失ってしまった。
「アッキーの仇はとる。」
潜んでいた窓際から飛び出すと、新たな潜伏先を求めて屋根伝いに移動を始めた。
「あ。」
胸に激痛が走った。
「矢・・・」
リタはそのまま屋根から落ちていった。
(やっと4人、3人か?ユーシンはしぶとそうだからなぁ。)
爆発に紛れて隠密系のスキルを多用して移動、俺を見失って出て来たリタを強化済みのクロスボウで狙撃した。
(そろそろ、かく乱用の爆発が起きるはずだけど・・・)
バチンッ!
再びエア・アーマーがはじけた。
首元に突き刺されようとしてエア・アーマーにはじかれたナイフが、再び振り降ろされる。
それをかろうじて掻い潜ると、クロスボウで殴りつけて距離を取った。
「本当にしぶといな。」
直接的な攻撃行動で、スロークの隠密は解かれている。
もちろん俺もだけど。
俺の隠密がスロークに通用しないのは織り込み済み、だからこそのエア・アーマーだ。
初手は諦めて、防御することで隠密を解く、それができて初めて勝負になるのだが、それまでにスロークを一人にさせておく必要があった。
他の誰かと交戦中に、隙をつかれて隠密を使われると完全に見失ってしまう、そうなったらもう、完全に積みだ。
ユーシンを仕留められたのかどうかが明暗を分ける。
クロスボウを投げ捨てて剣を抜く。
隠密が解かれたとはいえ、スロークは強敵だ。
ステータスでもレベルでも格上、勝機があるとすれば魔法やスキルの多様さだ。
ドーン!
仕掛けた爆発が起こると同時に、スロークが仕掛けてきた。切りつけてくるナイフを受け流した時、腹に激痛が走った。
全身血まみれで息も絶え絶えなユーシンが、背後から俺の腹に刀を突き刺していた。
(あぁ、やっぱりユーシンはタフだよな。)
スロークのナイフが迫る。
敗因は、ユーシンを仕留めきれなかったことだ。
また死ぬのか・・・。
・・・
・・
・
「おじぃ、容赦なさすぎ。」
矢の刺さっていたあたりをさするリタ。
傷跡も何もないが、痛みは本物だった。
「なんで、いつの間にか君までジジイ呼ばわりするんだ。」
(絶対アオイのせいだろうけど。)
「勉強になるけど、マジ痛てぇのだけはどうにかなんないスかね。」
全身串刺しになったユーシンは、さぞつらかっただろう。
リタのプレイしていたというゲーム、銃道の機能の一つ、VR空間での疑似サバゲー機能を参考に、トールとやっつけで作った疑似空間での戦闘シミュレーター"模擬戦クン"でのテスト起動、まずは成功と言えた。
地下訓練所を利用していた皆を巻き込んだまでは良かったんだけど、普通に模擬戦やったんじゃ面白くないとリタが言い出し、アキヒロが用意したくじ引きでチーム分けをした。
その結果、俺 対 スローク、ユーシン、ユーキ、リタ、アキヒロという超不公平マッチが決定してしまった。
公平に振り分けるんじゃないのかよ!
あまりにも不公平なので30分時間をもらっていろいろトラップを仕掛けたけど、結局負けちゃった。
まぁ、不公平の元凶は速攻で始末したけどね。
戦闘訓練につかえるね、これ。
希望としてはナレハテのデータを疑似敵として登場させられればいいんだけど、さすがにそこまでにはかなりの時間がかかりそうだ。
プログラマー、というか、ゲームデザイナーみたいな人がいてくれたらいいんだけどな。
まぁ、贅沢言っても仕方ない。
クロウとトールちゃんにお任せしよう。
新しい訓練施設のテストは無事完了した。
ここと地下訓練施設ででできるだけ多くの仲間が多様な状況での戦闘訓練をつんで、いずれ来るだろうナレハテとの戦いに備えるしかない。
来夏へ向けての面倒事も同時進行していかなければならない。
箱物関係は、怠惰な設計士のガディオンを拉致ってきたのでキリキリ働かせて職人チームと急遽呼び寄せたドワーフ職人軍団にお任せすればいい。
あいかわらず木材や石材とかの建材を搾取されたりしてるけど。あ、あと酒もぶんどられた。
食事はマスターと弟子たちに一任、第三親王からのアドバイスを伝えてあるから、これも完全に丸投げだ。
酒もドワーフの醸造所が稼働を始めたし、俺の方も蒸留設備が稼働中なのでたぶん問題ない。
娯楽の花である劇場には、貯蔵庫から楽器類をかなり収めたし、結構本格的なアクロバットとかダンス、演劇も始めているらしい。
国中から集まってきてるらしいのよね、人材が。
まぁ、貴族の娯楽って認識の強いものだけに公演数も少なく非常に狭き門で、夢見る人材は少なくない。魔物あふれる秘境の地でも、すがる思いでやって来るんだね。
村ではすでに貴族の娯楽ではない。
一般人もちょっとしたご褒美に見に来られる平日夜の部と、一般人が気楽に見られる平日昼の部、一般だとかなり頑張らないと無理かなっていう接待用の週末の部と3つの内容に分けて常に何かしら公演している。
演者も増えたし、第二劇場の建設って話も出てきている。
おかげで動画での上映が不要になって、撮影に駆り出されることも無くなった。
避暑地として決まったことで、若手の演出家とかの中にも移住希望者が名乗りを上げているらしい。
ってことで、たまに搾取されるだけで何もすることは無い。
軍備の方も、今までは街中や街道の巡回が活動の中心だったし、対格差が激しいから装備はバラバラだったけど、王家が来るわけだし、これからのナレハテ戦とかを考えてもある程度統一した物にした方が良いだろうってことになった。統一した装備品は連帯感を強めるとか言ってたな。
街道の巡回用は迷彩柄を基調として、町中の巡回用は紺色、王家を迎える儀礼用は白と、鎧は用途に応じて色分けするみたいだよ。
鎧の下に着る服はスレッドスパイダーとミスリルの糸で編み込んだ特別性のものを、編成した部隊ごとに色分けしている。
ということで、基本のデザインは同じものを使用して、色分けすることで区別するみたいだね。
鎧や服の材料にミスリルやオリハルコンを大量に提供しましたともさ。
あとはアカネの服飾部隊と、ドワーフの鍛冶軍団にお任せ。
あれ?俺って搾取されてるだけで何もしてなくない?
とんでもないことに気が付いてしまった。
こんなことではよくない、のか?
このまま丸投げってのもいいんじゃないか?
とりあえず深く考えないことにしよう。
そんなときには現実逃避だ。
拠点で動画を見よう。
自室に戻ると、養育費代わりにクソ悪魔が置いていったイレギュラーな逸品、ノートパソコンを開いた。
検証の結果、こいつは向こうの世界の俺が、今現在使っているパソコンとリンクしていると判明した。
2台のモニターをつないてデュアルディスプレイにしてあったけど、ノートパソコンで無理やり再現させたようで、開いた画面の横にサブモニターが浮いている。
確か、この世界に来た時の背景はエイルヴァーンのロゴだったはずだけど、今はプチメタのロゴに変わっている。
さすがにもうエイルヴァーンはやってないのか・・・。
ゲームフォルダーには、新しくサンドボックス系のゲームやストラテジー系のゲームがいくつかとエイルヴァーンもあった。
更新履歴は2年前で止まっている。
消してなかっただけましかな、ちょっと寂しさも感じるけど。
このノートPCを使い始めてしばらくは、ホントに慎重に使ってたよ。
向こうの俺と使うタイミングが被ったら何か問題が起こるかもとか、いろいろ考えちゃってね。
少しづつ、慎重に検証を進めて、こっちでノートPCを起動した瞬間の、向こうの状態がコピーされているらしいことが分かった。
だから、超有名データベースソフトのように、2台で同時に使ってデータが壊れちゃうなんてことにはならない。
残念ながら、こっちで操作した内容は消去されてしまうようで、ひょっとしたら向こうの俺とやり取りができるのでは?とか期待したけど無理だった。
当然、ゲームやっても、PC閉じるとセーブが消えちゃうので、俺の好きな長時間系のゲームは諦めるしかない。
表計算とかのアプリも使えるけど、これもデータが消えてしまう。
まぁ、有名投稿動画サイトとか普通に使えるし、有料動画配信系も、向こうの俺が登録してればそのまま利用できるようなのでアニメに海外ドラマにと見放題なのもいい。
動画フォルダー内のプチメタライブも新作がしっかり・・・ん?バラエティ系のDVDとかも入ってるじゃないの。何かあったのか?
ブログをチェックしてみたら、どうやら俺、長期入院していたらしい。
遺伝で心臓に持病があったし、何かトラブルで大きな手術をしたみたいだ。
手当たり次第に持っていたDVDとかをPCに保存して、スマホからリモートで見られるようにしたんだろう。常時接続のサーバーまで増設されてたよ。
まぁ、ブログの内容見ると、そんなん見てる余裕はなかったっぽいけど。
今は、トールと一緒にPCのデータをこちらで保存する方法の模索中だ。
USBの端子は再現されているようなので不可能ではないと思いたい。
簡単にはいかないだろうけど、あまり時間もかけられないんだよ、だって、データ消されたら終わりだからね。
この世界に来てからなんだかんだと、こういった模索が好きなんだなぁと気が付いたよ。
子供の頃もっと勉強していたら、システムエンジニアとか発明家とか、研究職とかいろいろと選択肢は広がったのかもしれないな。
小学生の頃の担任とソリが合わなくて、死ぬほど勉強嫌いになったからな、気がついた時には肉体労働系しか道が残っていなかった。
その中でも多少はあらがって、技術系に近い地域家電店を就職先に選んだんだけど、夏は暑いし冬は寒いし、休み少ないし給料安いしでゲームの世界に逃げるしかなかった人生、やり直せるならやり直したい。
まぁ、それはおいといて、ネットでUSBの構造は把握済み、Ver2ならば給電用2本とデータ用2本と単純なので問題無く再現できる。
これを、最初は俺の中に、他のデータと一緒に保存できないかといろいろ試したんだけど断念、結局魔石を利用した録画機を作ることにした。
こうして俺は、何度目かもわからないひきこもり生活に入った。
季節は冬、引き籠るにはちょうどいいよね~。




