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8:脅威

 苦行が一つ解消されての3人旅。

一週間ほどはひたすらキャンプと森の往復で過ごした。

血抜きと魔素抜きしたハリラビやビルラッツの肉、焼いただけに塩、というド直球の調理でも美味かった。鶏むね肉のようなハリラビ、ちょっと癖はあるけど旨みのあるビルラッツ、どちらも甲乙つけがたい。

食べきれない分は干し肉に、野菜不足がちょっと心配だけど、魔素抜き保存食をおかゆにしたり、魔素抜きラサの実と、たまにとれるキノコの魔素抜きで胡麻化すことにした。

そうそう、ラサの実には非常に驚かされたんだ。魔素抜きをしていて、そのまま回収を忘れて3日(現実時間だと6日)たった実が、とんでもなく甘くなっていた。

 そういえば、向こうでも収穫してから時間がたつと甘くなる果物もあっけど、ラサの実もそういう種類だったらしい。すぐ煮込んでしまうのが常識のこの世界では誰も気が付かなかったんだろう。

しかし、こうなってくると塩以外の調味料が欲しいよね。

この世界にもあることはあるみたいだけど、コショウやトウガラシのような香辛料はかなり高額なうえ外国からの輸入品で希少らしいし、甘味に関しては果物程度、蜂蜜はほとんどがミード、蜂蜜酒として使われるため甘味として出回ることは無い。

ソースや醤油のような加工された調味料は一般的には作られておらず、いわゆる超一流の料理人が秘伝として都度作るだけなんだと"常識"さん。

 当然食すのは王族貴族だけだ。

まぁ、そもそもこの世界での調理はエグみをごまかすことが一番で、味や見た目、香りなんかは二の次三の次ってヤツだからね。

さらに困ったことは、この世界には酒がミードしか無いってことだ。いや、あるのかもしれないけど、今の自分では知らないレベルで出回ってない。蜂蜜を3倍くらいに水で薄めて、自然の酵母で発酵させたものがミードだけど、酵母不足で失敗しないように少量のミードを混ぜるらしい。蜂蜜と水だけなので非常に甘い。しかもこの世界ではデフォルトでエグい。

酒は弱いが嫌いじゃない。たまに美味い酒をちびりとやるのが至福だったんだが。

ラサの実で果実酒とかできないかな。ワインみたいに、潰して樽に入れて簡易貯蔵庫で1週間くらい放置すればそれっぽくならないかな。向こうじゃ素人の酒造りは法律でできなかったから、興味はあったけど結局やらなかったんだよね。

ブドウがあれば完璧なんだけどな…うん、野生の山ブドウらしきものは“常識”さんが知っているようだ。でもまず食されることが無いので詳しいことはわからなかった。見つけたら試してみよう。

 こんな思いが募るのも、調理スキル解放まであと一歩、というところまで迫ったからだ。

 「今日はもっと奥まで行ってみませんか?」

 朝食をとりながらユーキが提案してきた。

 確かに、レベルが上がってきたこともあって、ここ数日経験値の入りがいまいちだ。

 「そうっスね。今の俺たちなら結構奥でも戦えるんじゃないスか。」

 ユーシンも乗った。

 自分としてもそろそろ変化が欲しかったので賛同して森へ。

 それが失敗の元だった。


 「アオン!戻れ!!」

 「んならぁ!当たれぇえ!!」

 ユーキとユーシンの怒声が響く。

 順調に進んでいて気が緩んだ、とかではない。

 一日の狩りを終えて、そろそろキャンプに戻ろうかと話していた時に突然現れた大型の猿。

 一目見て敵わないと分かるほど強烈な殺気。“警戒”も、アオンの嗅覚、聴覚でも反応できないほどの速度で突然現れたそれは、3mを超える巨体の猿だった。顔はニホンザルに近いが、筋肉で膨れ上がった体はゴリラのようだ。

 次の瞬間、腕の一振りでクマが吹き飛ばされた。止まることなく巨体がユーシンに迫る。

 「らぁあああ!」

 バールが迎え撃ち、巨猿が振り下ろした腕を弾き飛ばした。

 「やべぇ!こいつ堅ぇし強ぇえ!」

 バールを持つ手を逆の手で押さえている。痺れたな、あれは。

「アオン、牽制しろ。ゴン、絶対近づくな。」

 傷ついたクマを魔本に回収したユーシンが、モンスターたちに指示を飛ばす。

 マジックミサイル倍化を放つ。

 完全にとらえたと思ったが、5本中2本しか当たらない。

 とんでもない反応速度だ。

 「ギィア!」

 短く叫ぶと、意外なことに少し距離をとった巨猿。

 マジックミサイルが当たった左腕を気にしているようだ。

 その隙にスピードアップ、ボディプロテクション、マジックシールドを使って機動力と防御力を上げる。クマほど堅くはならないけど、速度を少しでも上げて直撃さえ避けられれば、ユーシンが復帰するまでの時間稼ぎくらいはできる、といいな。

 とにかく巨猿が強い。

 木を利用して縦横無尽に飛びまわり、ぶっとい腕で殴りつけてくる。

 マジックシールドは1撃で許容量を超えて壊れ、ボディプロテクションが無ければ即死クラスのダメージを受けて転がった。とっさに回復よりマジックミサイルを放ったことがベストチョイスだった。

もろに5本(倍化はしてなかったけど)が直撃、巨猿は大きく飛びのいてようやく動きを止めた。

大したダメージにはなってないように見えるけど、魔法に対してかなり警戒しているようだ。

焼け石に水でもライトヒールを自分にかけて回復する。クールタイムがあけるまで警戒しててくれるといいんだけど。

アオンが牽制攻撃を繰り返すけど、一撃で瀕死になりかねないだけに精彩に欠いていまいち効果が無い。巨猿は完全に自分をロックオンだ。

回復を諦めて、マジックミサイルを準備する。巨猿の動きが変わった。明らかに襲い掛かるタイミングを計っているようだ。うっとおしそうに跳ねのけていたアオンには見向きもしなくなった。

そのまま集中する。

3倍化にかかる集中時間は15秒、正直無理だろうけど、にらみ合いが続けばひょっとするといけるかもしれない・・・わけもなく、倍化にすら達する前に巨猿が宙に飛んだ。

背にしていた木を蹴り、弾丸のように迫ってくる。

「うらぁああ!」

復活したユーシンのバールが巨猿の顔面に打ち込まれなければ、マジックミサイルを放つ間もなく死んでいただろう。

突然の攻撃で撃ち落とされたうえ、頭を強く揺さぶられたことでさすがにフラつく巨猿。

間髪入れずにユーシンが3コンボの態勢に入る。

1発、2発が入り、3発目は振り回した巨猿の腕と打ち合った。

吹っ飛ぶユーシン。

それでも巨猿の腕には大きなダメージを与えてくれた。ほとんどの指が変な方向に曲がっているのが見えた。

そのチャンスに、巨猿に突っ込むと3倍を諦め、倍化マジックミサイルを至近距離から撃った。

 グギャガァアア!

 巨猿の胸がはじけ、赤黒い血飛沫が飛ぶ。

 それでも巨猿はひるまない。

 即座にターゲットをアオンとユーシンに変え、自分へは警戒だけで離れてマジックミサイルを避ける、という戦法に切り替えてきた。

距離をとられて逃げに徹されると、マジックミサイルが当たらない。それどころか、ユーシンの攻撃も当たらない。バールは振り回さないとダメージにならないので、どうしても動きが単調になってしまう。動きに慣れられると簡単に避けられてしまう。

アオンの攻撃も飛びついての嚙みつきか、高速での体当たりなので、こちらも余裕で交わされてしまう。

ゴンのスリングは相手にもされていない。当たるに任せていた。

疲れが出始めたころ、とうとうアオンが捕まってしまった。

巨猿の爪がアオンの腹部を切り裂いた。

飛び散る血しぶき

 「アオン!戻れ!!」

 「んならぁ!当たれぇえ!!」

 ユーキとユーシンの怒声が響く。

 ユーシンのバールが再び巨猿の背をかすめる。

ユーシンの気迫と、アオンに深手を与えて戦線離脱となったことで、巨猿の意識がユーシンに向く。

 チャンスだ!

 それを逃さず、まっすぐ突っ込む。一か八かだ。

巨猿の慢心。

マジックミサイルを外し続けた自分への警戒が薄れたのもあったのだろう。

肉薄することに成功すると、至近距離で3倍化マジックミサイルを撃ち込む。

瞬間、巨猿がこちらを向き短い咆哮を上げた。

すさまじい衝撃波が全身を襲い、マジックミサイルの照準がずれる。

4本が明後日の方向へ。かろうじて命中した1発も肩口へ、貫通して抜けていく。威力は申し分ないのに、致命傷にはなりえない。

一か八かをしくじった。

死を覚悟した。

が、反撃は来なかった。

ブィォオオオン!

突然けたたましいエンジン音。

次の瞬間、見慣れた軽トラが巨猿に突っ込んでいた。

その手があったか!

ユーシンの軽トラはボコボコになっても壊れない。

ゲームの特性があってこその事故アタックだ。

巨猿が吹き飛ぶ。

軽トラとはいえ、重量は800Kgを超える。

「乗れ!」

ユーシンの叫びにユーキが反応して荷台へ飛び込み、すぐにゴンが続いた。

それを確認して助手席に滑り込むと、軽トラは猛スピードで巨猿から逃げ出す。

「信じらんねぇっスよ!あのクソ猿、60キロで弾き飛ばしたのにすぐに起き上がりやがった!!」

平らな所など無い森の中を、何度もひっくり返りそうになりながらひた走った。

周囲はすっかり真っ暗だ。いつ木に衝突してもおかしくないような恐怖に歯を食いしばって耐える逃走劇。

ガラス越しに荷台を振り返ると、ユーキが必死の形相で幌の鉄柱にしがみついていた。

ライトヒールを自分とユーシンにかけてその場しのぎの回復をする。

“警戒”で確認する。現在の有効範囲は半径35m、範囲内にはいないようだが、それでも威圧感を感じる。

「ユーシン、自分も荷台に行きたいんだけど。」

舌をかまないようにしてしゃべるのはなかなかに難しい。

「やっぱ怖ぇ~っスか?」

「あぁ、そうじゃなくてね、なんか、まだ追われてるような気がしてさ。荷台から後ろを警戒したいんだ。近づかれたら魔法で牽制もできるし。」

なるほど、ということで軽トラを止め、素早くユーキと交代する。

「僕もなんか、逃げきれてない気がしてならないんです。」

ユーキも不安げに後ろを気にしながら助手席へ乗り込んだ。

再び動き出す軽トラ、その瞬間、“警戒”に反応があった。

巨猿だ。

“警戒”スキルは、一度でも戦闘したことのある個体を識別することができる。とはいえゲームでは戦闘したら必ず倒すか倒されるかなので、完全に忘れていた機能だ。

 

 その後もつかず離れず、“警戒”のギリギリ辺りを執拗に追ってきていた。

 執念深く慎重な巨猿は、その後2日たった今も追い続けてくる。

 小休止に少しでも止まると、一気に距離を詰めてプレッシャーをかけてくる。しかし決して姿は見せない。

 心をくじきに来ているようだ。ほんとに猿かよ。こんな心理戦とか、人間でもそうそうしないぞ。

 ユーシン以外が運転できるのか、検証しておくべきだった。

 この状態でもし他の者が運転席に座って軽トラが消えたり、思わぬ事態に陥ったら命とりだ。ユーシンに過剰な負担をかけてしまっている。

 食事もままならず、暑さではなく緊張による発汗のおかげかトイレの緊急事態に陥っていないのがせめてもだ。

 すでに今、森のどこにいるのかもわからない。完全に迷子状態だ。

 巨猿がどのような魔物なのか考えても、“常識”さんからの回答は無い。

 つまり、新人ハンタークラスではお目にかかるどころか、噂にもならない魔物ってことか。

 それはつまり、遭遇したら最後、誰も生き延びることができていないってことだ。

 3日目に入って早々、思いもかけない事態に遭遇した。

 軽トラが止まった。

 ん?

 「シンさん、あれ!」

 ユーキの声に、荷台から運転席の小窓を通して前方を見る。

 「家だ。」

 突然開けた場所に出たようで、周囲に木々が無い。

結構な広さの空き地、そのほぼ中央に、木造りの簡素な家がポツンと。

 奥には畑のようなものもある。

 森を抜けたのではないようで、先はまた木々で埋め尽くされている。

 いかん、惚けてる場合じゃない、巨猿は。

 いる。

 開けた土地のすぐ外、森の中にいる。

 視認することはできないが、じっとこちらの様子を伺っているようだ。

 視認されるのは嫌か。

マジックミサイルで肩を貫かれたことで、自分を殺せる相手だと認識してくれているんだろう。その分執念深くもなってるんだろうけど、過剰に警戒してくれているのも事実。う~ん、微妙。

 諦めてくれればお互いにハッピーだと思うよ。保証する。

 荷台から降りて、警戒しながら運転席側に回る。

 「猿はまだいるよ。止まってるのに近づきも攻撃もしてこないのが不気味だけど。」

 ユーシンたちに現状を伝える。

 「参ったっスねぇ。ヤベェもん連れ込んじまった。」

 「そうだね。間違いなくだれか住んでそうだし、何とかしないと迷惑をかけることになるよね。」

 「迷惑どころの騒ぎじゃじゃねぇっスけど。」

 険しい表情で運転席の窓から顔を出し、巨猿のいる方向を睨みつける。

 「ハラぁくくるしかないっスかね。」

 ユーシンが降りて、軽トラを仕舞う。

ユーシンはバールを、ユーキはモンスターたちを呼び出す。アオンもクマも本の中ですっかり回復していた。

 自分もマジックミサイルの準備だ。3倍化させるには時間がかかるし、至近距離でなければ当たらない。

「大丈夫ですよ、あれはここに入ってこられないですから。」

三人とも覚悟を決め、さぁ、戦闘態勢に、と思ったとき、突然誰もいない空間から声がした。

 「なんスか?!」

 誰もいない。

 ウインドボイスみたいな、声を届ける魔法か?

ではなかったようで、声のした場所にスゥっと、鈍い銀光を放つ鎧姿の渋いおじさんが現れた。

ん?なんか見たことある。

おじさんを、じゃなくてこの鎧。

「すいません。ただ事じゃない雰囲気だったんで、少し警戒させていただきました。私は 片山 一馬、エイルヴァーンってゲームをやってました。」

 そういって渋いおじさんは一礼した。

やっぱり!まさか自分と同じゲームのプレイヤーに出会うとは。

「自分もです。飯田 真一です。その鎧、落葉の砦で取れる装備ですよね。」

初期で取れる良装備で、ゲーム始めたばかりのころはだいぶお世話になった。思い出深い装備だ。

「えぇ、転職ラッシュ用の装備は簡易貯蔵庫に入れてあったんで、初日から使えたんですよ。そのおかげで何とか生き延びられました。」

ってことは、さっきのは暗殺者のスキル隠密か。気配遮断と無音移動も併用してたな。少なくともレベル30は越えてるはずだ。

「ここは安全地帯ってことですか?」

巨猿のいる方向に牙をむき、今にも飛び出しそうなアオンをなだめながらユーキが聞く。

森の中に安全地帯?“常識”さんも知らない。

「もう一人いるんですけど、その人の能力なんです。」

もう一人?と家の方を見ると、ポツンと青年が一人。

「ここで立ち話もなんなんで、どうぞ、家の中でお話ししますよ。」

と案内された家でもう一人、田中 次郎さんとも挨拶を済ませた。

人のよさそうな青年だ。とはいえ、ゲームのキャラが元になっているだけなのでその人の本質ではない。

家の中は意外と広く、全員が座れる大きなテーブルと簡素だがしっかりした椅子があった。

「私は開拓系のゲームをやってたんです。ほのぼの系のゲームで、魔物とか存在しなかったんですよ。それが超解釈でもされてるのか、ここには結界みたいなものが張られていて、魔物が入ってこれないようなんですよね。」

 開拓みどり村、田中さんがプレイしていたというゲームは、5年位前に発売されそこそこの売り上げで消えていった開拓ゲームだ。

 過疎化が進んで放棄された村を復活させるために移住した青年が主人公。一軒家から始めて、農業や畜産、家具の生産や商売って感じでだんだんと発展させていくっていう開拓系の王道ゲームだ。

 ほのぼのとした作風が一部のゲーマーに好評だったらしい。

 「気が付いたら森の中にいて、頭の中に、(ここを集落に指定しますか?)って声が聞こえてね、夜みたいだったし、とにかく怖くて、ハイって答えちゃったんですよ。そしたら、目の前に家があって、この家なんですけどね。とりあえず家で一晩明かして、朝外に出てみたら、周りの木がきれいさっぱりなくなってたんです。」

 それでこんな場所にこの広場ってわけか。

 「ゲームの最初と同じで小さな畑があって、すぐ食べられる野菜も植わってたんで良かったですけど、なんかエグみが強くて毒じゃないかって疑っちゃいましたよ。すぐにこの世界はみんなそうなんだって思い出して絶望しましたけど。」

 はぁ~っと深いため息を吐く田中さん。

 「自分も森の中で気が付いたんだけど、いきなり角のある猪に遭遇してね。石を投げてみたものの、丸腰だしとても勝てる気がしなくて、とにかく逃げ回ったんだ。猪っぽかったんで、小回りは苦手かなって、木を縫うようにグニャグニャ回りながら逃げてたら、ここに出ちゃってさ。木が無い、ヤバイ!って思ったら、後ろでドカンってすごい音がしてね。振り返ったら、猪が死んでたんだ。ホーンボアってことは後から知ったんだけど、ここの障壁?みたいなのに突っ込んで自滅したみたいでね。石投げたことが戦闘にカウントされてたのかなぁ、一気にレベルアップしたんだ。田中さん様々だよ。」

 「いや、私は何も。」

 あぁ、片山君、なんて羨ましい。そのポジションは自分が変わりたかったよ。

 う、黒歴史を思い出してしまった。封印封印。

 その後はそれぞれの情報交換が始まった。

片山君は向こうの世界では整体師だったそうで、30代半ばの立派なおっさん。いや、そうなると自分は爺さんなのか?いやそんなことは無い。無いよね?無い無い。

最上級職の聖騎士と大司教、大商人に、上級職の魔導士を経験、ほかにMODで導入した職業をいくつか、で、現在は斥候系上級職の暗殺者だそうだ。キャラ名はスローク。

 田中君は大学のポスドク、博士研究員と言われる立場にいたそうだ。博士とつくからには、高給取りで裕福なイメージだったけど、日本のポスドクは博士号は取得していても、大学院生以上、助教授以下という微妙な立場で、ほとんどが裕福とは無縁なんだそうだ。28歳独身。独身をずいぶんと強調していた。

 ゲーム歴はそれほど長くなく、仕事に行き詰った時の息抜きでやる程度だという。キャラ名はデフォルトのままソンチョー、村の名前もデフォルトのまま、みどり村だそうだ。

 命からがら逃げこんできた片山、スロークを田中、ソンチョーが受け入れ、栄えある村民第一号に。

 その後ソンチョーは、ゲームの初期クエストをなぞるように家の補修や農作業を行い、スロークはすぐ逃げ込めるので村の近くでレベルを上げつつ、食料の肉などを調達して暮らしてきたそうだ。

 とはいえ、何をとってもとても食べられるものではなく、食事は苦痛ですらあったという。

ならばと、さっそく魔素抜きの干し肉と完熟ラサの実を提供した。

恐る恐る口に運んだ2人からの大絶賛まで10秒とかからなかった。

 ソンチョーが収穫した野菜はゲームのチュートリアルで収穫したものと同じ、キャベツにニンジンにジャガイモ。魔素抜きをすれば、さぞおいしくいただけることだろう。

 ゲーム補正なのか、収穫しなければそのまま成長しすぎたり枯れたりしないという。

 ソンチョーたちからも快諾してもらい、今朝収穫して食べていない分を魔素抜きの行程に。完全に抜くには1日かかるけど、夕方にはちょっとエグみが気になるけど普通に食べられる、程度には抜けるだろう。

 いろいろ足りない気はするけど、夕食は塩味の肉野菜炒めだ。

 それにしても不思議な家だ。

 ここにはなんと、水洗トイレがある。いったいどこから水がやってきて、どこへ流れていくのか全く不明な謎トイレだ。

 キッチンも完備されていて、ここにも水道が、しかもガスに電気まで通っている。意味不明だ。

 ここまでくれば、当然あるであろう風呂。素敵すぎます。

 快適すぎる環境だけど、ソンチョーはこの村から出ることができないらしい。何度か試したけど、バリアのようなものにぶつかってそれ以上進めなかったそうだ。

後は何といっても食事。この世界特有の強いエグみはいかんともしがたく、また二人ともほとんど自炊したことが無いので、食事は栄養補給以外の意味をなさず、苦行だったという。

畑を見せてもらったり(運転しっぱなしだったユーシンは爆睡)と、しばし巨猿を忘れてまったり過ごした後お待ちかねの風呂。

最初に自分が借りることになった。実年齢が50手前のおっさんであることと、最初に風呂借りることになったことは無関係だ。

 無関係だぞ。

 二度言ったってことは大切なことだからな。

 ユーシンとユーキが二人とも後でいいって言ったからなんだからな。

 気を使われたってことは無いんだからな。

 しつこいぞ。

 とはいえ久しぶりの、ある意味生まれて初めての風呂を堪能させてもらった。もちろん浴槽には体洗ってから入ったよ。石鹸もシャンプーもあったのには驚いたけど。

 う~ん、さっぱり。

 ってことで、食事の支度でもするとしよう。

 そう、最初に入ったのはこのためなんだからね!

 調理スキルが解放されたから、料理の手際も知識も上がっているはずだ。

残念ながら、スキルのレシピは使えない。材料が全然違うのだ。参考にはなるので、それなりに食べられるものが作れるだろう。

 麦もどきのセパを炊く。米と同じでいいのか知らんけど、それっぽくしてみよう。

 とりあえず飯盒炊飯みたいな感じでいこうかね。キッチンにあった鍋にセパを入れて、軽くといだら水を入れて煮込む。水は麦より1~2センチ高い程度でいいんだっけ?分量計りようが無いからな。ま、何とかなるだろう。

 炊いてるうちに、別の鍋で細かく裂いた干し肉を茹でる。もともと塩味は控えめな干し肉だけど、茹でれば多少柔らかくなるし出汁が出るだろう。そのまま手抜きスープでいいや。

 キャベツは手でちぎり、ニンジンは皮をむいて薄く輪切りだ。うむ、作業自体は素晴らしい速さと精度だ。キャベツの芯ももったいないからそのまま使う。魔素抜きは半日ほどだけど、味見した感じではかなり良くなっている。

 ここで、油が無いことに気が付いた。なんてこったい。

 慌てて干し肉の脂身をこそいでかき集める。

 う~ん、全然足りそうにないけど、無いよりましか。

 干し肉を煮ていた鍋をどかしてフライパンを、そこに脂身を投入、焦げないように弱火で溶かしてみる。

 干し肉のゆで汁、出汁は、ザルを通してボールに。味見してみたけど、やっぱりこのまま手抜きスープでいけるね。

 油が溶けてきた。

強火にして、まずはニンジンを投入、火が通ったらキャベツも入れて、しんなりするまで炒める。

で、茹でて少し柔らかくなった干し肉を、よく水を切ってから投入。塩で味をつける。なんちゃって肉野菜炒めの完成だ。

ちょうど麦も炊き上がったようなので、火を止めてしばし蒸す。

麦もどきごはん、なんちゃって肉野菜炒め、干し肉スープの完成だ。

もどきとか、なんちゃってとかついてるけどさ、そのうち改善できるさ。きっと。

振り返るとキッチンの入り口でみんながじっとこちらを見ていた。

うん、すぐ出すからね。

少し多めかな、と思った食事は瞬く間に無くなった。

なんか、うれしいね。こういうのも。

完全にスキルだよりなんだけどさ。

 調理中にユーシンとユーキも風呂を済ませていたらしく、食後は再び情報交換に。

 魔素抜きは簡易貯蔵庫を持っているスロークもできるのでやり方を伝えておく。自分に何かあったとしても安心だからね。

 で、情報交換が一段落すると

 「奴からもらった知識はステータス依存で中途半端だし、後追いで思い出すような感じだから不便でしょうがないよな。」

「俺、レベルアップそのものが無いか不可能なんで知識なんか全然役に立たないっスよ。」

 「僕なんか女の子ですよ!年齢どころか性別まで変えられるなんて。」

 と、恒例の愚痴合戦になってしまった。

 そのまま雑魚寝としゃれこんだ一行。こういうのも悪くないな。

 戦闘能力のないキャラがちゃんと登場するのは初めてです。

 同じゲームのプレイヤーも初めてです。

 

挿絵(By みてみん)

巨猿 イメージ

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