37:恩返し
4/26水曜日16時ごろ更新予定です。
よろしくお願いします。
推測の域は出ないけれど、全体像が分かってきた。
で、これからどうするかというと、今まで通りでいいだろう。というのがノエルさんの結論。
俺たちプレイヤーも、不老という恩恵を受けている可能性が高い。
なぜなら、この世界に充満する魔素はあまりにも膨大で、プレイヤー全員がどれほど強化して力を使いまくったとしても、人の一生程度では何となく薄まったかな、が関の山だという。
しかも、不死ではないのだ。
すでにそれなりの数減っているはずだし。
再び異世界から召喚するだけの対価は、今の王には払えないだろう。不老でなければ、魔素を無くすという目的自体が不可能となり、そもそもの契約が成立しないのだ。
強くなっていく、という特性も、魔素の消費を増やすという以外に王を脅かす、という目的があるのではないかという。
実際に王討伐となれば、王と契約中の悪魔は阻止に動くだろうけれど、強くなるだけであれば、その噂だけでも王を新たな恐怖で縛ることができる。自分を殺しに来るのではないかという。
最悪、一人でも残って魔素を消費し続ければ悪魔と王の契約は続行中ということになるらしいから、適当に減りつつ長期間ダラダラ活動してほしいってのが悪魔の希望ではないか。
こちら側にもいろいろとちょっかいを出してきているんだから、こちらの気が付かないようなことでも、何重にもおいしい思いをしようとしているのだろう。
そう思うと、あの怠惰な丸悪魔が聖人のように感じられてしまう。
まぁ、とはいえ悪魔だからな。サービスの件も、わざとあのタイミングで言ってきた可能性もあるし、変なイメージは持たないようにしよう。
それにしても、魔素ってやつは一体何なんだろう?
ノエルさんも全く理解できないと言っていた。
不思議パワーでかたつけてしまうのは、なんか釈然としないんだけどなぁ。
ノエルさんは、見た目ではわからないけれど魔物化直前の、かなり際どい状態らしい。
庭には若干の魔素があるので、それすらも恐れて家から一歩も出られず、ここ数十年はすべてゴーレム(草の人形)に庭や畑、家畜の手入れを任せているという。
とはいっても、覚えさせた行動を繰り返すことしかできないので、細かな手入れは行き届かず、特に牛?やヤギ?の手入れをするウシオにとても感謝していた。
「あの子たちにはいつも申し訳なく思っていたの。」
と、ブラシ一つ入れられない自分を嘆いていた。
俺も、庭や畑の手入れを手伝ったりしながら、魔素の無い空間を作り出す術のこととか、いろいろ勉強させてもらっている。
食事はほとんどノエルさんが用意してくれたけど、貯蔵庫から取り出したケーキに目を輝かせ、再現できないことを知ってとても残念がられた。
いつか、マスターにこの世界でのレシピを作ってもらってプレゼントしよう。
他人頼み?いいんだよ。俺じゃ絶対不可能だし。
そんな穏やかな日々。
なんだかんだと一月近くお世話になってしまった。
居心地が良かったというのもあるけれど、何よりもやっておきたいことがあったのだ。
ノエルさんから教わった魔素を感じ取る訓練のおかげで、家の中は完ぺきだけど、庭にはごくわずかな魔素が漂っていることを知覚できた。
この家を魔素から守っているのは、家の中心に置かれた1つの魔道具。
非常に希少な鉱石を使うことで永続的に機能しているそれは、その鉱石無しでは再現できない。
この魔道具を中心に魔素を押し出す効果があるのだが、他の鉱石では数日と持たずに砕けてしまうという。
貯蔵庫の物で何か代用できないかと試行錯誤していたのだ。
硬い金属代表オリハルコンを使ったら、まったく機能しなかった。
伝説の堅い金属の代名詞ともいえるオリハルコンだけど、ゲーム上では主原料が銅の合金だった。バグかなと調べてみたら、古代ギリシア・ローマの文献に登場する実在の金属らしくて、銅系の合金と考えられているそうだ。堅さより希少さが売りの金属。装飾品に使われてたと知ってちょっと幻滅したのを覚えている。見た目もなんか真鍮っぽい。一応ゲーム上はアダマンタイトに次ぐ硬い金属扱いだったけど、銅ではだめらしい。
ならばと、さらに硬いアダマンタイトで試したけど、起動はしたものの硬すぎるのかすぐに亀裂が入ってしまった。ゲームでは魔力を込めて鍛えた鋼(魔鋼)とミスリル銀で作った合金だったから、鉄か銀が軌道のスイッチってことか?
とかいろいろ素材を無駄にしまくりながら、結果的に目を付けたのが、メタルスライムのボディーだ。
もちろんこの世界にメタルスライムなんて存在しないので、貴重なエイルヴァーン製の素材だ。
説明書きに水銀のようなボディーと書かれていたからギリ銀なんじゃないかと。
いや、銀と水銀は全く別物だからギリでもなんでもなく完全別物なんだけどね。
"水銀のような"って注釈もあるから水銀でもないんだし・・・むりやりのこじつけ。
推定銀でありながら柔らかく弾力性のあるボディーなら、砕けることは無いだろう。
とはいえ術式を刻むことはできない。
色々考えたあげく、起動しないオリハルコンでカバーを作って、内側に術式を浮き上がらせる。そこにスライムボディーを押し込んで、流れ出ないように密封すれば、術式を刻んだのと同じことにならないか、という、半ば自棄気味な実験が成功してしまった。
庭の隅っこに簡易拠点を設置させてもらえたので、中で鍛冶作業もできた。
オリジナルは鉱石そのものが魔力の塊だったそうだけど、メタルスライムボディーにもオリハルコンにも魔力は無い。そこで、土砂降りの中仕留めたグレートベアの魔石を使う。
ノエルさんに何かあるといけないので、いったん外へ出てから、魔石をオリハルコン製のケースに入れる。ケースには全体に魔素を魔力に変換する術式が刻まれているので、魔石の魔素は一切漏らさず魔力として放出。その魔力で魔素を押し出す術式が稼働する。
オリジナルほどの出力は無いものの、家の前、庭の中心に置けば、広い庭のごく一部、玄関前の花畑程度だけど、わずかに漂っていた魔素を完全に取り除くことができた。
ノエルの手を取って、庭へ。
あぁ、泣かせてしまった。
ほんのわずかな空間だけど、家の外に出られたことに恐縮してしまうほど感謝された。
もっと研究して、いずれは庭全体、もっと遠くへ。
そう約束して、ノエルの家を後にした。
魔導地図があればまた来れる。
ボロボロ涙を流すウシオと北へ、森を抜けて街道に出よう!




