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23:村では

水曜日と土曜日、16時ごろ更新予定です。

よろしくお願いします。

 「矢を撃て!猿どもを近づけるな!」

 マルクの怒声が響く中、弓を持つ職人たちはヒエンの異様な行動に浮足立っていた。

 障壁はヒエンにとっては見えない壁だ。彼らの速度で木から飛び込んで衝突すれば、ただでは済まない。命を落とすか、大けがをしてボトボトと落ちていく。なのに、躊躇することなく次々に飛び込んでくる。異様な光景だった。

 戦いが始まった当初はこんな状況ではなかった。

 ヒエンが障壁の存在に気が付くと、しばらくは膠着状態が続いていたが、聞いたことも無いような咆哮が轟いた瞬間、態度が急変した。

 マナに手痛い攻撃を受けたデモンエイプの絶叫が、ヒエンを狂気に駆り立ててしまった。

 ハンターたちの矢も飛び込んでくるヒエンを撃ち落としていくが、ヒエンたちに圧倒されて有効打になっているとは言えない。完全に仕留めない限り、矢が刺さろうが、衝突で骨が折れようがお構いなしに突っ込んでくる。

 いくらデモンエイプに恐怖しているとはいえ、あまりにも狂気じみている。

 「狙う必要はない!とにかく撃ちまくれ!猿どもに気おされるんじゃない!」

 「一匹残らず酒代に変えてやれ!!」

 「矢をよこせ!ビビってる奴は下がれ!邪魔だ!」

 ハンターたちが鼓舞、叱咤するが、職人たちの動きは鈍い。

 無理もない、ハンターたちでさえ、体の震えを抑えられない。怒鳴り散らすことでなんとか気力を振り絞っている状態だ。

 障壁がある以上安全であることが分かっているのにこれだ。

 隙があれば切り込んでかき回してやろうと思っていたが、それどころではない。ルッツの犬たちも完全に怯えてしまって縮こまっている。あれでは普段の狩りですら当分使い物にならないだろう。

 放っておけば、勝手に自滅していく。だが、障壁も万全ではないと聞いている。一匹でも多く始末して不安要素は減らしておきたいが、効果が出ているとは思えない。

 それでもひたすらに矢を放つ。

 それくらいしかできないことを悔いながら。

 

 デモンエイプの絶叫は、ハンターやヒエンたち以外にも影響を与えた。

 「ユーキ君ごめん!あたし、やることあるから!」

 軟禁中のグロックを監視するために、診療所の玄関で待機していたが、絶叫を聞いたアオイは、診療所の玄関から飛び出して行ってしまった。

 「ユーコさん、追ってください。無茶させないように注意してあげて!」

 「了解なので~す。」

 弾丸のように飛び出していったアオイ。さすがにデモンエイプに突っ込ませるわけにはいかないからブレーキ役にとユーコを送り出したけど、その結果監視はユーキだけ。

 一人になってしまったユーキだが、むしろその方がやりやすいと思っていた。

 「二人には悪いけど、僕はやっぱりお前たちとの方が落ち着くよ。」

 そう言って、クマの頭をなでる。

 ユーキには心強い仲間がいる。アオンとクマとゴン、そしてユーキのコンビネーションはミッチリと鍛えてきた。プレイヤー相手は初めてだけど、自信はあった。

 「あのぉ、何かあったんですかぁ?」

 軟禁されているとは知らないグロックがドアの内側から声をかけてきた。

 すでにマスターの料理の虜だが、右足の骨折以外は応急処置が完了している。推測だけど、グロックの元ネタからすると自己回復も可能なはずだ。動こうと思えば動けるはずだけど、何もせずにおとなしくしていたことが不安だった。

 ちょっと揺さぶってみた方がいいかな。

 「なにか、襲撃されてるみたいです。グロックさんは、僕が守りますから。安心してください。範囲防御だけは得意なんですよ。」

 少し声を震わせてみたけど、どうだろう。怖がってるようにとらえてくれるかな。

 「範囲防御、それは心強いです。でも、それなら近くにいた方が良くないですか?これでもクラフトは得意なんで、壁くらいは作れますよ。」

 「ありがとうございます。でも、僕のゲームはテーブルゲームなんで、トランプをセットしている限りこの建物以外からの侵入、攻撃は一切無効化するんです。中から攻撃なんてされませんから盤石ですよ。」

 (シンさんから聞いていたテーブルゲーム系の戦闘手法をヒントに、外からは無敵、中からは無防備を装ってみたけど。)

 バキン!

 鍵をかけていたドアが、ゆっくりと開いていく。

 「すまないねぇ、坊や。クラフト系ってのは嘘なんだ。」

 開いたドアから、ゆっくりとグロックが出てくる。

 「スティールファンタジアって知ってるかな?知ってるよな。超有名なバトルRPGだ。」

 知ってるよ。

 僕も散々やったからね。

 君の姿でも何となく想像はついてたけど、まさか今更7作出てるうちの初期作をプレイしてたなんて、変装でもしてるのかと疑っちゃったけど。

 「そう言うわけで、君死亡確定だから。」

 言い終わるや、グロックはユーキに突進した。

 あぁ、そのモーション知ってる。グロウフラッシュ、主人公の上位スキルだ。

 「アオン、クマ、ゴン。」

 冷静に、3体に合図を出すと、クマが正面からグロックを受け止め、アオンとゴンがグロックの左右から襲いかかった。変装の可能性もあったけど、スティールファンタジアならと、ここに入った時から配置していた。

 「てめぇ・・・卑怯だぞ。」

 自分を棚に上げてよく言う。

 「君さぁ、嘘つくならもっとちゃんとしないとだめだよ。見た目、ほとんどまんまじゃない。超有名ゲームなんだからモロバレだって。髪色変えるとかさぁ、少しは頑張ってくれないと。」

 そもそも、自分がだましてるのに相手にだまされてるって疑わないなんて、そこから失格だよね。

 「くそっ・・・ま、まて。ちょっと、マジ死んじまう。まいった。降参するから。な。」

 馬ほどもあるアオンの牙が、首から胸までを完全にとらえている。

 ゴンも手を自由にさせないように短剣で床に縫い付け、完全に身動きが取れないようにしているし、クマの爪で両足は切断寸前。放っておけば、確実に出血多量で死ぬだろう。

 「スティールファンタジアってさぁ、バトルシーンが横スクロールの格闘RPGだろ?だから、横からの攻撃には対応できないだろうって思ってたんだよね。防御力も完全に防具頼みだし、魔法は一昔前のアニメみたいにポーズを決めなきゃならないんじゃない?なんで装備ばっちり固めてこないのさ。最初から思ってたけどさ。君、頭悪いでしょ。」

 すでに反論できないほど、グロックは憔悴している。ひょっとすると聞こえていないのかもしれない。

 「ずっと後悔していたんだ。あの時、シンさんをすぐ肯定できなかった自分に。村を出る覚悟までして手を汚してくれたのに、何もできなかった僕がなんてことを言ってしまったんだって。もう迷う気は無いよ。村を守るために、僕も覚悟を決めた。」

 誰に聞かせるでもなくつぶやくと、アオンをどかせた。

 すでに意識の無いグロックの前に立つと、ナイフを構える。そして、グロックの胸に、深々とナイフを突き刺した。

 ためらうことなく。

 アオンたちが一気にレベルアップして進化可能に。自分自身もランクアップしたことを知った。

 これが、シンさんを悩ませた高揚感か。

 今なら少しわかる。

 この高揚感におぼれてはいけない。

 (アオイさんの行った先はなんとなくわかる。もう一つにはたぶんスロークが行ってるだろうし、やっぱりシンさんのところに行くのが良いか?それともハンターたちのサポートに向かった方がいいだろうか。)

 正直、こんなに簡単に決着がつくとは思っていなかったので先のことを考えていなかった。

 (とりあえず進化だけさせて、その結果で有効に戦えそうなところに行こう)

 そうしてアオンたちの進化を優先させることにした。


 アオイが飛び込んだのは、シンが作った簡易な鍛冶小屋だった。

 すぐに飛び出すと、真っすぐ、わき目もふらずに森へ向かう。手には2本の剣のようなものを抱きかかえていた。

 「ありゃりゃぁ、やぁっぱりアオイちゃんったらぁ・・・。」

 頬に両手(前足?)を当ててくねくねする猫。

 「恋する乙女に横やり入れるなんて、ヤボヤボよねぇ。」

 そう言うと、森へ、アオイとは別の方向へ走り出した。

 「アオイちゃんが決めたなら、私も頑張らなくっちゃ。」

 

 ソンチョウ宅の裏、ゴブリンたちのキャンプには非戦闘員とともにソンチョー、クリフト、マスターがいた。

 ソンチョーとクリフトは戦闘手段が無いが、マスターは一応戦闘能力がある。魔法も範囲系のものがあるので、いざというときは対応できる。が、最悪なケースは村の放棄、逃走だ。3人がここにいるのは、そうなったとき村の再建に絶対必要だと判断されたからだ。

 最悪のケースを想定して、準備だけは進めていた。

 準備を進めることで、最悪のケースが近付いてしまうような気がして躊躇していたが、最悪の一歩先を見て準備を進めておくのが本当の危機管理だ。といったシンの言葉を思い出して踏み切った。

 「無駄な労力に終わるだろうけど、それでも戦っているみんなに不安を与えないようにしっかり準備を進めよう。後ろのことは全く気にせず、厳しくなったら無茶せずに逃げ込めるように。逃走の準備なんて辛いだろうけど、彼らが戻った時、少しでも安心できるように、頑張ろう。」

 人もゴブリンも、大人も子供も関係なく、必要最低限の物資を倉庫から出しては荷造りしていく。

 冬の逃走劇となれば、ゴブリンたちのテントも必要だ。急ピッチで解体が始まっていた。

 この行動が必要になるとは、誰一人思ってはいない。それでも、おろそかにするものはいなかった。

 (後ろのことはなにも気にしないで。どんな結果になっても、必ず守るから。)

 荷造りをしながらソンチョーは、誰にともなく誓った。

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