表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/129

2:黒い

ボッチ旅ですがよろしくお願いします。

青臭い臭いがする。

土の臭いも。

 風を感じる。

サワサワと、木の葉が揺れる音。

虫だろうか?チーチー、キリキリと鳴き声も聞こえる。

真っ黒な世界は変わらず、それでも自分が森の中にいるらしいことは理解できた。

少しすると、真っ黒な世界なのではなく、今が夜であることに気が付く。

何も見えないが、時折頭上に星のような小さな光が見える。

風で木の枝が揺らいで、隙間から空が見えるのだろう。

目が暗闇に慣れて多少は見えるようになるかと待ってみたけど、どうやら無理そうだ。全くと言っていい程光が入らない。時々星が見えるのだから多少でも月明かりが入ってもいいだろうに。新月なのか?まさか、この世界に月が無いってこともあるのか?

周辺に人の気配はない。自分一人のようだ。

今の状況が理解できると、植え付けられた知識が警報を鳴らす。この世界で夜の森は危険だ。肉食獣だけではない。この世界には魔物が存在する。

 だからと言って、何かできるわけではないことに焦りを感じる。

じっと、何も起こらないように、信じてもいない何かに祈りながら息をひそめた。

早く朝になってくれ。

とてつも無く長いかもしれない夜をたった一人で過ごす。

生まれてから今まで感じたことのない恐怖が、思考力を奪ってしまったかのようになにも考えられず、ただただ時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。


 自分がやっていたゲーム、エイルヴァーンRPG。

 シングルプレイのPC用ゲームで、発売後15年になる一人称視点のRPGだ。

リリース後はあまりぱっとしなかったが、5年後にメーカーがMOD(ユーザーによるゲーム改造プログラム)を公認した事で話題を呼び、その後長く親しまれることになった。

 ただ公認しただけでは話題性だけで終わっただろうが、素人でも作りやすいMODツールを用意したり、ツールで作ったMODを公開するためのサイトをメーカーが用意したりしたことで、短期間に膨大な量と質のMODが公開され、難しい操作も無く自分好みに変えられるという話題性からゲームの売り上げを5倍以上に押し上げた。

 それまでにもMODが多数存在するゲームはあったが、導入が難しかったり、MOD同士の相性の問題で苦労して導入しても使えなかったり、データが壊れてしまったりとハードルがあまりに高く、一部の愛好家だけが楽しむものだったのだ。

 キャラクターやモンスターの動きを自然にしたり、動きをオーバーにしたりといった、直接ゲームシステムに影響を与えないものや、アイテム、魔法やスキル、モンスターの追加といった小規模なもの、画像の美化、新しいダンジョンやキャンペーンシナリオの追加といった大規模なものまで、数百の素人、玄人入り乱れたクリエイター達による数万ものMODが、相性による問題も無く簡単に使える。そのことが長くプレイヤーを引き付ける原動力になった。

 実際、ゲーム本編以上のボリュームがあったオリジナルキャンペーンシナリオは、導入率90%を超える超人気作となり、当時学生だった製作チームはメーカーから好待遇で招き入れられたらしい。

 ツールの出来も絶妙で、プログラムを知らなくてもある程度作れるようになっていつつも、ゲーム性を壊しすぎないような制限がつけられていた。その制限をかいくぐって強力なアイテムや魔法、スキルを作り出すのがMOD職人といわれた製作者たちの腕の見せ所でもあった。

 自分はもっぱら利用するだけだったが、それでも10年以上プレイし続けたゲームだ。本来なら無双できるだけのレベルだったはずだ。

 レベル1、所持品無しならみんなと条件は同じ、ではない。

 自分の職業は、通常のランクアップではたどり着けない究極の職業、「超越者」だった。

 様々な条件をクリアした者のみがたどりつける究極の職業、という扱いだ。

覚えた事のある全てのスキルと魔法を、レベルが規定レベルに達するだけで、職業によるリスク無しで使うことができるようになったし、超越者専用のスキルや魔法もあった。

装備なども職業関係なくすべて使うことができて、さらにレベル上限の100を超えてレベルアップし続けられるというメリット盛りだくさんの究極の職業だ。

 ただし、デメリットもえげつない。レベルアップに必要な経験値が、最上級職の2倍、初級職「見習い」の10倍必要で、格上を相手にすることで得られる経験値ボーナスも一切無い。さらに、魔法やスキルの熟練度は過去に覚えたときの最大値のまま、それ以上成長せず、ステータスも平均的な成長をする「見習い」より多少良い程度。同じレベルの専門職には中級職にすら及ばないのだ。

 レベル上限が無く、成長し続けられるからこそオールマイティーに強化できる、しかしレベルはとにかく上がりにくい器用貧乏、といった超大器晩成職だ。

 コツコツ型の自分は、延々とレベル上げ、熟練度上げ、転職を繰り返し、全ての職業を経験した。さらに少しでも有用と思える全てのスキルと魔法を熟練度MAXまで育て上げてから超越者に転職、150までレベルを上げた。

上げたんだよ。

それがレベル1からって、あんまりだよ。

「ステータス」

 恥ずかしさもあって、ささやくようにつぶやく。

声に出すと、目の前に文字が浮かびだした。


氏 名:飯田 真一(48)

性 別:男

種 族:ヒューマン

職 業:超越者

レベル:1

経験値:0 次のレベルアップまで100

生命力:5 肉体的ダメージを受けると減る。0になると死ぬ

魔 力:5 魔法を使うと減る。0になると意識を失う

気 力:5 スキルを使うと減る。0になると意識を失う

筋 力:5 力の強さ。攻撃力などに関係

体 力:5 スタミナ。持久力などに関係

敏捷性:5 動きの素早さ

器用さ:5 手先の器用さやバランス感覚など

知 識:5 記憶力と知識量。魔法の発動や威力に関係

知 恵:5 頭の良さ。計算速度などに関係

魅 力:5 人を引き付けたり、友好に思われやすくなる

 魔法 :無し

 スキル:無し

 所持品:無し

 装 備:シャツ(服)・ズボン(服)・パンツ(服)・靴(服)肩掛けバッグ(袋)


が表示されている。

良かった。

最悪、見習いからやり直しかも、なんて思ってしまったけど、案内人はそこまで鬼ではなかったようだ。

悪魔だけど。

ステータスは「見習い」レベル1と同じ。

武器無し。

服も防具扱いではない。麻(?)っぽい肌触りのクリーム色に近い簡素な服だ。

初期装備と同じなのは肩掛けバッグだけ。

せめて初期装備程度は用意してくれよ・・・武器無しは不安すぎる。

う~ん、これならむしろ、見習いからやり直した方がレベル早く上がってよかったのでは?

超越者になるときは、1レベルからでも使える優秀な装備をガッチリ用意していた。当然、クラス変更の時はレベル1でも取り出せるように魔法のリュックに移し替えていたけど、超越者になってクラス変更の必要も無くなった今は貯蔵系スキルに押し込んでいた。

う~ん、それも無くなってるんだろうなぁ。まさか、スキルもすべて無くなってるなんてことないだろうな。レベル1ではスキルも魔法も使えない設定だから知りようがない。

不安だ。

何もない。

時間がたつごとに、ジワジワ不安と恐怖が大きくなってくる。

体が震えていることに気が付いた。

かなり寒いことに今まで気が付かなかったとは。

でも、震えは寒さのせいだけじゃない。

全くと言っていい程光が入らない闇の中、体を丸めてじっと朝が来るのを待った。

頼む、やはく朝になってくれ。


どれくらい時間がたったのか、ただただ長く寒い暗闇を震えながら耐えると、少しずつ周囲が明るくなり始めた。

周囲が見える、それだけで心の底からホッとする。

やっぱり森の中にいるようだ。

それも鬱蒼とした森の、かなり奥の方じゃないだろうか。どちらを向いても木しか見えない。

上を向くと、全く空が見えないほど枝と葉に覆いつくされている。

これは困った。

森の中にポツンと一人。

この世界の常識とやらを駆使してどうにかできないものか。と思うも、そもそもこの世界の常識ってどの程度のものなのか。何も思いつかないところを見ると、当てにならないかもしれないな。

手近な木を見る。

うん、わからん。

まぁ、自分も向こうの世界で近所に生えてる木が何か?って聞かれたら答えられないものの方が多いけど。

森でのサバイバル術は。う~ん、特に役立ちそうな考えは浮かばない。

与えられた知識って、ほんとに役立たないのか?それとも、俺の知識が5しかないから有用な情報が思い出せないのか?両方って線もあるよな。

サバイバル術も、出てくるのは向こうの世界で聞きかじったものばかり、ん?火のおこしかたを思い出そうとして火打石の記憶が思い出せたな。これは植え付けられた知識かな?いや、分からんな、テレビで見たことあったかも。

途方に暮れてしまう。何をどうしたらよいのか。もらった知識が予想以上に役に立たない。

そう言えば、ゲームでは空腹とかって要素なかったけど、ひょっとして食事はしなくていいのかな。んなわけないか。やっぱり水と食べ物は手に入れなきゃだな。

MOD(改造プログラム)で職業“料理人”を追加して調理スキル熟練MAXまで上げたけど、食事の効果はいろんなバフが付くってもので空腹値とかはシステムに無かったんだよな。

 そもそも、MODが有効とは限らない。むしろ無効の可能性のが高いか。

 はぁ。

他の人たちはどうなったんだろう。

みんなこんな状況なのかな。それとも町とか城とか、好待遇でウハウハなやつとかもいるのかな。

そんな奴いたら爆ぜろ。

 話のタネに買ったくそ高い自販機ラーメン食っとけばよかったなぁ。いつか作ろうと思って冷凍庫に入れっぱなしだったんだよなぁ。本体(?)が食うだろうから無駄にはならないけど。なんかもったいない。

 現状の対策を考えるはずが、どんどん思考が逸れていく。

 良くないよね。こういうのって。

とにかく動こう、と思い立ったのは、のどの渇きを感じてからだ。のどが渇くなら腹も減る。やっぱりゲームじゃないよな。あ、トイレ(大)はどうしよう。

なんか、すぐ思考が逸れるなぁ。

すぐ脱線するのは知恵が低いせいだ。きっとそうだ。

 そうだよね?

自分をごまかしながら、とにかく歩く。一応まっすぐに、なんとなく目線の高さの枝を折りながら。

目印としてだけど、これはどっちの知識だ?なんか混乱してくるので考えるのをやめた。

一応食べられそうなものがないかも注意していく。

ゲームでは採集可能なものは近づくと光ったりするんだけど、そんな気配は全くない。

鑑定系のスキルはレベル2から解放するけど、できれば商人レベル30で覚える詳細鑑定を開放したい。最初に覚える“見立て”だと名称だけしか分からないし。

レベル30かぁ。先が見えないよ。

一応足元の草を採ってみたけど、雑草、としか記憶にない。

役に立たない知識め。

う~~ん、これ、ハードモードがすぎるぞ。

捨てて再び歩く。

所持できるアイテムは初期値で10枠。所持品のバックに入れられると思うけど、バックより大きいものはどうなるんだろう。まさか、リアルにバックに入るものだけってことないよな。

装備した物は別枠だし、物によっては10個までスタック(1枠にまとめる)できるはずだけど、無駄なものを入れる余裕はない。最大20枠拡張できるバックパックや大きなものでも入る魔法のリュックが手に入らないかぎりは余裕を持たせておかないと。

とにかく歩く。

しだいに空腹を感じるようになって、なりふり構わずにいろいろなものを取って試していくようにした。

どうやら、植え付けられた知識とやらは記憶の中に辞書のような形で入れられているらしい。

ちょっと変わった形の草を採ったとき、ふと「ハカナ」という名前が浮かんだ。

小さな蘭のような花を咲かせる草で、生育の良いものは町などで売られていることがある。という知識を思い出した。実際に触れたり、あることについて考えたりすると、辞書を引くように「思い出す」ようだ。

あぁ、あの悪魔、たしか“常識くらいは”って言ってたな。

森でのサバイバルは常識じゃないから与えられてないってことか?。

っていうか、よく考えたら常識ってなんだよ。

貨幣基準とか、直接考えると思い出せる。その中には、危険なので森には入らない。どうしても入るときは戦える者が複数で、日中だけか慣れた護衛を雇うべき。夜を明かさなければならないなら、街道沿いに設備された小屋を利用すること。などなど、いろいろと思い出せた。いきなり夜、森の中に放り込まれたなんて非常識はありえないこと。

 だから知らないのか?“常識”じゃないから。

いわゆる一般人としての常識ってことか。

くそ、きっちりと悪魔してやがるなぁ。

せめて冒険者とかの常識なら、ん?

なんてこった、冒険者、存在しないんだ。

ギルドも無いんだね。あ、勇者も魔王もいないや。

あ~、マジで何のために呼び出されたんだよ。

とりあえずもう、そこらへんはもっとゆっくりできるようになってから考えよう。モチベーションが保てない。

こぶし大の石やちょっとした枝などは、何かに使えるかもしれないのでスタックできる最大量まで確保する。

安っぽい肩掛けバッグに入れると、ステータス画面の所持品欄に表示された。量的にバッグに入りきらない量や長さでも、一応入るようだ。1mほどの枝もすっぽり収まった。ただし、バックの口より大きいものはだめだった。

中をのぞくと、ギチギチにつまった石と枝が見える。実際より小さく見えるな。

確かゲームでも、初期バッグには鎧とか盾みたいな大きなものは入れられなかったよな。

 一応ゲームと同じ仕様なのにちょっと安心。

歩きながら、実のようなものはすべて採ってみる。ほとんど“知らない”ものばかりだけど、とりあえず割り、舐めてみる。酸っぱかったり、渋かったり、たまに甘みを感じたり。ただ、どれもエグみが強くてとても食べられたものじゃなかった。

で、思い出した。

非常に残念なことに、強いエグみはこの世界のあらゆる食べ物にあるらしい。

理由は“知らない”が、すべての食材に強いエグみがあり、この世界の料理はエグみを和らげることが最も重要らしい。

 エグみを美味しいとする世界じゃなかったのはよかった。

大量の水で煮込むと多少エグみが取れるらしく、この世界の食材はまず水で煮込むことから始まる。長時間煮込んで水気を切ったものか、さらにそれを干して乾燥させて初めて食材になる。

エグみの正体は灰汁(あく)の強化版みたいな感じなのかな。

いかにエグみを和らげるかが料理人の腕の良し悪しになるらしい。

エグみはあるけど何とか食べられる、味は二の次って料理ができるとプロ級、それにかろうじて美味さを感じさせられるようになって名人級、エグみをかなり抑えた上で美味いと感じさせられると宮廷級と。エグみはどうやっても切り離せないらしい。

 宮廷級料理人の料理は、王族でもなければ生涯縁がない。一般人の食事は、基本我慢して呑み込んで腹を満たせれば良い、といったものだ。

 それと、エグみをごまかすためにこの世界の料理はとにかく味が濃すぎるらしい。

食材も、同じ種類でもエグみが少ないほど価値が高く希少で高価。

 貴族でもなければ一生口にすることができないような超高級食材だとしても、かなり手をかけなければならないほどにエグみはしつこいようだ。

つまり、名も知れぬ、一口頬張るのに決死の覚悟が必要な実も、実はちゃんとした食べ物の可能性が高い。

あ~、この世界でやっていける気がしないんだが。

一応甘みを感じるものだけバッグに入れたけど、普通に時間経過で劣化して(腐って)しまうのでいつまでもつか。

 う~ん、果物なら4~5日はもつかなぁ。

キノコもそこかしこに見つかるけど、怖くて手が出せない。食用だと“知識”で分かったとしても、向こうで食用とよく似た毒キノコ食べて救急搬送とか、たまにニュースで見たし、やっぱり怖いよな。

後は水分だけど、幸いにもなんとなく引きちぎったツタからボタボタと水が出てきた。

 向こうで見たテレビ番組で、ジャングルでの水分補給に水を蓄える性質のあるツタかなんかを切って飲んでいた。たぶん同じような性質の植物なんだろうな。

一瞬、おなかを壊すかも、という疑念も浮かんだけど、背に腹は代えられない。しっかり水分補給した。

遭難時で一番怖いのは腹下しだって聞いたことがあるような気もするけど、脱水で死ぬよりは長生きできそうな気もする。水分とらないと2日で死ぬとか言ってなかったっけ?

ツタの形はしっかり覚えておこう。

のどが乾いたらとりあえず同じツタを探せるように。

この後あたりが暗くなり始めるまで歩いたけど、森を出ることも、道らしき場所に出ることもできなかった。思っていたより歩けたけど、さすがに足が棒のようだ。

小動物はいても、捕まえるどころか逃げる音で気が付くのがせいぜいだった。

ま、捕まえたからと言ってレベルが上がるほどの経験値にはなりそうにないし、解体するすべもない。自分にグロ耐性があるかも不明だしね。

あ!

ここで大変なことに気が付いた。

火、どうしよう。

“知識”の回答は、火打石を使う。

 無いわ!そんな文明の利器。

なんか、“知識”なんておこがましいよな。ほとんど役に立ってないじゃないか。まぁ、危険な森に準備もせず一人なんて非常識だからだろうけど。

でも認めません。

お前は今から“常識”だ。“知識”に戻りたければ頑張りたまえ。

何を?とか聞こえてきそうだな。

また無駄なこと考え出してる。

木の枝を手でくるくる回して板にこすりつける方法は、よほどの熟練者でもなければ何時間かけても火はつかない、って、テレビで見た。やったことは無い。

紐で組み合わせて回転を上げる?紐がないし、そもそもどうやって紐を巻くのか知らない。

服を裂いて紐を作る?こんな原始的な服、ひもにできるように引き裂く自信はないし、ちゃんと紐になるかも不安。下手すればビリビリバラバラにしかねない。却下。

火打石を手に入れる?家にあるのが当たり前でどうやって手に入れるのか“知らない”。

役立たず!

くそ、なんでレベル1でスキルも魔法も無いんだよ。魔法系だってあらかた取ってるんだからファイヤくらい使えたっていいじゃん!

なんてやってるうちに、あたりはどんどん暗くなっていく。

やばい!

とにかくレベル上げなきゃ。2になれば魔法が解禁される・・・ん?。

だめだ・・・レベル2で使える魔法は“ライト(明かり)”と“マジックミサイル(魔法の矢)”だ。火はつかない。

そもそも、ここに落とされてから魔物を見ていない。これでどうやってレベルアップしろと?

クソゲーかよ!

夜が来る。

何も解決しないまま迎える2度目の夜。

あわてて手近な木に登った。

木登りなんかしたことないけど、何度かずり落ちながら必死に、4mくらいの高さにあるしっかりした枝にまたがる。

意味ないかもしれないけど、地面より少しだけ安心できる。

昨夜の場所より空が開けているのか、月の光が差し込んで周囲の様子が見える。

「月ってこんなに明るいんだ。」

声に出ていたことに驚いた。

安心したのか、急に眠気が襲ってきた。

眠い。でも眠っちゃいけない。

バランス崩して落っこちたら大けがだ。こんなところで大けがしたら、即、ゲームオーバーだ。

気温も急に下がってくる。日中は割と暖かかったし、歩き詰めだったから忘れていたけど、昨夜はかなり寒かったんだよな。

ウトウトしては頬を叩いて眠気と戦う。

何かで体を固定出来たらな。少しは眠りたいよ。


ガサガサ

睡魔との何度目かの格闘の後、すぐ近くの藪が動いた。

目を凝らすと、茂みからずんぐりと丸い何かが出てくるところだった。

ゆっくりノソノソと近づいてくる。

4本足で動いていたそれが、上っている木のすぐそばでまで来ると、ヨロッと立ち上がる。

丸っこいフォルム、短い手足、大きな鼻。

カワイイ。

昔テレビで見たオーストラリアの動物、ウォンバットに似ている。

「リルベア」 -体長40cm(立ち上がると1mほど)ほどの魔物。獰猛。

それだけかよ!

“常識”が一般人の常識の範疇しか教えてくれないってわかってても、もうちょっと・・・ねぇ。

とにかく、かわいく見えても獰猛な魔物らしい。

まんまるおメメがかわ、じゃない、しっかりロックオンされている。

緊張感が高まる。

心臓の鼓動をはっきりと感じる。

ゆっくりと、刺激しないように座っていた枝の上に立ち上がった。

バッグに詰めた石を1個取り出す。

武器になりそうな頑丈な棒を探しておけばよかった。

いまさら後悔しても遅い。

リルベアが木を登り始めた。

ノソノソと、不器用に上ってくる。

あ、なんかカワイイ。

いかん!かわいくても獰猛な魔物だ。うん、魔物だ。

狙いをつけて、石をリルベアに投げつけた。

ゴッ

ンギッ

 石は頭にクリーンヒット。したけど、リルベアは小さな鳴き声(?)を上げただけで意に介さず上り続ける。

 2個、3個、なりふり構わずに石を投げ続ける。最後の1個を手に取った時、リルベアはもう足元に来ていた。

 鋭い爪が足元の枝にかかる。

 「ひっ」

 慌てて石を投げつけようとして、バランスを崩した。

 「うわぁっ」

 定番の叫びをあげると、リルベアを巻き込んで枝からころげ落ちる。

 ぐえっ

 運よくリルベアの腹の上に落ちた。自分のダメージはほとんどない。

リルベアはひっくり返った状態でグテッとしている。

4mとはいえ、背中からもろに落ちたところに、自分が腹の上に落ちて来たのだから、さすがにそれなりのダメージを食らったらしい。

打ちどころも悪かったのかもしれないけど。

最後に投げつけようとしてそのまま持っている石をリルベアの顔面にたたきつける。何度も何度も、血が飛び散るもの構わずに、ただただ全力で打ち付ける。

石を持ち続けられずに落とすまで続けた。

全身がガクガクと震えている。

初めて、動物を殺した。

夜でよかった。

返り血でぬれた腕も、顔も、ピクリとも動かなくなったリルベアの頭も、暗くてよく見えない。

違う、見えないんじゃない。

見れないだけだ。

震えが収まらない。

ただその場でうずくまって、震えていることしかできなかった。

どれくらいたったのか、少し落ち着いてきた。

複数の何かが近付いてくる音を感じる程度には。

血!

臭いで魔物が来る!

思うが早いか、一目散に走りだした。

とにかく走った。

すぐ後ろから魔物が追いかけてくるような気がした。

ただただまっすぐ前だけを見て走った。

木の根に足をとられ、小さなくぼみにもんどりうって、それでも走った。

何度目だろうか、根に足を引っかけて転がると、もう動けなかった。

荒い呼吸音が夜の森に響く。

静かにしなきゃいけないのはわかっていても、呼吸音を抑えることができなかった。

やっとのことで仰向けになると、とにかく呼吸を整えることだけに集中した。

空が見える。

木に半分さえぎられているけど、見える空には、写真でしか見たことがないような星空があった。

生き残った。

まだまだ2度目の夜は長いだろうけど、とりあえず生き残った。

無性にうれしくなった。

荒い息を整えながら、木々の隙間から見える星空をボーっと見ていた。

落ち着いてきたころ、吐いた息が真っ白なことに気が付いた。

体が冷えて来た。

 寒い。

 あぁ、今、汗でびっしょりだ、風邪ひいちゃうな。

とはいえ、火を起こす手段がない以上、体が冷えすぎないように動くしかない。

疲れ切った体を無理矢理起こすと、弱音を吐く体に鞭打って一歩一歩、歩き出す。

疲れ切ってぎこちない動きも、しばらくすると不思議なもので、楽に歩けてくる。

余裕が出てくるとやっぱり気になってきた。

魔物1匹、変化はないだろうけど。

一応ステータスを見てみる。


氏 名:飯田 真一(48)

性 別:男

種 族:ヒューマン

職業 :超越者

レベル:3

経験値:382  次のレベルアップまで118

生命力:12/15  肉体的ダメージを受けると減る。0になると死ぬ

魔 力:15  魔法を使うと減る。0になると意識を失う

気 力:15  スキルを使うと減る。0になると意識を失う

筋 力:15  力の強さ。攻撃力などに関係

体 力:1/15  スタミナ。持久力などに関係

敏捷性:15  動きの素早さ

器用さ:15  手先の器用さやバランス感覚など

知 識:15  記憶力と知識量。魔法の発動や威力に関係

知 恵:15  頭の良さ。計算速度などに関係

魅 力:15  高いと人を引き付けたり、友好に思われやすくなる

魔法 :ライト(MAX) マジックミサイル(MAX) マジックシールド(MAX) 

スキル:強撃(MAX) 応急処置(MAX) 見立て(MAX) 警戒(MAX) 簡易貯蔵庫(MAX)

所持品:木の枝(10) 赤い実(6) 丸い実(3)

装 備:シャツ(服)・ズボン(服)・パンツ(服)・靴(服)肩掛けバッグ(袋)


!?

レベルが3になってる?

ゲームで検証したときは、レベル5の魔物を倒しても1匹じゃレべルは上がらなかったのに、いきなり3?

リルベアって相当な強さだったのか?

経験値300オーバー。職業上格上相手のボーナスは無いから、リルベアは最低でも10レベルに相当するようだ。ゲームだったら、どれほどの強運に恵まれても絶対に勝てないレベル差だ。たとえ相手が動かずに、攻撃し放題だったとしてもダメージ0がむなしく続くだけ、現実だからこそ勝てたってことか?弱点か何かを運よくつけたとか?

あいかわらず”常識”さんは何も知らない。

そうなると、どれだけ強くなっても、簡単に殺されることもあるんだろうなぁ。

ゲームとは違う。

ここはちゃんとした現実の世界なんだ。

ちゃんと認識しなきゃな。

“常識”さんの覚えている限りは、この世界にレベルやスキルは存在しない。

魔法も、“常識”さんの中には無い。魔法使いがいるってことは知っているけど、見たことは無い。レベルアップで自動的に覚える、即使えるということもない。

ゲームの概念を持つ自分自身はこの世界にとって異質なんだ。

気を付けないと。

人里に出るにしても、後追いで思い出す知識ではトラブルを回避できないかもしれない。先によく考えて、この世界の常識を“思い出しておかないと”いけない。

 と、その前にまずは自分自身だ。

 レベル3になったことで、初級職の魔法やスキルが開放された。

 初級職は、見習いでレベル10になると転職できる、戦士・魔法師・斥候・労士 の4つだ。

 さらに初級職でレベル30になると中級職に、中級職で60になると上級職に、上級職で80になると最上級職へランクアップできる。

それぞれ1~4種類の選択ができるようになっているため、全職業数は80種を超える。4種の初級職からランクアップしていける職業をまとめて戦士系統とか魔法師系統とか呼ぶが、系統をまたがって職業を経験しないとつけない特殊職などもあり、かなり複雑化している。その上自分は、MODの追加職業も10種類ほど導入している。

 一応すべての職業を、かなり高レベルまで、上級職以上にいたっては100レベルまで上げていた。うん、自分のことながら無駄な時間の使い方だよな。

 実際、攻略情報サイトではいかに有益なスキルを確実に取って効率的に超越者になるかの考察でにぎわっていたものである。

 超越者になる条件は、初級職の戦士、魔法師、斥候、労士、4つの系統ごとにそれぞれ1つ以上、最上級職を経験することと、直前に最上級職レベル100であることだ。

 なので、すべての職を経験する必要もレベル100にする必要もない。最短で目指そうとするなら、見習いは10まで、中級職は30までと、ランクアップする最低限で条件は達成できる。最上級職ですら、転職直前の1つ以外はレベル80でも条件をクリアできるのだ。

ただそれだと、非常に中途半端で使い物にならない超越者になってしまう。最大の利点、過去に覚えたことのある魔法とスキルを専業職並みに使える、が生かされないので、有益で強力なスキルや魔法が使えないことになる。そこで効率的な転職手順が話題性を呼んだわけだ。

ランクアップした時レベルは保持される。レベルさえ満たせば同系統のスキル、魔法は使用できるが、専門職に比べて1ランク性能が落ちる。ランクダウンさせるときは初級職のレベル1からやり直しになる。

系統を変更する場合も、初級職レベル1からとなる。他系統の魔法とスキルは、系統ごとにそれぞれ5つまで持ち越すことができるが、性能は専業職より2ランク落ちる。

今回開放されたスキルは、レベル22で覚える、斥候の“応急処置”、労士の“みたて”。レベル3で覚える戦士の“強撃”、斥候の“警戒”、労使の“簡易貯蔵庫”・・・これはMODで導入したスキルのはずだけど、表示されてるってことは使えるのか?

試してみる必要はあるけど、追加で入れたMODは有効ってことか、ありがたい。

魔法は、レベル2で覚える魔法師の“ライト”、“マジックミサイル” 、レベル3の“マジックシールド”。

熟練度がどれもMAXのままなのもありがたい。これならマジックミサイルでもそこそこ戦える。

魔法は魔力を消費する。

“ライト”は簡易的な明かりで熟練度がMAXでも松明程度の明るさ。

“マジックミサイル”は魔法の矢。威力は弱いけど、高速でまず外すことがないし、消費魔力も少ない。熟練度によって矢が増え、MAXなら一度に5本放つことができる。魔力を追加消費することで威力も強化できるけど、今の魔力量だと追加は難しい。

“マジックシールド”は、半透明の盾を作り、手の届く範囲なら自由に動かすことができる。熟練度によって強度が変わる。MAXならよほど実力差がない限り破壊されることはない。ゲームでは操作に慣れが必要な魔法で、熟練上げ以外ではあまり使った記憶がない。

スキルは気力を消費する。

“強撃”は攻撃時に1回だけ大幅に補正が付く。気力を多く使うし、外すと解除されるので確実に当たると判断したときにしか使えない。

“応急処置”は生命力を少しだけ回復できる。気力を消耗しないけど、一人に対してのクールタイム(スキル使用停止時間)がかなり長く、重ねがけができない。

“見立て”は、アイテムの名前をざっくりと判断できる。簡易版の鑑定で、熟練度MAXでも分からなかったり外すことがあるのであまり役に立たない。

“警戒”は、半径10+熟練度+レベルmまでの敵意を感知する。レベル差が大きかったり、隠密系のスキルを保有している相手は感知できなかったりする。戦闘経験のある個体は識別できるけど、ゲームでは 戦闘=倒す なので役に立った記憶は無い。

“簡易貯蔵庫”は、MODで導入したものでゲームには本来無いスキルだ。商人系統の職業がレベル30から覚える第一~第四までの4種類の貯蔵庫スキルを労士でも、低レベルからでも使えるように簡易化したスキルで、公開されてしばらくはスキル部門でダウンロード数1位固定になったほどの人気MODだ。

枠は10~30、熟練度によって変わる。容量が小さく、第一貯蔵庫と同じ仕様(時間で劣化するアイテムの劣化速度が通常の2倍)の小型版第一貯蔵庫と言えるものだ。劣化が速いため食料や簡易ポーションなどの時間で劣化するアイテムは入れられないが、バッグよりも大きなもの、鎧や大型の盾も入れられるのが人気の理由だ。ま、大きさに制限はあるけど。

諦めていたMODが有効らしいってことだけでもありがたいことだけど、できれば中身も無事であってほしい。

ちょっとドキドキしながら簡易貯蔵庫を使う。

すると、目の前に木製のドアが現れた。

「おおぅ」

変な声が出た。

ゲームではこんな演出なかったけど。

人前や町中では使いにくいな。

ドアを開けると、その先には物置のような空間が。

緊張しつつも入ってみる。4畳半くらいの小さな部屋には、剣や鎧、木箱などが置かれている。

「やった。中身はそのまんまだ。」

悪魔は結構いいかげんな性格らしいな。

メインの枠に入っているアイテムや装備していた物だけを消して、スキルにしまったアイテムは手付かずとは。他のゲームから来た人たちから恨まれそうだ。

とはいえあくまでも簡易貯蔵庫。入れてあるのは初期の頃に手に入れてすぐに使わなくなった微妙装備とかだ。

ゲームで装備していた最強装備は消えてしまったし、重要なものや貴重品は時間劣化が無い第3貯蔵庫に入れてあるから、レベル70まではお預けだ。さらに移動用などの大型アイテムは第4貯蔵庫にしか入らないので、レベル90にならないと解放されない。

さて、ここには何を入れたかな。


ショートソード(攻撃力+2・命中補正+1)

レザーアーマー(スタミナ回復+10%)

ハンドアクス(木材採取速度+10%)

ピックアクス(鉱物採集速度+5%)

解体用ナイフ

牛革の背負い袋(収納枠20、スタッグ30)

ショートボウ(命中補正+2)

鋼の矢20本

ロープ(10m)


とりあえずこれだけを取り出して装備する。

ゲームだと一瞬なんだけど。思ったより鎧の装着が面倒くさい。

火をつける道具はない。ゲームでも無かったしなぁ。松明も使えば自動でついたし。

できれば朝までこの中にいたいけど、もしドアが壊されたらどうなるか。考えたくもないので外に出る。

周囲はまだ暗い。

少し考えてから、“ライト”を使った。

頭上にぽぅっと、白い光の玉が浮かびあがる。

危険より明るさを選んだ。

装備を整えられたことで気が緩んだのかもしれない。

歩き出す。

初めての戦いの場所から少しでも離れられるように。

“警戒”も使いながら、夜の森を歩く。

不思議と眠気はない。あれだけのことがあったからだろう。まだ頭は興奮状態なのかもしれない。

鎧のおかげか、レベルが上がったからか、寒さもあまり感じない。

バッグから赤い実を取り出して、覚悟を決めてかじる。

口の中に、かすかな甘みと全身に震えが走るようなエグみが広がる。

無理して呑み込む。

2口目は、かなり躊躇しながらも頑張った。

一口ごとに気力を消費する。こんな食事は初めてだ。

1個食べきるのにかなり時間がかかった。

途中で水の出るツタが見つからなければ、半分で断念してただろう。水で無理やり流し込んだ。

「はぁ。カップ麺食いたい。」

食は大事だな。エグみのおかげで空腹感はまぎれた(というより当分何も食べたくない)けど、この先も希望が持てない。この世界の食べ物はすべからく、エグみが付いてくることを知ってしまっただけに。

トボトボと、それでも止まらず歩けた自分を褒めたい。

朝、手近な木に登ると、ロープで体を縛って軽い仮眠をとった。

尻と腰が痛い。クッションほしいな。

再びあてもなく歩き出した。

歩きながら、赤い実を何とか胃に押し込む。

水が豊富なら、細かく切って流し込めるのに。

あぁ、兜があったらそこにためて持ち運べたかな。汚いか。

そもそも、水袋がないっておかしいよな。(テーブルトーク)RPGなら必須アイテムなのに。

そうこうしていると、ちょっとした崖に差し掛かった。

下をのぞいてみると、2mほどの落差があるようだ。その先が川ならよかったけど、開けた草原が少しあるだけでその先もまた森。ひょっとして、森の奥へ奥へと向かってしまってるんだろうか。

どさりと腰を下ろして足を投げ出す。

「希望をください」

口に出しても誰も答えてはくれない。

ボーっと崖の下を眺めていると、少し先、森の境界付近で1体の動くものが。

とっさに体を伏せて隠れる。

よく見ると頭に浮かぶ ゴブリン だ。

自分のイメージと違ったので若干戸惑ったけど、“常識”さん、嘘まではつくまい。

周りの木と比較するとたぶん、身長130~140cmくらいの人型で、腰にぼろを巻いただけの裸の魔物。緑のイメージが強かったけど、褐色の肌で細マッチョな体つき。頭はハゲ・・・ではなく髪の毛ボサボサロングヘア―。ファルシオン、というのか、幅広で片側だけが大きく膨らむように湾曲した剣を持っている。錆なのか血なのか、赤黒く変色している。

あれで切られたらちょっとでも破傷風とかなりそうだな。

ゲームならそんな心配ないんだけどなぁ。

人と大きく違うのは耳で、大きくて先端がとがっている。鼻が低くて目も大きいけど、個体差もあるし・・・うん?耳、目、鼻はゴブリンの特徴だと“常識”さんが教えてくれた。

距離があるし、相手はこちらに気が付いていない。

やれるか?

ゴブリンまでは目測で20mほど。マジックミサイルの射程内ギリギリだと分かる。

もしだめでも、この距離なら逃げられる。

集中すると、五本の光る矢が目の前に浮かび上がった。

10cmほどの長さの短い矢。

ゴブリンに狙いを定めると、音もなくゴブリンめがけて発射された。

瞬きする間に5本の矢すべてが命中し、ゴブリンは声もなくその場に倒れて動かなくなった。

仕留めたことにホッとする。

ガサガサっ!

ゴブリンがいた奥から3匹のゴブリンが飛び出してくる。

1匹が倒れたゴブリンを一瞥すると、まっすぐこちらへと駆け出して来た。

一瞬遅れて残りの2匹も続く。

速!

慌ててマジックミサイルを放つ。

光の矢は5本とも先頭の1匹に命中して即死させる。

3度目のマジックミサイルは失敗した。

マジックミサイルを使った後、次に使えるまでに5秒間のクールタイムがあることを失念していた。矢の形になる前に砕けて消えた。

みるみる近づくゴブリンに背を向けて、全力で逃げ出した。

ゲームではゴブリンは見習い5レベルで対等の相手だ。“強撃”スキルと少しいい装備があるとはいえ、初めての本格的な接近戦で2対1は勝てる気がしなかった。

ゴブリンがあげているのか、ギィー!だとかギグェー!だとか不気味な声が追いかけてくる。

怖い。

一目散に逃げだしたのが良かったのか、走れなくなるころには追いかけてくる気配も感じられなくなっていた。

逃げきれたかな。

息を整えると、崖とは反対方向に歩き出した。

 なんか、なさけないなぁ。

 よく考えてみれば、2mの崖の上にいたんだから、ひょいとは上がってこれなかっただろうに。

 みじめだ。

トボトボと歩きながらステータスを確認する。


レベル:3

経験値:402  次のレベルアップまで98

生命力:15/15  肉体的ダメージを受けると減る。0になると死ぬ

魔 力:6/15  魔法を使うと減る。0になると意識を失う

気 力:10/15  スキルを使うと減る。0になると意識を失う

筋 力:15  力の強さ。攻撃力などに関係

体 力:2/15  スタミナ。持久力などに関係

敏捷性:15  動きの素早さ

器用さ:15  手先の器用さやバランス感覚など

知 識:15  記憶力と知識量。魔法の発動や威力に関係

知 恵:15  頭の良さ。計算速度などに関係

魅 力:15  高いと人を引き付けたり、友好に思われやすくなる

魔法 :ライト(MAX) マジックミサイル(MAX) マジックシールド(MAX)

スキル:強撃(MAX) 応急処置(MAX) 見立て(MAX) 警戒(MAX) 簡易貯蔵庫(MAX)

所持品:木の枝(10) 赤い実(3) 丸い実(3)解体用ナイフ

装 備:シャツ(服)・ズボン(服)・パンツ(服)・靴(服)肩掛けバッグ(袋)・牛皮の背負い袋(収納枠20、スタッグ30)

ショートソード(攻撃力+2・命中補正+1)・レザーアーマー(スタミナ回復+10%)

ハンドアクス(木材採取速度+10%)・ピックアクス(鉱物採集速度+5%)・ショートボウ(命中補正+2)・鋼の矢20本


経験値は20点。ゴブリン2匹分が加算されている。

マジックアローの消費魔力が3。しっかり失敗分も消費されている。気を付けなければ。

1匹しか見えなかったからと油断した。

ゴブは1匹見たら30匹はいると思えって格言(?)もあるのに。

ただただ歩き続けて、暗くなると木に登って寒さと恐怖に耐え、朝方仮眠をとった。

いったい、どこに向かっているんだろう。

無性に人に会いたい。

何でもいいから会話したい。

もっと有益なことを考えないと、と思いつつもうまくいかず、さみしさだけを膨らませながらただただ歩いた。

日が陰り始めたころ、茂みの奥にリルベアを見つけた。木の実に夢中だ。

今ならひょっとして・・・。

衝撃の2レベルアップが頭をちらついたのは否定できない。

ショートソードを抜くと、速攻でマジックミサイルを打ち込む。

グギィッ!

短く鳴き声を上げたリルベアが、こちらへ振り返ると、ドタドタと音を立てて迫ってくる。

ちっ!

舌打ちをすると、ショートソードを両手で頭上高く振りかぶり、全力で目の前に迫ったリルベアにたたきつける。

ボスッ

鉄の棒で土をたたいたような鈍い音がすると、両手に衝撃が走って思わず剣を落としてしまう。

両腕がしびれている。

「かた・・・。」

かろうじて剣の跡にスジが、毛皮についているだけで、肉どころか皮すらまったく切れていない。

やべぇ。

背中が木にぶつかるまで、飛ぶように10mほども後ずさっていた。

石で息の根を止められたから、マジックミサイルでなら、無理でも剣で追撃すれば勝てる、なんて甘く思ってしまった。

武器を。

ベルトに差し込んでいたハンドアクスを構えようとしたが、手間取ってうまくベルトから外せない。思ったより腕のしびれが強くて力が入らない。

少しでも冷静なら、ハンドアクスはあきらめて逃げる。

冷静じゃなかった。

うまく動かない手で取り出そうとあがく。

リルベアが近付くほど焦りが強くなる。

動きは遅い。人が小走りする程度が全速力のようだ。今なら逃げ出せる。

その時、運悪くハンドアクスがベルトから外れた。

「うわぁぁああぁあ!」

迫るリルベアの頭にハンドアクスをたたきつける。

ゴスっ

腕に走る衝撃。でも今度は手放さない。

「くそお!」

さらに強い攻撃を、と、無意識に真上に飛び上がった。

ガリッ

足のあった場所をリルベアの爪が薙ぎ、背にしていた木の根元付近がゴッソリと無くなった。

ジャンプして全体重を乗せたハンドアクスを、リルベアの背にたたきつける。

ボスッ

足が地面についた瞬間、ハンドアクスを放り出して逃げた。

切れていないのは手ごたえで分かった。

分からない。

硬すぎる。

なんで切れない?

なんで前は石で殺せた?

耐刃毛皮?

レア個体?

別種?

あの短い手で、どうやってあの木を削った?絶対届かない。

メキメキという音、さっきの木が倒れたんだ。

スキルなのか?

いや、この世界にスキルの概念はない。はずだ。“常識”にないだけで実際はあるのか?

何も分からない。

分からないから怖い。

リルベアの気配がなくなるまで走り続けた。

焦燥感が強い。

なんか、逃げてばっかりだな。

無性に自分がみじめに感じた。

この先もずっとこうなんだろうか。

走るのをやめても足は止めずに歩き続けた。

日がすっかり暮れたころ、ようやく、道らしき場所に出ることができた。

踏み固められ草もまばらな土の道に。

獣道というには広いしまっすぐだ。

たぶん人の道だ。そうに違いない。

勝手に決めつけたくなるほど待ち望んだ人の痕跡。

素直にうれしい。

「さて、どっちに行こうかな。」

手近な枝を地面に立てて、手を放し。倒れたほうに近い道へ歩き出す。

もうすぐ人に会える。

そんな気がしたものでした、この時は。

そのまま2日ほど、ただただ道を歩く。

のどが渇けば森に入って水の出るツタを探し、朝と夕には決死の覚悟で実を胃に押し込む。

幸いにもおなかを壊すことはなかった。

眠気がピークになったら木に登って仮眠をとり、それ以外はただただ歩く。すでに方向感覚は失われている。どこに向かっているのかもわからずに、ただ道をたどる。

 歩き続けて数日、肉体的にも精神的にも限界がおとずれようとしたとき、とうとう出会うことができた。

森を通る道に設置された、やむおえず野営するときの避難小屋。

“常識”さんの中にあったやつだ。

人に会いたかった。

もうこの際、野党とか山賊でもいいから人に会いたかった。ほんとに会ったら困るけど。

ボッチは苦にならないと思ってた。

でも無理だった。

一言でもいいから会話したい。

小屋に駆け寄る。人に会える。

しかし残念なことに、小屋には人の気配が無い。

虚脱感。

もう、一生誰にも会えないんじゃないかと思ってしまうほど期待していた。

しかたない。気持ちを切り替えよう

ぽじてぃぶしんきんぐだ。

屋根の下で眠れるだけよしとしましょう。

小屋が見つかっただけでもめっけもん。今日はぐっすり寝よう。

できれば、もうちょっとましな食べ物とか、火打石とかないかなぁ。

しばらく、ドアの前で矢継ぎ早に前向きなことを(無理やり)考え続けた。

なんとか無事気持ちの切り替えに成功したかな。

ちょっとウキウキしながら小屋のドアを開ける。

涙が出そうになる。

埃っぽいけど、部屋だ。

簡単だけど、大きなテーブルがある。

室内なのに、丸太を切って縦に置いただけの手抜き椅子がある。

奥に暖炉もある。

たぶん、もう涙が出てる。

人の暮らしだ。

ん?

ベッドは無い。

いやいや、ベッドなんて贅沢な。

あ、薪もない。

火打石も・・・どこにも見つからない。

食料も・・・無い。

常識さん、常識さん、どゆこと?

うんうん、なるほど、薪も食料も自分で持ち込む、これ常識。

・・・。

期待するじゃん。

したっていいじゃん。

ちょっとくらい夢見たっていいじゃん!

もうこうなったら、ふて寝してやる。

朝までぐっすり寝てやるさ!盛大に寝坊して、二度寝もしてやるさ。

戸締りよ~し。

念のためドアの内側に丸太椅子をピッタリ置いて防犯防犯。

床の上、はなんかいやだからテーブルの上で横になる。

無駄にデカいテーブルのおかげではみ出ずに横になれた。

「おやすみなさい。」

一応声に出してみた。もちろん答えてくれる声は無い。

さみし、くはない。さみしくなんかないんだ。

目を閉じる。

・・・。

羊が一匹、羊が二匹・・・。

・・・。

テーブル硬くて眠れない。

結局、部屋の隅でうずくまるようにして寝た。

防寒用の外套とか、毛布を持って旅するのが常識。

ですよねぇ。

わざわざすいません無能(常識)さん。

シクシク。

周囲が明るくなって目を覚ました。

体中が痛い。

それでも、一応はしっかり睡眠はとれたようだ。眠気すっきりである。

苦行の朝食をとると、シャツを脱ぐ。

思い返すと、2度目の夜に遭遇したリルベアの返り血を浴びたままだ。

腕はなんやかんやで活動してるうちにあらかたとれていたけど、顔にもシャツにもだいぶかかっていた。

シャツは仕方ないとして、顔はなんかいやだ。何日もそのまま過ごしたくせに、気になるとどうしても我慢ならない。洗えないから仕方がない。シャツでごしごし顔をぬぐう。

質の悪い麻のゴワゴワ感を物ともせずにゴシゴシ。

思ったよりシャツが汚れない。

あ~、汗とかである程度流れてたのかな?

それはそれで気持ち悪い。ってか、風呂入りたい。シャワーでもいい。何なら熱いお絞りだけでも・・・あるわけないよね~。

装備を整えると、小屋を出て、また歩き始める。

小屋があったなら、間違いなく確実に人が通る道だ。なら人に会える。

いかん、期待しないようにしないと。

体感で3時間ほど歩くと、だんだんと木が少なくなってきた。

いよいよ森を出られる。

自然と歩きも早くなる。

と、道の端に、明らかに人工物の板が落ちている。

正方形の板に、きっちりとマス目の描かれた板。

「将棋盤?」

手に取ってみると、その下や周囲には駒が散らばっている。

いやな予感がした。

たしか、直前にプレイしていたゲームは将棋だ、と言っていた人がいた。

あたりを見回す。

何かあったに違いない。

赤黒い布切れがあった。

ちょうど道から隠れるような木の陰に。

そこから森へと、赤黒いすじが続いている。

恐る恐る後を追う。

ひょっとすると、怪我をして動けないだけかもしれない。

森へ入る。

血の跡と折れた枝や草が、無理やり引きずられて通ったことを想像させる。

“警戒”

半径23mに敵意はない。と、思いたい。警戒スキルは完全じゃない、気休めだ。

鼓動が激しくなる。

全身から汗が流れ落ちる。

1歩踏み出すのにかなり気力を使う。

音をたてないように、一歩、一歩と進む。

長い時間をかけて、20mほど入った目の前に、赤黒い地面が現れた。

すぐに、血が渇いたものだと分かった。

ビリビリに破れた布が散乱している。

一目散に道へ駆け出す。何か叫んでいた気もする。

あっという間に道に出ると、止まることなく道を走る。足がもつれようが転げようが構わずに、動けなくなるまで走った。

あっけなく死ぬんだ。

当たり前に死ぬんだ。

怖い。

再び歩き出せるまで回復するのにかなり時間がかかった。

歩き出せても足取りは重い。

逃げてしまった。

ひょっとしたら、万が一にも生きていたかもしれない。

見殺しにしてしまったのではないか、という思いが頭を離れない。

だからと言って、戻ることはできなかった。

あの大量の出血で生きているはずがないと自分に言い聞かせる。

できる限り何も考えないように、黙々と歩く。

気が付くと森を抜けていた。

なだらかな草原が続いている。

森を抜けたことにも気が付いていなかったのに、森から出たということに心底安堵していた。

もう少し生きていられそうだ。

真っすぐ続く道を見ながら、重い足を何とか動かした。


 命の危険を感じることなく生きて来た50目前のオッサンが、現実に生命の危機に直面したときどうなるのか、を想像しながら書きました。

 無限収納的な、実際のゲームではちょっと考えられないようなチートは極力排除して、できるだけ現実にありそうなゲームから逸脱しないように注意したつもりです。MODで早々に逸脱してる感じもありますが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ