12:襲撃と決意
明日も0時に追加します。
よろしくお願いします。
夕飯の支度があるので、自分は一番風呂の栄誉を与えられている。
サッパリしてキッチンへ向かおうとすると、スロークから声がかかった。
「ちょっと来てくれ。」
スロークのスキル“広域警戒”に、村に近づく者が検知されたらしい。
ソンチョー宅の前にはすでにソンチョーとユーシンがいる。
ユーキはまだ戻ってないようだ。
スロークの広域警戒は、スロークを中心に半径1Kmの広域をカバーできる。討伐系クエストでとても重宝するスキルだ。
単独で、まっすぐこの村に接近しているそうだけど、道より50mほど離れた森の中を、かなりの速度で接近してくるので不審に思ってみんなを集めたそうだ。
警戒をしながら接近してくる方向を注視していると、じきに森から人影が現れた。
見覚えのあるいでたちだ。この世界ではなく、向こうでだが。どこからどう見ても迷彩服を着た男。
間違いなく向こうから来た者だ。
手には小銃を持っている。
FPS系のゲームか?
何も言わず、こちらにまっすぐ歩いてくる。
何か嫌な不気味さを感じた。
最大限の警戒を。
いざという時即座に発動できるように、シールドを発動寸前で準備する。銃弾を防げるといいけど。
「ようこそ。私は田中次郎、ここではソンチョーと呼ばれてます。あなたは、
パンッ
ソンチョーが言い終わる前に、男は小銃を構えてソンチョーを撃った。
予感的中、準備していたシールドが間に合った。
ソンチョーの眼前に発動したシールドが弾丸を止める。
シールドは砕け散ったけど、弾丸も防ぐことができた。上出来だ。
どさっ
ソンチョーが尻もちをついていた。一言も無くいきなり撃つとは。バカなのか?
どう考えても隠れて遠くから狙撃だろ?
スロークの広域警戒で存在はバレてたけど、それでも殺す気なら、姿を晒すのは悪手だ。ワザワザ距離と戦闘スタイルが不明っていうアドバンテージ捨てるか?
シールド、ボディプロテクションの使える自分とスロークで引き付けてユーシンやアオンでこうげ
「っにしやがんだてめぇ!」
あ、
ユーシンが横から殴り掛かるが、男は銃口だけを向けると狙いもせずに撃つ。
パパパパパッ
マシンガンのように連射された弾丸がユーシンを襲う。
胸や腹に銃弾を受けたユーシンがよろめきながら真後ろに倒れる。
直情型のユーシンがいた!マズイ
アイストーン
突然地面から飛び出す攻撃は反応しづらい。
「チッ!」
短い舌打ち、同時に銃口がこちらを向くが、その時にはすでに自分も動いてる。
ユーシンの元へ。
「なめるなっ。」
パパパパパッ
連射しながら銃を振る。狙いなんてつけようともせずに、連射に任せた強引なやり口だが、動く相手にはこの方が当てやすい。
でも大丈夫。
「ゴェッ」
男がいきなり銃を落として膝からくずおれた。
頼れるオッサン、スロークが隠密を使って消えたのが見えていたから、何の心配もせずにユーシンの元へ駆けつけられた。
ヒール、ライトヒールを連続でかける。クールタイムを待って再びヒールだ。
「くそっ」
銃を諦めて逃走に移ろうとする男。
「無理だよ。」
走り出そうとした男が、足から崩れて無様に倒れた。顔面強打コース。ざまぁ。
すかさずスロークが羽交い絞めにした。
足への攻撃は、ダメージ以上に機動力を大きく削ぐ。さらにアイストーンは冷気で足の感覚を極端に鈍らせる。ダメージが軽いと誤認させるうえ、動きも鈍る。
最初にアイストーン決めた段階でもう、スロークがいる限り逃走は不可能だ。
ゲームではパッとしなかった魔法だったけど、現実のここでは大活躍だ。
騒ぎに駆け付けたユーキやオヤカタ達と、治療を終えたユーシンを交えてロープで縛りあげた男の尋問を始めた。
「ここを知られたのは、俺っスね。つけられてるとは思いもしなかったスよ。」
悔しそうに睨みつけるユーシン。体の傷はだいぶい癒せたけど、白かったツナギはいくつもの穴が開き、真っ赤に染まっている。
つけてくるにしても、道ではなく森の中をついてこられるものか?ユーシンの広域警戒で感知するまで半日以上間があるから、なにか追跡系のスキルがあるのかもしれない。それに馬でも休みなく150Kmの距離は無理だ。何か移動手段があるに違いない。
「目をつけられたのかもしれないが、つけられたわけじゃないだろう。半日以上遅れたらつけるには無理だ。追跡系のスキルか何かだな。移動もバイクか何かか?つけてることをバレたくないから道を通らず森を抜けてきたが、悪路に苦戦して大幅に遅れたってところだろう。間抜けだな。」
渋いおじさまが言うと妙に説得力ある。そうか、こいつただのビビりで間抜けか。
ちっ
小さく舌打ちする男。
「おっさんの言ってることでだいたい正解だよ。移動はこいつだ。」
地面からスッと、バイクが浮かび上がってきた。
エンジンがかかっている。
あ、まずい。
装備出し入れ自由系だ。
こいつ、この状態から逃げる気か?
まさか、とは思うけど、まだ何か隠してる。そんな予感がした。
「なんで我々を襲ったんだ。君に利益は無いはずだけど。」
ソンチョーの静かな問いかけに、男はあざけるような笑みを浮かべる。
「知らねぇのかよ。俺たちは、何よりプレイヤーをぶっ殺した時大量に経験値取れんだぜ。殺らなきゃ損だろ。」
おいおい、たとえそうだとしても、ゲームじゃないんだぞ。経験値がおいしいから人殺し?ありえないだろ。
「同じ人間同士で殺しあう理由が経験値かよ。なさけねぇ。」
スロークの声は苛立ちに震えていた。
「人間?化け物が何言ってやがんだか。」
確かに、この世界の人間の域を逸脱しているとは思っている。ある意味、この世界の人間にとって向こうから来た者はみんな化け物だ。けど、人間は人間だ。
自分勝手な男への苛立ち、
次の瞬間、ロープで縛りあげていた男が後ろに飛んだ。切られたロープが地に落ちる。
わざとか。
苛立って男への警戒が緩んだ瞬間だった。
いくつもの銃が、男を中心に浮かび上がる。
やっぱり来たか。
ストーンバレット
あらかじめ準備していた魔法を放つ。防弾装備はつけたままだ。直撃しても、よほど運が悪く無ければ死にはしない。無力化できればいい、できなくても隙ができればスロークが拘束してくれる。
バイクにエンジンがかかっていた段階で、なにか逃走手段があるって予想はできていたたよ。
グアッ
無数の石つぶてが男を打つ。
一か八か、スリープで眠らせるか?
態勢を崩しながら、男が両手に銃をつかむと、銃口を向けた。
パパパパパパパッ
でたらめに撃つ。
当たるわけも無いが、男が態勢を整える時間は与えてしまった。
奴の言い分を信じるならレベルに相当するものはかなり高いはず、拘束系のバインドや精神捜査系のスリープはまず効かない。
と、おもったら、男の足元がパッと光った。
複数の触手が男をからめとろうとして、はじけた。
スロークのバインドだ。スロークのレベルでもやっぱり効かないか。
パキン
男が腰のポーチから取り出した10㎝ほどの棒を割ると、怪我した足に打ち込んだ。注射器か?
瞬く間に足のケガが治ると、さらに距離を取ろうとする。
「アオン!逃がすな!」
ユーキの号令に、アオンが弾丸のように男へ突進する。
パパパパパッ
音に右へ飛びのくアオン、だが完全に避け切ることはできなかった。被弾したアオンはその場で牙を剥き威嚇する、左後ろ足から出血。結構な量だ。
トウリョー、オリヒメ、ゴンのスリングはダメージになってない。普通の人間なら頭蓋骨粉砕レベルの威力なんだが。
オヤカタ、クマはソンチョーとユーキを守るために立ちはだかっている。
!
バイクが消えている。
こいつ
さらに距離をとる男、
その男の行く先には、エンジンがかかったままのバイクが。
この瞬間、覚悟を決めた。
こいつは逃したらしつこく狙ってくる。そうなったら・・・。
男に駆け寄りながら、マジックミサイルを撃つ。
迎え撃った銃弾がいくつかを砕き、ハデな火花が飛ぶ。
1本が男の左手に持った銃を弾き飛ばした。
銃弾が頬を、右肩をかすめる。
ショートソードを抜くと“強連撃”を発動。ためらわずに叩き込んだ。
膝からくずおれる男。
肩口と腹を切り裂かれて、血反吐を吐きながら、男が絞り出すように言った。
「うそだろ。なんで・・・。」
FPS系の多くが、成長による強化は装備品の多様化や強化、索敵性能、隠密性能の強化に充てられる。ヒットポイント的なものの変化は小さいものが多い。
ゲームなら、防具で全身くまなくガードされる。でもここではそんなに都合よくはいかない。これまで近接戦闘もそれなりにこなしてきた。銃に頼り切って慢心した装備の隙間を切るくらいはできる。
「嘘だ…こいつらで、最高ランクになれたのに・・・あいつら、に・・・ふく、しゅ・・・う。」
男はそのままこと切れた。
復讐?
ふざけるな。
そんなことの踏み台にされてたまるか。
後悔は無い。
むしろ、覚悟を決めてから一瞬の躊躇なく動けたことに感謝したい。
一瞬でもマジックミサイルが遅かったら、剣を抜くのが遅れていたら、銃弾に倒れたのは自分だけじゃすまなかっただろう。
やらなきゃならなかった。逃げられたら、今度は戦える者から一人づつ狙撃されただろう。
最初から隠れて狙撃をしなかったのは、奴の言っていた通り経験値のためだったのだろう。
あまりに遠く離れると、倒しても経験値にならないことは実戦で分かっていた。
だからわざわざ姿をさらしたのだろうけど、それが奴にとっては大きな間違いだった。自分の力(銃)を過信していたんだろうな。
さて、あとは自分の始末だ。
「オヤカタ、トウリョウ、オリヒメ。お前たちは今からソンチョーの命令に従うんだ。」
あいつの言い方をまねるようで嫌だけど、プレイヤーを殺した以上、ここにいるべきじゃない。
食料の魔素抜きはスロークに伝えてあるし、従魔は残していける。拒否されれば連れていくしかないけど、せめて従魔たちは村のために役立ててほしかった。
ドスン
音の方を見ると、スロークが土下座を、頭を地面に打ち付けた音だった。
「すいません!」
え?なに?
「自分がやるべきでした。あの時も、拘束するのではなく仕留めておくべきでした。みんなの安全を考えるなら、自分が確実に仕留めておくべきでした。それを、シンさんに押し付けてしまった。今も、殺す以外に無いと頭で分かっても、そのことに怖気づいて動けなかった。効くはずが無いと分かっていた拘束魔法に逃げてしまった。自分自身が情けないです!」
ええ、そうなるの?
思いもかけない反応に戸惑う。
躊躇なく殺した自分に忌避感を、恐怖を感じられるとばかり思っていたのに。
いや、村の防衛を担うと言っていたスロークだからこそか。
「スローク、君はよくやってくれたよ。君じゃなければ取り押さえることはできなかったし、あの時殺してしまっていたら、何もわからずにただ怯えて過ごすことになっていたと思う。」
ソンチョーがスロークの肩に手を置いて気遣う。
「少しでも奴と話せたことで、覚悟を決めることができるよ。ああいった、敵意しかない、プレイヤーって言ってたっけ、そんな奴が他にもいる。そう思って対応していける。もちろん、この世界の住人に対しても、警戒しなきゃいけない。そのことに気づかせてくれた。」
言葉を選びながら、一言一言かみしめるように言うソンチョー。
「だからスロークは、僕たちにとって最良の行動をとってくれたよ。ありがとう。」
ありがとう、の一言で、やっとスロークは地面につけていた頭を上げた。顔は下を向いたまま。
「正直、シンさんが奴を殺した時、なんてことをするんだと、恐怖を感じたよ。」
だろうね。
だからもう、ここにいるわけにはいかないんだ。
自分がいることで、うまくいっていた雰囲気が台無しになってしまう。
「でも、奴は・・・。」
それだけでもう十分だよ、ソンチョー。
プレイヤー殺しを肯定すれば、苦しい思いをするだけだ。
「一番怖いのは、あのまま逃げられて、隠れた場所から、狙撃されることだったと思う。うまく捕まえて、監禁できたとしても、武器を自由に出し入れできる奴なら武装解除も意味ないし、簡単に逃げ出せたと思う。後は、一人ずつ・・・。だから・・・殺すしかなかったんだ。」
でも忘れちゃいけない。あんな奴でも、更生の可能性を無視しちゃいけなかった。
自分はそれを無視した。あそこまで落ちたやつが更生なんかできるはずが無いと決めつけて。
「だから、スロークの思いと同じで、汚れ役を押し付けてしまって申し訳ないって気持ちが大きいんだ。」
「押し付けちまったって思うのは俺も同じっス。俺がうかつだったばっかりにあんな奴に目をつけられて、何も考えずに素手で殴りかかってハチの巣にされて。俺がけじめつけなきゃなんなかったのに、正直、完全にブルっちまってたっス。」
体をハチの巣にされて死にかけたんだ。今だって完全には癒えていないんだから、当たり前のことだよ、ユーシン。
「僕は、正直戸惑ってる。シンさんが僕たちのために辛い役割を引き受けてくれたんだってことはわかってるよ。責めるつもりもないし、感謝してる。でも、なんとか殺す以外の方法が無かったのかなぁって、思っちゃうんだ。」
たぶん、ユーキの感じ方が一番まっとうなんじゃないかな。
ソンチョーはこの村のきっかけでもあるし、村長としての責任が、スロークには村の護衛としての責任が、ユーシンには、奴を呼び込む原因になってしまったかもしれない罪悪感が、余計な枷になってプレイヤー殺しという行為を肯定的にとらえさせてしまっている。
「でも、だからこそシンさんには村にいてもらわないと困るよ。僕が孤児院から抜け出すきっかけも、モンスターを封印できたのも、おいしい食事ができたのも、この村に来ることができたのも、今日生き延びたのも、みんなシンさんのおかげなんだから。」
「いや、この村に来れたのは俺のおかげじゃないっスか?」
•••ユーシン、空気読もうよ。
確かにそうだけどさ。せっかくユーキが語ってくれてたのにさ。間髪入れずにそれはないんじゃない?
あぁ、ユーキが顔真っ赤にしてプルプルしてるじゃないか。
「うん、ま、まぁ、シンさんにいてほしいのはみんなの総意だと思うよ。今日のことはみんな決して忘れずに、教訓として頑張っていこう。」
ソンチョーがなんとか収めようとしてくれたけど、ユーシンのお陰でなんとも締まらない。
こんなにもわかってくれて、こんなにも受け入れてくれたことがうれしくて仕方がない。はずなんだけどな。
なんか、決意も削がれてしまった。
そういった意味では、ユーシンに感謝しないといけないな。
結局、名前も分からないままだった迷彩服の男は、忘れないためにソンチョウ宅の近くに埋葬した。
魔物化しないよう骨になるまで焼いて、彼が最初持っていた銃を墓標代わりにした。
彼が死ねば銃も消えると思っていただけに、銃どころかバイクまで残ったのは意外だった。
銃の方は弾が撃ち尽くされていて使用不可能だったが、バイクの方は普通に使えたので、燃料が無くなるまでは、仕事で毎日乗っていたというスロークに預けることになった。
夜、自室で恐る恐るステータスを確認してみる。
見るんじゃなかった。
一瞬、彼の気持ちがわからなくもない、と思ってしまい、激しい自己嫌悪に陥ってしまったからだ。
20だったレベルは、40に達していた。
眠れぬ夜。
たぶん、生まれてきて初めて経験する、長すぎる夜になった。